君の声など焼いて捨てるほど

なな山リス美

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1章

1幕・美しきノルノフォール

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 人間の青年リン。彼は奴隷だ。

 彼に限らず、人間はすべて竜族の奴隷であり、竜の国は人間を労働力として使っている。

 リンの元の主人は宝飾品を作る職人たちの工房の親方だった。リンは工房に隣接する奴隷部屋に住み、他の奴隷たちと共に朝から晩まで工房の雑用や親方一家の世話をする。

 奴隷は買い上げた主人の持ちものだ。雇われているわけではない。当然奴隷は、主人も、仕事も、自分たちで自由に選ぶことができず、賃金も出ない。
 リンには資産もなく、家もなく、家族もなかった。

 ある日、祭事に合わせて親方の工房が出店でみせをやることになった。
 平時なら奴隷というものは奥に引っ込ませておき竜族の華やかな生活の場には出さないものだったが、出店でみせをする庁舎前の広場というのはかなり大きいそうで、そこが人で溢れかえるほどの賑わいの中、客の相手をしながら通行人にまで気を配る余裕はないと親方は考えた。
 とはいえ工房は祭りの支度にすべての仕事を割いているわけではない。職人たちに抱えの仕事を後回しにさせるのを避けたい親方は、数が自慢の奴隷の中から1番おとなしく従順なリンを選び、屋台の見張り役をさせたのだった。

 親方の鍛冶場は、王侯貴族へ宝石細工を売る商人が店に並べるための、その品物を選んで揃える問屋からの注文を受ける工房だ。下町の一角にあり、古い建物の中に取っ散らかった部屋、力仕事の汗臭い工房ではあったが、そこの職人たちの手によって生み出されるアクセサリーは一級品だった。

 商品には高価な金属や貴重な宝石を扱った品物が多いのだ。
 万が一にも泥棒がいてはならない。
 そして、その万が一の泥棒を、万が一にでも見逃してはならないのがリンの役目だ。

 彼は祝祭で賑わう人波の中から、親方の屋台に近づく者たちの様子やしぐさに注意を払っていた。
 普段はとても手が届かない一級品の宝石たちが、本物の品質はそのままに工房直送で買い求めやすい価格になっていることに歓喜する者、そんな家族や友人の喜ぶ姿を見て喜ぶ者たちが、代わる代わるに屋台に集まり出店でみせは始終盛況だった。

 そんな中、祭りの賑わいが突然わっと格別に大きくなり、思い思いに行き交っていた通行人たちの誰もが一か所に視線を向けたのをリンもよく覚えている。

 残念ながら屋台の後ろのほうに控えるリンには、その位置からしても自分が与えられた仕事のことにしても、通行人が色めき立つものが何なのか知ることはなく、出店でみせの天幕が落とす日陰の中で置物のように気配を隠して仕事をこなすに徹していた。

 その時まさしく この王国の君主がリンの姿を見初めたというのは、あとから教わった話だ。

 出店でみせが繁盛し上機嫌の親方から、リンは特別に親方たちの夕食だった良質なハーブで蒸し上げた鶏肉のローストを分け与えられた。
 リンは思いがけないご馳走が嬉しくて、それを奴隷仲間と分け合って食べ、耳に残る祭りの喧騒の余韻に浸りながら眠りにつくと、日が昇ればまたいつもの朝を迎えるのだと信じて疑わなかった。

