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ナナ・スカーレットの宮廷デビュー
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「ナナ、宮廷貴族たちは、詮索好きで、日和見主義で、命より体裁を気にする愚か者だけど、敵にまわすと面倒だから笑顔でいておくれ?」
王太子妃となった少年花嫁ナナは、コクトーの正妃として宮廷貴族たちに顔見せをする。
こういう時にナナを引率するのは夫である王太子コクトーではなくて、コクトーの実父でナナにとっては舅にあたる王婿ミモザ殿下である。
コクトーは王太子として別の公務があり、マックスはその護衛なのでナナとは別行動だ。
コクトーの教育係であるモモはダイアナ女王陛下の重臣でもあるので、いちいちナナの面倒なんてみている暇もない。
だから、王婿であるミモザ殿下がナナの保護者として一緒にいるのだが……。
「ミモザ義父上。アンタは女王陛下と結婚前は王子のクセに公式行事はサボり散らかして、西の離宮に引きこもりしてたって聞いた。すぐ口角下げて、澄ましてたせいで貴族連中に嫌われまくってたって聞いてるけど?」
そんな元引きこもり王子であるミモザ殿下がナナの宮廷デビューに付き添うなんて、ナナにとっては不安でしかない。
ミモザ殿下は王婿であり、妻である女王陛下ダイアナに最も信頼され、夫君として愛され、王太子コクトーを筆頭とした王家の6人の王子と王女の養育を司る最高責任者である。
女王陛下ダイアナに代わり立派にイクメンしていると、ナナだって認めるが、その教育方針と云うか、子育てがバグり散らかしている。
「5歳のリラ王女に死神絵本を読み聞かせ怯えさせた挙げ句、9歳の双子モニエ&ルクレール王子に具体的な子作りを吹き込む。そんな舅殿が引率役なんて嫌な予感しかしない」
宮廷の社交界デビュー以前に、そんなヤバいアラサー舅と2人で行動すること事態が、ナナとしては嫌すぎる。
ミモザ殿下は、常に優しい笑みをたたえているが、なにを考えているのかわからず、気が強いナナでも、ぶっちゃけ怖いのだ。
コクトーはヘタレだが、妃であるナナを必死で助けてくれるし、辛辣な性格のモモだって、常に的確な判断でナナをサポートしてくれる。
マックスは王太子であるコクトーの護衛役なので、ナナに付き添えないのは理解するが、元引きこもり王子で、貴族たちに嫌われまくってたヤツが傍にいてもまったく安心できない。
「ミモザ義父上、俺、不安で仕方ない。アンタの存在が!」
「ナナは聡くて、強気なようで敏感だね。やはり、モモとタイプが似ている。モモとは引きこもり時代からの付き合いだが、無断で賭博をしに僕が出かけたら殴ってきたことがある」
このアラサー舅の過去なんて知ると頭おかしくなると悟ったナナは覚悟を決めた。
「王太子妃としてコクトーの恥にならねーように振る舞うから、ミモザ義父上は黙っててくれ」
「ナナは本当に気丈な子だね。君のような子をコクトーの妃に迎えられてよかった。では、そろそろ貴族たちの前に行くよ?」
ミモザ殿下に促されながら、ナナは貴族たちの社交場である、王宮の1角である、『さえずりの間』に入った。
ナナの手を優しく繋ぐミモザ殿下を見た宮廷貴族たちは、お喋りを止めて総じて跪いた。
しかし、ミモザ殿下は優しい声音で、「みんな、かしこまらず、気楽にしておくれ。そうでないと王太子妃が緊張してしまう」、と貴族たちに告げた。
すると、貴族たちは、一斉にミモザ殿下の許に群がってくる。本日の主役なはずのナナなんて眼中なく、貴族たちはミモザ殿下に向かって、嬉々として話しかけている。
「これはこれは、ミモザ殿下! こちらにいらっしゃるのは久方ぶりで嬉しいですよ。」
「相も変わらず、凛々しくて、麗しいですわぁ! 御子さま方の養育にお忙しくて、滅多にお会いできませんもの! 今日はラッキーですわねぇ!」
