未来スコープ  ―キスした相手がわからないって、どういうこと!?―

米田悠由

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エピソード4:夢と予感、交錯する世界 Ver.18

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陽光学園の敷地は、清風学園とは比べ物にならないほど広大だった。
歴史を感じさせる重厚な図書館、最新鋭の設備が整った研究棟、そして広々としたグラウンド。
そのグラウンドの片隅にあるベンチで、一条 悟(いちじょう さとる 18歳)はスマートフォンを眺めていた。
日に焼けた健康的な肌に、涼しげな目元が特徴的だ。

「悟くん!」

明るく弾んだ声が、グラウンドに響き渡った。
一条は、スマートフォンの画面から顔を上げた。

「また、そこにいたんだ」

駆け寄ってきたのは、隣のクラスの桜井 美咲(さくらい みさき 17歳)。
陽光学園の制服を自分らしく着こなしている彼女は、ショートヘアがよく似合う快活な印象だ。
一条とは、最近になってぐっと距離が縮まったばかりの友人だった。

「桜井さん。どうしたの?」

一条が問うと、美咲は少し頬を膨らませた。

「どうしたの、じゃないよ!ほら、もうすぐ図書館閉まっちゃう時間だよ?今日、資料を探しに行くって言ってたじゃない」

美咲は呆れたような、しかし少し寂しそうな目で一条を見つめた。
一条が最近、上の空なことが多いのを心配している。

「ああ、悪い。ちょっと考え事をしてた」
「夢の、女の子のこと?」

美咲はわざと軽い調子で尋ねた。
一条がその夢の話を時々するようになってから、美咲の心は常にざわついている。

(やっと、悟くんとこうして話せるようになったのに。この関係を、壊したくない。だけど、夢に出てくるというその子を、悟くんは少し気にしているみたいで…)

夢の相手が自分ではないかと、微かな期待を抱く一方で、彼の口から語られる断片的な描写が、どうしても自分とは重ならないことに、小さな絶望を感じてもいた。

「うん…。また、あの夢を見たんだ」

一条は小さく呟いた。
ここ最近、奇妙な夢を頻繁に見ていた。
最初は断片的で曖昧だったが、徐々に鮮明さを増している。
夕焼けに染まる屋上、風になびく長い髪、そして、自分の名を呼ぶか細い声。

「君のこと、ずっと…」

顔はいつも逆光でぼやけて見えないが、唇に触れる柔らかい感触と、どこか懐かしい甘い香りは、夢とは思えないほどリアルだった。

「ふーん。で、今回はどんな夢だったわけ?」

美咲はわざと明るく振る舞いながら、一条の隣に座った。
「それがさ…今回は、もっと鮮明だったんだ。屋上だけじゃなくて、古い街並みが一瞬見えた気がした。すごく古くて、でもどこか懐かしい風景でさ」

一条は腕を組み、記憶を辿るように空を見上げた。

「へえ、古い街並みかぁ…。他に何か、夢に出てきた特徴とかってあった?」

美咲は、さりげなく、しかし必死に尋ねる。
「んー、そうだな…。やっぱり、いつも髪が長かった気がするんだ。風になびく感じが、印象的で…」

一条の言葉に、美咲は自分のショートヘアにそっと触れた。

「…そっか。長い髪、か」
美咲の声が、ほんの少し沈んだ。
(私の髪はショートだから、やっぱり私じゃないよね…。でも、もしかしたら、この髪型じゃなくて、もっと…)

「もしかして、私、髪伸ばしてみようかな…」

小さく呟く美咲の言葉は、一条の耳には届かなかった。
彼は再び、夢の風景に思いを馳せている。
美咲はそんな一条をじっと見つめる。

(悟くんの隣にいる時間が、今は何よりも大切。
この関係を保つためなら、どんなことでも。
たとえ、それが悟くんが気にする夢の女の子に繋がることだとしても…)