 ところが翌朝、炉に火を入れて鍛冶場の稼働の準備を済ませたところで、見たこともない来客が工房の戸を叩いたのだった。

 絢爛けんらんな模様と装飾がふんだんにあしらわれた品格のあるローブを着て剣をいた3人の男たち。
 一目見て王侯貴族の使いだとリンにもわかった。

 始業の支度をしていた職人たちが慌てて奴隷を裏に下がらせたので、何が起きたのかわからないままリンと奴隷たちは半日仕事がなく過ごした。

 そして奴隷たちの元にやってきた親方が、神妙な面持ちでリンの名を呼ぶ。
 ついてくるように、と。

 親方の家の居間に連れていかれた彼はローブの男たちに引き渡され、そしてここへやってきたのだった。

 断崖と地熱、柔らかな風にそよぐ花々が七色に咲き誇る、美しき竜族の王国バシュカムルの王宮。

 その若き国王、竜の主、ノルノフォール・バシュキ=ドレイクの元へ。



 *



 事の顛末は城に連れてこられる道中にローブの使者から聞いた。

 王がリンを見初め、彼を自分のものにしたいと言い、買い上げるために主人である工房の親方の元に臣下を遣わしたのだと。

 リンはそこで、昨日の広場での通行人の沸き立ちようの正体を知った。
 あれは王が広場に姿を現したときの賑わいだったのだ。

 しかしだからといって、王が自分を奴隷にしたいと思った理由には全く心当たりがない。
 奴隷の自分は許可なく竜族とは話をしないので、王に繋がるような接点もない。

 あるとすれば、ああした祭事の場に奴隷を連れてくる者が珍しかったがために、王が偶然にも人間を見るきっかけとなり、奴隷に興味を持ったのかもしれないということくらいだった。

 城に到着すると、衣類はすべて脱がされ、数人がかりで念入りに体を洗われた。
 食べるためのニンジンやイモを洗うようにか、くすんだ銀器を使う前にピカピカに磨き上げるようにか、今の自分はどちらに似ているのだろうとリンは思いながら、王の使いがするがままに身を任せた。
 この体は王に召し上げるものなのだから、汚れていてはいけない。

 体を拭かれたあとは口や耳鼻、穴という穴を覗かれ、執拗に腹や喉や肺をねじるように体を触られた。
 すべてが終わり竜の臣下が、「健康体。何も問題ありません」と報告し合っているのを聞き、それが病気や武器を潜めてはいないか調べる身体検査だったのだとわかった。


 リンは過ぎてしまったことへ思いを巡らせる。

 突然いなくなった自分の代わりに、ほかの奴隷が仕事を増やされてしまっていないだろうか。
 親方は工房に新しい奴隷を加えるのだろうか。
 親しい間柄ではなかったが、それでも奴隷仲間に別れの挨拶くらいできたらよかった。

 そんなことを考えながら先刻、彼はあの美しい荘厳な廊下まで辿り着いたのだった。 



 *



 いくつの廊下を通り、いくつの広間を抜け、どのくらい階段を上ったのかもう覚えきれない。

 部屋や通路が無数にあって広い王城は、ごちゃごちゃと横にも上にもぎゅうぎゅうに家々が立ち並ぶ下町の中を荷車を引きながら行き来していたリンにとってはひとつの町のように思えた。

 それでも景色は少しずつ変化している。城を進むにつれて、広い通路、広い中庭、大きな扉に大きな窓が目立っていた内装が、すれ違う竜の臣下たちの数も減りすべてが小さなつくりに置き換わっていく。
 来賓や臣下の往来がない場所、居住区に入ったのだとリンはわかった。

 やがて静かな通路を進み、その壁沿いに面した部屋の中から衛兵付きの一番大きな扉の前に立たされる。

 両開きの扉の左右にそれぞれ立つ衛兵が扉を叩く。
 中にいる君主への知らせを儀式的に行ったあとで、衛兵は完璧に揃った動きで扉を開いた。

 先導していた竜の臣下につれられて、リンは部屋の中に足を踏み入れる。

 王の私室はすうとした涼やかな草花の香りに包まれていた。

 真っ先に目に飛び込んできたのは部屋中に生けられた色とりどりの豊かな花々。
 花瓶か花壇かそれとも床や壁にじかに植わっているのかわからないほどたっぷりと茂り、枝垂れ、天井や棚や床に至るまで虹色で彩られている。

 部屋の広さは個人の部屋としては大きすぎるほどだが、淡く落ち着いた色で統一された内装はさびしさや緊張をほぐしてくれる。
 奥には大きなガラス窓。今は影になる時刻なのかさほど日差しが入らないが、そのせいで柔らかく優しい陽の光で満ちていて部屋の中は明るい。

