甘く愛され花は咲く 〜干物女教師、同じ職場の推し(イケメン)に溺愛される〜

たかきこう

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美術部の中村くん

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 高野先生とのデートまでの2週間、私はあからさまにそわそわしていた。それはもう遠足前の小学生も真っ青なそわそわ具合であった。茶を入れれば溢れるまで注ぎ続け、服を着れば裏表も前後も間違えたまま出勤し、食事をすれば箸を転げ落とす、といった具合である。

 しかし、落ち着かないのも当然。三浦はるの(23)、男性とのお出かけは人生初である。もはや浮き足立つを通り越してふわふわと浮いているようなそんな気さえした。

「三浦先生、鉛筆無くなっちゃいます……」

 1限の2年生のデッサンの授業でデッサン用の鉛筆の削り方を指導していたところ、私はぼーっとしすぎて鉛筆をカッターで全て削り切ってしまいそうになったりもした。

 女子生徒の声に気がつき削っていた手元を見てみれば、そこにはほぼ芯だけになっている可哀想な鉛筆の姿があった。

「干物ちゃん、なんか今日変だぜ。さては、デートか? このこの」

「えっ! いやいやいや、違います! 違うから!」

 お調子者の生徒、中村宗介にズバリ言い当てられ、私はあからさまに動揺してしまった。彼はなぜだか私によく絡んでくる男子生徒で、こうして私をよくからかっていた。

 しかし、からかう割には重い荷物を持ってくれたり、部員不足の美術部に入部してくれたりと優しい一面もあった。センター分けの爽やか長身イケメン、と言った風貌で男女問わずクラスメートに囲まれている人気者だった。よく校舎裏で告白されたりもしているらしい。

 選択で美術の授業をとっている子たちは活発な生徒が多く、親しまれているのか舐められているのかはわからないけれど、私は干物ちゃんと呼ばれていた。

 ヒューヒューと騒ぎ立てる生徒たちをなんとかなだめて、デッサンの指導をする。不器用な生徒が鉛筆を削る途中にカッターで指を切ってしまったりなどのハプニングはあったものの、その日の授業も賑やかに楽しく終わることができた。

 職員室に戻ると、デスクの端に私の好きないちごオレが置いてあった。さっき置かれたばかりのようで、いちごオレはまだ冷たかった。その下にはパックの水滴がついてふやけた青いメモ紙。そこには

「日曜日、楽しみですね」

 の一言となんの動物かはわからないが何か可愛らしい動物の絵が描いてあった。高野先生は絵が下手らしい。

 お礼を言おうと思ったけれど、あいにく彼は席を外していてデスクは空席だった。高野先生の机はいつも綺麗に整頓されていて、チリ一つ落ちてはいなかった。職員室は数人の教員がいるのみで、ほとんど人はいなかった。遠くの方の席に座っている噂好きの国語科教員に見られないように、青いメモ用紙をそっとワイシャツのポケットにしまった。

 今日は週に2回の美術部の活動日だ。今部員たちは県のコンクールに向かって、各々が油絵や彫刻、水彩画を制作中だ。普段から自由に制作を行えるようにいつでも美術室の鍵は開けてあるけれど、私はみんなで集まって絵を描ける活動日が大好きだった。

 美大に通っていた頃は周りに絵を描く仲間がたくさんいて絵について語ることができたけれど、就職を機にみんなバラバラになってしまった。

 だから、真面目に活動をしているのは中村くんだけだけれど、美術に関心のある彼と過ごす部活の時間が楽しくて仕方がなかったのだ。

 あっという間に時間は過ぎて、自分のクラスのホームルームを終えた私は急いで美術室へと向かった。今日の部活は中村くん以外の生徒は皆用事があると言って欠席だ。

 私の勤める学校では、特別な事情がない限り2年生まで部活への参加は必須のため、比較的緩いという理由で美術部に入る子ばかりだった。だから、全員が揃うことはほとんどなかったけれど、それでも私は美術部が好きだった。

 美術室に入ると、既に中村くんは制作を始めていた。机を端に寄せて、使い古しのブルーシートにあぐらをかいて彫刻刀で木の塊を彫っていた。今彼がコンクールに向けて作っているのは、木彫りの仏像だった。高さは約60センチほどで、まだ荒く形を彫ってあるだけだったが、既に迫力は満点だった。

「いいね、中村くん。すごくかっこいい」

 彼は後ろから声をかけられるまで私の存在に気が付かなかったらしく、びっくりしたように肩を持ち上げてこちらを振り返った。

「うん、よく言われる」

 なんて言いながら、彼は顎に手を当ててポーズを決めた。

「いやいや、そういう意味じゃなくて……」

 なんだよ、こっちかよ。と彫りかけの仏像にデコピンをして、彼は拗ねたような口調で呟いた。

「あ、こら。罰当たりなことしちゃダメだよ」

 彼はあからさまにぶーたれた顔をして、私を見上げた。別に私に言われなくたって、彼はみんなにイケメンだの美男子だのと言われているのに。

「もー、怒らないの。せっかくのイケメンが台無しだよ」

 イケメン、という単語を聞くなり、彼の機嫌はみるみる良くなった。ちょっと距離感が近すぎるかな、と思う時もあるけれど彼と話すと楽しくてついつい冗談を言ってしまったりする。

「なに? 干物ちゃん、もしかして俺に惚れちゃった?」

 なんて真面目な顔で言うものだから、もうおかしくて仕方がなかった。

 制作をしている彼の背中を見ていると、なんだか私も何かを作りたくなってきた。黒板の前にある教員用のテーブルと棚から、画板と鉛筆、練り消しゴムを取り出した。何を描こうか悩んでウロウロしていると、ふいに中村くんに声をかけられた。

「干物ちゃん、描くものないなら俺を描いてよ」

 彼は左手でちょいちょいと私に隣へ座るよう呼びかけた。私はありがとう、と言って彼の隣に椅子を置き、仏像に向かう彼の横顔をスケッチした。グラウンドでは運動部がランニングをしているらしく、いちに、いちにという掛け声が4階にあるこの美術室にまで聞こえてきた。

「そういえば、中村くんはどうして美術部に入ってくれたの? あなたは運動神経もいいし、運動部から声がかかってたみたいだけど」

 彼は動かしていた手を止めて、しばらく考えるような仕草を見せた。

「干物ちゃんがいたからだよ」

 えっ? と私が声を出すと、彼はやっぱり今のなしと言って笑った。そのあとすぐに、彼は好きなサッカーチームが優勝した、という話をし出してこの話題は結局うやむやになって終わってしまった。

 太陽が傾き始め、下校を促す校内放送が流れた。

「そろそろおしまいにしようか。掃除、手伝うね」

 私は掃除用具入れからほうき2本とちりとりを取り出して、一本を彼に渡した。彼はうん、と頷いてほうきを受け取った。なぜだか中村くんは黙りこくっていて、二人で黙々と木屑を掃除した。

「なあ、干物ちゃん」

 彼がようやく口を開いた。なあに、と私が聞き返すと彼は少し悲しげな声音でいった。

「デート、楽しめよな」

 それきり彼は一言も喋らなかった。私たちは片付けを終えて、中村くんは下校した。私も職員室へと戻り、荷物をまとめてタイムカードを押した。
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