妄想日記3<<RISING>>

YAMATO

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Chapter7(Dies Irae編)

Chapter7-⑥【涙のキッス】

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「それじゃ、俺は行くよ。」
ケンゴが片手を上げた。
「行くって、何処へ?
置いて行かないでよ!」
幼き日の様に泣きべそをかく。
「仕方ないだろ。
お前には色々迷惑を掛けたな。
だけど、お前の事、結構好きだったんだぜ。」
振り向いたケンゴが照れ顔になる。
「迷惑だなんて思ってない。
それに迷惑だったら、これから先もずっと掛けてよ!」
タカユキは叫ぶ。
「そろそろ時間だ。
じゃあな。」
ケンゴは軽い別れを言うと、歩き出す。
その姿が薄明の中へ吸い込まれていく。
もう振り返らない。
「まっ、待って!
独りにしないでよ!」
伸ばした手が空を切る。
徐々に背中は小さくなり、光り輝く明け星になった。
手が眠っているケンゴに当たり、目が覚める。
「良かった…。」
横たわる寝顔を見て、安堵の溜息を吐く。
 
突然、遥か彼方の記憶が蘇る。
幼い頃、両親を失った。
葬儀場の煙突からゆらゆらと煙が立ち上る。
それを溢れる涙越しに見上げた。
「さあ、行くか。」
兄が手を引く。
「ホタルは悲しくないの?
父さんとも、母さんとも、もう会えないんだよ!」
叫び声は煙に届かない。
「ああ、悲しくないな。
俺にはやる事が沢山あるんだ。
さあ、行くぞ。」
兄は天空に上っていく煙をちらっと見ると、黙ったまま歩き始めた。
小声で話している親戚達の脇を通る時も無言を通す。
見兼ねた親戚の一人が声を掛けてきた。
「ホタルちゃん、これからどうするの?」
母親の姉だ。
「高校を退学して、働きます。
皆さんに迷惑は掛けません。」
兄は毅然と言う。
「高校中退って…。
せめてタカちゃんだけでも、内で預からせてくれないかしら。
ねぇ、あなた…。」
叔母が振り返り、叔父に助言を求める。
「どんな事をしても、タカユキには不敏な思いはさせません。
じゃあ、失礼します。」
兄は叔父が切り出す前に話を打ち切った。
『独りにしないで!』
タカユキは言葉が出ない。
ただきつく兄の掌を握り締める事しか出来なかった。
思い切り頭を振って、唐突な想起を振り払う。
「もう独りじゃないんだ。」
タオルを除け、ケンゴの額に手を置く。
「貧乏には慣れているさ。
一緒に頑張ろう。」
昨夜の熱は嘘の様に下がっている。
それは慟哭を伴う冷たさだった。
 
どれくらい泣いただろうか?
ケンゴの冷たい顔に涙が溜まっている。
「先に行ってて。
直ぐに行くから。
ただ少し時間をくれないか?
決着を付けたいんだ。」
唇をそっと離す。
まだ唇には微かな温もりがあった。
伸ばした指で腫れ上がった唇を閉じる。
部屋は静寂に包まれていた。
丸で夢の中にいる様だ。
時折ノイの掻く鼾が現実である事を知らしめた。
 
突然、寂然が破られた。
窓ガラスが派手に割れ、床に瓶が転がる。
飛散した液体が着火した。
瞬く間に部屋は激しい炎に包まれた。
「ノイ、起きて!」
ノイの下に駆け寄り、頬を叩く。
どす黒い煙りが、狭い部屋を満たすのに大した時間は必要なかった。
涙が溢れ、咳が止まらない。
寝惚けたノイに肩を貸し、表を目差す。
ドアを蹴り破り、外に転げ出た。
業火と黒煙が家を被う。
その中でケンゴの骸が飲み込まれていく。
「ケンゴ!」
絶叫するタカユキをノイが羽交い締めする。
必死に押し止めたノイの頬にも涙が伝わっていた。
 
周辺は近隣の避難した人と野次馬でごった返していた。
遠くでしていたサイレンが次第に近付いて来る。
岩佐は崩れ落ちるタカユキを尻目に今後の対策を思案した。
死体を片付けた事で、組織の所業は隠蔽出来そうだ。
タカユキは始末出来なかったが、最低限の仕事はした。
そう思う事で自分を納得させる。
『だが…。』
組織の審判は免れられない事は明白だ。
最優良クライアントのジェームスを怒らせた事は致命的だ。
それとトップが溺愛しているケンゴを失った事もどう裁かれるか、今は判断が付かな
い。
組織に入って初めての失態だ。
二世の失脚を願っている奴らの面が次々思い浮かぶ。
そして最後にケンゴの顔が浮かんだ。
「くそっ!私だって同じなのに!
リインカの幹部のポジションは誰にも渡さない!」
思わず激しい言葉が口を出た。
ケンゴごときに足元を掬われた事が腹立だしい。
いや、ケンゴだからこそ一層苛立ちが募るのだ。
『違う!私は失脚しない!
トップに君臨するんだ!』
岩佐は丸めていた背筋を真っ直ぐに伸ばす。
次にするべき行動は既に決まっていた。
 
 
(つづく)
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