 リンを立たせると、竜の臣下たちは彼をそのままに脇に除けた。

 ふっと人影が揺れる。
 窓際のデスクの前に座っていた王が軽く手を挙げて合図を出したのだった。
 下がってよし、という意味らしい。
 忠実な臣たちはリンを残して部屋を出ていき、そして衛兵が音もなく扉を閉じた。

 室内に静寂が舞い降りる。

 今は王のものであるリンは、正しく王の奴隷でなければならない。
 背筋を伸ばし、顎を引いて、うつむくことなく前を向いていた。

 彼が正面向く先には、大きな両袖机の天板に片手を添え、チェアに堂々と腰を下ろす王。

 その美しさたるや。
 リンは自分の立場も忘れてその美貌に見入ってしまった。

 炎を宿すような緋色の瞳。

 ゆるやかに伸びた長い髪は、名残惜しく沈む夕日が僅かに残した光のかけらを思わせるようなほの暗い赤色を有した漆黒。夜の帳のようだった。

 傷はおろか その肌にはしみやほくろといった、常ならばその人の年齢や暮らしぶりといった特徴を指し示すようなものが見当たらない。
 つるりと釉薬ゆうやくが照り輝く陶磁器を思わせるほどの艶やかさ。

 鼻筋、頬、目に唇、竜族特有の先端の尖った耳。面立ちは完璧な美のみで作り上げられた彫刻のようだ。

 乳白色の生地に紅色や銀色で彩りが加えられた上品かつ豪華な衣装。それを飾る黄金の宝飾。すべての金銀宝石はこの人のためにあるような気さえした。

 リンは工房で働いていたために様々な装飾品や宝石細工を見てきた。
 富裕の民や高貴な身分の者たちの御眼鏡に適うよう、職人が創意工夫で仕立てる宝飾品はどれもそれそのものが美しい品ばかり。
 それらで着飾れば高貴な者たちは更に美しい姿となるのだと、そう考えていた。

 しかしそれは間違いだったと今ならわかる。
 宝石が誰かを飾るのではない。美しくとうとい者が宝石を従えるのだ。

 リンは自分が携わっていた仕事の極致、美の神髄を見たような気がした。
 奴隷として買い取られ、命じられてこなしていた仕事ではあったが、今は少し誇らしい気持ちさえする。
 美しい人に捧げられる宝飾。それらの品がまだ原石であった場所に、もしかしたら自分は携わっていたのかもしれない、と。


 王は立ち上がって数歩だけリンに近づいたところで、自分の傍を指で差す。

 「ここに来い。ここに立て」

 言われるままにリンは王の元へと進み出た。

 彼の前に立ったリンは、目の前いっぱいに広がる黄金の煌びやかな胸飾りを見つめた。先ほど、見分の時に見たのと同じ光景だった。

 ノルノフォール王はリンよりも頭ひとつ分以上背が高い。
 人間の成人男性としてはリンの背丈は決して低くない。竜族は男女とも背が高く大柄な者が多いが、工房の職人や親方を前にして子供のように丸まってしまいがちな奴隷仲間の中でも、リンは頭を下げたりひざまずいたりしたとてそこまで華奢な姿にはならなかったものだが。

 この竜の王が自分を見下ろす威圧感はすさまじかった。

 しかし不思議なことに、職人や親方に見下ろされたときのような圧迫感や恐怖とは違っている。

 畏怖いふ。とこれを呼ぶのだろう。
 この気配はつい先ほどリンも感じたばかりだった。あの美しい廊下に満ちていた空気。大気の精霊がいたとしたら、自分の喉や肺に流れ込んで彼らはその人の生命の律動を感じ取り心の奥底まで見抜くだろう。

