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第17話『人間力を志す』
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サバラス老人はガラスコップの中で酒が水面を揺らすのを、じっと見ていた。
「自分の拠って立つ場所を決めるのは自分自身だ。我々ではないだろうて」
スッと一献。
「これからが本当に人としての対峙、ということなんだと思うぞ」
「対峙……」
マルクが繰り返した。
「世界の大変革で試されているのは、万世の秘法の是非じゃない。一人ひとりの人間力、これに尽きるんではなかろうか。もう世界の大変革が起こると決まった時から、万世の秘法vs.呪界法信奉者の構図は崩れとる。つまり、万世の秘法が正しいという盾の後ろには隠れられない、ということだ。そうなっては、正しいというのも意識改革が必要じゃな。対峙して己としてぶつかり続けて、折り合うまでとことん向き合う。1対1、それを厭わない人間こそが因果界に立てる。その覚悟を生命の樹は問いかけている――そうは思わんか?」
それを受けてマルクが言った。
「一つ、お話を伺ってわかったことがあります」
「なんだね」
「勘違いをしていた、と。このままどこまでもみんなと一緒にやっていけるんだと思っていたことです」
「うん、そうだな」
アロンも頷いた。マルクが続ける。
「人間力を問われたら、正直俺は自信がないです。万世の秘法に寄りかかりっぱなしだったのは、サバラスさんのご指摘の通りです。ノリヒトさんと比べて、万世の秘法という土壌に育まれた、ひ弱な穀物になったような気がします。——だから、イレギュラーな対応力が弱いんだ。たぶん、今呪界法信奉者の誰かと相対しても話にもならないでしょう。彼らにだって仲間を信じて戦ってきただけの自負はある。そこに個としての自分がぶつかっていくとは、考えたこともありませんでした。今が重要な過渡期なのを自覚します」
アロンも言った。
「俺も同じです。勉強が好きだから、と言って実践に重きを置いていなかったことを反省しています。必要なのは言い訳じゃない。論理武装することでもない。眩しい価値観に出合っても同じ場所に立てるか。自分もそこまで高められるか。真逆の価値観と相対しても、ブレずに個として向き合っていけるか。問われていることはシンプルなんだ、はき違えるのはやめようと思いました」
ランスは言った。
「私は……対峙することよりも懐柔することの方が本分なので。それでもこうしてお叱りを受けることもありますから、大事小事問わず懇切丁寧にやっていくことを改めて心がけたいと思います。レベルアップも視野に入れて、一方で足跡に過ちはないか、怠ったことがないか、ちゃんとわかるようになりたいです」
と、ここで突然ノリヒトがむくっと起き上がった。そして第一声。
「あのよ……あんまり持ち上げねぇでくれねぇかな」
「はい?」
ランスが聞き返す。
「俺だって完全無欠じゃねぇよ。理想だってあらぁな。悟ってるって言うがよ、数えきれないぐらい失敗したぜ。仲間作ってく段階で挫折もしたし、物別れに終わったこともあるさ。ちょっと言わせてもらえば、万世の秘法って思想の下に一致団結してるあんたらの方がよっぽど珍しいと思うぜ。政治だって意見が合わないの、理想と違うのって分裂繰り返すのによ。世界の大変革って山を、みんなで越えようってんだから半端じゃねぇよ。しかも、対立してる呪界法信奉者にも、きちんと交渉を成立させてる。裏を返せば連中だって、万世の秘法のやってることの正しさを認めないわけにはいかねぇってことだろうが。そんな大勢をまとめられる思想なんて、世界中どこ探したってお目にかかれねぇよ。その構成員がその正しさを頼りにして何が悪いんだい? あんたらは烏合の衆とはわけが違うんだぜ。その証拠に、みんなしっかりした技術を持って楽しく働いてる。言ってみりゃ神さんと足並み揃えて働いてるようなもんだろうが」
「おまえさんはそれを正しいと思うかね?」
「思うね、これ以上はない後ろ盾がある。誰だって自分のしていることを正しいと思いたい。仕事ならなおさらだ。それにはきちんと手順を踏まないといけない。あんたらだってその技術を身につけるのに、神さんなり生命の樹に判定を受けたんじゃないのかい? 物事を生成発展させていく力を身につけるには、実直さと観察眼が必要だ。ただ見てたって思ってたって与えてくれるやつなんか誰もいない。じいさんは人間力って言ったが、それはまったくその通りさ。あんたらは誰に恥じることなんかない! 立派なもんさ」
ドン、と床に拳を打ちつけるノリヒト。サバラス老人は言った。
「なるほどな、おまえさんらしい考えだ。ただな、儂がこの三人に促したのは、単なるレベルアップを目指すよりも、人間力を養って多面性を鍛えた方が、今後の仕事の方向性もはっきりするし、張り合いも生まれるだろうと言っとるんだよ」
