花の大帝

寿里~kotori ~

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少年

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 薄雲に覆われた満月の光に誘われるかのようにセルシスは目を覚ました。少年1人では大きいと感じる寝台からおりると素早く着替えを済ませ、小箱から鍵を取り出し装束に忍ばせる。双子の弟のニンファは少し離れた部屋で待っているであろう妹ヴィオラを迎えに行っているところだ。

「母上に見つからないといいけど」

 母であるダイアナの溺愛と偽った監視をセルシスはとっくに看破していたが、それに気付かないふりを幼少期から装い続けてきた。

「わざとらしい演技。あれで女王陛下とは笑わせる」

 巷では名君、そして、偉大なる国母と呼ばれる母ダイアナだがセルシスから言わせると『暗君かつ愚母』であった。我が子を恐れ、疑心暗鬼に苛まれるあまり既に27歳となる兄、王太子ライラックに王権を譲らず、婚約者との婚礼さえも許可しないその異様な態度を他国が不審に思っていることすら気付いていないのだから。

 セルシスは表向きは控えめで穏やかな態度を崩さない。しかし、それはあくまでも自分の本心を女王である母に悟られないようにするための芝居である。そもそもセルシスは母ダイアナが生理的に嫌いであった。物心ついた頃には母に対して嫌悪感を持っていたので、悟られぬよう従順に振る舞っていただけである。双子の片割れであるニンファでさえセルシスの本性に気付いておらず、聡明で心優しい兄だと思い込み、心酔している。

「真に純粋で心優しいのはニンファなのに。双子の弟にも本性を晒せないのは少しツラい」

 母を忌み嫌うセルシスではあるが、兄姉たちや妹のヴィオラのことは嘘偽り無く大切に想っている。そして、ニンファのことはやはり別格に大好きであり、何としても幸せになってほしかった。

 その為にセルシスは姉のローズに対して秘密裏に書簡を送り、皇妃であるローズの立場を利用し、義兄である皇帝を巧みに誘導して、ニンファを皇帝陛下の妹宮の結婚相手にすることに成功した。ニンファを早期に国内から遠ざけたいという母の思惑を見抜いていたセルシスが先手を打ったことになる。ニンファの縁談は表面上は皇帝陛下が交渉してきた形であり、女王である母にとっては、ニンファを婿入りという呈で追い出せるうえに皇帝一族との更に強固な結束と同盟関係が成立するので渡りに船だっただろう。この政略結婚を陰でけしかけたのがセルシスであることさえ、母は気付いていないようだ。

「本当に愚かな母上……。ミモザ父上がどんなに苦労されたか目に浮かぶ」

 セルシスが2歳の頃に亡くなった父ミモザは王婿でありながら囚人のような生活をしていたらしい。

 先代の国王はなかなか子宝に恵まれず、ようやく誕生したのは女児……つまりセルシスの母ダイアナだったのだ。ペオニア・サフルティコサ家から迎えた王妃は出産後すぐに息絶えたので ダイアナが将来の王位継承者に決まる。このダイアナ王女の結婚相手も王室婚姻法に従い、ペオニア・サフルティコサ家から迎えねばならなかった。
 だが、王家はペオニア・サフルティコサ家が力を盛り返すことを恐れて男児が増えないよう裏で手を回していた。要するに邪魔になりそうな男児は暗殺してきたのだ。その結果、ダイアナ王女が次期王位継承者と定まった際の適当な結婚相手がペオニア・サフルティコサ家に存在していなかった。

 ダイアナ王女が即位するにあたり、ペオニア・サフルティコサ家の男児をあてがう必要性が生じてしまう。先王はペオニア・サフルティコサ家に男児を用意せよと無茶な勅命をくだした。

 必要な男の子は1人だけ。理不尽な要求ではあったが、幸か不幸か奇跡は起こった。

 ペオニア・サフルティコサ公爵家……本来ならば正統な王家であったのに狡猾な簒奪者によって名ばかりの公爵であり、王家の傍流に格下げされた悲運な公爵家に双子の男児が誕生した。
 双子の兄弟は生後まもなく引き離され、兄はダイアナ王女の許嫁となり、弟は生家のペオニア・サフルティコサ家に残された。

 この不幸な双子の兄である男児がセルシスたちの父であり、ダイアナ女王の王婿ミモザとなる。双子の弟の方は生家が必死で存在を隠蔽したので実質、生まれたのはミモザだけとされた。

