村の籤屋さん

呉万層

文字の大きさ
7 / 10

7:殴打

しおりを挟む
「へえ、わざわざ連れてきてくれたの。ありがとう」



 体を硬直させた一郎の下衆な言葉を聞くや、籤屋は金属的な音を立てて笑った。



 籤屋の声には、鴨を連れてきた子供が、ネギか、それとも鍋かと値踏みしているかのような悪意めいた感情が乗っていた。



 獲物と、獲物を連れてきた恥知らずを、籤屋はコマの少ないアニメーションのような動作で首を左右に振って、観察していた。



「で、何を望んで、何を賭けるの?」



 何故、美人のように見える籤屋を前にして、一郎があそこまで恐怖と絶望を覚えたかといえば、籤屋の外見と、醸し出す雰囲気が異様だったためだ。



 一郎は籤屋の顔を初めて見た際、目と口に視線を向けた。



 細く切れ長の眼は黒目がちで、感情の読めないガラス玉のようだった。



 遠くから見た際、籤屋は微笑を浮かべているように見えていた。



 間近で見る籤屋の微笑は、獲物を前にした肉食獣が、牙を剥いているようにしか思えなかった。



 不自然に白い歯は強い光を放って、一郎の目を刺した。



 籤屋の屋台は妙に薄暗く、おまけに、忌まわしい物として扱われていたため、誰も近づかずにいた。



 ために、籤屋の顔を直視した者はおらず、籤屋の放つ禍々しさに誰も気がつかなかったのだろう。



 籤屋の異常さに気付かされた一郎が、脅威から逃れるためにクラスメートを差し出したとしても、非難される謂れはない。酷い話かもしれないが、一郎にとっては正しい認識だ。



「ええと」



 ただ、押し付けておいて願いをすぐに思いつけずにいるマヌケさは、笑われても仕方がないだろう。一郎は、咄嗟に言葉が出ない自らの頭脳に怒りを覚えつつ、クラスメートの願いを考えた。



 一郎がクラスメートの願いを考えつく前に、口を挟む不届き者がいた。



「伊藤くん、僕に願いなんて、ないよ」



 当のクラスメートから、正当な抗議が放たれたのだった。



「うるさいな。ちょっと黙ってろよ!」



 一郎は怒声と視線とで、クラスメートを制し、速く願いを思いつくようにと、神に祈った。



無 様な一郎と、心細げなクラスメートを見て、籤屋は呆れた口調で、願い促して来た。



「坊やたち、籤を引くなら、早く願い事と、賭けるモノをお決めよ」



「すいません。すいません。もう少し待ってください」



 一郎は、気弱な男がよくするように、頭を小刻みに下げ、籤屋の催促に答えた。



 クラスメートに対する態度とは対照的な、漫画的とも言える卑屈さだった。



 それでも、一郎は情けなさを感じていなかった。



 籤屋の金属的な声が、鼓膜ではなく、頭に直接響いたからだ。



 あからさまな超常現象だった。



 怪物に対して食ってかかるような勇敢さを、子供に求める者は、非常識と謗られるべきだろう。



「帰る。俺、帰るから」



 精神的負荷に耐えられなくなったクラスメートは、いっそう強く、帰宅への意思を表明してきた。



 この時、一郎は焦りと恐怖で、既にストレス耐性の許容量を超えていた。



 ために、のちのちまで思い出しては、最低な自分に嫌悪するような行動をとってしまった。



「逃げるな、バカヤロウ!」




 罵声を浴びせ、クラスメートを殴り倒したのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/15:『ちいさなむし』の章を追加。2025/12/22の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/14:『さむいしゃわー』の章を追加。2025/12/21の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/13:『ものおと』の章を追加。2025/12/20の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/12:『つえ』の章を追加。2025/12/19の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/11:『にく』の章を追加。2025/12/18の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/9:『ひかるかお』の章を追加。2025/12/16の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

処理中です...