「自分の拠って立つ場所を決めるのは自分自身だ。我々ではないだろうて」
スッと一献。
「これからが本当に人としての対峙、ということなんだと思うぞ」
「対峙……」
マルクが繰り返した。
「世界の大変革で試されているのは、万世の秘法の是非じゃない。一人ひとりの人間力、これに尽きるんではなかろうか。もう世界の大変革が起こると決まった時から、万世の秘法vs.呪界法信奉者の構図は崩れとる。つまり、万世の秘法が正しいという盾の後ろには隠れられない、ということだ。そうなっては、正しいというのも意識改革が必要じゃな。対峙して己としてぶつかり続けて、折り合うまでとことん向き合う。1対1、それを厭わない人間こそが因果界に立てる。その覚悟を生命の樹は問いかけている――そうは思わんか?」
それを受けてマルクが言った。
「一つ、お話を伺ってわかったことがあります」
「なんだね」
「勘違いをしていた、と。このままどこまでもみんなと一緒にやっていけるんだと思っていたことです」
「うん、そうだな」
アロンも頷いた。マルクが続ける。
「人間力を問われたら、正直俺は自信がないです。万世の秘法に寄りかかりっぱなしだったのは、サバラスさんのご指摘の通りです。ノリヒトさんと比べて、万世の秘法という土壌に育まれた、ひ弱な穀物になったような気がします。——だから、イレギュラーな対応力が弱いんだ。たぶん、今呪界法信奉者の誰かと相対しても話にもならないでしょう。彼らにだって仲間を信じて戦ってきただけの自負はある。そこに個としての自分がぶつかっていくとは、考えたこともありませんでした。今が重要な過渡期なのを自覚します」
アロンも言った。
「俺も同じです。勉強が好きだから、と言って実践に重きを置いていなかったことを反省しています。必要なのは言い訳じゃない。論理武装することでもない。眩しい価値観に出合っても同じ場所に立てるか。自分もそこまで高められるか。真逆の価値観と相対しても、ブレずに個として向き合っていけるか。問われていることはシンプルなんだ、はき違えるのはやめようと思いました」
ランスは言った。
「私は……対峙することよりも懐柔することの方が本分なので。それでもこうしてお叱りを受けることもありますから、大事小事問わず懇切丁寧にやっていくことを改めて心がけたいと思います。レベルアップも視野に入れて、一方で足跡に過ちはないか、怠ったことがないか、ちゃんとわかるようになりたいです」
と、ここで突然ノリヒトがむくっと起き上がった。そして第一声。
「あのよ……あんまり持ち上げねぇでくれねぇかな」
「はい?」
ランスが聞き返す。
「俺だって完全無欠じゃねぇよ。理想だってあらぁな。悟ってるって言うがよ、数えきれないぐらい失敗したぜ。仲間作ってく段階で挫折もしたし、物別れに終わったこともあるさ。ちょっと言わせてもらえば、万世の秘法って思想の下に一致団結してるあんたらの方がよっぽど珍しいと思うぜ。政治だって意見が合わないの、理想と違うのって分裂繰り返すのによ。世界の大変革って山を、みんなで越えようってんだから半端じゃねぇよ。しかも、対立してる呪界法信奉者にも、きちんと交渉を成立させてる。裏を返せば連中だって、万世の秘法のやってることの正しさを認めないわけにはいかねぇってことだろうが。そんな大勢をまとめられる思想なんて、世界中どこ探したってお目にかかれねぇよ。その構成員がその正しさを頼りにして何が悪いんだい? あんたらは烏合の衆とはわけが違うんだぜ。その証拠に、みんなしっかりした技術を持って楽しく働いてる。言ってみりゃ神さんと足並み揃えて働いてるようなもんだろうが」
「おまえさんはそれを正しいと思うかね?」
「思うね、これ以上はない後ろ盾がある。誰だって自分のしていることを正しいと思いたい。仕事ならなおさらだ。それにはきちんと手順を踏まないといけない。あんたらだってその技術を身につけるのに、神さんなり生命の樹に判定を受けたんじゃないのかい? 物事を生成発展させていく力を身につけるには、実直さと観察眼が必要だ。ただ見てたって思ってたって与えてくれるやつなんか誰もいない。じいさんは人間力って言ったが、それはまったくその通りさ。あんたらは誰に恥じることなんかない! 立派なもんさ」
ドン、と床に拳を打ちつけるノリヒト。サバラス老人は言った。
「なるほどな、おまえさんらしい考えだ。ただな、儂がこの三人に促したのは、単なるレベルアップを目指すよりも、人間力を養って多面性を鍛えた方が、今後の仕事の方向性もはっきりするし、張り合いも生まれるだろうと言っとるんだよ」
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