村の籤屋さん

呉万層

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7:殴打

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「へえ、わざわざ連れてきてくれたの。ありがとう」



 体を硬直させた一郎の下衆な言葉を聞くや、籤屋は金属的な音を立てて笑った。



 籤屋の声には、鴨を連れてきた子供が、ネギか、それとも鍋かと値踏みしているかのような悪意めいた感情が乗っていた。



 獲物と、獲物を連れてきた恥知らずを、籤屋はコマの少ないアニメーションのような動作で首を左右に振って、観察していた。



「で、何を望んで、何を賭けるの?」



 何故、美人のように見える籤屋を前にして、一郎があそこまで恐怖と絶望を覚えたかといえば、籤屋の外見と、醸し出す雰囲気が異様だったためだ。



 一郎は籤屋の顔を初めて見た際、目と口に視線を向けた。



 細く切れ長の眼は黒目がちで、感情の読めないガラス玉のようだった。



 遠くから見た際、籤屋は微笑を浮かべているように見えていた。



 間近で見る籤屋の微笑は、獲物を前にした肉食獣が、牙を剥いているようにしか思えなかった。



 不自然に白い歯は強い光を放って、一郎の目を刺した。



 籤屋の屋台は妙に薄暗く、おまけに、忌まわしい物として扱われていたため、誰も近づかずにいた。



 ために、籤屋の顔を直視した者はおらず、籤屋の放つ禍々しさに誰も気がつかなかったのだろう。



 籤屋の異常さに気付かされた一郎が、脅威から逃れるためにクラスメートを差し出したとしても、非難される謂れはない。酷い話かもしれないが、一郎にとっては正しい認識だ。



「ええと」



 ただ、押し付けておいて願いをすぐに思いつけずにいるマヌケさは、笑われても仕方がないだろう。一郎は、咄嗟に言葉が出ない自らの頭脳に怒りを覚えつつ、クラスメートの願いを考えた。



 一郎がクラスメートの願いを考えつく前に、口を挟む不届き者がいた。



「伊藤くん、僕に願いなんて、ないよ」



 当のクラスメートから、正当な抗議が放たれたのだった。



「うるさいな。ちょっと黙ってろよ!」



 一郎は怒声と視線とで、クラスメートを制し、速く願いを思いつくようにと、神に祈った。



無 様な一郎と、心細げなクラスメートを見て、籤屋は呆れた口調で、願い促して来た。



「坊やたち、籤を引くなら、早く願い事と、賭けるモノをお決めよ」



「すいません。すいません。もう少し待ってください」



 一郎は、気弱な男がよくするように、頭を小刻みに下げ、籤屋の催促に答えた。



 クラスメートに対する態度とは対照的な、漫画的とも言える卑屈さだった。



 それでも、一郎は情けなさを感じていなかった。



 籤屋の金属的な声が、鼓膜ではなく、頭に直接響いたからだ。



 あからさまな超常現象だった。



 怪物に対して食ってかかるような勇敢さを、子供に求める者は、非常識と謗られるべきだろう。



「帰る。俺、帰るから」



 精神的負荷に耐えられなくなったクラスメートは、いっそう強く、帰宅への意思を表明してきた。



 この時、一郎は焦りと恐怖で、既にストレス耐性の許容量を超えていた。



 ために、のちのちまで思い出しては、最低な自分に嫌悪するような行動をとってしまった。



「逃げるな、バカヤロウ!」




 罵声を浴びせ、クラスメートを殴り倒したのだ。
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