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16 罠
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戦闘態勢に入った悪霊風警備兵に、政信は問う。
「俺たちと、やろうっていうのか?」
「敷地内に入らなけりゃ、手は出さないよ」
「ていうかアタシたちは、敷地から出られないからね。大人しく帰ってくれれば、平和なんだけど、どうする?」
ガイコツ槍兵が、持っていた槍を掲げた。
と、敷地内をうろついていた他の悪霊風の霊たちが、一斉に武器を構えた。実体を持った数十体のアンデッドから凝視される状況は、気の弱い者でなくとも失神しかねない光景だった。
刀を肩に担ぐようにして持つ落ち武者が、視線を鋭くして解説を始める。
「こいつらも元傭兵とか部族の戦士さ。オレを含めて、腕には覚えがある奴らばかりなんだよね」
「そーゆーこと。悪いこと言わないから帰んな。ケガじゃすまないよ」
落ち武者とガイコツ槍兵は、政信たちを心配してくれているらしかった。だが、退くわけにはいかない。恩を返して小遣いくらいはもらわなければ、逃走資金も稼げないからだ。
「忠告はありがたいが、こっちも仕事でね」
「おいおい、どうするつもりだよ? この人数相手に勝てるつもりか? それとも、俺たちの仲間になりたいのか? なら、歓迎するぜ」
刀を担いだまま肩をすくめる落ち武者に視線を据えつつ、政信はカタリンに声をかける。
「歓迎はありがたいが、死ぬのはまた今度にするよ。ミズキ」
「カタクラ、いい加減に慣れなさい。わらわの名はミズキではありません。ハイエルフ最高の貴種にして西王国建国の功臣たるオルスト家の生ける宝石、カタリンですわ」
文句と家柄自慢を交えつつ、対外用のお嬢様風ムーブをするカタリンが前に出る。
「忠告の礼として、こっちも忠告だ。どかないと昇天なり成仏なりすることになるぞ」
「小さくて気づかなかったけど、エルフ、いやハイエルフか。オレ初めて見たよ」
「ハイエルフだろうと、ロリっ子が一人いたからなんだっていうの。ちなみにここいいる男の霊は、全員巨乳好きよ」
政信は、悪霊たちと気が合うだろうと確信した。同時に、これから同好の士に対して行う仕打ちに対して、ホンの少し後ろめたい気持ちになった。
「問題ございません。今日、わらわの可愛さに屈服して、ロリに、いや、発展途上の魅力に目覚めるのです」
「ミズキ、架空の魅力をアピールしろとは言ってない。雷の法術を使え」
「ミズキではなくて、カタリンでございますわ」
「カタリンちゃん法術が使えるのですか。わたし興味あります」
なぜかムーナが食いついた。
「腐ってもエルフだからな」
「腐ってないっす、ないですわ!」
「根性が腐ってるんだ。北の岬で、俺たちダークエルフにどんな態度だったか思い出せ」
「優しく接してあげていたではありませんの」
首を可愛く傾けるカタリンの仕草が、政信を感情的にさせた。
カタリンの額を指で小突きつつ、政信は文句をぶつける。
「任務中の兵士に茶を淹れさせたり、自分を讃える歌を作らせたり、合唱のために訓練時間を削るようなフザケタ真似が、優しいっていうのか」
「痛い痛い。美の化身であるわらわのためにお茶を入れたり、麗しいわらわを讃える歌を合唱できる栄誉に浴することができたりするのですよ。人生の過ごし方としては、最高ではありませんの! 痛いって言っているでしょう」
「お前の脳ミソと胸と尻は可愛らしいし、お前を讃えて生きるのは、人生を無駄に過ごすやり方としては最高だ。認めてやるよ」
「痛い! わらわ以外がするDV反対ですわ」
額を小突き続ける政信を他の者たちが止めにかかる。
「片倉さん。カタリンさんの額、赤くなってますよ」
「喧嘩しないで仲良くしろって」
「そうだよ。可哀そうじゃないの。こんなに小さいのに」
ムーナは控えめに、落ち武者は呆れたように、ガイコツ槍兵は咎めるような口調だった。
畜生、皆敵かよ。
「こいつが可哀そうなのは頭の出来だ。俺は矯正してやってるだけだ」
「おやめなさい。そろそろ泣きますわよ。よろしくて」
顔を引き締めたカタリンが、子供じみた脅迫をしてくるが、政信は気にしない。
「しょっぱい水を目から垂れ流したいなら、勝手にしろ。俺の心は微動だにしない」
「片倉さん……酷いです」
「好きな女ってもんはさ、大事にするもんじゃねーの?」
「釣った魚にあげないどころか、鞭を与えるのね。元カレを思い出して、イヤになるわ」
政信の弁明を聞くや、ムーナは首を振り、落ち武者は誤解したまま顔を背け、ガイコツ槍兵はなにやら過去に思いをはせ始めた。
異世界で元日本人のダークエルフが四面楚歌か、政信の内部に皮肉な笑いが起きる。と、額を抑えるカタリンが顔を上げた。