 ミモザは王宮の敷地内にある『西の離宮』にて幽閉同然の生活を送ることとなる。実の親や双子の弟の存在さえ知らされず、孤立した離宮でひたすら王家とダイアナ王女に服従することを強制される日々は確実にミモザから自分の意思を奪っていったことだろう。実際にミモザは生家が困窮していたので親戚である王家に引き取られたと嘘を吹き込まれていたらしい。両親は既に他界しているので天涯孤独だと頭に刷り込まれていたのだ。

「お可哀相な父上。お人形のように意思がなく唯々諾々と周りに玩ばれていた。でも、そのお人形のような男児は僕たちのミモザ父上ではない」

 それだけ呟くとセルシスは装束に隠した鍵を確認して、ニヤリと口角を上げた。普段は決して見せない、皮肉を込めた笑みだ。

 愚かな王家の連中はおそらく先王を含めて皆、気付いてなかったのだろう。

「西の離宮に生後まもなく幽閉されたミモザ父上とダイアナ王女と結婚した14歳のミモザ父上が別人だったことなんて」

 これはペオニア・サフルティコサ家のミモザから『西の離宮の鍵』を相続したセルシスだけが知り得た事実であり、ニンファも知らないことであった。ミモザは王婿として31歳で急逝したが、王家が死因を公表しなかった、もとい、できなかった理由はただ1つに尽きる。

「ミモザ父上は死んでなどいないから。31歳で忽然と姿を消した。僕に離宮の鍵を託して」

 31歳を迎えたミモザが体調を崩して床に臥せていたことは事実だが、静養の為『西の離宮』に入ったきり、消えてしまった。母ダイアナは意思のない王婿であったはずのミモザが出奔したことに驚愕し、離宮を徹底的に捜査して、ミモザの生家であるペオニア・サフルティコサ家に対しても尋問を行ったが、ミモザの行方は杳として知れなかった。王婿に逃げられたなんて国民や近隣諸国に公表できないため、苦肉の策として急逝したと虚偽の報告をする羽目に陥った。

「母上はミモザ父上が西の離宮で自ら命を絶ったと兄上や姉上たちに教えた。自ら死を選ぶことは大罪だからという理由で埋葬にも子どもたちを立ち会わせず、空の棺を王家の玉墓に埋葬して誤魔化した」

 そんな浅はかな嘘はすぐに露見するとも知らずにとセルシスは呆れて息を吐いた。ミモザと呼ばれる王婿は本当は2人存在している。ミモザが双子であると知った時点でセルシスは確信したが、ヴィオラが遭遇した少年姿のミモザとは果たして何者なのだろうか。

「見当はつくけど……。いまのヴィオラに教えるのは酷だね」

 そう考えを巡らせていたら、ニンファがヴィオラを伴って部屋に入ってきた。

「セルシス、遅れてごめんな。ヴィオラが熟睡してて起きねーから!」

「違うわよ! ニンファがなかなか来なくて寝ちゃったの!」

 言い合いをしているニンファとヴィオラを見た瞬間、セルシスは表情をやわらげて、いつもの病弱で穏やかなセルシスへと戻っていった。

「2人とも喧嘩していると気付かれるよ。満月も綺麗だから早くミモザ父上のところに行こう」

 優しく微笑むセルシスの顔を、何故かニンファがじっと見ている。ニンファは敏感なのでセルシスは何か隙を見せたかと警戒したが、ニンファは特に何も言わず、ヴィオラを促した。

「ほら、亡霊父上のとこに行くぞ」

 ニンファの声色を聞いただけでセルシスは察知した。『西の離宮』に出現するミモザらしき亡霊をニンファは亡霊ではないと気付いている。

(もしかしたら、僕は少しニンファを見くびっていたのかも)

 病弱な双子の兄の真っ黒な本性を、誰よりも傍にいたニンファは確証が持てないまでも勘づいている可能性がある。しかし、セルシスには分かっていた。セルシスが何を企もうとニンファはそれを誰にも告げないだろう。それが、王家を混乱させる結果になったとしても。

(ニンファが婿入りするまで、あと3年……。僕の命が尽きるのとどちらが早いかな?)

 それまでに絶対に肝心の目的を遂げると固く誓うとセルシスは最愛の双子の弟の背中を眺めながら、満月の冒険に繰り出した。

 ミモザ父上と偽る少年の亡霊には利用価値がある。ヴィオラで誘き寄せて生け捕りにしようとセルシスが考えていることなど無邪気なヴィオラはまったく気付かないが、果たしてニンファはどうだろう。

 to be continued





 
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