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第21話『ドミンゴ・ボア』

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 なんだかんだ言いながらステーキを平らげた二人に、デザートが待っていた。
 温かいミルクティーとバターの効いたアップルパイがお目見えした。
「ラストを飾るのは、当店自慢のアップルパイです。甘さ控えめ、さっぱりしますよ。どうぞ召し上がってください」
 穏やかに言った店長は、パティの浮かない顔に気づいた。
「どうしましたか? 料理がおいしくなかったですか」
「い、いえ、その……」
 リサが助け舟を出した。
「店長さん、よろしかったら少しお話しませんか? 今日のディナーはあなたの特別な計らいでしょう。私たちとしては、少しでもそれにお応えしたいと思ってるんですよ」
 店長はいたく感激して言った。
「ありがとうございます! 私の気持ちをわかってくださって、とても嬉しいです。是非お話させてください」
 リサがにっこり笑って、空いている隣の席——パティの対面でよく見えるところに手を差し向けた。店長は大きな体を屈めて席に座った。
「本当に今日はごちそうさまでした。私はリサ・マティアといいます」
「パトリシア・クローバーです」
「あ、パティって呼んでやってください」
「おお、リサさんとパティさん。私はドミンゴ・ボアといいます。四十一歳です」
「お若いんですね」
「そうですか? みんなにはもっと老けているように見られます。額の皺が深いのと顔の造作で。でも、いいこともあります。どこへ行っても大人扱いされます。信用もされること多いです。外国人なので、ちょっとイントネーション違いますが、気にしないでください」
 言われてみると、「が」や「を」などの格助詞が抜けている。しかし、言葉を理解するのに不便さは感じない。
「外国の方なんですね。どちらのご出身ですか?」
「カピトリヌスの北にある独立国家、コンバスの出身です。知ってますか?」
「いいえ……パティ、知ってる?」
「えっと、もしかしてバラの香水で有名な国ですか?」
「そうです、そうです! コンバスは領土の5分の3がバラの国営農場です。そこで採れる香り高いバラ、とても有名です。香水だけじゃなくて、スキンケア、アメニティ、お茶、ジャム、お菓子、何でもバラ尽くしです」
「へぇ……知らなかった」
「バラ、好きですか?」
 ドミンゴ店長は特にパティに聞いた。パティが頬を紅潮させている。
「好きです。化粧水はローズウォーターだし、よくお茶でも飲みます。香りをかぐと豊かになれるし、女性でよかったって思うんです」
「その通りです。バラは女性の美しさのために存在している花です。バラに囲まれて生活したら、女性は輝くほど幸せになれますね。男性はミツバチです。香りに引き寄せられて、天にも昇る気持ちになれます」
「ええ!」
 心からの賛同を返して笑い合う。
 リサは早くも、自分が邪魔なんじゃないかと思い始めた。

















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