カタリンは、目と口を三日月のように歪めている。小さな顔には、絵本に登場する意地の悪い猫のような笑みを浮かべていた。
この世界では、めったに見られない美しいものを〝ハイエルフの笑顔〟と表現するが、この場では誤った形容詞だ。辞書があったら書き換えなければならないと、政信に確信させた。
嵌められたと理解し、怒りがこみ上げた政信は、カタリンに詰め寄ろうとする。
「この!」
「うわーたすけてーくださいましー」
カタリンは棒読みに近いセリフを発して、ムーナに抱き着く。
「よしよし、こんなに怯えて」
「なあ兄ちゃん、男らしさ、はき違えてるんじゃないの」
「男って、いつもそう。ねえ。みんな」
ガイコツ槍兵が、他の悪霊たちに声をかける。と、遠巻きに話を聞いていた悪霊たちが、次々に様の部をなじり始めた。
「小さな女の子を泣かせるなんて、最低ね」
刺突剣を持ったエルフの悪霊は、濁った眼に軽蔑しきった光を浮かべて罵倒した。
「そのほうは、暴力以外の交友手段を、得るべきであるな」
烏帽子を被り太刀を佩いた、平安貴族のような中年男の悪霊が、淡々と持論を述べた。
「ダークエルフは戦場で生きる殺伐とした種族だと聞く。だがお主はまだ若い、やり直せる」
体中に短銃を差す片目の潰れた白髪の悪霊が、思慮の光をたたえた目で、諭してきた。
「好きな子に意地悪をする気持ちって、わかんねーんだよな。生きてた頃、大事なものは素直に大事にしてたからさ。お陰で未練が残ってるんだから、世話はないけど」
ガイコツ槍兵と同じような作りの鎧を着た青年の悪霊は、静かに首を振った。
国際色豊かというべきか、多様性のあるというべきか、様々な角度から攻め立てられた政信は、流石に気後れし始めた。
俺が謝るべきなのだろうか? とりあえず頭を下げて、ここは丸く収めようか? カタリンに対する優位を確保しないと、雷術を使わせられない。屈服するフリをする必要があるかもしれない。戦場暮らしの中で捨てたはずの弱気が、首をもたげた。
政信が謝罪に用いる単語の選別を始めようとしたその時、カタリンの顔が視界に入った。
カタリンの瞳には、領民に絶対の服従と過大な税を求める貴族のような傲慢さと、獲物をいたぶる猫のような嗜虐性と、熱っぽい性衝動のような艶っぽい光が煌めいていた。
小さく可愛らしい整った顔に乗る感情としては、おぞましいものだった。
こいつに負けるわけにはいかない。政信は闘志を取り戻した。
「俺たちと、やろうっていうのか?」
「敷地内に入らなけりゃ、手は出さないよ」
「ていうかアタシたちは、敷地から出られないからね。大人しく帰ってくれれば、平和なんだけど、どうする?」
ガイコツ槍兵が、持っていた槍を掲げた。
と、敷地内をうろついていた他の悪霊風の霊たちが、一斉に武器を構えた。実体を持った数十体のアンデッドから凝視される状況は、気の弱い者でなくとも失神しかねない光景だった。
刀を肩に担ぐようにして持つ落ち武者が、視線を鋭くして解説を始める。
「こいつらも元傭兵とか部族の戦士さ。オレを含めて、腕には覚えがある奴らばかりなんだよね」
「そーゆーこと。悪いこと言わないから帰んな。ケガじゃすまないよ」
落ち武者とガイコツ槍兵は、政信たちを心配してくれているらしかった。だが、退くわけにはいかない。恩を返して小遣いくらいはもらわなければ、逃走資金も稼げないからだ。
「忠告はありがたいが、こっちも仕事でね」
「おいおい、どうするつもりだよ? この人数相手に勝てるつもりか? それとも、俺たちの仲間になりたいのか? なら、歓迎するぜ」
刀を担いだまま肩をすくめる落ち武者に視線を据えつつ、政信はカタリンに声をかける。
「歓迎はありがたいが、死ぬのはまた今度にするよ。ミズキ」
「カタクラ、いい加減に慣れなさい。わらわの名はミズキではありません。ハイエルフ最高の貴種にして西王国建国の功臣たるオルスト家の生ける宝石、カタリンですわ」
文句と家柄自慢を交えつつ、対外用のお嬢様風ムーブをするカタリンが前に出る。
「忠告の礼として、こっちも忠告だ。どかないと昇天なり成仏なりすることになるぞ」
「小さくて気づかなかったけど、エルフ、いやハイエルフか。オレ初めて見たよ」
「ハイエルフだろうと、ロリっ子が一人いたからなんだっていうの。ちなみにここいいる男の霊は、全員巨乳好きよ」
政信は、悪霊たちと気が合うだろうと確信した。同時に、これから同好の士に対して行う仕打ちに対して、ホンの少し後ろめたい気持ちになった。
「問題ございません。今日、わらわの可愛さに屈服して、ロリに、いや、発展途上の魅力に目覚めるのです」
「ミズキ、架空の魅力をアピールしろとは言ってない。雷の法術を使え」
「ミズキではなくて、カタリンでございますわ」