「凛とした美形で、更にイクメンなんて素晴らしい! 私も、育児を乳母に任せず、ミモザ殿下を模範とし、少しでも子にとってよい親になりたいものです。ミモザ殿下のように!」
………宮廷貴族たちがこぞって、ナナを放置して、ミモザ殿下を囲んでキャッキャウフフになっている。
過去に引きこもり王子であっても現在のミモザ殿下は王婿として、また、6人いる女王陛下の子の父として、宮廷に出入りする貴族たちの尊敬を一身に集めているらしい。
「皆さま、僕を気遣ってくれてありがとう。本日は王太子コクトー殿下の正妃となられたナナ・スカーレット王太子妃殿下をお連れしました。仲良くしてあげておくれ?」
ミモザ殿下のひと言で、貴族連中はようやく、ミモザの少しうしろに控えるナナの存在に気づいた。ミモザ殿下の存在感がチート過ぎて、ナナは不覚にも空気になっていたのだ。
そんなナナに対して宮廷貴族たちは笑顔だが、目は笑っていない。明らかに値踏みしているのがバレバレである。ナナは少しイラッとして口角が下がりかけたが、そこに金髪の美しい貴婦人が近づいてきた。
「ご機嫌麗しゅう、ミモザ殿下。そして、ナナ王太子妃殿下、ごきげんよう。わたくしは、ジャンヌ・グレイ・ミルトニアと申します。シルフィの妻でございますわ! お会いできて光栄に存じます!」
モモが当主となっている大貴族シルバー家直系のご令嬢にして、ミモザ殿下の元従者で王家の家臣であるシルフィの妻となったジャンヌの登場に、ナナは驚愕した。
「き、貴殿が、シルフィの奥方!? トイレの壁紙が原因でシルフィを刃物で切りつけた?」
すごい美女だが、とんでもない恐妻の出現にナナは苛立ちも忘れて圧倒されていると、ミモザ殿下が笑顔で間に入ってくれた。
「久方ぶりだな。ジャンヌ、シルフィに致命傷を負わせてなくてなによりだ。御子息たちはお元気か?」
「ミモザ殿下! わたくしは、あなた様の剣術師範でしてよ? 夫に致命傷なんて負わせませんわ! 死なない程度に切付けましたもの! 今日は上の息子を連れて参りましたわ」
シルバー家嫡出の令嬢であるジャンヌが堂々と胸を張ると、すぐ傍から同じく金髪の、ナナと同年代と思われる少年が顔を覗かせた。母ジャンヌ譲りの金髪で碧眼。顔だちは非常に整っていて、とても優しげだ。高貴なのに澄ました雰囲気がない。
「はじめまして。ナナ・スカーレット王太子妃殿下。父シルフィと母ジャンヌの長男で、アシュリー・ミシェル・ミルトニアと申します」
アシュリーを見るとミモザ殿下は、嬉しそうに微笑んでナナに紹介した。
「ナナ。アシュリーは僕の従者であったシルフィとシルバー家の令嬢ジャンヌの長子であり、シルバー家本家の跡継ぎでもある。将来的にはモモの養子となり、シルバー家当主となる子だよ」
「は!? モモの養子に!? マジかよ! やめとけ! コクトーみたくボコられるぞ!?」
シルバー家の血を引く高貴な身分にしては、穏和そうなアシュリーに対して、ナナは咄嗟に警告したが、アシュリーはおっとり微笑むと口を開いた。
「シルバー家当主としての心得は母ジャンヌより受けております。母はすぐ刃物を出す以外は賢くて優しく、父シルフィも鮮血が飛び散るくらい母に斬られても離婚しない寛大な心の持ち主なので、モモ様もシルバー家の次の当主は僕にしたいそうです。まだまだ先の話ですが」
穏和でほんわかした貴公子であるアシュリーが、将来的にはシルバーの姓と家督を引き継いで、アシュリー・ミシェル・シルバーとなるのだ。
高貴な雰囲気のアシュリーはたしかに大貴族シルバー家の当主を継ぐのに申し分ない印象だが、ナナはどこか納得できなかった。
「モモは、なんで、世話になったシルバー家を継ぐ子の養育を放り出して、コクトーにばかり構ってんだ?」
ナナが率直に訊ねるとミモザ殿下が少し息を吐いて、ツラそうに教えてくれた。
