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第25話『出逢うべき人たち』
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ミレイが突然、集会所から姿を消した。
広間から出た様子もないし、トイレをのぞいてもいないし、祖父に何も言わずにどこかへ行くとは考えにくい。
雨の中、探しに出ようとする面々を留めた者がいる。
「皆さん、待ってください」
それはミレイが読んでいた童話本から、突然煙のように現れた。
白装束に身を包んだ、髪を角髪に結った童子——。
「こっ、これは――⁈」
「落ち着いてください、ヤスヒコさん」
驚愕するヤスヒコ老人をトゥーラが諭し、面々は童子の言動を見守った。
「ミレイ君のことは私たちに任せてください。彼は今、出逢うべき人たちと出逢っています」
それきり童子は沈黙した。
「ど、どういうことでしょう⁈」
ヤスヒコ老人が小さな木のテーブルに、おろおろ手をついた。
すっかり落ち着いたトゥーラが、彼に説明した。
ノリヒトは合羽を着て、裏山のリンゴ園を見回った帰り道だった。
雨でりんごが傷むので、今日の収穫作業は中止。
収穫期だというのに、まだ艶々と青い葉と立ち込める甘い匂いに満足して、家に向かうところだった。
ところが、山のふもとの梅園に差し掛かると、途切れ途切れに泣く声がする。
さては飼い猫のチャコが恋の相手でも見つけたか、と思ったが猫にしては鳴き声の調子が違う。
「——?」
どうもおかしいと思い直して、疑問を晴らしに梅園に入って行くと、はたして木の下で小さな子どもがうずくまっている。
彼の予想は半分あたっていた。
というのも、飼い猫のチャコが腹を撫でられて、ゴロゴロ喉を鳴らしていたからだ。
子どもはノリヒトに背を向けてしゃくりあげていた。
ノリヒトはここ数ヶ月、童話の里に出入りしているおかげで、朧げに事情は察したものの。子どもをこの雨の中放っておくわけにもいかないと、声をかけることにした。
「おう、ぼうず。どこから来た?」
なるべく優しい声をかけたつもりだったが、野太い声に子どもはビクッとして尻もちをついてしまった。
「あーあーやっちまった。悪かったなぼうず。おめぇも悪いんだぜ? 人んちの敷地に黙って入り込んでよ。ん?」
「ごめんなさい」
「いいけどよ、名前はなんて言うんだ?」
「……ミレイ」
「年は?」
「四歳」
「四歳? どうやら人の子らしいが……親がいないってな、どういう了見だよ、こりゃ?」
「……おじいちゃーん!」
急に心細くなって、ミレイは泣き出した。
暖かい童話の里の集会所から、突然見知らぬ場所に案内もなしに放り出されたのだから無理もない。
ノリヒトは頭をわしゃわしゃと掻いた後、ミレイに近づいて腰を下ろした。
「そうか、じいちゃんがどっかにいんだな? 泣くなよ、俺が探し出してやるから。じいちゃんの名前は?」
「ポールお兄ちゃーん!」
わんわん泣き出すミレイ。
しかし、その名前でノリヒトの勘は確信に変わった。
広間から出た様子もないし、トイレをのぞいてもいないし、祖父に何も言わずにどこかへ行くとは考えにくい。
雨の中、探しに出ようとする面々を留めた者がいる。
「皆さん、待ってください」
それはミレイが読んでいた童話本から、突然煙のように現れた。
白装束に身を包んだ、髪を角髪に結った童子——。
「こっ、これは――⁈」
「落ち着いてください、ヤスヒコさん」
驚愕するヤスヒコ老人をトゥーラが諭し、面々は童子の言動を見守った。
「ミレイ君のことは私たちに任せてください。彼は今、出逢うべき人たちと出逢っています」
それきり童子は沈黙した。
「ど、どういうことでしょう⁈」
ヤスヒコ老人が小さな木のテーブルに、おろおろ手をついた。
すっかり落ち着いたトゥーラが、彼に説明した。
ノリヒトは合羽を着て、裏山のリンゴ園を見回った帰り道だった。
雨でりんごが傷むので、今日の収穫作業は中止。
収穫期だというのに、まだ艶々と青い葉と立ち込める甘い匂いに満足して、家に向かうところだった。
ところが、山のふもとの梅園に差し掛かると、途切れ途切れに泣く声がする。
さては飼い猫のチャコが恋の相手でも見つけたか、と思ったが猫にしては鳴き声の調子が違う。
「——?」
どうもおかしいと思い直して、疑問を晴らしに梅園に入って行くと、はたして木の下で小さな子どもがうずくまっている。
彼の予想は半分あたっていた。
というのも、飼い猫のチャコが腹を撫でられて、ゴロゴロ喉を鳴らしていたからだ。
子どもはノリヒトに背を向けてしゃくりあげていた。
ノリヒトはここ数ヶ月、童話の里に出入りしているおかげで、朧げに事情は察したものの。子どもをこの雨の中放っておくわけにもいかないと、声をかけることにした。
「おう、ぼうず。どこから来た?」
なるべく優しい声をかけたつもりだったが、野太い声に子どもはビクッとして尻もちをついてしまった。
「あーあーやっちまった。悪かったなぼうず。おめぇも悪いんだぜ? 人んちの敷地に黙って入り込んでよ。ん?」
「ごめんなさい」
「いいけどよ、名前はなんて言うんだ?」
「……ミレイ」
「年は?」
「四歳」
「四歳? どうやら人の子らしいが……親がいないってな、どういう了見だよ、こりゃ?」
「……おじいちゃーん!」
急に心細くなって、ミレイは泣き出した。
暖かい童話の里の集会所から、突然見知らぬ場所に案内もなしに放り出されたのだから無理もない。
ノリヒトは頭をわしゃわしゃと掻いた後、ミレイに近づいて腰を下ろした。
「そうか、じいちゃんがどっかにいんだな? 泣くなよ、俺が探し出してやるから。じいちゃんの名前は?」
「ポールお兄ちゃーん!」
わんわん泣き出すミレイ。
しかし、その名前でノリヒトの勘は確信に変わった。
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