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奴隷の青年と竜の王
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裸足で歩くには、この廊下はあまりにも荘厳で気高く、美しすぎた。
満ちる空気は太古の頃よりここに鎮座していたかと思わせる重みを肌に与える。
もし大気に精霊が宿っているとしたら、息をする本人にすら聞こえない呼気の音を彼らはその喉を通り抜け肺を巡り、再び外へと出ていく過程で鮮明に聞き取るのだろう。
彼らの存在を知りえぬ人間には、それはまるで目に見えぬ何者かに、息をするたびに体の内側を、心の奥底を見破られているような畏怖があった。
裸の自分が一糸まとうヴェールの縁に施された金の刺繍が、窓から差し込む陽の光が大理石の床に描く光と影の模様の上を彼が進むに合わせてキラキラと明滅を繰り返す。
彼はそろりと顔を上げた。
まだ少しだけ湿り気の残る黒髪がはらりと一房その頬に垂れ、窓を見上げる彼の視線の覆いを解く。
庭園に面して立ち並ぶガラス窓はアーチ型の天井まで届くほど高く大きい。
窓枠に沿った一列のみ精巧な彫刻装飾で草花の模様が描かれていてそれぞれがさながら美術品のようだった。
窓に鍵はない。
はめ殺しで、開け放てるつくりではないらしい。
狭い檻の中とは真逆の景観でありながら、大きいか小さいかという違いだけでここも鳥かごのような場所なのではないかと、ふと彼は思う。
しかしここのつくりは中にいる者を外に出さないためではなく、外から来る者を不用心に中に入れさせないためなのだと理解していた。
外から差し込む正午の温かな日差しが、この廊下が閉ざされた世界ではないことを物語っている。
ここは暗闇と寒さしかない部屋や鉄の檻の中とはまるで別物なのだ、と。
彼は歩を進める足元に目をやった。
自分を取り囲んで歩くローブの男たちの固い靴音が響く中、ひたりひたりと、ひとりだけ違う音を立てながらゆっくりと地面を滑るつま先。
骨ばった足首。皮膚が剥けて荒れた踵。先日治ったばかりなのにまたできてしまった小指の肉刺。
今は泥ひとつ残っていない素足であっても、この足がなめらかに磨き上げられた大理石の上をゆくのは分不相応に思えてならない。
誰に責められたわけでもなく、責められぬよう洗われ汚れを落とされた体ながら彼は罪悪感を覚えた。
たった1枚の薄いヴェールに覆われているだけの体が震えているのを感じる。
ここは決して寒くはない。床は陽光が零れ落ちた日向を歩けば温かい。ひやりと冷たい日陰の上を歩くときに彼の歩みを支えるほどに。
それなのに足の裏から伝わるそれを氷のように感じ、この場に漂う空気に肺を凍てつかせるような冷たさを感じてしまうのは、自分の緊張と怖れのせいなのだろう。
そろそろ廊下の終わりが目前に迫ってきた。
突き当りに開け放たれた扉が見える。
その先にはぽっかりと穴が開いたような暗い空間が口を開けていた。
彼は眩しいほどの日差しを名残惜しく思いながら、ローブの男たちに導かれるままにその薄暗がりに足を踏み入れた。
*
最初の4、5歩は、足元に気をつけながら進んだ。
日の光に溢れた廊下を歩いてきたせいで薄暗く感じられる室内は、壁沿いに点々と灯るランプの明かりに照らされていて、奥のほうには窓もあり、目が慣れてくると中をよく見渡すことができた。
閉鎖的かと思えばそれもまた、広々とした廊下との対比で狭く見えただけでそれなりに広い空間だとわかる。
廊下と呼ぶのとも違うがここも部屋と部屋をつなぐ中継点なのだろう。
部屋の隅に何も置かれていないテーブルがある他は家具らしいものはなく、石造りの支柱が何本も部屋の中を地面から天井に貫くように立っていて、物がないので広々としている割には柱に遮られて見通しはあまりよくなかった。
