ヘタレ王太子と人質花嫁

寿里~kotori ~

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王家だよ! 全員集合! 後編!

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「ダイアナ女王陛下と王婿ミモザ殿下の御成りでございます!」

 ………長かった!

 姑である女王陛下ダイアナに、まだご挨拶前の段階だが、この状態に到達するまでの時間が無駄に長い。疲れながらも礼儀正しく跪きながら、ナナは早くも東宮に帰りたい気分に苛まれていたのである。

 王太子であるコクトーと共にナナは広大な王宮のなかの本宮に到着した。本宮とは、ダイアナ女王と王婿ミモザ殿下が住まう、いわば国家のトップとその伴侶のためのプライベート空間である。ナナが王太子コクトーや王太子付きの教育係モモ、そして護衛役のマックスと暮らしているのは東の宮殿であり、一般的には東宮と呼ばれる。ここは王太子および、その正妃が生活する場で、正統な第1王位継承者のための御殿と決められている。

 腐っても、ドヘタレであっても、コクトーは王太子なので、本宮への入宮は1番最初という特権がある。しかし、これは、名誉ある特権と云う名の地獄であり、遅刻は絶対に許されず、かといって指定された刻限より早く入宮することも原則禁止であった。ナナはこの、夫が王太子であるがゆえの特権によって初っ端から疲弊され続けている。

「せっかく東宮で着替えたのに、女王陛下に謁見前の王太子夫妻は、本宮にて沐浴して穢れを落とせって……。なんだよ、この謎ルール?」

 ザ・王家ならではな、伝統あるやんごとなき意味不明なしきたりの洗礼を早くもナナは受けることとなる。拒否しようにも、女王陛下に拝謁するためには、東宮で湯浴みして着替えた正装を1度脱いでから、キンキンに冷えた水を浴びて心身を清めないと絶対にダメだ、とモモとマックスに説得された。

「意味不明だと思うのはわかるが、そういうルールだとあきらめて冷水を浴びろ。ナナ?」

 さっきからモモによって容赦なく冷水を浴びせられ、ナナは心身が清められるどころか心身ともに凍りついて、最悪心停止しそうな勢いである。

「せめて、お湯にしろよ? コクトーも隣の部屋で冷水浴させれているのか?」

「いや、コクトーは王太子だから薔薇の香油入りの風呂に30分ピッタリ肩まで浸かる。湯船に花びら入り」

 ……何故に、王太子が芳しい薔薇のお風呂にまったり浸かれる一方で、王太子妃は震え上がるレベルに冷たい水を頭から浴びせられる刑に処されているのか! 平等とはなにか?

 あまりに意味不明かつ理不尽すぎて、ナナはたまらず、冷水の入った桶を構えているモモに文句を言った。

「これ、しきたりと擬装した新手の嫁イビりか? 王太子が温かい薔薇風呂で、妃殿下が身も凍る冷水な時点で悪意すら感じる」

 そう抗議した瞬間、ナナはモモから桶にたっぷりある冷水を頭から浴びせられた。

「ナナ、滅多な言葉は絶対に口に出すな。 殺すぞ? マックスだってコクトーが30分きっかり薔薇風呂に入ってるか監視してんだぞ?」

「……わかったよ。口を慎む。護衛する対象とはいえ、王太子が30分きっちり薔薇風呂に浸かってるか見張るマックスも気の毒だな。普通に罰ゲームだ」

「余計なことはこれ以上言うな。冷水は桶にあと1杯だから耐えろ」

 こうして、ナナが冷水の刑で心身ともに凍えながら再び正装に着替えて、コクトーがふんわり薔薇の香りを漂わせながら、やはり正装姿に戻った頃には、リデル王子を筆頭にコクトーの弟妹たちが本宮の広間に勢ぞろいしていた。

 どう考えても王太子の薔薇風呂と王太子妃の冷水浴の刑は他の王室メンバーが入宮するまでの時間稼ぎである。

「ここからは私語&よそ見は禁止だ。女王陛下とミモザ殿下が御成りになるまで直立不動。御成りになったら素早く跪けよ?」

 モモがそう厳命したのを最後に、本宮の美しい広間に静寂が訪れた。広間にはナナとコクトーの背後に第2王子リデル・ミケロット、第1王女ファナ・ローランサン、更に双子の第3王子モニエ・カンパネラ&第4王子ルクレール・スイレン、そして、ラストには第2王女リラ・イゾルデがひと言も喋らず、気配すら感じさせず整列している。

 王太子のコクトーと王太子妃のナナは1番前であり、その後ろには生まれた順に横並びで王子と王女が背筋をピンと正して、女王陛下ダイアナと王婿ミモザ殿下が来るのをひたすら無言で待っているのだ。コクトーとナナの保護者枠であるモモとマックスは、王太子夫妻を1番護衛しやすい位置について待機している。

 コクトーの弟妹はまだまだ幼い子が殆どなのに、立派な正装に身を包んで、誰ひとり姿勢を少しも崩さず、無駄話もけしてしない。
 その雰囲気は北の軍事国家から輿入れしたナナから見ても異様であった。王室行事とはいえ家族だけの集まりなのに、ここまで完璧な礼儀を求められるのかとナナからしたら気が遠くなる。

 そんな心持ちで直立していたら、広間の壇上近くの扉から厳格そうな女官が入ってきて、こちらに一礼すると、厳かに告げたのである。

「ダイアナ女王陛下と王婿ミモザ殿下の御成りでございます!」

 女官の声が終わるか終わらないかのうちに、コクトーが迷わず跪き、ナナもあわててそれにならうと背後から無数の衣擦れの音がして、リデル王子たちも一斉に跪く。

 不気味なほど静まり返った広間の壇上の玉座の近くから足音がしたと思ったら、王婿ミモザ殿下にエスコートされた女王陛下ダイアナが、威厳に満ちた優雅な足どりで歩いてきた気配がする。

「女王陛下の御成りである。皆、顔をあげよ」

 ミモザ殿下の凛とした声を合図にコクトーたちは示し合わせたように伏せていた顔を一斉にあげる。ナナもなんとか顔をあげると、ミモザ殿下が女王ダイアナの傍らに跪き、女王陛下への挨拶を開始した。

「偉大なる女王陛下にして、愛おしい姉上さま。本日は貴重なお時間をこうしてさいてくださり真に感謝申し上げます。女王陛下の治世が更に弥栄となるよう微力ですが、王婿であり臣下として、お力添えできますれば、このミモザ・エルキュール。身に余る光栄に存じます」

 王婿ミモザ殿下が跪いたまま、凛とよく通った声音で挨拶を終えると女王ダイアナは玉座に腰をかけたまま、「大儀である」、とだけ声をかけた。

 ミモザ殿下は女王陛下の王婿であり、王太子コクトーをはじめ6人の子の実父ではあるが、その立場は夫婦でけして対等ではないのだと、ナナは改めて目の当たりにした思いだ。

(あくまでも、ミモザ殿下は女王陛下の臣下って立ち位置なんだな)

 王婿なのにナナたちと同じように跪いているミモザ殿下は、果たしてどんな想いで玉座に堂々と腰かけている妻ダイアナを見ているのだろう。

 そんなことをナナが考えていると、次にコクトーが王太子として母である女王陛下の御前で挨拶の口上を述べた。

「偉大なる女王陛下にして、慈悲深き母上さま。拝謁の栄誉を賜り恐悦至極に存じます。王太子コクトー、心より感謝申し上げます」

(おいおい! いくら女王陛下でも実の母親にここまでひれ伏すのかよ!? この王室家族内イベントってマジで女王陛下に感謝しまくるための儀式じゃねーか!)

 次は自分が挨拶する番だと忘れそうになるほど、王室メンバーが女王陛下ダイアナに対して絶対服従なのでナナは圧倒されていたが、コクトーがチラリと見てきたので、自分の役割を思い出した。

「偉大なる女王陛下にして、慈悲深き義母上さま。輿入れから数々のご面倒をお掛けしたことをお許しください。こうして、陛下に拝謁できて恐縮に存じます」

 ナナが予めモモに教えられた挨拶の言葉を口にすると女王ダイアナはナナの顔を見ながら少し微笑んだ。

「王太子妃殿下の元気な顔を見られて嬉しく思います。コクトーをよろしく頼みますよ」

「はっ! 承知しました!」

 こうして、ナナの挨拶は無事に終わり、リデル王子から最後のリラ王女にいたるまで全員の挨拶タイムが終了した。

 しかし、前回話したように跪きタイムはまだ終わらない。次はリデル王子を除いた、ナナと初対面なコクトーの弟妹たちが王太子妃となったナナにご挨拶するターンである。

 最初に清楚なドレスを行儀よく広げて礼をしたのはコクトーの妹姫でダイアナ女王の第3子ファナ王女だ。

「お初にお目にかかります。王太子妃殿下。王太子コクトーの妹ファナでございます。以後、お見知り置きくださいませ」

「ファナ王女、ご丁寧な挨拶いたみいる。俺のことはナナとお呼びください。お会いできて嬉しいです」

 ナナが極力丁寧かつ、優しく微笑むと、王女ファナは可憐な笑みを見せてくれたので、ナナは「なんだよ、情緒不安定どころか、ちゃんと礼儀正しいお姫さまじゃん?」とホッとしたが甘かった。

「ナナ妃殿下は肌が雪のように真っ白でお美しいですわ。あたくし、あなた様のようなお美しい御方が大好きなのです。ナナおねえさまとお呼びしてよろしくて?」

「は? ……俺は男だけど?」

 ナナはファナの一人称が「あたくし」なことと王太子妃とはいえ性別男子な自分が「おねえさま」呼びされることに困惑したが、ここで拒否してファナを情緒不安定にしたらヤバイと本能的に察したので承諾する道を選んだ。

「ファナ王女、俺のことは好きにお呼びください」

「嬉しいですわ。ナナおねえさま。今度、御一緒にお茶でもしませんこと? あたくしとお揃いのドレスを着て? ねっ? ナナおねえさま!」

 「絶対に嫌だ! 断る!」、と口から出かけたナナであったが、コクトーが必死な眼差しで、「承知してあげて!」、と訴えている。ここも拒否したら地雷だと悟ったナナは仕方なくファナのお茶会&お揃いドレス約束を承諾せざるえない状態となった。

「ファナ王女のお誘い真に嬉しいです」

 顔がひきつるのをこらえながらナナが笑顔で承知するとファナ王女は大喜びだ。

 情緒不安定以前に趣味が倒錯しているファナ王女との会話を終えると今度は双子王子のモニエ&ルクレール登場である。

「ナナ妃殿下! 僕らはモニエ&ルクレール! 双子だから僕ら自身もどっちがモニエでどっちがルクレールかわっかんないけど仲良くしてね!」

 双子で生活しすぎて自分たちさえも個体の判別ができなくなっているモニエ&ルクレール王子に対してナナは完全に引いた。

(怖い! 同じ顔、同じ声でハモるな! 無邪気だけど、そういうホラーかよ!? あと、いくら双子でも己を見失うな!)

 心で叫んだナナであるが、とりあえずは「仲良くご挨拶してくれてありがとう」に留めた。

 すると、モニエ&ルクレール王子はナナに揃って近づいて耳打ちしてくる。

「あのね、僕らはミモザ父上に赤ちゃんの作り方聞いたんだよ。そしたら、父上は、「種まきの時期を計算して、女の子の中に蒔けば作れる」って教えてくれた」

 9歳の双子息子になに生々しいこと教えてんだミモザ殿下!

 この時点でナナは絶対にミモザ殿下が子供の養育を取りしきっていてはダメだと思ったが口には出さなかった。

 そして、最後の最後、5歳の幼い末っ娘であるリラ王女の番となったが、リラ王女はいきなりナナに抱きつくと泣いて訴えた。

「ナナさまぁ! リラねぇ、毎日怖い夢みるのぉ! ミモザお父様が読んでくれた絵本の死神が襲ってくる夢なの! リラ、怖くて死んじゃう! 死神につれていかれちゃうよ~!」

 もうミモザ殿下を子供の養育から外せ! と、ナナは泣きつくリラの頭を撫でてあやしながら強く女王陛下ダイアナに抗議したかったが、ナナはなんとかリラ王女に声をかけた。

「リラ王女、死神が出たら俺が剣で退治してやる。だから怖がらないでいいぞ」

「約束だよぉ? ナナさま、リラを守ってね?」

 ミモザ殿下のせいで、死神の恐怖に取り憑かれている5歳児を守る約束までする羽目になったナナであった。

 こうして、カオスなコクトーの弟妹との挨拶を終える頃にはナナの疲労は心身ともにピークに達していたが、ナナの様子を黙って見ていたダイアナ女王が優しい言葉をかけてくれた。

「ナナ、わたくしとミモザの子に親切に接してくれて感謝します。皆、楽にせよ」

 この女王陛下のひと言でようやくナナは用意されていた椅子に順番に腰をおろすことができたが、すでにライフは尽きかけている。

 「ヤバい。もう、この王室家族内イベントの場にいるの限界だ。東宮に帰りたい」

 小声でナナが訴えるとコクトーは申し訳なさそうな顔で「まだ、当分帰れないよ。この後は母上が直々にお茶会をするから絶対に途中退席はできない」と告げたので、ナナは魂が抜けそうになっていた。

 こんな具合で日が暮れるまでお茶会は続き、月が見えてきた頃、ようやく地獄の王室家族内イベントは幕を閉じたのである。

「このイベントが月イチであると思うときっつい……」

 帰りの馬車でそれだけ云うと力尽きて眠ってしまったナナに寄り添いながら、王太子コクトーはナナが起きないようにモモに話しかけた。

「これはあくまでも王家の家族内イベントで他にもたくさん公式行事はあるって、今のナナにはとても言えないよ」

「たしかにまた西の離宮に引き込まれても困るが、3日後には宮廷貴族どもへの顔見せがある」

 王太子妃として貴族たちに正式にお披露目する大イベントが控えている。しかし、ナナに逃れる術はないのでモモはコクトーに命じた。

「王太子妃になるとはこういうことだ。その事をコクトー、お前が旦那として教えろよ? 穏便に」

「どう頑張っても穏便にいかなそう。でも、仕方ないよね」

 馬車で熟睡するナナの美しい寝顔を眺めながらコクトーは自分がもっとしっかりしてナナを守らないとダメだと決意していた。

 そんなコクトーの顔を見ていたモモとマックスはお互いに顔を見合わせて笑顔で頷きあった。

 こうして、カオスな王室家族内イベントを経て、ナナの本格的な王太子妃としての生活が始まるのである。


【続く】






 

 

 
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