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第8話『人魚のエメラ』

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「なんてこった! 絵本の中の人魚が話すなんて聞いたことないよ」
 キーツが呆れ返ると、オリーブがランスに尋ねた。
「ランスさん、何が起こってるんですか?」
「私にもよくはわからないんですが……この童話の力からいって、今はこのマーメイドリーフも魔法の場なのかな、と。童話とマーメイドリーフが魔法で繋がっていて、奇跡を成さしめているのかもしれないと思ったんです」
「この上何か起こるなんて言わないですよね」
 ナタルが本から目を背けて言うと、ランスが注意した。
「あ、ナタルさん。間違っても本から手を離さないでくださいね。この魔法はナタルさんの言葉がきっかけで始まってます。定石通りだと、あなたが本を閉じるようなことがあると、魔法も消えると思うんです」
「えーっ!」
 ナタルの声は悲鳴に近かった。
「根性見せなさい! ナタル」
「言霊には責任を持ちましょう?」
「乗りかかった舟でしょうが」
 オリーブ、ルイス、キーツに次々と言われて、ナタルは本を広げたまま突っ立っているしかなかった。
「何が起こるんだよぉ」
 情けない声でナタルが言うと、オリーブが言った。
「察しつかない? マーメイドリーフで人魚が呼ぶものと言ったら――」
「まさか!」
 そのまさかだった。
 バシャ―ン!
 因果界の海で跳びはねたのは――⁈
「人魚だ――!!」
  その人魚はトゥーラによく似ていた。
 長い黒髪は水面のように煌めき、美しい顔は陽光に照らされて恐ろしく透き通り、肢体は艶めかしく、胸当ては大きな貝殻だった。そして下半身は見事な青緑色の鱗が並ぶ、尾ひれのついた魚である。
 岩礁に腰かけて、髪を右肩に流すと、世にもきれいな声で云った。
「もう本を閉じてもいいわよ」
「あ、はい」
 ナタルが慌てて本をバフッと閉じた。
「皆さん、ようこそマーメイドリーフへ。私はエメラ。因果界に棲む人魚の一人です」
「初めまして、私はランスと申します。こちらがナタルさん、オリーブさん、キーツさん、ルイスさんです」
「よく存じております。その本が私たちの目になって、いろいろ教えてくれるので。皆さんが万世の秘法の位階者で、童話の里で作物をたくさん作っている姿を拝見しております」
「そうでしたか……私たちは急にマーメイドリーフに連れてこられてびっくりしてるんですが、何かご用件がおありになるんでしょうか」
「ええ、私たちの方でお願いがありまして、こんな形ですがお越しいただきました。どうかお付き合いください」
 人魚、エメラの話とは――? 














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