ローブの男のひとりが先導し、部屋の奥まで進むと中央を指し、彼にそこに立つように指示する。
彼は最初、そこにあるものを小さな池かと見間違えた。
部屋の景色が見事にそっくり映りこんでいたからである。
よく見ればそれは1枚の鏡だった。床の上に大きな正円の形の台座として敷かれていたのだ。
近づいてきたローブの男がおもむろに彼のヴェールを取り払う。
そして鏡の上に乗るよう促した。
彼は一瞬ためらったのち、ゆっくりと鏡の台の上に乗りその中央に立った。
体を隠すには心もとなかった薄く透けたヴェールですら今はもうない。
足元には鏡。
裸の彼はこの瞬間、無防備であることよりも一層弱く脆くさせられ、姿かたちのすべてを暴かれていた。
それもそのはず。武器も、隠し事も、彼は何も持っていてはならないからだ。
彼が無害で無抵抗であることを証明しなければならないからだ。
それは彼の安全と信頼に変わるものなのだから。
「陛下」
背後で声がする。
そこにいる誰もが部屋の隅に退き、うやうやしく礼をするのが気配でわかったが、彼には振り返ってそれらを確認することが許されない。
間を置かずに入り口から誰かが部屋に入ってくる足音が聞こえた。
歩調は迷いがなくまっすぐ軽快ながらも、重たい靴音。
男性の、それもかなり大柄な人物のものなのだろうと彼は思った。
鏡の上に、誰かが乗り上げてくる。
重みがかかり台座がギシリと少しだけ軋む。
そしてそれは彼の前に立った。
彼は、鏡に映るものを見ないように努めた。
この鏡は周りにとっては彼を暴くものであっても、彼にとって周りを盗み見るために使ってはならない。
しかし顔を上げてもならない。
目の前に立つ者の承諾なくその御姿を目に写すことが非礼にあたるのを、彼は重々理解している。
目のやり場に困り彼が瞼を閉じたところで、凛とした一声が静寂を破った。
「顔を」
上げよ、という命令だ。拝顔の許可ではなく、これは顔をよく見せろという合図。
彼は言われた通りに顎を上げて自分の顔が見えるようにする。
目の前に立っている人物は背が高く、瞼を開いても彼にはその胸元しか見えない。
サテンの美しい衣服とその上にまとう豪華絢爛な装飾品。それらはこの ほの暗い部屋の中でも光という光を集めて星の瞬きのように照り輝いて見えた。
それが実際に艶やかな生地や金銀宝石に光が反射してのことか、はたまたこの人物が放つ高貴な気配がそう思わせるのかはわからない。
だがそう思わせるほどのただならぬ気配を、彼はこの人物からまざまざと感じた。
「名を」
告げよ、という命令だ。
彼は深く深く頭を下げて名を名乗った。
「リンと申します」
少し掠れた、しかしはっきりとした声。
それを是とした声が、今は頭を垂れる彼の上からかかる。
「よい。リン。今からおまえは私のものだ。私に従い、私に尽くし、私に報いるように」
奴隷の青年リンは下げた頭をそのままに、
「仰せのままに。陛下」
と新しい主人に従順の意思を示した。
人間という生き物は、奴隷の身分である。
古今東西 竜族があらゆる生命の頂点に君臨し栄華を極めるこの世界の歴史の中で、遥か昔たった一度だけ人間族が彼らに仇なした時代があった。
竜族がもたらす平和と安寧の中で、旺盛な繁殖力で爆発的に増えた人間族は数の暴力に驕り高ぶり、自分たちの国を興して世界を支配しようとし、果てには政敵となる竜族の権威を奪って彼らを滅ぼそうとさえしようとした。
それに対抗した竜族と人間族との間に戦争が起こったのだ。
結果は人間族の大敗であった。
灼熱の火炎を吹き、湖の水を木の葉のように舞い上がらせる竜族のおそるべき神秘の力を目の当たりにした人間達は、その力の前にひれ伏す他なく、竜族が世界の絶対的な支配者であることを思い知らされた。
自分たちは彼らに従い隷属するもの……人間はそれを遺伝子にまで深く刻み込まれたのだ。
