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エピソード5:初任務、そして覚悟の「ミューズ」 Ver.6
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精神感応訓練を終え、ユカは新たな覚悟を胸に抱いていた。
感情を排除するのではなく、むしろそれを制御し、自分の核とすることで戦う道を見つけたのだ。
教官の「これで単独任務に出せる」という言葉が、重く、そして確かな自信として響いていた。
翌朝、ユカは学園長室に呼び出された。
そこには、アザレア教官の他に、学園長が厳粛な面持ちで座っていた。
「里中ユカさん。」
学園長の声は、いつも以上に重々しい。
「はい。」
「今日からあなたには、未来本部エージェントとしての初めての単独任務が課せられる。」
学園長は一枚のファイルをユカの前に滑らせた。
ファイルには、古いモノクロ写真と、いくつかの座標が記されている。
「任務対象は、過去の重要事件において、情報が歪められたとされている人物だ。
その人物が残した感情の痕跡から、真実を特定し、本部に報告せよ。」
アザレア教官が補足する。
「今回の任務は、あなたの共感覚の真価が問われる。
感情の奔流に飲み込まれるな。
しかし、真実を見極めるためには、深く潜り込む必要がある。矛盾しているようだが、あなたの核を忘れるな。」
ユカは強く頷いた。
教官の言葉が、精神感応訓練で得た自らの答えと重なる。
ユカは、未来本部の転送装置で、任務の時代へと降り立った。
目の前に広がるのは、ひび割れたアスファルトと、錆びついた鉄骨が剥き出しになった廃墟の街。情報によると、ここは過去、大規模な組織抗争があった場所だという。
目的のターゲットは、その抗争の渦中で命を落とした、とある組織の若きリーダーだった。
彼の死によって、事件の真相は闇に葬られたとされている。
「うわぁ…なんか、廃墟マニアが喜びそうな雰囲気…って、のんきなこと言ってる場合じゃないか。」
ユカは思わず呟き、自分の緊張をほぐそうとした。
手元のデバイスに表示された座標を頼りに、廃墟となったビルの奥へと進んでいく。
鉄錆と土埃の匂いが鼻をつく。
足元に散らばる瓦礫を避けながら進むと、ひときわ大きく崩れた区画にたどり着いた。
デバイスの反応が強くなる。
「この辺か…」
ユカは慎重に周囲を見渡す。
崩れた壁の向こうに、古びた金属製のデスクが辛うじて形を残していた。
デスクの上には、血痕のようなものが付着している。
ユカはデスクにそっと手を触れた。
その瞬間、電撃のような衝撃が全身を駆け巡った。
視界が歪み、男の激しい感情が津波のように押し寄せてくる。
「…騙された!許さない…!なぜ、仲間が…!」
男の絶望と怒り、そして裏切りへの憎悪が、ユカの意識を支配しようとする。
「うっ…ぐ…!」
ユカは思わず膝をついた。
あの精神感応訓練の時と同じだ。
だが、今回は訓練ではない。
任務なのだ。
(感情に…飲み込まれるな…!でも、感じないと…真実は見えない…!)
ユカは、激しい感情の奔流の中で、必死に自分を保とうとした。
男の記憶が、フラッシュバックのように鮮明に再生される。
男は、信頼していた副官に裏切られ、襲撃されたのだ。
その時の混乱、絶望、そして、最後に見た副官の冷酷な目。
「あああああ!クソっ…!」
男の断末魔が、ユカの耳に直接響く。
あまりにも生々しい感情に、ユカの意識が揺らぐ。
その時、ユカの脳裏に、かつてアザレア教官との訓練で得た、あの感覚が蘇った。
(そうだ…!こんな時こそ…!)
ユカは、「おじさん好き」という自分の根源的な感情に意識を集中させた。
それは、特定の誰かの顔でもなく、ただひたすらに、ユカにとっての安心感と好意の対象である「おじさん」という存在への温かい感覚だった。
(くりかえすが、もちろん、それは、世間で言われる「パパ活」という意味ではない。あくまで、ユカにとっての「おじさん」とは、経験豊富で、包容力があって、そして何より、どこかちょっぴり可愛い、魅力的な男性のことなのだ。)
怒涛のように押し寄せる男の憎悪の中で、ユカの「おじさん好き」という感情が、まるで荒波の中の一本の錨のように、彼女の意識を繋ぎ止める。
感情の奔流は止まらないが、その渦中で、冷静に情報を抽出しようとする意識が生まれた。
ユカは、男の最後の記憶の奥底に潜む、わずかな違和感を捉えた。
男を裏切った副官の背後に、見慣れないエンブレムが刻まれた何者かがいたのだ。
それは、この時代には存在しないはずの、しかし未来本部が過去に確認していた時系列操作を行う不法組織の紋章と酷似していた。
(これだ…!真実…!)
