175 / 276
第17話『みんなの上に落ちる雨粒』
しおりを挟む
「これ以上、何を身につけるんだい?」
「人はな、考えの温床があると安住する生き物だ。上手くいってる時は特にな。おまえさんに促されてここに来なければ、三人は自分たちが見過ごしてきたことの中に、どんな配慮があって引き立てられているのか、わからないままだったろう。それじゃいかんと言っとる」
「うーん……じゃあよ、じいさん。その手紙見しちゃもらえないかい?」
「いいぞ、どれでも好きなものを見なさい」
どうやらノリヒトは一瞬気を失って、その後は寝たふりをして四人の話を聞いていたらしい。マルクたちがひやひやするのも無理はなかった。
ノリヒトは六通の中から若草色の封筒を抜き取って、便箋を取り出し、レンナの手紙を読んだ。
まず飛び込んできたのは、女性らしい流麗な筆致。老人の寂しさの寄り添うような季節のあれこれ。生活の中の楽しいニュース。NWSの活動の様子と展望。そして、サバラス老人の健康を祈ります、と結んであった。
「はぁー、なるほどねぇ。この人が万世の魔女さんなんだろ? これは確かにじいさんを人恋しくさせるはずだな」
「そうだろう。この人はな、儂もNWSも誰も責めてない。だから、余計なことは一切書かないし、言い訳したり謝ったりもしない。返事を下さいとも言わない。ただ、やり残した仕事が儂に与えた精神的苦痛を和らげようと、それだけを思って文章を書いとる。これがあんたらに書けるかな?」
「そう言われてみれば、かなり男前な手紙だな」
ノリヒトは肩を竦めて笑った。
「この人はそうして、きちんと仕事しとる。——それはそのまま三人に足りない部分だ。散々言ったから、後は個人の思うに任せるが。こんな機会も滅多にないんでな、今日はお説教だ」
「まぁ、この手紙じゃ仕方ないわな。じいさんの言うこともわかった気がする。万世の魔女さんて何歳なわけ?」
「十八歳だな。手紙に誕生日のことが書かれとった」
「——そりゃ、すげぇわ。自分が一番大変な時に、人の面倒も見れるなんてのは、ハイグレードな大人のなせる業だぜ。万世の秘法ってのはこんな人間の集まりかい?」
「まぁ、他の例に漏れず、ピンからキリまでな。層が厚いのは確かだが」
「参った! 俺が全面的に悪かった」
「なにも悪いことなんかないわい。おまえさんだって大したもんだよ」
「俺が話聞いてたの、気づいてたかい?」
「術をかけた本人だ。効果が薄かったことくらいお見通しだ」
「やっぱ、、腐っても鯛だな」
「腐っておらん、というのに」
ノリヒトとサバラス老人が軽口を叩き合う。
マルクたちはノリヒトに遠慮がないおかげで、普段レンナに任せきりにしている交渉術の一端を垣間見ることができた。
しかし――そこにあったのは人として真摯に向き合っている姿勢だった。
難しいことは何一つない、思うことの大切さ。
もちろん、かける言葉も語尾に至るまで考え尽くされたものだ。そこに暖かさを滲ませるのが素人には上手くいかない。
「——わかったかな?」
読み終えた三人の思いを汲んでサバラス老人は言った。
「はい……」
「やっぱりすごいです、代表は」
「感動しました――」
マルク、アロン、ランスは、レンナと出会ったばかりのことを思い出していた。
あの時、レンナはわずか十二歳だった。
天才肌の修法者なのだと思っていた。そもそも素質が違うのだと。
そうではなく、既に人間力の萌芽があったのだ。
そして磨き続けている――自分たちの面倒を見ながら。
負けた、と思った。
意識せずにはいられない実力の差を、またも思い知った。
大人として、男として、自分はまだまだなのだ。それが痛切にわかった。
後日、三人はレンナに手紙を書いた。
男らしく、簡潔に、自分たちの決意を述べた手紙だった。
しばらくして、レンナから同時にそれぞれへ返事の手紙が届いた。
責めずに、理知的に、決意を汲んでいて、最後は同じ言葉で結ばれていた。
皆さんの実力を信じています。
やがて、大きな大河となり海となるまで。
私は皆さんの上に落ちる雨粒でいようと思います。
「人はな、考えの温床があると安住する生き物だ。上手くいってる時は特にな。おまえさんに促されてここに来なければ、三人は自分たちが見過ごしてきたことの中に、どんな配慮があって引き立てられているのか、わからないままだったろう。それじゃいかんと言っとる」
「うーん……じゃあよ、じいさん。その手紙見しちゃもらえないかい?」
「いいぞ、どれでも好きなものを見なさい」
どうやらノリヒトは一瞬気を失って、その後は寝たふりをして四人の話を聞いていたらしい。マルクたちがひやひやするのも無理はなかった。
ノリヒトは六通の中から若草色の封筒を抜き取って、便箋を取り出し、レンナの手紙を読んだ。
まず飛び込んできたのは、女性らしい流麗な筆致。老人の寂しさの寄り添うような季節のあれこれ。生活の中の楽しいニュース。NWSの活動の様子と展望。そして、サバラス老人の健康を祈ります、と結んであった。
「はぁー、なるほどねぇ。この人が万世の魔女さんなんだろ? これは確かにじいさんを人恋しくさせるはずだな」
「そうだろう。この人はな、儂もNWSも誰も責めてない。だから、余計なことは一切書かないし、言い訳したり謝ったりもしない。返事を下さいとも言わない。ただ、やり残した仕事が儂に与えた精神的苦痛を和らげようと、それだけを思って文章を書いとる。これがあんたらに書けるかな?」
「そう言われてみれば、かなり男前な手紙だな」
ノリヒトは肩を竦めて笑った。
「この人はそうして、きちんと仕事しとる。——それはそのまま三人に足りない部分だ。散々言ったから、後は個人の思うに任せるが。こんな機会も滅多にないんでな、今日はお説教だ」
「まぁ、この手紙じゃ仕方ないわな。じいさんの言うこともわかった気がする。万世の魔女さんて何歳なわけ?」
「十八歳だな。手紙に誕生日のことが書かれとった」
「——そりゃ、すげぇわ。自分が一番大変な時に、人の面倒も見れるなんてのは、ハイグレードな大人のなせる業だぜ。万世の秘法ってのはこんな人間の集まりかい?」