「アシュリーは、先代のシルバー家当主ミシェルに容貌も雰囲気も酷似している。それだけの理由だ」
ミシェルが急逝した直後のモモの精神状態はひどいもので、ミシェルのあとを追って死のうと何度も企て、ミモザ殿下をヒヤヒヤさせたらしい。
そんなモモを再起させる目的で、ミモザ殿下はモモに、王家の嫡男コクトーの教育係を任せたという背景があると真面目に語った。
「モモは辛辣で気は強いが、愛情深く、亡くなったミシェルに対しても一途であった。そんなモモの心に希望を灯したのがコクトーの存在であったと云うだけの話だ」
「は? それは現実逃避しているだけだろ? コクトーにだけ目を向けることで、喪失感を忘れようとしてるだけだ!」
ナナが意見すると、ミモザ殿下はなにも言わず、微笑するだけであったが、静かにナナの言い分を聞いていたアシュリーが、やんわり口を挟んできた。
「王太子妃殿下、貴殿は少しばかり思慮分別に欠けておりますね。モモ様を非難するは、シルバー家を非難する事と同じであると頭の片隅に置いておいてください」
優しげな顔を崩さず口調も穏やかなのに、アシュリーの物言いにはナナへの警告と怒りがこめられていた。シルバー家にとって、モモは単なる偽造された紛いものの当主ではなくて、真の意味でなくてはならぬ重要人物であり、一族を代表する存在なのだ。
ナナはアシュリーの厳しい物言いで、シルバー家を束ねる存在であるモモを非難すれば、シルバー家の者たちはナナの敵となると嫌でも理解した。
王太子妃であっても、他国から何も知らず輿入れした自分ではシルバー家に歯が立たない。
その現実を見せつけられたナナの心情を察したらしいミモザ殿下がナナを下がらせ、仲裁してくれた。
「アシュリー、うちの子が失礼した。ナナはまだ、王太子妃としては未熟な子だからおてやわらかにしてあげておくれ。貴殿はいざとなるとハッキリ物言いをする。ジャンヌにそっくりで頼もしい限りだ」
そうミモザ殿下が告げて微笑むと、ジャンヌがミモザ殿下に頭を下げながら険しい顔で息子のアシュリーを叱りつけている。
「公然と王太子妃殿下に口答えとは! 更に妃殿下に対して、シルバー家の名を持ち出して威圧などもってのほか! アシュリー! 屋敷に帰ったら、わたくしの太刀が待っていると覚悟なさい!」
ジャンヌが息子への折檻に刃物を出す気満々なので、ナナが青ざめていると、背後から聞き慣れた声がした。
「ジャンヌ様、物騒な躾は止めてくれないか? アシュリーは俺の跡継ぎで、次期シルバー家当主だ。俺の養子になるんだから勝手な真似してくれちゃ困る」
いつの間にかモモがニヤリと笑いながらナナより前に出て、怒るジャンヌからアシュリーを庇ったので、ミモザ殿下は深く息を吐くと、苦笑いで告げたのだ。
「シルバー家の喧嘩ならば、外でやっておくれ? 皆が戦々恐々としておる。まったく、シルバー家は狡猾なクセに、血の気が多くて困りものだ」
ミモザ殿下がわざとらしく手を広げると、ことの成り行きをハラハラしながら見ていた貴族たちがドッと笑った。
ミモザ殿下が見事、争いを鎮めたのを見ていたナナは、アシュリーに謝罪するべく駆け寄った。
「モモやシルバー家に対して俺が礼儀を欠いた言動をした。アシュリー殿が不愉快になるのは当然のこと! 申し訳ない!」
ナナが潔く謝り、頭を下げると、それを見ていたアシュリーが不意に微笑みながら、
「僭越ながら、王太子妃ともあろう御方が、頭を下げて謝罪なんてみっともない真似は、金輪際止めた方がよろしいかと?」
丁寧だが、アシュリーは、モモの跡を引き継ぐシルバー家の血縁者だけありかなり辛辣であった。
ナナの宮廷デビューは散々な結果となったが、ミモザ殿下はナナを一切責めずに笑顔で言ったのである。
「今回の真の目的は、ナナをアシュリーと邂逅させること。今のうちに気心知っておく方がナナのためだ」