ユカは、その決定的な情報を掴んだ瞬間、意識が急速に遠のいていくのを感じた。
膨大な感情の流入と情報の抽出が、彼女の精神に限界を超えた負荷をかけたのだ。
「…里中!里中、聞こえるか!?」
ぼんやりとした意識の中で、教官の声が聞こえた。
ユカはゆっくりと目を開ける。見慣れた未来本部の転送室の天井が見えた。
「…教官…」
ユカは掠れた声で呟いた。
全身が鉛のように重い。
「よくやった。情報を受信した。
確かに、例の組織の関与が確認できた。
この時代の未来が、大きく歪むところだった。」
教官は珍しく、安堵のような表情を見せた。
「教官…私…」
ユカは、先ほどの体験を思い出し、胸が苦しくなった。
「感情に、流されそうになりました…でも…」
「だが、あなたは乗り越えた。
感情を排除せず、むしろそれを利用して、自身の軸を保った。」
教官は、ユカの額にそっと手を置いた。
その手は冷たかったが、どこか温かいような気がした。
「あなたは、未来本部エージェントとして、最高の資質を持っている。
もはや、学園で教えることは何もありません。」
学園長が、静かにユカの前に歩み出た。
その手には、一枚の金属製のプレートが握られている。
「里中ユカさん。あなたは初任務を成功させ、我々の期待を大きく超えた。
その能力と覚悟を称え、今日からあなたに、コードネームを与える。」
学園長は、プレートをユカの手に乗せた。
冷たい金属の感触が、ユカの指に伝わる。
そこには、文字が刻まれていた。
「ミューズ」
「あなたは、歴史の裏に隠された真実を、美しく紡ぎ出す存在となるだろう。コードネーム『ミューズ』。
今日から、未来本部のエージェントとして、本格的な活動を開始せよ。」
学園長の言葉は、ユカの心に深く響いた。
「ミューズ…」
ユカは、自分のコードネームを静かに呟いた。
あの過酷な訓練、レイの言葉、そして命がけの初任務。
感情を捨てろと言われたけれど、感情と共に戦う道を選んだ結果、彼女は「ミューズ」となったのだ。
感情を排除するのではなく、むしろそれを制御し、自分の核とすることで戦う道を見つけたのだ。
教官の「これで単独任務に出せる」という言葉が、重く、そして確かな自信として響いていた。
翌朝、ユカは学園長室に呼び出された。
そこには、アザレア教官の他に、学園長が厳粛な面持ちで座っていた。
「里中ユカさん。」
学園長の声は、いつも以上に重々しい。
「はい。」
「今日からあなたには、未来本部エージェントとしての初めての単独任務が課せられる。」
学園長は一枚のファイルをユカの前に滑らせた。
ファイルには、古いモノクロ写真と、いくつかの座標が記されている。
「任務対象は、過去の重要事件において、情報が歪められたとされている人物だ。
その人物が残した感情の痕跡から、真実を特定し、本部に報告せよ。」
アザレア教官が補足する。
「今回の任務は、あなたの共感覚の真価が問われる。
感情の奔流に飲み込まれるな。
しかし、真実を見極めるためには、深く潜り込む必要がある。矛盾しているようだが、あなたの核を忘れるな。」
ユカは強く頷いた。
教官の言葉が、精神感応訓練で得た自らの答えと重なる。
ユカは、未来本部の転送装置で、任務の時代へと降り立った。
目の前に広がるのは、ひび割れたアスファルトと、錆びついた鉄骨が剥き出しになった廃墟の街。情報によると、ここは過去、大規模な組織抗争があった場所だという。
目的のターゲットは、その抗争の渦中で命を落とした、とある組織の若きリーダーだった。
彼の死によって、事件の真相は闇に葬られたとされている。
「うわぁ…なんか、廃墟マニアが喜びそうな雰囲気…って、のんきなこと言ってる場合じゃないか。」
ユカは思わず呟き、自分の緊張をほぐそうとした。
手元のデバイスに表示された座標を頼りに、廃墟となったビルの奥へと進んでいく。
鉄錆と土埃の匂いが鼻をつく。
足元に散らばる瓦礫を避けながら進むと、ひときわ大きく崩れた区画にたどり着いた。
デバイスの反応が強くなる。
「この辺か…」
ユカは慎重に周囲を見渡す。
崩れた壁の向こうに、古びた金属製のデスクが辛うじて形を残していた。
デスクの上には、血痕のようなものが付着している。
ユカはデスクにそっと手を触れた。
その瞬間、電撃のような衝撃が全身を駆け巡った。
視界が歪み、男の激しい感情が津波のように押し寄せてくる。
「…騙された!許さない…!なぜ、仲間が…!」
男の絶望と怒り、そして裏切りへの憎悪が、ユカの意識を支配しようとする。
「うっ…ぐ…!」
ユカは思わず膝をついた。
あの精神感応訓練の時と同じだ。
だが、今回は訓練ではない。
任務なのだ。
(感情に…飲み込まれるな…!でも、感じないと…真実は見えない…!)
