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72 思い出

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 歳と肉体的特徴に言及されて、ムーナが笑顔のまま怒気を放ち始めた。


「皆さん、失礼ですよ~」


 声色は穏やかで笑顔ではあるが、歯を剥いた肉食獣を思わせる表情を、ムーナはしていた。


 途端に、戦士階級のアンデットたちが色めき立つ。


「よい殺気だ」


「あの小娘、ただ者ではないぞ。一応言っておくが、胸の話ではないぞ」


 空気が完全に切り替わって、会場がうるさくなる前に、話を進めたほうがよさそうだ。


「十三歳だが、見ての通り放つ殺気は歴戦の戦士級、大金槌を自在に操る膂力があり、銃も得意だ。また、彼女の父親ジグソン・テーラーは、鉱人領で療法院を経営する街の名士で、あらゆる薬剤に精通している。さらに、洞窟ゴブリンと交流を持ち、元々は鉱人王直轄の精鋭銃兵を集めた〝雷鳴隊〟の隊長を務めていた高位の武人でもある。当然人脈も豊富だ」


 嘘と大げさな表現を用いて、政信はムーナの父を持ち上げると、アンダウルスが反応する前に、周囲が騒めいた。


 ムーナより少し背の高い程度しかないドワーフのアンデットが、しゃがれた声を張り上げはじめた。


「なに雷鳴隊だと! なら、わしの後輩の娘か」


「そういえば貴様、先々代の鉱人王に仕えておったな。確か、雷鳴隊の初期メンバーだとか」


 合の手を入れるのは、もう一人のドワーフ、当然アンデットだ。


「先先代に仕えておった。わしが生きていたころの雷鳴隊は、まだ発足したばかりでな。隊員は少なく、若手ばかりだった。戦闘になれば、鉄槌隊のお節介共が、親切面して助けにきたものだ」


「思い出したぞ。発足当の雷鳴隊は、三百人もおらん少所帯だったな」


「今や五千人にもなるそうだ。アンデット人生は、時間の流れが体に染み入るわい」


 頷くアンデット・ドワーフの体が、薄くなっていく。相方が慌てて引き留める。


「まてまて、思い出に浸るな。昇天するぞ」


「危ない危ない。死んだ妻と息子と娘と祖父母と両親と友人が、まだこっちにこないのって、あきれ顔をしてやがった」


「なら、いっそ昇天しても良かったかもしれぬな」


「もう一度デカい戦に出て、一花咲かせるまでは、昇天なぞできるか」


「その通り!」


 アンデット・ドワーフたちの会話に、政信はさらに大きな声で割って入った。


「なんじゃ、でっかい声を出しおった」


「無作法じゃぞ」


 二人のアンデット・ドワーフに詰め寄られるが、政信は慌てるどころか笑顔を向ける。


「これは失礼、無作法は平にご容赦を。お二人の熱い戦士の心に、感銘を受けてしまい、つい」


「おおそうか! オヌシ見どころがあるぞ」


「関心な若者だ。太守閣下が目をかけるだけはある。よし、我らの武勇伝を聞かせてやろう。まずは百年前、大沼沢地帯から南下してきたオークの部族との戦いについて話そうではないか」


 老人の長話しに付き合う気はない。政信は、口を滑りこませる。


「大変ありがたい申し出ですが、今は時間がありません。次の機会に是非、なに、すぐに機会はありますよ。その時にゆっくりお願いします」


「なるほど、太守閣下、この男中々の者ですぞ。もう少し話を聴いてやってはいかがですか」


 アンデット・ドワーフは、あっさりと政信を気に入ってくれた。ちょろい。
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