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4.本家からの再出発

165.結婚指環

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「……何か、アヤメさんのはイヤ」
「そんな~、せっかく買ったのに着けてよ~」
「……分かった。ネックレスにして首にぶら下げるよ」
 少し考えて弥縫びぼう案を告げる。(✳️弥縫びぼう:取りつくろい。一時しのぎ)

「そう……仕方ない。じゃあ、もう一つを私にめて」
 そう言い、アヤメさんも左手を差し出してくる。ちょっと躊躇ためらったけど、小箱から残る指環ゆびわを取ってアヤメさんの薬指に着ける。

 もらった指環を箱に戻してローブのポケットに仕舞う。

「キョウちゃん……私、指環、用意してない……」
 アヤメさんが片付くとカエデさんが謝ってくる。

「いいよ。こんなのは飾りだから」
「……飾りって言うわりにマキナねえのは、ちゃんと着けてるじゃん」
「今夜は、どうするの? 四人で──ツバキちゃん入れると五人では、さすがにあの大きさのベッドでも眠れないよ?」
 カエデさんの文句はスルーして人の割り振りを相談する。「──ちょっと、答えて」って追い撃ちが来るけど、それも流す。

「そうだな~……キョウが誰と寝るか選べばいい。外れたものは簡易ベッドだな」
 元来、交替でねやを共にするので、一度に眠るようには考えられていない。(✳️ねや:寝室)
 つまりボクが同衾どうきんを平然と提案するのが異常だと?(✳️同衾どうきん:同じベッドで眠ること)

 だいたい、あのでっかいベッドは何なんだ? 並んで寝るためじゃなかったの?

「そうだな~……マキナは一人目として、あとは……カエデさん、にしとこうかな~?」
「──やった~!」
「──え~~!」
 カエデさんは、跳び上がって喜ぶ。一方、悲嘆に暮れるアヤメさん。

「どうして~キョウちゃーん?」
「だって……アヤメさん、気持ち悪いんだもん。やらしそうだし」
 出会いがアレだったから、悪印象がなかなかぬぐえないんだもん。

「女は……女はね~、やらしくて普通なんだからね?」
「分かってるよ。みんなが抑えてるのは分かるんだけど、アヤメさんは、こう……体じゅうからにじみ出てるんだよ」
「そ、そんなバカな~」
 アヤメさんはあわてて体をねじり、自身のあちこちを見たり匂いをいでいる。
 いや、見て嗅いでも分かるものじゃないから~。

「ってわけで、ツバキちゃんも簡易ベッドでお願い」
「うん、分かってる」
 ツバキちゃんは、物わかりがよくてよろしい。

 配置が決まったところで、マキナがリビングの壁に仕舞ってある簡易ベッドを展開する。もしかして、護衛に用意されたベッドなのかな~?

「それじゃあ、寝ますか。お休み~」
「……お休み」
「……お休みなさい」
 アヤメ・ツバキの二人とお休みの挨拶あいさつを交わして寝室に移る。

「それで、どう並ぶの? ボク、マキナ、カエデさん、でいい?」
「まあ、構わんが」
「せっかくだから、マキナ姉、キョウちゃん、私にしようよ~」
「カエデさん、大丈夫?」
 興奮で眠れないかもって意味で、聴いてみる。

「大丈夫大丈夫」
 本当ほんとかな~?

「じゃあ、それで寝ようか」
 ローブを脱いでボクがベッドの真ん中に潜りこむと、マキナが片方からにじり寄る。ちょっと近くない?
 ベッドに上がってこないカエデさんを見ると立ちすくんでいる。

「カエデさん?」
「いや、何でもない……」
 赤面してカエデさんがにじり寄ってくる。感覚が麻痺まひしてたけど、下着姿のボクはちょっと刺激が強すぎたかも?

「それじゃ、お休み~」
「お休み」
「お休みなさい」
 ヘッドボードにあるリモコンで部屋の灯りを減光する。
 暗くなったのをいいことにの方から横っ腹をつついてくる。
 そちらに目を向ければくちびるを突き出している。やれやれ……。

 そ~っと反対をうかがうと目をつむっている。
 向き直り、そっと唇を合わせると、元の姿勢に戻って寝直した。

 やっと眠れた……と思ってたら、お腹をごそごそされてる。マキナ……今夜は無しって言ってたじゃん。
 まとわりつく手を押し戻す。戻したと思ったらまた忍んでまさぐってくる。

 さわさわには、相手にしないで眠気に任せて眠りにつく。


 すっきり目覚める。と言っても夜中だった。おとなりを起こさないよう慎重にベッドから下りると、トイレに立つ。
 やっぱり、真ん中に眠ると損だ。
 二人が眠るリビングを横切りトイレに向かう。

 用を足して寝室に戻る。また起こさないよう静かに潜りこむと眠りについた。
 あ~、何か忘れてるんだけど……思い出せない。まあ、いいか。

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