美咲の胸には、どうしようもない切なさと、それでも彼の一番近くにいたいという、強い想いが渦巻いていた。

「古い街並みねぇ…。それって、もしかして…」

美咲は何かを思いついたように、きらりと目を輝かせた。
彼との会話を続けたい。
そして、もしかしたら、自分が彼の夢を解き明かす手助けをすることで、彼の「夢の女の子」への想いを、少しでも自分に向けられるかもしれない。

「桜井さん、何か知ってるのか?」

一条の問いに、美咲は少し戸惑った表情を見せた。

「うーん、確信はないんだけど…。私のおばあちゃんの家、すごく古いんだけど、その家の蔵にね、昔の古い地図がたくさんあるの。
ただ、すごく年代物で、もうほとんど文字が読めなくなっちゃってて…。
写真も、すごく古くて、今じゃほとんど判別できないくらいなの。
だから、もし本当に悟くんの夢と関係あるなら、図書館とかでちゃんと調べるしかないかなって…」

美咲の言葉に、一条の目がわずかに見開かれた。

「そうか、そういうことか…。じゃあ、まずは図書館で資料を探してみよう。古道について書かれた本とか、何かないかな」

一条の脳裏に、夢で見た古びた街並みの断片がフラッシュバックした。
それは、もしかしたら美咲の言う幻の古道に点在する、昔の建物の名残なのかもしれない。

「うん!喜んで。もしかしたら、悟くんの夢にぴったり合うような、そんな場所が見つかるかもしれないね」

美咲の提案に、一条の顔に僅かながら期待の色が浮かんだ。
彼は夢の相手が誰なのか、それが本当に存在するのか、ずっと知りたかった。
そして、もし美咲がその手がかりになるなら、これほど心強いことはない。

「本当か!?ありがとう、桜井さん。助かるよ」
一条の言葉に、美咲は複雑な笑みを浮かべた。
(彼の役に立てるのは嬉しい。
でも、それが、私じゃない夢の女の子に繋がっちゃうのかな…。それでも、悟くんが喜んでくれるなら…)

胸の奥が少しだけチクリと痛んだ。
それでも、彼のためにできることがあるならと、美咲は精一杯の笑顔を作った。

二人は立ち上がり、図書館へ向かった。
一条は夢の続きを探し、美咲は彼の隣で、自分たちの未来がどこへ向かうのか、漠然とした不安を抱えながらも、彼を支えようと決めていた。

図書館は、陽光学園の敷地の中でもひときわ大きな建物だった。
高い天井、ずらりと並んだ書架は圧巻だ。
一条と美咲は、歴史や郷土史のコーナーへと足を向けた。
「おばあちゃんの話だと、その幻の古道は、昔の街道の一部だったらしいの。
今はもう地図にも載ってないから、本当に幻みたいになってるんだけど」

美咲は書架から何冊かの郷土史の本を引っ張り出しながら話す。
「なるほど。じゃあ、まずはその古道の痕跡を探すことからだな」

一条は真剣な表情で本の目次を眺めた。
彼の頭の中は、夢で見た風景と、美咲の話が結びつき始めていた。
(悟くん、やっぱり夢の女の子のことを気にしているんだな…。私じゃ、ダメなのかな…)

美咲は、一条の横顔を見つめながら、本のページをめくるふりをした。

その日は結局、具体的な手がかりは見つからなかった。
それでも、一条は美咲の話に希望を見出し、図書館での調べ物を続けることを決めた。
美咲もまた、彼のそばにいられる時間を大切にしようと、毎日図書館に通うようになった。

数日後。
「悟くん、これ見て!」

図書館の郷土史コーナーで、美咲が小さな声で興奮したように言った。
彼女が指差すページには、古びた白黒写真が掲載されていた。
それは、美咲の夢で見たものと酷似した、苔むした石段と、その先に続く森の小道の写真だった。
写真の下には、『湯河原しとどの窟奥隠された古道の一部』と記されている。