「カタリンちゃん法術が使えるのですか。わたし興味あります」
なぜかムーナが食いついた。
「腐ってもエルフだからな」
「腐ってないっす、ないですわ!」
「根性が腐ってるんだ。北の岬で、俺たちダークエルフにどんな態度だったか思い出せ」
「優しく接してあげていたではありませんの」
首を可愛く傾けるカタリンの仕草が、政信を感情的にさせた。
カタリンの額を指で小突きつつ、政信は文句をぶつける。
「任務中の兵士に茶を淹れさせたり、自分を讃える歌を作らせたり、合唱のために訓練時間を削るようなフザケタ真似が、優しいっていうのか」
「痛い痛い。美の化身であるわらわのためにお茶を入れたり、麗しいわらわを讃える歌を合唱できる栄誉に浴することができたりするのですよ。人生の過ごし方としては、最高ではありませんの! 痛いって言っているでしょう」
「お前の脳ミソと胸と尻は可愛らしいし、お前を讃えて生きるのは、人生を無駄に過ごすやり方としては最高だ。認めてやるよ」
「痛い! わらわ以外がするDV反対ですわ」
額を小突き続ける政信を他の者たちが止めにかかる。
「片倉さん。カタリンさんの額、赤くなってますよ」
「喧嘩しないで仲良くしろって」
「そうだよ。可哀そうじゃないの。こんなに小さいのに」
ムーナは控えめに、落ち武者は呆れたように、ガイコツ槍兵は咎めるような口調だった。
畜生、皆敵かよ。
「こいつが可哀そうなのは頭の出来だ。俺は矯正してやってるだけだ」
「おやめなさい。そろそろ泣きますわよ。よろしくて」
顔を引き締めたカタリンが、子供じみた脅迫をしてくるが、政信は気にしない。
「しょっぱい水を目から垂れ流したいなら、勝手にしろ。俺の心は微動だにしない」
「片倉さん……酷いです」
「好きな女ってもんはさ、大事にするもんじゃねーの?」
「釣った魚にあげないどころか、鞭を与えるのね。元カレを思い出して、イヤになるわ」
政信の弁明を聞くや、ムーナは首を振り、落ち武者は誤解したまま顔を背け、ガイコツ槍兵はなにやら過去に思いをはせ始めた。
異世界で元日本人のダークエルフが四面楚歌か、政信の内部に皮肉な笑いが起きる。と、額を抑えるカタリンが顔を上げた。
カタリンは、目と口を三日月のように歪めている。小さな顔には、絵本に登場する意地の悪い猫のような笑みを浮かべていた。
この世界では、めったに見られない美しいものを〝ハイエルフの笑顔〟と表現するが、この場では誤った形容詞だ。辞書があったら書き換えなければならないと、政信に確信させた。
嵌められたと理解し、怒りがこみ上げた政信は、カタリンに詰め寄ろうとする。
「この!」
「うわーたすけてーくださいましー」
カタリンは棒読みに近いセリフを発して、ムーナに抱き着く。
「よしよし、こんなに怯えて」
「なあ兄ちゃん、男らしさ、はき違えてるんじゃないの」
「男って、いつもそう。ねえ。みんな」
ガイコツ槍兵が、他の悪霊たちに声をかける。と、遠巻きに話を聞いていた悪霊たちが、次々に様の部をなじり始めた。
「小さな女の子を泣かせるなんて、最低ね」
刺突剣を持ったエルフの悪霊は、濁った眼に軽蔑しきった光を浮かべて罵倒した。
「そのほうは、暴力以外の交友手段を、得るべきであるな」
烏帽子を被り太刀を佩いた、平安貴族のような中年男の悪霊が、淡々と持論を述べた。
「ダークエルフは戦場で生きる殺伐とした種族だと聞く。だがお主はまだ若い、やり直せる」
体中に短銃を差す片目の潰れた白髪の悪霊が、思慮の光をたたえた目で、諭してきた。
「好きな子に意地悪をする気持ちって、わかんねーんだよな。生きてた頃、大事なものは素直に大事にしてたからさ。お陰で未練が残ってるんだから、世話はないけど」
ガイコツ槍兵と同じような作りの鎧を着た青年の悪霊は、静かに首を振った。
国際色豊かというべきか、多様性のあるというべきか、様々な角度から攻め立てられた政信は、流石に気後れし始めた。
俺が謝るべきなのだろうか? とりあえず頭を下げて、ここは丸く収めようか? カタリンに対する優位を確保しないと、雷術を使わせられない。屈服するフリをする必要があるかもしれない。戦場暮らしの中で捨てたはずの弱気が、首をもたげた。
政信が謝罪に用いる単語の選別を始めようとしたその時、カタリンの顔が視界に入った。
カタリンの瞳には、領民に絶対の服従と過大な税を求める貴族のような傲慢さと、獲物をいたぶる猫のような嗜虐性と、熱っぽい性衝動のような艶っぽい光が煌めいていた。
小さく可愛らしい整った顔に乗る感情としては、おぞましいものだった。
こいつに負けるわけにはいかない。政信は闘志を取り戻した。
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