以来、この統治者と奴隷の関係を覆そうとするものはいない。
この秩序に異を唱えたからこそ戦争が起きたのだ、と。言い換えるならばこの秩序を守ることで世界から争いが消えそれぞれの種の存続が約束されることを、竜も、人間も、理解しているからであった。
奴隷リンも幼い頃から働き手として使われてきた。
何度か売り買いを重ねられて主人が変わり、売りに出されたことも、買い付けられたことも、今回が初めてではない。
人間にとって、竜族は絶対的な君主であった。
「ここにおはしますは我らが御主、バシュカムルの王、ノルノフォール・バシュキ=ドレイク陛下にあらせられます」
ローブの男 竜族の臣下が唱えた言葉に、リンは折り曲げた腰をそのまま更に深く下げるようなかたちで礼を示す。
王は、黄金の装飾品たちがしゃらんと鈴を奏でるように音を立てるままに身をひるがえして鏡の上から降りた。
「私の部屋へ連れてこい」
そう言って足早にそこから立ち去っていったのが、彼の靴音と、厳かに礼をする臣下たちの衣擦れの音でわかる。
リンはゆっくりと頭を上げた。
そう。
何度か売り買いを重ねられて主人が変わったこともある。
売りに出されたことも、買い付けられたことも、今回が初めてではない。
この先も死ぬまでそれを繰り返して生きていくのだろうと思っていた。
だが彼は今日、一国の王に召し上げられた。
なぜなのか。これから先、どうなるのか。
彼には想像がつかなかった。
ただひとつ今この場で彼の心に満ちているのは、不安、それだけだった。
王の望むものを捧げ、望むことを成せるのだろうか?という不安。
奴隷の自分が、同族の臣下たちを差し置いて崇高なる竜の王にできることなど、いったい何があるのだろうかという不安が。
王の見分が終わり、竜の臣下が再びヴェールでリンを覆う。
それは王への捧げものを飾るように。
そして王の財宝が傷つき、汚れることのないように。
リンは臣下たちに連れられて、再び城を奥へと進んだ。
満ちる空気は太古の頃よりここに鎮座していたかと思わせる重みを肌に与える。
もし大気に精霊が宿っているとしたら、息をする本人にすら聞こえない呼気の音を彼らはその喉を通り抜け肺を巡り、再び外へと出ていく過程で鮮明に聞き取るのだろう。
彼らの存在を知りえぬ人間には、それはまるで目に見えぬ何者かに、息をするたびに体の内側を、心の奥底を見破られているような畏怖があった。
裸の自分が一糸まとうヴェールの縁に施された金の刺繍が、窓から差し込む陽の光が大理石の床に描く光と影の模様の上を彼が進むに合わせてキラキラと明滅を繰り返す。
彼はそろりと顔を上げた。
まだ少しだけ湿り気の残る黒髪がはらりと一房その頬に垂れ、窓を見上げる彼の視線の覆いを解く。
庭園に面して立ち並ぶガラス窓はアーチ型の天井まで届くほど高く大きい。
窓枠に沿った一列のみ精巧な彫刻装飾で草花の模様が描かれていてそれぞれがさながら美術品のようだった。
窓に鍵はない。
はめ殺しで、開け放てるつくりではないらしい。
狭い檻の中とは真逆の景観でありながら、大きいか小さいかという違いだけでここも鳥かごのような場所なのではないかと、ふと彼は思う。
しかしここのつくりは中にいる者を外に出さないためではなく、外から来る者を不用心に中に入れさせないためなのだと理解していた。
外から差し込む正午の温かな日差しが、この廊下が閉ざされた世界ではないことを物語っている。
ここは暗闇と寒さしかない部屋や鉄の檻の中とはまるで別物なのだ、と。
彼は歩を進める足元に目をやった。
自分を取り囲んで歩くローブの男たちの固い靴音が響く中、ひたりひたりと、ひとりだけ違う音を立てながらゆっくりと地面を滑るつま先。
骨ばった足首。皮膚が剥けて荒れた踵。先日治ったばかりなのにまたできてしまった小指の肉刺。