「まぁ、他の例に漏れず、ピンからキリまでな。層が厚いのは確かだが」
「参った! 俺が全面的に悪かった」
「なにも悪いことなんかないわい。おまえさんだって大したもんだよ」
「俺が話聞いてたの、気づいてたかい?」
「術をかけた本人だ。効果が薄かったことくらいお見通しだ」
「やっぱ、、腐っても鯛だな」
「腐っておらん、というのに」
ノリヒトとサバラス老人が軽口を叩き合う。
マルクたちはノリヒトに遠慮がないおかげで、普段レンナに任せきりにしている交渉術の一端を垣間見ることができた。
しかし――そこにあったのは人として真摯に向き合っている姿勢だった。
難しいことは何一つない、思うことの大切さ。
もちろん、かける言葉も語尾に至るまで考え尽くされたものだ。そこに暖かさを滲ませるのが素人には上手くいかない。
「——わかったかな?」
読み終えた三人の思いを汲んでサバラス老人は言った。
「はい……」
「やっぱりすごいです、代表は」
「感動しました――」
マルク、アロン、ランスは、レンナと出会ったばかりのことを思い出していた。
あの時、レンナはわずか十二歳だった。
天才肌の修法者なのだと思っていた。そもそも素質が違うのだと。
そうではなく、既に人間力の萌芽があったのだ。
そして磨き続けている――自分たちの面倒を見ながら。
負けた、と思った。
意識せずにはいられない実力の差を、またも思い知った。
大人として、男として、自分はまだまだなのだ。それが痛切にわかった。
後日、三人はレンナに手紙を書いた。
男らしく、簡潔に、自分たちの決意を述べた手紙だった。
しばらくして、レンナから同時にそれぞれへ返事の手紙が届いた。
責めずに、理知的に、決意を汲んでいて、最後は同じ言葉で結ばれていた。
皆さんの実力を信じています。
やがて、大きな大河となり海となるまで。
私は皆さんの上に落ちる雨粒でいようと思います。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」
イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。
ある日、夢をみた。
この国の未来を。
それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。
彼は言う。
愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?
異世界で王城生活~陛下の隣で~
遥
恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。
グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます!
※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。
※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
婚約破棄されたスナギツネ令嬢、実は呪いで醜くなっていただけでした
宮之みやこ
恋愛
細すぎる一重の目に、小さすぎる瞳の三百眼。あまりの目つきの悪さに、リュシエルが婚約者のハージェス王子に付けられたあだ名は『スナギツネ令嬢』だった。
「一族は皆美形なのにどうして私だけ?」
辛く思いながらも自分にできる努力をしようと頑張る中、ある日ついに公の場で婚約解消を言い渡されてしまう。どうやら、ハージェス王子は弟のクロード王子の婚約者であるモルガナ侯爵令嬢と「真実の愛」とやらに目覚めてしまったらしい。
(この人たち、本当に頭がおかしいんじゃないのかしら!?)
魔法使いとして頑張りますわ!
まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。
そこからは家族ごっこの毎日。
私が継ぐはずだった伯爵家。
花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね?
これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。
2025年に改編しました。
いつも通り、ふんわり設定です。
ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m
Copyright©︎2020-まるねこ
差し出された毒杯
しろねこ。
恋愛
深い森の中。
一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。
「あなたのその表情が見たかった」
毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。
王妃は少女の美しさが妬ましかった。
そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。
スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。
お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。
か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。
ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。
同名キャラで複数の作品を書いています。
立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。
ところどころリンクもしています。
※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる