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偽り
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満月の夜が来た。今夜こそうまく立ち回る。
西の離宮に潜んでいる亡霊……愛らしい姫君ヴィオラントに亡き王婿ミモザ殿下の亡霊と勘違いされている少年は暗闇で息を殺していた。前回は双子の王子と王女に混ざって無関係な大人がいたので隠れていたが、今回は絶対に命令に従い亡霊のふりをしなくてはならない。
「出来ないと殺される。父上に」
偽りの亡霊として離宮に潜入して数ヶ月、計画通り亡くなった王婿ミモザの亡霊が出ると噂を流すことには成功したが、正直、こんなことをして今更なんになるのだろう。父は王子と王女たちをダシに女王陛下をおびき寄せて暗殺することが目的だが、そのような大それたことが成功するとは到底思えないし、父が信じているようにお家が再興できるはずもない。
「何より僕はそんなことしたくない。だって……ヴィオラント姫は僕の……」
苦悩しても父の命令には逆らえず、主犯である父も今更、後には引けないのだろう。現在の王家を崩して、とっくの昔に没落して元王家であるペオニア・サフルティコサ家を再び玉座に返り咲させる目的で父は双子の兄を始末している。
「父上は本来の王婿となる予定だったミモザ殿下を殺した。そして、自らをミモザだと偽って生きてきたのだから」
ペオニア・サフルティコサ家がミモザに双子の弟がいるのをひた隠しにしていたのには理由がある。ミモザを王家に差し出し、生け贄にすることで王家の目を欺いて、隠していた双子の弟に家の再興を託したのだ。父は現在の王家を内部から解体するよう教え込まれ、時期がきたら将来の王婿となるミモザ殿下を暗殺して、替え玉になれと実家で密かに教育されてきた。そして、首尾よく14歳で婚礼を間近に控えたミモザ殿下を始末した。生後まもなく引き離された双子の兄を殺しても父は罪悪感などわかなかったという。
その後は死体を西の離宮の地下に埋め、何事もなくミモザ殿下としてダイアナ女王と婚礼を挙げた。ダイアナ女王はなにも疑うことなく父をミモザ殿下だと信じているという。父は決して正体がバレぬよう穏やかで控えめな王婿を演じつつ、女王との間に次々と子をもうけた。その間、誰1人として父が本当にミモザ殿下なのかと疑わなかったというのだから父の演技は徹底していたのだ。
「女王陛下は取り返しのつかない失策をした。大切な御子さま方の養育を父上に任せてしまったのだから」
ミモザ殿下に自由がないからせめて我が子の養育をさせようというダイアナ女王の心遣いが裏目に出た。父は周囲を警戒しながらも子供たちが自分の味方になるよう言葉巧みに誘導していった。その成果でダイアナ女王の御子たちは政務にかかりきりの母王より優しい王婿を装った父に懐いてしまう。
しかし、完璧ともいえる計画だったが父は肝心なことに気付いていなかった。ダイアナ女王は王太子となる長男ライラックにも関心を抱かず、次々と生まれてくる子供たち全員に愛情を示さなかった。双子のセルシスとニンファエアが誕生した際など露骨に嫌な顔をし、ヴィオラントを身籠ったときもなにも反応しなかったのである。
ここに来て父はダイアナ女王の真意に気づいた。彼女は父がミモザ殿下ではないことなど最初から分かっていたのだ。偽者の王婿を看過してきたのも女王なりの思惑があったのだろう。女王にミモザ殿下ではないという事実を看破されていたと察した父は静養と偽り、まだ誕生していないヴィオラントを残して姿をくらました。西の離宮の地下に極秘で王宮から外に出られる隠し通路をつくらせておいたのだ。
「そして実家へと逃げ込んだ父はセルシス殿下を手駒にすることに成功した」
父にとっては賭けであったが、鍵と供に小箱に潜ませた手紙を読んだことでセルシスは自分たちの父親がミモザ殿下ではないことを察した。そして、狡猾な実父によりこんな嘘を吹き込まされた。
「ミモザ殿下は王家で酷い扱いを受け苦しんでいた。それを生き別れの双子の弟が救出して立場を交換した。救出されたミモザ殿下は実家の力を借りて亡命……。本当は父上に始末されたのに」
こんな陳腐な嘘を信じるほどセルシス殿下は愚かなのか。偽者の少年は考えていたが答えは見つからない。
「それに王子たちが最初に西の離宮に来たとき僕は物陰から気配を伺っていただけ。なのに……ヴィオラント姫は亡霊を視たって喜んでた」
ここは父がミモザ殿下を殺した離宮なのだ。それを考えると自分ではなくて本物の亡霊が出ても不思議ではない。少年の体に悪寒が走った瞬間であった。
「こんな企みの片棒を担いでも君の命が危ないだけだ。今すぐここから出た方がよい」
背後から凛とした少年の声が聴こえ、偽者の少年は飛び上がった。
見つかった! 双子の王子のどちらかに正体が露見したのか。侵入者として捕まれば、父に消される!
震え上がりながら偽者の少年が振り返ると、やはり双子の王子のどちらからしい少年が立っている。
「待って! 無断で侵入したことは謝るから捕まえないでください!」
「あまり大声を出すと見つかるよ? ヴィオラントたちが入ってきた。おいで、こちらから出してあげよう」
扉が解錠して、数名の足音が聴こえてくる。満月の夜に探検に来た双子の王子とヴィオラント姫だろう。しかし、いま3人が離宮に入ってきたということは、それまでは自分以外はいなかったはず!
偽者の少年は震える唇を何とか開いて声を絞り出した。
「あんたは誰……? まさか……本物の」
恐る恐る訊ねた偽者の少年に対して双子王子と瓜二つな少年は優しく微笑む。
「はやくおいで。3人に見つからないうちに」
「でも! 僕は父上の命令で……。ここから出ても殺される」
ペオニア・サフルティコサ家からの命令に背いたら遠縁の自分なんて抹殺されてしまう。ミモザ殿下の亡霊と偽ってヴィオラント姫を唆さないと役目が果たせず厄介払いされる。子供たちを利用して王家を内部から崩壊させるという父の……遠縁の自分を引き取ってくれた養父が企てた計画の役に立てなければ命が危うい。
「どっちにしても帰る場所なんてないから」
偽者の少年が堪えていた涙を滲ませると目の前の綺麗な少年の亡霊がそっと息を吐いた。
「約束しておくれ。今後、こんな愚かな計画から身を引くと。それが約束できるならばここで暮らしてもかまわぬ。元よりこの離宮の主は僕だ。君を客人とする」
西の離宮の元々の主……。やはり目の前の少年姿の亡霊の正体は!
「ミモザ殿下……!」
偽者の少年が腰を抜かすとミモザの亡霊は愉快そうに笑った。
「驚くことでもない。僕はここで死んだのだ。満月を眺めていたら自分と瓜二つの子に短刀で刺された」
14歳で双子の弟に刺殺されたミモザの魂は離宮に留まり、王家の行く末を見守っていた。卑劣な手段で弟に殺されたことも、その弟に王婿の地位も奪われてしまったことも、ミモザは特に気にして無さそうで偽者の少年は逆に不気味だった。
しかし、離宮から逃げても父の追っ手に消される運命であり逃げ場はないのだ。
「王子と王女には何もしない。だから、僕を助けて」
「僕は君に危害を加えるつもりはないよ。姉上……女王陛下が心配なだけだ。それに姉上の子供たちのことも」
「王子と王女はみんな、あんたを殺したヤツの子供なのに?」
この亡霊であるミモザ殿下は何を考えているのだろう。女王陛下だけならば理解できるが、自分を暗殺した双子の弟の子供たちまで案じている。まるで我が子同然に……。
偽者の少年はミモザ殿下の亡霊の優しげで清らかな笑みを眺めながら復讐に取り憑かれた養父の顔を思い浮かべ、そして小さく笑った。
「似てない。双子でも全然。女王陛下が見破るのも当然だ」
「少し奥の部屋に隠れていておくれ。3人が階段をのぼってくる」
ミモザの亡霊に促されるように偽者の少年は奥の部屋に隠れたが、不思議とこれまでの押し潰されそうな不安感から解放されていた。
「ここにいれば安全だ……」
そう安心した偽者の少年は部屋の寝台に横になり、眠ってしまった。亡霊が主の離宮に居候することになったが、養父には適当に誤魔化そう。ヴィオラント姫の顔が見られないのは残念だけれども彼女に危険が及ばなくてよかった。
安心して眠る少年の寝顔をヴィオラはミモザの亡霊と一緒に見つめていた。離宮の階段をあがる途中、セルシス&ニンファとまたもやはぐれてしまい、いつの間にかミモザが現れていた。
「お父さま、この子はどなた? どうして離宮にいらっしゃるの?」
「亡霊をしていると退屈でね。僕の話し相手だよ。決して怪しい者ではない」
「お父さまのお友達なのね。お名前は?」
ヴィオラが偽者の少年の名を訊ねるのでミモザは彼の存在を双子のセルシス&ニンファを含めた誰にも教えないことを条件に囁いた。
「カンパネラ。ヴィオラント、この子の面倒は僕がみるから秘密にしておくれ」
「勿論よ! でも、この子は亡霊じゃないわよね? お食事はどうするの?」
ヴィオラの問いかけにミモザはなにも答えず微笑むだけだ。
こうして、ミモザが亡霊として留まる離宮にカンパネラという少年は居着くこととなる。カンパネラは養父の存在に怯えていたが、養父はカンパネラなど忘れたようになにも指示をしてこなくなった。何があったのだろうと不思議に思っていたカンパネラに向かってミモザは笑みを浮かべたまま告げた。
「君の父上は天に召されたよ。どうやらペオニア・サフルティコサ家も王家に深入りしすぎた存在を消したかったようだね」
「え? つまり、父上は実家でも邪魔者になって殺された?」
女王ダイアナに睨まれるのを恐れたペオニア・サフルティコサ家がミモザの双子の弟を葬った。双子の片割れを隠していただけでも重罪なのに、更に本来の王婿となるはずであったミモザまで過去に殺した罪を公にされるのを恐れ、首謀者であるカンパネラの養父を消し去ったのだろう。
「策に溺れて父上は死んだんだ」
カンパネラがポツリと呟くとミモザは心から沈痛な表情で言ったのだ。
「……弟にこんな人生を歩ませたくなかった。可哀想に」
静かに瞳を伏せるミモザを見ながらカンパネラは思った。
(自分を殺した双子の弟でも怨みはないんだな。父上とは本当に大違いだ)
養父が消された今ならばカンパネラは離宮を出て自由に生きられる。ペオニア・サフルティコサ家から離れた国外に逃げようかとも考えたが思い直した。
「ここで亡霊と暮らすのも悪くないか。衣食住が保証されてるし」
それにヴィオラント姫がどうなるかも気になるのでカンパネラはとりあえず、亡霊のミモザと離宮にて同居している。
無人とされている離宮に衣食住は揃っているのは何故なのかカンパネラには謎のままに。
to be continued
西の離宮に潜んでいる亡霊……愛らしい姫君ヴィオラントに亡き王婿ミモザ殿下の亡霊と勘違いされている少年は暗闇で息を殺していた。前回は双子の王子と王女に混ざって無関係な大人がいたので隠れていたが、今回は絶対に命令に従い亡霊のふりをしなくてはならない。
「出来ないと殺される。父上に」
偽りの亡霊として離宮に潜入して数ヶ月、計画通り亡くなった王婿ミモザの亡霊が出ると噂を流すことには成功したが、正直、こんなことをして今更なんになるのだろう。父は王子と王女たちをダシに女王陛下をおびき寄せて暗殺することが目的だが、そのような大それたことが成功するとは到底思えないし、父が信じているようにお家が再興できるはずもない。
「何より僕はそんなことしたくない。だって……ヴィオラント姫は僕の……」
苦悩しても父の命令には逆らえず、主犯である父も今更、後には引けないのだろう。現在の王家を崩して、とっくの昔に没落して元王家であるペオニア・サフルティコサ家を再び玉座に返り咲させる目的で父は双子の兄を始末している。
「父上は本来の王婿となる予定だったミモザ殿下を殺した。そして、自らをミモザだと偽って生きてきたのだから」
ペオニア・サフルティコサ家がミモザに双子の弟がいるのをひた隠しにしていたのには理由がある。ミモザを王家に差し出し、生け贄にすることで王家の目を欺いて、隠していた双子の弟に家の再興を託したのだ。父は現在の王家を内部から解体するよう教え込まれ、時期がきたら将来の王婿となるミモザ殿下を暗殺して、替え玉になれと実家で密かに教育されてきた。そして、首尾よく14歳で婚礼を間近に控えたミモザ殿下を始末した。生後まもなく引き離された双子の兄を殺しても父は罪悪感などわかなかったという。
その後は死体を西の離宮の地下に埋め、何事もなくミモザ殿下としてダイアナ女王と婚礼を挙げた。ダイアナ女王はなにも疑うことなく父をミモザ殿下だと信じているという。父は決して正体がバレぬよう穏やかで控えめな王婿を演じつつ、女王との間に次々と子をもうけた。その間、誰1人として父が本当にミモザ殿下なのかと疑わなかったというのだから父の演技は徹底していたのだ。
「女王陛下は取り返しのつかない失策をした。大切な御子さま方の養育を父上に任せてしまったのだから」
ミモザ殿下に自由がないからせめて我が子の養育をさせようというダイアナ女王の心遣いが裏目に出た。父は周囲を警戒しながらも子供たちが自分の味方になるよう言葉巧みに誘導していった。その成果でダイアナ女王の御子たちは政務にかかりきりの母王より優しい王婿を装った父に懐いてしまう。
しかし、完璧ともいえる計画だったが父は肝心なことに気付いていなかった。ダイアナ女王は王太子となる長男ライラックにも関心を抱かず、次々と生まれてくる子供たち全員に愛情を示さなかった。双子のセルシスとニンファエアが誕生した際など露骨に嫌な顔をし、ヴィオラントを身籠ったときもなにも反応しなかったのである。
ここに来て父はダイアナ女王の真意に気づいた。彼女は父がミモザ殿下ではないことなど最初から分かっていたのだ。偽者の王婿を看過してきたのも女王なりの思惑があったのだろう。女王にミモザ殿下ではないという事実を看破されていたと察した父は静養と偽り、まだ誕生していないヴィオラントを残して姿をくらました。西の離宮の地下に極秘で王宮から外に出られる隠し通路をつくらせておいたのだ。
「そして実家へと逃げ込んだ父はセルシス殿下を手駒にすることに成功した」
父にとっては賭けであったが、鍵と供に小箱に潜ませた手紙を読んだことでセルシスは自分たちの父親がミモザ殿下ではないことを察した。そして、狡猾な実父によりこんな嘘を吹き込まされた。
「ミモザ殿下は王家で酷い扱いを受け苦しんでいた。それを生き別れの双子の弟が救出して立場を交換した。救出されたミモザ殿下は実家の力を借りて亡命……。本当は父上に始末されたのに」
こんな陳腐な嘘を信じるほどセルシス殿下は愚かなのか。偽者の少年は考えていたが答えは見つからない。
「それに王子たちが最初に西の離宮に来たとき僕は物陰から気配を伺っていただけ。なのに……ヴィオラント姫は亡霊を視たって喜んでた」
ここは父がミモザ殿下を殺した離宮なのだ。それを考えると自分ではなくて本物の亡霊が出ても不思議ではない。少年の体に悪寒が走った瞬間であった。
「こんな企みの片棒を担いでも君の命が危ないだけだ。今すぐここから出た方がよい」
背後から凛とした少年の声が聴こえ、偽者の少年は飛び上がった。
見つかった! 双子の王子のどちらかに正体が露見したのか。侵入者として捕まれば、父に消される!
震え上がりながら偽者の少年が振り返ると、やはり双子の王子のどちらからしい少年が立っている。
「待って! 無断で侵入したことは謝るから捕まえないでください!」
「あまり大声を出すと見つかるよ? ヴィオラントたちが入ってきた。おいで、こちらから出してあげよう」
扉が解錠して、数名の足音が聴こえてくる。満月の夜に探検に来た双子の王子とヴィオラント姫だろう。しかし、いま3人が離宮に入ってきたということは、それまでは自分以外はいなかったはず!
偽者の少年は震える唇を何とか開いて声を絞り出した。
「あんたは誰……? まさか……本物の」
恐る恐る訊ねた偽者の少年に対して双子王子と瓜二つな少年は優しく微笑む。
「はやくおいで。3人に見つからないうちに」
「でも! 僕は父上の命令で……。ここから出ても殺される」
ペオニア・サフルティコサ家からの命令に背いたら遠縁の自分なんて抹殺されてしまう。ミモザ殿下の亡霊と偽ってヴィオラント姫を唆さないと役目が果たせず厄介払いされる。子供たちを利用して王家を内部から崩壊させるという父の……遠縁の自分を引き取ってくれた養父が企てた計画の役に立てなければ命が危うい。
「どっちにしても帰る場所なんてないから」
偽者の少年が堪えていた涙を滲ませると目の前の綺麗な少年の亡霊がそっと息を吐いた。
「約束しておくれ。今後、こんな愚かな計画から身を引くと。それが約束できるならばここで暮らしてもかまわぬ。元よりこの離宮の主は僕だ。君を客人とする」
西の離宮の元々の主……。やはり目の前の少年姿の亡霊の正体は!
