COSMOS ~百億年の歴史と一輪の秋桜~

碧桜 詞帆

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君も星だから

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 しかし桜花おうかは沈黙を返してきた。それどころか桜花おうかの顔から笑みが消える。
「会ってどうするの?」
 突き放すような冷たい声。秋桜あきなは言葉を詰まらせた。桜花おうかが片手を伸ばすと、秋桜あきなのそばを浮遊していた小さな光の球体がすっと彼女の手に戻った。
「確かに、秋桜あきなちゃんのお母様はここにいらっしゃるわ」
「……っ!」
「でも、会わせるわけにはいかない。生きているモノとそうでないモノが会うのは、本来あってはならないことよ」
 断固として会わせようとしない桜花おうか。だからと言って、引き下がれるほど秋桜あきなは大人ではない。桜花おうかは怒っているのか悲しんでいるのか、複雑そうに眉をひそめた。
秋桜あきなちゃん……。あなたは、許されなければ夢を追えないの?」
 秋桜あきなは硬直する。息も一瞬止まるほどに。
「あなたの気持ち、当ててみましょうか。夢を追う、その我儘を、家族に、……若桜わかなさんに許してほしい、応援してほしいのよね」
「っ……やっ……!」
「そうすれば、あなたはその罪悪感から解放される」
「やめてっ!」
 耳を抑え、桜花おうかの言葉を必死に拒む。それ以上言われたら頭が壊れてしまいそうだった。
秋桜あきなちゃん」
 しかし、長い沈黙を挟んで結局、秋桜あきなは顔を上げて桜花おうかを見た。桜花おうかには全てが視えている。拒んでも同じことなのだろう。
「夢は、そうやって叶えるものではないわ。最初は夢があなたに喜びとか感動とか、多くのものを与えてくれたと思う」
 でも、と桜花おうかは続けた。
「夢を叶えるためにはそれだけでは駄目。今度はあなたが夢に向かって歩いていかないと」
 桜花おうかの言葉がどんどん心に積もっていく。半ば放心状態になりながら、秋桜あきなは彼女の言葉を聞いていた。――そう。本当は解ってた。解っていたんだ。

 忘れたわけじゃない
 ただ蓋をしようとしただけ

 失くしたわけじゃない
 ただ置いてこようとしただけ

 消したわけじゃない
 ただ隠そうとしただけ

 だって――

秋桜あきなちゃん。あなたは特別な人間?」
 桜花おうかが淡く笑いかけてくる。秋桜あきなの心へと、語りかけるように。
「あなたがどこにでもいる普通の人間だというのなら、あなたは決して一人ぼっちではないわ。あなたと同じ願いを抱き、苦しんでいる人がきっとどこかにいる。この空の下に、きっと」

 抱えてしまったら、きっと泣いてしまう
 それが解っていたから

「ねぇ。うたを書く理由は、一つじゃなくてもいいとは思わない? 誰かのために。誰かのためにと願う自分のために。これからもっと増えていくかもしれない。あなたが向き合っていくのならば」
 微笑んでいた彼女が、いきなり真顔になって秋桜あきなを見つめた。ただ真っ直ぐに秋桜あきなの目を捉える。目を逸らそうと思っても逃げられない。彼女の瞳には底知れない魅力があった。
 視線が交差する中で、秋桜あきなは理解する。これから言うことが桜花おうかの一番伝えたいこと。この語りの心髄なのだろうと。
「辿り着きたい場所があるなら、ここに留まらないことを決意しなければならない」
 雪のように降り積もった言葉が閉ざされた部屋を優しく被っていく。そして新たな平地を創り出し、真っ白な世界へと誘う。目的地は自分で決めろ、道すらも自分で切り拓けと言うように、ただ空白の場所に秋桜あきなを放り出そうとする。でもそれは、白紙のノートに綴る歌詞やメロディを探す感覚にとても似ていた。
 ああ、自分は結局、この感覚を求めずにはいられないのだろう。どこにいても何をしていても、そしてこの先何があろうと、自分は何度だって求めてしまうだろう。
 秋桜あきなは自分の手を見つめた。書きたい。その声がはっきりと聞こえる。ぎゅっとその手を握り、顔を上げた。
「――はい」
 膝が笑っていた。顔も涙でぬれている。それでも、秋桜あきなは自分の足でしっかりと立った。
 ――救われたいのは私。でも救われるのが私だけでないなら、これから先、いくら傷付いても構わない。
 いつからか桜花おうかは優しい微笑みを浮かべ、見守ってくれていた。
「大丈夫。好きでい続けることの苦しさを知っているあなたなら、きっと叶えられる。それにね、諦めなければ何だって出来るわ。何にだってなれる」
 桜花おうかが手のひらを上に向けて、空へと伸ばした。まるで舞い降りてくる星の光を掴むように、優しく。
「だって、世界はこんなにも広いんだから。星の数だけ、奇跡が瞬いてるわ」
 空高く歌う壮大な銀河へ思いを馳せると、風が心を吹き抜けていく感じがした。胸に手を当てて感じる、鼓動と温もり。それは宇宙が生まれたばかりの頃にあった、果てしなく遠い時代の残り火。私達は百億年の歴史を背負ってここにいる。ここで生きている。
 光の声が宇宙そら高く言う。君も星だと。みんな、この宇宙の一欠片なのだと。誰もが星のように、蛍のように、その生命を燃やして輝いていく。
 怖がることはない。寂しがることはない。みんな一つ。生命は皆、この宇宙と繋がっているのだから。
「――――」
 孤独は孤立とは違う。孤独こそ〝繋がり〟なのだ。それが、今の秋桜あきなには理解できた。今なら自分の足で歩いていける。きっと。

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