 そうした人知を超えたものを感じるのだ。

 それは背の高さや体格の良さだけからくるものではない。
 存在感。気質。威厳……。
 王の風格と呼ぶべきものなのだろう。

 リンが良くも悪くも怖気づいていると、ノルノフォール王が ずいと手を伸ばしてきた。
 にわかにリンを覆っていたヴェールをはぎ取る。

 突然のことに驚いたリンがぎゅっと目をつぶり緊張したほんのわずかな間に、彼が目を開ける頃には王はヴェールを椅子の背もたれに放ってこちらへ戻ってくるところだった。

 彼はそのまま両手でリンの髪に触れる。

 「この黒髪。青い瞳。美しいな。人間でありながら竜の中にあっても見劣りはせぬ」

 王はそう言ってリンの髪の色と指触りを楽しんでいる風だったが、その実はヴェールをはぎ取った勢いで乱れた彼の髪を指でいているのだった。

 こめかみや頬に当たる指や手の平がくすぐったい。
 リンは身をよじって逃れたい気持ちを懸命に抑えながら王のたわむれに耐えた。

 髪を梳く手の、なんて大きなことだろう。両手ですっぽりとリンの頭を覆ってしまえそうなほどだ。

 リンがそんなことを考えていると、その手が突然すっと下りて指が背中を這った。

 「この傷は?」

 とんとん、と背中を指で叩くノルノフォールが聞く。
 素肌の背を撫でられて身の毛のよだつリンだったが、すぐに平静を取り戻してから答えた。そこに大きな傷痕があるのを知っている。

 「鞭で打たれたときのあとです」

 「鞭打ちの理由はなんだ?」

 「主人の命令に……すぐに従わずに逆らったためです」

 その答えにどのような反応が返ってくるか。リンは固唾を飲んだ。

 しかし王は、ふむ、と事実に納得しただけで、それ以上は気に留めなかったらしい。
 リンの背中をなぞり、今度は別のあたりをとんとんと軽く叩いて指で示す。

 「では、この傷は?」

 一難去ってまた一難。
 リンにはそのあたりに傷の覚えがなかった。
 というのも、打撲や切り傷、やけどなどの外傷は過酷な鍛冶場では日常的にあったし、病気のときに現れた発疹ほっしんによって一度荒れてしまった肌には治癒のあとにもはんが消えずに残っている。

 彼には、王が示した傷というのが何によってできたどのような傷痕かわからなかった。

 「陛下。申し訳ありません。覚えておりません」

 正直に返答する。

 命令に従わない奴隷。王の問いかけに曖昧な答えしかできない奴隷。
 これで二度、主人を失望させている。
 リンは沙汰を覚悟した。

 それでもやはり王は、ふうん、と相槌を打つくらいで他は追求しなかった。

 しばらく黙したままリンの周りをぐるりぐるりと歩き回りながら肢体を観察すると、王は指でリンの体をあちこちつつき出す。

 「この傷は?」

 「申し訳ありません。覚えておりません」

 「これは」

 「棚板いただなの上から落下してきたくぎ抜きが刺さったときの傷です」

 「これ」

 「申し訳ありません。覚えておりません」

 他にもいくつか同じような問答を繰り返すと、王は改めて傷を1つ1つ指差していく。

 「これはいらんな。これも、これも……。薬師に痕を消せるか聞いてみるとしよう」

 気になる傷を数えていたらしい。
 なるほど王の持ちものに瑕疵かしがあってはいけないのだ。
 リンは肉体労働の工房で働いてたとはいえ、今まで見た目を美しく保つ必要がなかったから傷跡を治したり隠そうと思ったことはなかった。

 彼は傷だらけの自分の体をこの期に及んで恥ずかしく思った。

 「山よりも大きな牡牛と決闘でもしてできた傷ならとっておこうと思ったが。そういう話はないのか?」

 王が問いかける。

 山よりも大きな牡牛とは。
 たとえ話なのか、それとも実際に伝説に存在する生き物なのか。
 それがわからないリンには王の問いが真面目な話なのか冗談なのかがわからなかった。
 ひとまず、彼は首を横に振る。

