決闘で死んだ俺が凶悪なロリ令嬢として転生してしまったので、二度と負けないために最強を目指して妖魔との戦いに身を投じることにした

呉万層

文字の大きさ
41 / 42

41:弟子入り

しおりを挟む
 襟から覗いた能面女の首は、太く筋張っていた。


「なんて首をしてやがる」



「あら、ほめてくださるの? ありがとう」



 礼を口にするや。能面女はミオの蹴り足をつかんだ。



「チィッ!」



 ミオは、空中でつかまれた足を反時計回りに回転させようとする。通常なら、取られた蹴り足を外せる動きだ。



 強い力で足をつかまれると、人はつい押したり引いたりして外そうとするが、まず上手くいかない。足というより下半身を回転させればグリップを外せるはずだ。



 が、びくともしなかった。



 握力の異常な強さだけで、グリップを保持しているのではないと、ミオは直感した。



「なにをしていますの?」



 能面女から嘲笑が浴びせられる中、ミオはつかまれた自身の足を見た。



 棒のように細い脚のさらに細い部分・足首に、能面女の子指と親指の第一関節が埋まっていた。



 手や足をつかむ際、グリップを外させないようにする技を、能面女は心得ていたようだ。



「柔術か」



「ジュージュツ? なんのこと」



 能面女は首を傾げた。



 大柄なので、何気ない仕草もダイナミックだった。



 それでも能面女の体幹は、全く崩れなかった。



 ミオは、スキをうかがいつつ言い直す。



「格技をやっているな。それもかなり」



「カクギ? とっくみあいのこと? 淑女が、そんな野蛮なことをするわけないでしょう」



「ならば、なにか体を動かすことをしているな」



「ダンスならそれなりに。淑女ですもの」



 能面女の声には、わずかに得意気な響きがあった。



 ダンスには、相当自信があるようだ。



 ミオは納得した。



 ダンサーの体幹は、強靭だ。



 飛んだり跳ねたり急加速や急停止をしたり、身体を上下させたりを繰り返しても体の軸をブレさせないほどだ。



 ために古来より、ダンサーは並みの武術家よりも高い戦闘力を持つとされている。日本でも能は武士のたしなみとされており、舞を通じて静から動、動から静へ移行する身体操作を学んだといわれてもいた。


 足首のグリップを外さない技術は、能面女のもつ本能だろうか。ミオは頷いて納得を示す。



「なるほどな。なら知らなくても無理はないか」



「……なんですの?」



 ミオの声色に加わった変化を感じ取り、能面女は瞳に警戒の色を浮かべた。



「武術家の前に腕を差し出す意味を、だ!」



「っ!」



 危機を察した能面女が腕を振りかぶると同時に、ミオはつかまれた足を折りたんで距離を詰めて、掌打を繰り出す。



 スナップを利かせた掌打が、能面女の手首に命中する。



「グゥッ」



 小指側の出っ張った骨を打たれた能面女のグリップが緩むや、ミオは折りたたんだ足を延ばしながら体を旋回させて、拘束から逃れた。



 ミオが着地すると同時に、手首を抑えた能面女が、顔をシワだらけにして、凄みのある笑みを浮かべる。



「じゃじゃ馬ね」



「そうらしいな。自分ではわからんが」



 傲然と笑うミオに、能面女は笑みを深くする。



「教育者の血が騒ぐわね。色々と教えてあげたいわ」



「ダンスなら、興味があるな」



「レッスン希望かしら? もちろん教えてさしあげてよ。そのために、ここへ呼ばれたのだもの。ねえそうでしょう。私のトモダチくん」



 能面女が馬車に向けて声をかけた。



 すると、黙って推移を見守っていたトモダチが反応する。



「その通りさ! この世界の礼儀について、キミに色々教えてくれる存在が必要だろう? ボクは親切な質でね。彼女に頼んだんだ。もう仲良しみたいだし、教えを受けるってことでいいよね?」