ユカは、激しい感情の奔流の中で、必死に自分を保とうとした。
男の記憶が、フラッシュバックのように鮮明に再生される。
男は、信頼していた副官に裏切られ、襲撃されたのだ。
その時の混乱、絶望、そして、最後に見た副官の冷酷な目。
「あああああ!クソっ…!」
男の断末魔が、ユカの耳に直接響く。
あまりにも生々しい感情に、ユカの意識が揺らぐ。
その時、ユカの脳裏に、かつてアザレア教官との訓練で得た、あの感覚が蘇った。
(そうだ…!こんな時こそ…!)
ユカは、「おじさん好き」という自分の根源的な感情に意識を集中させた。
それは、特定の誰かの顔でもなく、ただひたすらに、ユカにとっての安心感と好意の対象である「おじさん」という存在への温かい感覚だった。
(くりかえすが、もちろん、それは、世間で言われる「パパ活」という意味ではない。あくまで、ユカにとっての「おじさん」とは、経験豊富で、包容力があって、そして何より、どこかちょっぴり可愛い、魅力的な男性のことなのだ。)
怒涛のように押し寄せる男の憎悪の中で、ユカの「おじさん好き」という感情が、まるで荒波の中の一本の錨のように、彼女の意識を繋ぎ止める。
感情の奔流は止まらないが、その渦中で、冷静に情報を抽出しようとする意識が生まれた。
ユカは、男の最後の記憶の奥底に潜む、わずかな違和感を捉えた。
男を裏切った副官の背後に、見慣れないエンブレムが刻まれた何者かがいたのだ。
それは、この時代には存在しないはずの、しかし未来本部が過去に確認していた時系列操作を行う不法組織の紋章と酷似していた。
(これだ…!真実…!)
ユカは、その決定的な情報を掴んだ瞬間、意識が急速に遠のいていくのを感じた。
膨大な感情の流入と情報の抽出が、彼女の精神に限界を超えた負荷をかけたのだ。
「…里中!里中、聞こえるか!?」
ぼんやりとした意識の中で、教官の声が聞こえた。
ユカはゆっくりと目を開ける。見慣れた未来本部の転送室の天井が見えた。
「…教官…」
ユカは掠れた声で呟いた。
全身が鉛のように重い。
「よくやった。情報を受信した。
確かに、例の組織の関与が確認できた。
この時代の未来が、大きく歪むところだった。」
教官は珍しく、安堵のような表情を見せた。
「教官…私…」
ユカは、先ほどの体験を思い出し、胸が苦しくなった。
「感情に、流されそうになりました…でも…」
「だが、あなたは乗り越えた。
感情を排除せず、むしろそれを利用して、自身の軸を保った。」
教官は、ユカの額にそっと手を置いた。
その手は冷たかったが、どこか温かいような気がした。
「あなたは、未来本部エージェントとして、最高の資質を持っている。
もはや、学園で教えることは何もありません。」
学園長が、静かにユカの前に歩み出た。
その手には、一枚の金属製のプレートが握られている。
「里中ユカさん。あなたは初任務を成功させ、我々の期待を大きく超えた。
その能力と覚悟を称え、今日からあなたに、コードネームを与える。」
学園長は、プレートをユカの手に乗せた。
冷たい金属の感触が、ユカの指に伝わる。
そこには、文字が刻まれていた。
「ミューズ」
「あなたは、歴史の裏に隠された真実を、美しく紡ぎ出す存在となるだろう。コードネーム『ミューズ』。
今日から、未来本部のエージェントとして、本格的な活動を開始せよ。」
学園長の言葉は、ユカの心に深く響いた。
「ミューズ…」
ユカは、自分のコードネームを静かに呟いた。
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