「これ…!」

一条は写真に釘付けになった。
彼の夢に出てくる街並みの雰囲気に、驚くほど近かった。

「おばあちゃんが言ってた場所と、きっとここだね!この本に、この古道の詳しい場所が載ってるみたいだよ!」

美咲は本の地図のページを指差した。

「本当か!ありがとう、桜井さん!これで、場所が特定できるかもしれない!」

一条は心からの感謝を美咲に伝えた。
美咲は一条の笑顔を見て、胸のチクリとした痛みを感じながらも、やはり嬉しかった。
(これで、また一歩、悟くんが気になる場所に近づけたんだ。
それが私のためじゃなくても、悟くんの役に立てたなら…)

美咲は複雑な思いを胸に秘めつつ、一条と共に、本の地図の場所へと目を向けた。

二人は電車とバスを乗り継ぎ、湯河原の山間へと向かった。
車窓から見える景色は、賑やかな街並みから次第に緑深い山へと変わっていく。
バスを降りると、そこには人工の気配が薄れ、鳥のさえずりや風の音が響くばかりの、しんとした静寂が広がっていた。

「わぁ…本当にこんなところに、古道があるんだね」

美咲は思わず声を上げた。
空気がひんやりと澄んでいて、都会の喧騒とはかけ離れた雰囲気に、少しだけ緊張が走る。

「地図だと、この辺りから道が続いてるはずなんだけど…」

一条は手に持った地図を広げ、周囲を見回す。
鬱蒼と茂る木々の中に、かろうじて人が通ったような痕跡が見える。
一条が足を踏み入れようとした時、美咲がそっと彼の袖を引いた。

(悟くんの夢、本当に叶うのかな。それが私じゃないとしても…)

彼女の胸には、少しの不安と、彼への複雑な想いが入り混じっていた。
しかし、一条の瞳の奥に宿る真剣な光を見て、美咲は小さく頷いた。
苔むした石段を登り、細い山道を分け入る。
歩き慣れない道に美咲の足元がふらついた時、一条がすかさず手を差し伸べた。

「大丈夫か、桜井さん?」
「うん、ありがとう、悟くん」
美咲は一条の手に触れ、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
(こんなふうに二人きりで、まるでデートみたいだ。
この時間が、ずっと続けばいいのに…)

やがて、二人は開けた場所に出た。
そこには、書籍の写真で見た通りの、古びた鳥居がひっそりと佇んでいた。
鳥居の奥には、さらに厳かな雰囲気をまとった、苔むした石の祠が鎮座している。
周囲には、時が止まったかのような静寂が漂っていた。

「ここだ…!」

一条は吸い寄せられるように祠へと近づき、そっと手を触れた。
その瞬間、彼の耳の奥に、水琴窟のような神秘的な『カラン…』という音が響き渡った。
静寂の中で、その音は彼だけに聞こえているようだった。
美咲は一条の異変に気づき、心配そうに彼の顔を覗き込む。

「悟くん、どうしたの?何かあった?」
「いや、なんでもない…。」
 「ねぇ、悟くん。戻って、途中にあった資料館に寄ってみない?何か、この古道について詳しくわかることがあるかもしれないよ」

美咲の提案に、一条は頷いた。郷土資料館の館内は訪れる人も少なく、静まり返っていた。
一条が古道のことを尋ねると、受付にいた高齢の職員が驚いたように顔を上げた。

「おや、あそこの古道にいらっしゃいましたか。
珍しい。あそこはもう、訪れる人もほとんどおらんから…」

職員は、一条と美咲の熱心さに興味を引かれたようだ。

「ええ、少し昔の地図を見て、興味があって…。それに、そこで不思議な音を聞いたんです。水琴窟のような…『カラン…』と」

一条の言葉に、職員の顔から血の気が引いた。
その表情には、驚きと、そしてどこか畏敬の念が混じっていた。

「水琴窟のような音…『カラン』…だと…!?まさか、あんた、その音が聞こえたのか!?」

職員は震える声で呟いた。
その目に宿る驚愕と、一条を見る視線に、ただならぬものが宿る。
美咲は、そのただならぬ雰囲気に息を呑んだ。

「その音は、特別な者にしか聞こえぬ音じゃ。
水琴窟の音は伝説として、わしの家系にだけ密かに引き継がれてきて、誰も知らぬ話じゃった。
秘密裏に引き継がれてきた伝説…。
まさか、あんたがその音を聞くとはのう…!
あの伝説は本当だったのか…!神の啓示か…!」

