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第17話『単純の強み』
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サバラス老人は大の字になって寝ているノリヒトに目をやった。
「……この御仁も、いろいろ常識をひっくり返されとるだろうに、よく気の回るタフガイだの」
「はい、彼がいなかったら、俺たちは今ここにいないでしょう」
マルクがしみじみと言った。
「神への基本的信頼の上に立っとる。こういう人間は単純だが、根が善良で世の中と仲良くやっていけるんだよ。今まで因果界と縁がなかったというのも頷けるな」
「と仰いますと?」
ランスが問い返す。
「自分たちを見ていて思わんか? 因果界に籍を置く人間は、迷いの幅が大きい人間だと。それも、ほんの時たま浮上して、スポットライトを浴びるような、起伏の多い人生を送っとる連中の集まりだとな」
サバラス老人は言った。
「儂もまた然り。この歳になっても若者の言動で一喜一憂だ。彼を見てみろ、三人がかりで越えられない壁をひとっ飛び。あれだろ? 中途半端な仕事があるって話しただけで、ここに来るように促したんじゃないのか」
「はい……」
「そうだろう。単純というのは大きい強みでな。複雑にしたがる現代人の常に上を行く。——今さらあんたらに彼のようになれと言ったって、できない相談だろ」
「そうですね……」
「因果界はな、現実の映し鏡の世界だから、実像と心象の差が開いてる者ほど落ちやすいんだ。いい意味で理想が高いということだな。実像を嫌っとる人間には開かれない世界だが、それでも限界を超えれば入り込める。彼は実像と心象が一致しとる好例だ。因果界のような不安定な世界では、最強の助っ人と言っていいだろう」
「いい意味で悟った人なんですね」
マルクが合の手を入れる。
「そういうことだ。NWSの特別顧問に就いたと言っとったが、彼の農業人としての仕事だけでなく、性質からも多く学べるはずだ。大いに感化された方がいいぞ」
「かなりひやひやしますが……」
アロンがボソッと呟く。大声で笑うサバラス老人。
「ハッハッハ、そうだの。儂もひやひやする。しっ放しだ」
「ハッハッハッハ」
大いに笑う。
「生命の樹の梃入れだろうな」
「梃入れ、ですか?」
サバラス老人の言葉を問い返すアロン。
「さっきから言っとる通り、因果界はどこもかしこも不安定だ。世界や人間の構成も、狂ったように行動する呪界法信奉者でさえ、そのことを認識せずにはいられないだろう。彼らほど実像と心象がかけ離れた存在はいない。いや、鏡に映った虚像でさえ捉えきれていないのかもしれない。盲信という言葉があるが、彼らはまさにその錯覚の世界で生きている。その彼らでさえ、因果界は確かでないと実感する。——これがどんなに危険なことかわかるだろう?」
「分裂、ですか……」
改めてランスはぞっとした。
呪界法信奉者にとって、己を己と認識できるのが、因果界は確かでないという実感だけなら、狂っていてもおかしくない。完全に精神が分裂した人間は己がわからない。一貫性がなくなるのだ。それと同じように、呪界法信奉者は非常に張り詰めた境界線の上に立って生きている。そもそも社会性がないことも、それで説明できる。
彼らと同じ世界にいる自分たちも、紙一重の存在なのだとわかる。
「結局、呪界法信奉者を指導していけるのも、この御仁のような人間なのかもしれんな。是は是、否は否。自分以外の人間に対して無防備なまでの信頼。それが何より呪界法信奉者には正しく映る。自分を鏡に映して正しく見える人間を通してしか、社会性は身につけられん」
「……」
その説が確かなら、万世の秘法の思想としての主張もかなり抽象的になる。いくら自分たちが正しいと思って行動していても、その実、相対する呪界法信奉者と紙一重では感化しにくい。
「……我々には、呪界法信奉者を更生させる力がないんでしょうか?」
ランスが途方に暮れて言った。
「……この御仁も、いろいろ常識をひっくり返されとるだろうに、よく気の回るタフガイだの」
「はい、彼がいなかったら、俺たちは今ここにいないでしょう」
マルクがしみじみと言った。
「神への基本的信頼の上に立っとる。こういう人間は単純だが、根が善良で世の中と仲良くやっていけるんだよ。今まで因果界と縁がなかったというのも頷けるな」
「と仰いますと?」
ランスが問い返す。
「自分たちを見ていて思わんか? 因果界に籍を置く人間は、迷いの幅が大きい人間だと。それも、ほんの時たま浮上して、スポットライトを浴びるような、起伏の多い人生を送っとる連中の集まりだとな」
サバラス老人は言った。
「儂もまた然り。この歳になっても若者の言動で一喜一憂だ。彼を見てみろ、三人がかりで越えられない壁をひとっ飛び。あれだろ? 中途半端な仕事があるって話しただけで、ここに来るように促したんじゃないのか」
「はい……」
「そうだろう。単純というのは大きい強みでな。複雑にしたがる現代人の常に上を行く。——今さらあんたらに彼のようになれと言ったって、できない相談だろ」
「そうですね……」
「因果界はな、現実の映し鏡の世界だから、実像と心象の差が開いてる者ほど落ちやすいんだ。いい意味で理想が高いということだな。実像を嫌っとる人間には開かれない世界だが、それでも限界を超えれば入り込める。彼は実像と心象が一致しとる好例だ。因果界のような不安定な世界では、最強の助っ人と言っていいだろう」
「いい意味で悟った人なんですね」
マルクが合の手を入れる。
「そういうことだ。NWSの特別顧問に就いたと言っとったが、彼の農業人としての仕事だけでなく、性質からも多く学べるはずだ。大いに感化された方がいいぞ」
「かなりひやひやしますが……」
アロンがボソッと呟く。大声で笑うサバラス老人。
「ハッハッハ、そうだの。儂もひやひやする。しっ放しだ」
「ハッハッハッハ」
大いに笑う。
「生命の樹の梃入れだろうな」
「梃入れ、ですか?」
サバラス老人の言葉を問い返すアロン。
「さっきから言っとる通り、因果界はどこもかしこも不安定だ。世界や人間の構成も、狂ったように行動する呪界法信奉者でさえ、そのことを認識せずにはいられないだろう。彼らほど実像と心象がかけ離れた存在はいない。いや、鏡に映った虚像でさえ捉えきれていないのかもしれない。盲信という言葉があるが、彼らはまさにその錯覚の世界で生きている。その彼らでさえ、因果界は確かでないと実感する。——これがどんなに危険なことかわかるだろう?」
「分裂、ですか……」
改めてランスはぞっとした。
呪界法信奉者にとって、己を己と認識できるのが、因果界は確かでないという実感だけなら、狂っていてもおかしくない。完全に精神が分裂した人間は己がわからない。一貫性がなくなるのだ。それと同じように、呪界法信奉者は非常に張り詰めた境界線の上に立って生きている。そもそも社会性がないことも、それで説明できる。
彼らと同じ世界にいる自分たちも、紙一重の存在なのだとわかる。
「結局、呪界法信奉者を指導していけるのも、この御仁のような人間なのかもしれんな。是は是、否は否。自分以外の人間に対して無防備なまでの信頼。それが何より呪界法信奉者には正しく映る。自分を鏡に映して正しく見える人間を通してしか、社会性は身につけられん」
「……」
その説が確かなら、万世の秘法の思想としての主張もかなり抽象的になる。いくら自分たちが正しいと思って行動していても、その実、相対する呪界法信奉者と紙一重では感化しにくい。
「……我々には、呪界法信奉者を更生させる力がないんでしょうか?」
ランスが途方に暮れて言った。
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