今は泥ひとつ残っていない素足であっても、この足がなめらかに磨き上げられた大理石の上をゆくのは分不相応に思えてならない。
誰に責められたわけでもなく、責められぬよう洗われ汚れを落とされた体ながら彼は罪悪感を覚えた。
たった1枚の薄いヴェールに覆われているだけの体が震えているのを感じる。
ここは決して寒くはない。床は陽光が零れ落ちた日向を歩けば温かい。ひやりと冷たい日陰の上を歩くときに彼の歩みを支えるほどに。
それなのに足の裏から伝わるそれを氷のように感じ、この場に漂う空気に肺を凍てつかせるような冷たさを感じてしまうのは、自分の緊張と怖れのせいなのだろう。
そろそろ廊下の終わりが目前に迫ってきた。
突き当りに開け放たれた扉が見える。
その先にはぽっかりと穴が開いたような暗い空間が口を開けていた。
彼は眩しいほどの日差しを名残惜しく思いながら、ローブの男たちに導かれるままにその薄暗がりに足を踏み入れた。
*
最初の4、5歩は、足元に気をつけながら進んだ。
日の光に溢れた廊下を歩いてきたせいで薄暗く感じられる室内は、壁沿いに点々と灯るランプの明かりに照らされていて、奥のほうには窓もあり、目が慣れてくると中をよく見渡すことができた。
閉鎖的かと思えばそれもまた、広々とした廊下との対比で狭く見えただけでそれなりに広い空間だとわかる。
廊下と呼ぶのとも違うがここも部屋と部屋をつなぐ中継点なのだろう。
部屋の隅に何も置かれていないテーブルがある他は家具らしいものはなく、石造りの支柱が何本も部屋の中を地面から天井に貫くように立っていて、物がないので広々としている割には柱に遮られて見通しはあまりよくなかった。
ローブの男のひとりが先導し、部屋の奥まで進むと中央を指し、彼にそこに立つように指示する。
彼は最初、そこにあるものを小さな池かと見間違えた。
部屋の景色が見事にそっくり映りこんでいたからである。
よく見ればそれは1枚の鏡だった。床の上に大きな正円の形の台座として敷かれていたのだ。
近づいてきたローブの男がおもむろに彼のヴェールを取り払う。
そして鏡の上に乗るよう促した。
彼は一瞬ためらったのち、ゆっくりと鏡の台の上に乗りその中央に立った。
体を隠すには心もとなかった薄く透けたヴェールですら今はもうない。
足元には鏡。
裸の彼はこの瞬間、無防備であることよりも一層弱く脆くさせられ、姿かたちのすべてを暴かれていた。
それもそのはず。武器も、隠し事も、彼は何も持っていてはならないからだ。
彼が無害で無抵抗であることを証明しなければならないからだ。
それは彼の安全と信頼に変わるものなのだから。
「陛下」
背後で声がする。
そこにいる誰もが部屋の隅に退き、うやうやしく礼をするのが気配でわかったが、彼には振り返ってそれらを確認することが許されない。
間を置かずに入り口から誰かが部屋に入ってくる足音が聞こえた。
歩調は迷いがなくまっすぐ軽快ながらも、重たい靴音。
男性の、それもかなり大柄な人物のものなのだろうと彼は思った。
鏡の上に、誰かが乗り上げてくる。
重みがかかり台座がギシリと少しだけ軋む。
そしてそれは彼の前に立った。
彼は、鏡に映るものを見ないように努めた。
この鏡は周りにとっては彼を暴くものであっても、彼にとって周りを盗み見るために使ってはならない。
しかし顔を上げてもならない。
目の前に立つ者の承諾なくその御姿を目に写すことが非礼にあたるのを、彼は重々理解している。
目のやり場に困り彼が瞼を閉じたところで、凛とした一声が静寂を破った。
「顔を」
上げよ、という命令だ。拝顔の許可ではなく、これは顔をよく見せろという合図。
彼は言われた通りに顎を上げて自分の顔が見えるようにする。
目の前に立っている人物は背が高く、瞼を開いても彼にはその胸元しか見えない。