職員は深いため息をつき、覚悟を決めたように一条と美咲に向き直った。
その顔は、何か重いものを背負ったようだったが、同時に、運命を受け入れたかのような穏やかさも宿していた。

「ワシの家系はな、この古道の言い伝えを、代々口伝で引き継いできた。
本当は、決して口外してはならぬことじゃったが…あんたのように、実際にその音を聞いた者に出会った以上、語らぬわけにはいかぬ」

職員は、声を潜めて語り始めた。

「その『カラン…』という音、それは『共鳴の響き』と呼ばれるものじゃ。
そして、その響きを聞いた二人だけが、持つことを許された道具がある。
それは…『夢紡ぎ鏡(ゆめつむぎきょう)』じゃ」
一条と美咲の顔に、驚愕の表情が浮かんだ。
特に一条は、その言葉に雷に打たれたような衝撃を受ける。

「『夢紡ぎ鏡』はな、古くからこの地に伝わる伝説じゃ。
それは、結ばれぬ恋の想いを、時を超えて未来へと繋ぎ、永遠に紡ぐと言われておる。
異なる時空にいる二人が、この『共鳴の響き』によって繋がり、片や、その『夢紡ぎ鏡』で未来を見、片や、その未来を夢で見る…。
そして、その響きが完全に一つになった時、二人は、真の運命の相手と巡り合うのじゃ」

職員は、まるで古の物語を語るかのように続けた。
その言葉は、一条の心に深く刻み込まれていく。

(僕の夢に出てくるあの子が…『夢紡ぎ鏡』を持っているのか…!?
そして、あの音は、その鏡が発する『共鳴の響き』…!!)

一条は、自身の夢の相手がただの幻ではないこと、そして、その相手が「未来を見る道具」を持っていることを、確信した。

(悟くん、やっぱり夢の女の子のことを気にしているんだな。
こんな伝説まで、真剣に聞いちゃって…。
だけど、私は、やっぱり悟くんが…)

美咲は、隣で真剣な表情を浮かべる一条をじっと見つめた。
彼の役に立てるのは嬉しい。
けれど、それが、自分ではない夢の女の子に繋がるかもしれないと思うと、胸の奥が少しだけチクリと痛んだ。
それでも、彼のためにできることがあるならと、美咲は精一杯の笑顔を作った。

郷土資料館を後にし、一条は美咲を駅まで送った。
別れ際、美咲がふと一条の目を見て尋ねる。

「悟くん…本当に、その夢の女の子のこと、知りたい?」

「ああ。きっと、それが僕の、今一番やりたいことなんだ。
この『夢紡ぎ鏡』が、本当に存在するなら…その子も、きっとどこかにいるはずだから。僕は、その子を探すよ」

一条のまっすぐな返事に、美咲は小さく頷いた。

「そっか。応援してるよ」

美咲は精一杯の笑顔を作り、踵(かかと)を返した。
しかし、その背中は、どこか寂しげに見えた。

その夜、一条は自室のベッドで横になっていた。
郷土資料館で聞いた『夢紡ぎ鏡』の伝説と、『共鳴の響き』の全てが、彼の心を埋め尽くしていた。
彼の見ていた夢は、単なる夢ではなかった。
それは、遥か遠い時を超え、彼に語りかけようとしている、もう一人の運命の相手からのメッセージだったのだ。

一条は、ゆっくりと目をつぶり、夢の彼女の姿を思い描く。

(僕は、あの子を探す。あの『共鳴の響き』で繋がっている、僕の運命のひとを…!)

枕元に置いてあった湯河原で買ったお土産の袋から、湯河原レモンパイを取り出して口にした。
「あ、これ、おいしい!」
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