 ウナギを連想させるぬるりとした動きで、トモダチは馬車から出てきた。



 滑らかで気持ちの悪い動きだった。



 トモダチは能面女の横に立って、二人がミオを見下ろす。臆せずにミオは見つめ返す。



「教えを受けよう」



 ミオからすれば、ダンスを通じて身体能力の強化を図れるのなら願ったり叶ったりだった。



 トモダチの思惑通りというのは気に食わないが、今は力を蓄える時だ。



 敵かもしれない相手であっても、引き出せるものがあるのならなんでも使うべきだろう。



「よし、キミを淑女にする教育が始められるね」



「うん? ダンスの練習をするのだろう」



「ダンスも、するんだ。キミは外見に見合う清楚可憐な淑女になるための教育を受ける。そういう約束だろう」



 トモダチの言葉は真実だった。



 ミオは、トモダチが理想とする清楚可憐な淑女になるための教育を受ける。そうトモダチと約束していたのだ。



 淑女。ミオからすればおぞましい言葉だった。



 体を鍛えず武技を身に着けず男に守ってもらうだけの存在だと、身は決めつけていた。



 身体こそ育っていなくとも精神は武術家であるミオからすれば、身分の高低にかかわりなく強さを求めない者は、すべからず唾棄すべき弱者なのだ。



 だが、この世界で生きていくすべを獲得しなければならない。強情なミオでも認めざるを得なかった。



 何せ心はともかくとして、身体はか弱い少女なのだ。



 おまけに、元妖魔を家臣にしたので責任までしょいこんでしまっている。社交性を上げて人脈を作って、なにがしかの役職なり報酬なりを得なければ、元妖魔たちを養えないのだ。いずれ武力でのし上がる際に必要な家臣たちを手放す気は、ミオになかった。




 それに、前世では社交術の乏しさから苦労もしていた。ダンスには、強さに至る道とともに、社交の術をも見出していた。



 淑女としての教育は、己に利ありと、ミオはみなしてもいた。



 ミオは腰に手を当て薄い胸を張ると、恐れを知らぬ戦士のように笑う。



「お前の願いをかなえてやる。世界最強の淑女になってみせよう」



「いや、最強とか余計なんだけど……まあ今は、それでいいよ。お楽しみはこれからってことで、ね」



「面白い娘」



 トモダチと能面女も笑った。



 嗜虐心の刃が潜む禍々しい笑みだった。



 三人は攻撃的な笑みを交わす中、ミオの家臣たちは、馬車の後ろで黙って立っていた。



 周囲の観衆たちも固唾を飲み、ヒソヒソ声もださずに事態を見守っていた。



「……帰りたい」



 御者の吐露した正直な言葉は、風に乗って消え誰にもかえりみられなかった。



 こうして、最強を目指していたはずのミオは、淑女として教育を受ける羽目に落ちいったのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…

アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。 そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!

追放された俺の木工スキルが実は最強だった件 ~森で拾ったエルフ姉妹のために、今日も快適な家具を作ります~

☆ほしい
ファンタジー
ブラック企業で過労死した俺は、異世界の伯爵家の三男・ルークとして生を受けた。 しかし、五歳で授かったスキルは「創造(木工)」。戦闘にも魔法にも役立たない外れスキルだと蔑まれ、俺はあっさりと家を追い出されてしまう。 前世でDIYが趣味だった俺にとっては、むしろ願ってもない展開だ。 貴族のしがらみから解放され、自由な職人ライフを送ろうと決意した矢先、大森林の中で衰弱しきった幼いエルフの姉妹を発見し、保護することに。 言葉もおぼつかない二人、リリアとルナのために、俺はスキルを駆使して一夜で快適なログハウスを建て、温かいベッドと楽しいおもちゃを作り与える。 これは、不遇スキルとされた木工技術で最強の職人になった俺が、可愛すぎる義理の娘たちとのんびり暮らす、ほのぼの異世界ライフ。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?

くまの香
ファンタジー
 いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。

スキル【収納】が実は無限チートだった件 ~追放されたけど、俺だけのダンジョンで伝説のアイテムを作りまくります~

みぃた
ファンタジー
地味なスキル**【収納】**しか持たないと馬鹿にされ、勇者パーティーを追放された主人公。しかし、その【収納】スキルは、ただのアイテム保管庫ではなかった! 無限にアイテムを保管できるだけでなく、内部の時間操作、さらには指定した素材から自動でアイテムを生成する機能まで備わった、規格外の無限チートスキルだったのだ。 追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

処理中です...