サテンの美しい衣服とその上にまとう豪華絢爛な装飾品。それらはこの ほの暗い部屋の中でも光という光を集めて星の瞬きのように照り輝いて見えた。
それが実際に艶やかな生地や金銀宝石に光が反射してのことか、はたまたこの人物が放つ高貴な気配がそう思わせるのかはわからない。
だがそう思わせるほどのただならぬ気配を、彼はこの人物からまざまざと感じた。
「名を」
告げよ、という命令だ。
彼は深く深く頭を下げて名を名乗った。
「リンと申します」
少し掠れた、しかしはっきりとした声。
それを是とした声が、今は頭を垂れる彼の上からかかる。
「よい。リン。今からおまえは私のものだ。私に従い、私に尽くし、私に報いるように」
奴隷の青年リンは下げた頭をそのままに、
「仰せのままに。陛下」
と新しい主人に従順の意思を示した。
人間という生き物は、奴隷の身分である。
古今東西 竜族があらゆる生命の頂点に君臨し栄華を極めるこの世界の歴史の中で、遥か昔たった一度だけ人間族が彼らに仇なした時代があった。
竜族がもたらす平和と安寧の中で、旺盛な繁殖力で爆発的に増えた人間族は数の暴力に驕り高ぶり、自分たちの国を興して世界を支配しようとし、果てには政敵となる竜族の権威を奪って彼らを滅ぼそうとさえしようとした。
それに対抗した竜族と人間族との間に戦争が起こったのだ。
結果は人間族の大敗であった。
灼熱の火炎を吹き、湖の水を木の葉のように舞い上がらせる竜族のおそるべき神秘の力を目の当たりにした人間達は、その力の前にひれ伏す他なく、竜族が世界の絶対的な支配者であることを思い知らされた。
自分たちは彼らに従い隷属するもの……人間はそれを遺伝子にまで深く刻み込まれたのだ。
以来、この統治者と奴隷の関係を覆そうとするものはいない。
この秩序に異を唱えたからこそ戦争が起きたのだ、と。言い換えるならばこの秩序を守ることで世界から争いが消えそれぞれの種の存続が約束されることを、竜も、人間も、理解しているからであった。
奴隷リンも幼い頃から働き手として使われてきた。
何度か売り買いを重ねられて主人が変わり、売りに出されたことも、買い付けられたことも、今回が初めてではない。
人間にとって、竜族は絶対的な君主であった。
「ここにおはしますは我らが御主、バシュカムルの王、ノルノフォール・バシュキ=ドレイク陛下にあらせられます」
ローブの男 竜族の臣下が唱えた言葉に、リンは折り曲げた腰をそのまま更に深く下げるようなかたちで礼を示す。
王は、黄金の装飾品たちがしゃらんと鈴を奏でるように音を立てるままに身をひるがえして鏡の上から降りた。
「私の部屋へ連れてこい」
そう言って足早にそこから立ち去っていったのが、彼の靴音と、厳かに礼をする臣下たちの衣擦れの音でわかる。
リンはゆっくりと頭を上げた。
そう。
何度か売り買いを重ねられて主人が変わったこともある。
売りに出されたことも、買い付けられたことも、今回が初めてではない。
この先も死ぬまでそれを繰り返して生きていくのだろうと思っていた。
だが彼は今日、一国の王に召し上げられた。
なぜなのか。これから先、どうなるのか。
彼には想像がつかなかった。
ただひとつ今この場で彼の心に満ちているのは、不安、それだけだった。
王の望むものを捧げ、望むことを成せるのだろうか?という不安。
奴隷の自分が、同族の臣下たちを差し置いて崇高なる竜の王にできることなど、いったい何があるのだろうかという不安が。
王の見分が終わり、竜の臣下が再びヴェールでリンを覆う。
それは王への捧げものを飾るように。
そして王の財宝が傷つき、汚れることのないように。
リンは臣下たちに連れられて、再び城を奥へと進んだ。
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