甘く愛され花は咲く 〜干物女教師、同じ職場の推し(イケメン)に溺愛される〜

たかきこう

文字の大きさ
3 / 8

すごくいつも通り

しおりを挟む
「ちょっとはるの! あんたいつまで寝てるの! いい加減起きないと遅刻するわよ!」

 あの夜から二日後、月曜日の朝。自室のドアの向こうから、母親の怒鳴り声が聞こえる。23にもなろう社会人の私だが、夜更かし癖がいまだに治らず情けないことに毎朝母親に起こされてなんとか起床していた。

 昨晩は日長一日サブスクの海外ドラマを鑑賞して終わった。我ながら実につまらない休日であると思う。スマートフォンにセットしてあったアラームはなぜだか止まっていたらしい。今起きるから……と起床を拒絶する脳と体に鞭打って、なんとかベッドから這い出た。

 くったくたな上下グレーのスウェットを身につけたボサボサ頭の成人女性がのそのそとベッドから這い出る様子は、さながら芋虫のようだっただろう。3、2、1とカウントダウンをして半ば強制的に体を起こした。

 寝ぼけ眼を擦りながら、自室の汚さに唖然とした。テーブルには食べ終わったカップ麺の容器が数個重なって放置されている。床にはいつぞやの洗濯物が転がり、ゴミ屋敷レベルではないもののそこそこに汚い。到底、女盛りの20代女性の部屋とは思えなかった。

 そろそろ片付けなくちゃなぁ、と口にはしつつも実際に部屋の掃除に着手するのは当分先のことであろう。

 フラフラとした足取りでなんとか洗面所へ向かい、洗顔をする。残暑の厳しい時期だから、顔にかけた冷水が心地よかった。タオルで顔を拭き、その辺にあった化粧水を適当に塗った。美容に興味がないわけではないのだが、いかんせんなんの知識もないため何をどう買えばいいのかすらわからない。

 私はドラッグストアに行ったところで、ゾンビのように店内を彷徨くことしかできない悲しきモンスターなのだ。

 母の化粧ポーチを拝借し、なんとなく全体に粉を叩いて眉毛を描けば私の化粧は終了だ。大学生の頃から何も変わっていない私のメイクアップ術はほぼ化粧の効果がないらしい。母親曰く、ちょっと眉毛が伸びた? くらいのものである。ボサボサの頭をなんとか人間と呼べるレベルにまで直して、朝の支度は終了だ。

 私の顔は、可も不可もない。プラスにもマイナスにもならないごく普通の顔である。鏡に映る地味な顔面を見て、高野先生はなにが良くて私を抱いたのだろう、と疑問に思った。生徒に手を出すのはいかがなものかと思うけれど、教職員にだって独身の綺麗な女性は何人もいるのに。なぜ私だったのだろうか、地味で経験がなさそうで(いや事実全くなかったのだが)ちょろく見えたからだろうか。

 あれほどのイケメン、寄ってくる女性は両手でも数えきれないほどいるであろうに……

 いくら考えたところで私は高野先生ではないから、なにも分からなかった。
 さっと母の作った朝食を平らげ、家を後にした、満員電車に揺られながら、ぼうっと高野先生のことを考えた。顔を思い浮かべるだけで心がときめいてしまった。

 時間が経てば熱も冷めるかな、と思っていたけれどそんな気配は今のところ全くない。前は眺めているだけで大満足だったのに、今の私はもっと話したい、もっと知りたいと強欲になってしまっている。

 ピコン、と手に持っていたスマートフォンから通知音が鳴った。高野先生からのメッセージだった。

「おはようございます。今週も頑張りましょう」

 の言葉と共に、笑顔の絵文字がくっついていた。あの夜以来、4月の最初の会話以外になにも更新がなかった私たちのトークルームは頻繁に使われるようになっていた。会話の内容はどれも他愛のないものばかりだったが、それでも推し(ガチ恋)との会話は楽しくて仕方なかった。

 抑えろ自分、私如きが高野先生の彼女になんてなれっこないぞ! 今構ってもらえてるのもただの気まぐれだから!

 自分へ何度も言い聞かせてはいるものの私の胸のときめきは一向に萎まず、むしろやり取りをするたびにどんどん膨らんでいた。それがまずいことだともわかっていたけれど、どうしても高野先生からの連絡を無碍にすることはできなかった。だって、推しだもん。

 職員室の扉を開けると、まばらに教職員が席についていた。職員会議の時間まではまだ30分ほどある。もちろん、しっかり者の高野先生はすでにデスク前に鎮座していた。

 後ろから見てもしゃんと伸びた背。ただでさえ高い身長がさらに高く見える。僅かに伸びた襟足が、くるんとなっていて可愛かった。

 さて、どのように接すればいいのだろうか。私は自分の机に向かって歩きながら、どのように挨拶をしたものかと悩んでいた。

 普通におはようございます? それともおはよ? いや、変化球でオッス?
 ぐるぐると色々な挨拶が脳内を回り、どれが正解なんだ!? と半ばパニックに陥りかけたところで、彼からの挨拶が聞こえた。

「三浦先生、おはようございます。今日もまだ暑さが残ってますね」

 いつも通り。あまりにいつも通りすぎる普通の挨拶だった。しかも苗字呼びだった。あんなことがあった後だから、ちょっと照れが入るとか、そういうのも一切なかった。社会人としてのお手本のような挨拶だった。

 ただの挨拶如きですら私は動揺し、

「あ、おは……ございます…………」

 という、なんともまあコミュニケーション能力のなさそうな返事をしてしまった。

 その後も、私と彼の会話は事務的なもののみで、正直私はがっくりきていた。無意識のうちに、なんかこう、漠然と恋が生まれるような気がしていたらしい。

 昼食のお弁当を食べながら、まあそうだよな、遊びの相手にそんなに神経使ったりしないわ……と傲慢だった自分を責めていたところ、机の端に水色のメモ紙がはらりと置かれた。そこには

「今度のデート、いつにします? はるの先生の予定に合わせます」

 と流れるように綺麗な字で書いてあった。この字は間違いなく高野先生のものだ。

 えっ、と小さく声にして、隣の席に座っている高野先生の顔を見た。彼は何事もなかったかのように昼食を取っていたけれど、私の声に気がついて、左手の人差し指をたてて、しーっと言った。

 メモ紙をよく見ると、返事は裏にお願いしますの文字。メモ帳に手紙を書くなんて、小学生の時以来で少しどきどきした。

「再来週の日曜日なら空いてます」

 そう書いて、そっと彼の机にメモを置いた。彼はうん、と軽く頷いてこちらをいつもの柔らかい笑顔で見遣った。

 高野先生は本気じゃない。そうわかっていつつ、私はデートの約束を取り付けてしまった。

 もう、ガチ恋卒業は諦めた。好きなものは好き、仕方のないことだからだ。せめて、ひとときの夢に溺れていよう、高野先生の気まぐれに付き合おうじゃないか、という心持ちで彼とのデートを楽しむことにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛

ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。 そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う これが桂木廉也との出会いである。 廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。 みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。 以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。 二人の恋の行方は……

処理中です...