「ミモザ殿下……!」
偽者の少年が腰を抜かすとミモザの亡霊は愉快そうに笑った。
「驚くことでもない。僕はここで死んだのだ。満月を眺めていたら自分と瓜二つの子に短刀で刺された」
14歳で双子の弟に刺殺されたミモザの魂は離宮に留まり、王家の行く末を見守っていた。卑劣な手段で弟に殺されたことも、その弟に王婿の地位も奪われてしまったことも、ミモザは特に気にして無さそうで偽者の少年は逆に不気味だった。
しかし、離宮から逃げても父の追っ手に消される運命であり逃げ場はないのだ。
「王子と王女には何もしない。だから、僕を助けて」
「僕は君に危害を加えるつもりはないよ。姉上……女王陛下が心配なだけだ。それに姉上の子供たちのことも」
「王子と王女はみんな、あんたを殺したヤツの子供なのに?」
この亡霊であるミモザ殿下は何を考えているのだろう。女王陛下だけならば理解できるが、自分を暗殺した双子の弟の子供たちまで案じている。まるで我が子同然に……。
偽者の少年はミモザ殿下の亡霊の優しげで清らかな笑みを眺めながら復讐に取り憑かれた養父の顔を思い浮かべ、そして小さく笑った。
「似てない。双子でも全然。女王陛下が見破るのも当然だ」
「少し奥の部屋に隠れていておくれ。3人が階段をのぼってくる」
ミモザの亡霊に促されるように偽者の少年は奥の部屋に隠れたが、不思議とこれまでの押し潰されそうな不安感から解放されていた。
「ここにいれば安全だ……」
そう安心した偽者の少年は部屋の寝台に横になり、眠ってしまった。亡霊が主の離宮に居候することになったが、養父には適当に誤魔化そう。ヴィオラント姫の顔が見られないのは残念だけれども彼女に危険が及ばなくてよかった。
安心して眠る少年の寝顔をヴィオラはミモザの亡霊と一緒に見つめていた。離宮の階段をあがる途中、セルシス&ニンファとまたもやはぐれてしまい、いつの間にかミモザが現れていた。
「お父さま、この子はどなた? どうして離宮にいらっしゃるの?」
「亡霊をしていると退屈でね。僕の話し相手だよ。決して怪しい者ではない」
「お父さまのお友達なのね。お名前は?」
ヴィオラが偽者の少年の名を訊ねるのでミモザは彼の存在を双子のセルシス&ニンファを含めた誰にも教えないことを条件に囁いた。
「カンパネラ。ヴィオラント、この子の面倒は僕がみるから秘密にしておくれ」
「勿論よ! でも、この子は亡霊じゃないわよね? お食事はどうするの?」
ヴィオラの問いかけにミモザはなにも答えず微笑むだけだ。
こうして、ミモザが亡霊として留まる離宮にカンパネラという少年は居着くこととなる。カンパネラは養父の存在に怯えていたが、養父はカンパネラなど忘れたようになにも指示をしてこなくなった。何があったのだろうと不思議に思っていたカンパネラに向かってミモザは笑みを浮かべたまま告げた。
「君の父上は天に召されたよ。どうやらペオニア・サフルティコサ家も王家に深入りしすぎた存在を消したかったようだね」
「え? つまり、父上は実家でも邪魔者になって殺された?」
女王ダイアナに睨まれるのを恐れたペオニア・サフルティコサ家がミモザの双子の弟を葬った。双子の片割れを隠していただけでも重罪なのに、更に本来の王婿となるはずであったミモザまで過去に殺した罪を公にされるのを恐れ、首謀者であるカンパネラの養父を消し去ったのだろう。
「策に溺れて父上は死んだんだ」
カンパネラがポツリと呟くとミモザは心から沈痛な表情で言ったのだ。
「……弟にこんな人生を歩ませたくなかった。可哀想に」
静かに瞳を伏せるミモザを見ながらカンパネラは思った。
(自分を殺した双子の弟でも怨みはないんだな。父上とは本当に大違いだ)
養父が消された今ならばカンパネラは離宮を出て自由に生きられる。ペオニア・サフルティコサ家から離れた国外に逃げようかとも考えたが思い直した。
「ここで亡霊と暮らすのも悪くないか。衣食住が保証されてるし」
それにヴィオラント姫がどうなるかも気になるのでカンパネラはとりあえず、亡霊のミモザと離宮にて同居している。
無人とされている離宮に衣食住は揃っているのは何故なのかカンパネラには謎のままに。
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