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125 狂騒

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「この世界じゃ、お前はハイエルフのお嬢様なんだろ。なら、家でいい教育を受けられたはずだ。マナーの一つや二つ、身に付けてるんじゃないのか」


「前世の記憶が残りすぎてルンスヨ。言葉遣いはともかく、態度が直らないから、途中からほうってオカレタッス。だからボクはカタリンなのに、ミズキナンスヨオォ!」


 感情を吐露するカタリンの瞳から、正気の灯が失われていく。


 長期戦は危険かもしれない。政信は〝狂戦士のキノコ〟から作り出された薬液・狂騒液の入ったビンの存在を、意識せずにはいられなかった。


 しかし狂騒液は、飲んだ者の筋力を強化する上に、精神的なリミッターを外してしまう。心肺機能も強化され、関節が壊れるのも構わずに力をふるうようになる。飲んでしまえば、混沌の悪魔や魔獣すら一撃で屠れるような野太刀の一撃を、カタリンにお見舞いすることになるだろう。


 訓練を積み実戦を経験した政信は、狂騒液を飲んでも、しばらくは理性を保っていられる。ただし、三分もつかどうかだ。


 狂騒薬を飲んで三分以上経つと、理性が吹き飛び狂乱状態となる。一度理性をなくすと、狂騒液の効果が切れるまでの約三十分、動く者あれば敵味方構わず切りかかり、目の前にある物は破壊せずにはいられなくなってしまう。


 鎮静液を飲めば狂騒薬の効果を打ち消せるが、一度狂乱状態に陥った者に、薬を飲ませるのは至難だ。


 狂乱状態となった者は、敵も味方も距離を取るか、さもなければ殺すかする他に、対処のしようがなかった。


 つまり、政信が狂騒液を飲んだら、鎮静液を飲めるだけの理性を保てる三分以内に勝たなければならない。さもなければ狂戦士から狂人になってしまう。さらに、時間制限だけではなく、勝利条件も問題だった。


 ただ勝つだけは不十分だからだ。混沌の悪魔たちと合体し、よくわからない肉塊と化したとはいえ、カタリンは弟分だ。


 躾をしても、殺すつもりは政信になかった。


 殺さぬように攻撃し、屈服させなければならない。難易度の高いミッションだ。


 慎重に判断すべき状況で色々と思考を巡らせた結果、政信は自身の行った仕込みを思い返し、狂騒薬の入った濃紺のビンを散りだした。


「よおミズキ、こいつが何かわかるか?」
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