 「いいえ。そのようなものはとても私には……」

 王は、そうか、と答えると、じっとリンの裸体をただただ観察し始めた。

 リンは、彼の緋色の目が動くたびにその視線が自分の肌をじかに撫でるような感覚を覚えた。

 顔、肩、胸。
 背中。
 腕、腹、尻。
 もも、つま先。

 ぐるりとリンを一周した王は改めて彼を正面から見つめ、最後にその陰部に視線を落とす。

 彼の注視を感じたリンは緊張で思わず全身に力が入ってしまう。

 王は相変わらず、ふむ、と事実だけに納得した様子だったがそのときは「思ったよりはあるな」と一言感想を述べて、そのまま椅子に戻ってどかりと座った。

 「おまえの裸を見たのは初めてだ」

 ぽつりと、言ったそばから彼は、かっと口を開けて笑い、背もたれに豪快に寄り掛かった。大きな体を急に預けられて驚いた椅子がギシっと弱音を吐く。

 「はっ。それはそうだ。おまえとは初対面なのだから」

 と、王は自分自身で会話に合いの手を打つ。

 「まあ、それも少し違う。祭りのとき既に俺はおまえを見つけたのだ。おまえは知らぬだろうがな」

 そう続けた王の姿に、リンは少し意表を突かれた。


 この王は美しい。

 竜族の姿は地域ごとに特徴の差はあれど人間ほどに外見が多種多様ではない。
 しかしそれはあくまで個々の特徴がなく似たり寄ったりの顔つきという話ではない。

 特徴がないというより、人間から見れば『誰もが眉目秀麗で美しい』というのが竜族の特徴を表す言葉だった。
 要するに姿顔立ちが整っていて、どの竜を見ても『美しい』という言葉が真っ先に思いつく。
 リンが働いていた工房の親方や職人たちでさえ、筋骨隆々の男たちであるのにどこか文字通り人間離れした気品を感じられるのだ。たとえ砂や火の粉に汚れた仕事着をまとい、汗だくになりながら金槌を振りかぶっていてもだ。

 人間と竜族がどんなに背格好が似ていてもお互いにお互いを別の種族だと見分けられる理由のほとんどがこの彼らが生まれながらに持つ美しさにあった。

 だが今の王を見ているとリンにはその感覚が少し揺らぐ。

 冗談めいたことを言い、口を大きく開けて笑う。
 リンはそれを奴隷部屋でしか見たことがなかった。
 奴隷仲間と共に、毛布にくるまって体を丸めながら冷えた足先を手でさすって少しでも温かく眠ろうと奮闘する、そんな夜にした他愛もない世間話のときに。

 もちろん竜族も笑い合いもし冗談を言う。
 だがそれは竜族同士ですることだ。彼らは奴隷を自分たちの会話に入れたがらないし、自分たちのテリトリーに入れるのを嫌う。

 不思議な気持ちだった。

 美しく、高貴な竜が、奴隷の自分に笑いかけているのか?


 「リンという名前の人間はたくさんいるのか?」

 王が尋ねた。
 リンははっと我に返り、答える。

 「私はまだ合ったことはありませんが、短くて簡単な名前ですから、他にもいると思います」

 そうか、と答えると、王は再び起き上がってリンの目の前に立ち両手を彼の頬に添える。
 ぐい、と彼の顔を上げさせた。

 「顔をよく見せろ。ああ、この目の色、冬の凍てついた泉を覗くようだ、美しいな」

 緋色の瞳がじっとリンを見る。
 その目に射貫かれると何もかも見透かされるようで、リンは眼前の美麗の王の顔からそろりと目を逸らしたが、王はそれを許さなかった。 

 「目を逸らすな。俺を見ろ」

 そう言われたならば従わなければならない。

 無心で自分を見つめ返すリンに彼は満足したのかふっと笑みをこぼすと、彼から手を離し解放する。

 「もう少しそのままでいろ。もっとよく見たい」

 そう言うとノルノフォール王は、しばらくリンの周りをゆっくりと回りながら彼の肢体を自分が満足するまで眺め続けた。
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