「ミモザ義父上、訊いていいか?」
「なんだ? ナナ、申してみよ」
「モモが、先代シルバー家当主を失い、死のうとした話は真ですか?」
ナナの問いかけに、ミモザ殿下はクスクス笑いながら、首を横にふって見せた。
「モモが、そんな愚かな選択をすると思うかい?」
ナナはまんまとミモザ殿下の口車に乗せられたと愕然とした。様子を見ていたモモが呆れたように息を吐いている。
「ミモザ殿下、俺とミシェルをダシにナナをからかうなよ。いくら、ナナが単純だからって」
「許しておくれ。モモ、コクトーとナナの世話を頼む。アシュリーはジャンヌが責任もって育てるであろう」
それだけ云うと、ミモザ殿下はナナをモモに託すと王宮の本宮に戻っていった。
「ナナ、ミシェルが死んで、コクトーの存在が俺の救いになったのは事実だ」
いつもは辛辣なモモの声が妙に弱々しくて、ナナは真に愛する人を失ったモモがどれほど絶望したかをようやく理解した。
「すまない。モモ、俺が軽率なことを言った。許してくれ」
俯いて泣きそうな声で謝るナナの頭を撫でながらモモは小声で、「謝る必要はねぇよ。泣くな」、とだけ告げた。
ナナとモモがそんなやり取りをしていた頃。屋敷に帰る馬車のなかで、アシュリーは笑顔で母ジャンヌに宣った。
「ナナ妃殿下はとってもお可愛らしいですね。僕の好きなタイプです。素直で率直で美しくて、僕のお嫁さんにしたい」
息子がナナを相当に気に入っていると気付いていたジャンヌはひと言、「ナナ妃殿下は王太子妃よ。身の程を弁えなさい」、と釘を刺した。
シルバー家の家督を継ぐ存在であるアシュリーが女の子に興味を抱かず、ナナのような美しい少年を好むのは、やはり因果なのかとジャンヌは、いまは亡き兄のミシェルに想いを馳せた。
アシュリーがナナに、ひと目惚れしてしまったことは、当然ながらモモだって見抜いているだろうと、ジャンヌは美少年好きに育った我が息子に受け継がれたシルバー家の連鎖に頭痛がしてきた思いであった。
当のナナは、アシュリーに惚れられたなんて知るよしもなく、ヘタレだが争いを好まず、心優しいコクトーが東宮に戻ってくるのを、モモと2人で紅茶を飲みながら待っていたのである。
【続く】
王太子妃となった少年花嫁ナナは、コクトーの正妃として宮廷貴族たちに顔見せをする。
こういう時にナナを引率するのは夫である王太子コクトーではなくて、コクトーの実父でナナにとっては舅にあたる王婿ミモザ殿下である。
コクトーは王太子として別の公務があり、マックスはその護衛なのでナナとは別行動だ。
コクトーの教育係であるモモはダイアナ女王陛下の重臣でもあるので、いちいちナナの面倒なんてみている暇もない。
だから、王婿であるミモザ殿下がナナの保護者として一緒にいるのだが……。
「ミモザ義父上。アンタは女王陛下と結婚前は王子のクセに公式行事はサボり散らかして、西の離宮に引きこもりしてたって聞いた。すぐ口角下げて、澄ましてたせいで貴族連中に嫌われまくってたって聞いてるけど?」
そんな元引きこもり王子であるミモザ殿下がナナの宮廷デビューに付き添うなんて、ナナにとっては不安でしかない。
ミモザ殿下は王婿であり、妻である女王陛下ダイアナに最も信頼され、夫君として愛され、王太子コクトーを筆頭とした王家の6人の王子と王女の養育を司る最高責任者である。
女王陛下ダイアナに代わり立派にイクメンしていると、ナナだって認めるが、その教育方針と云うか、子育てがバグり散らかしている。
「5歳のリラ王女に死神絵本を読み聞かせ怯えさせた挙げ句、9歳の双子モニエ&ルクレール王子に具体的な子作りを吹き込む。そんな舅殿が引率役なんて嫌な予感しかしない」
宮廷の社交界デビュー以前に、そんなヤバいアラサー舅と2人で行動すること事態が、ナナとしては嫌すぎる。
ミモザ殿下は、常に優しい笑みをたたえているが、なにを考えているのかわからず、気が強いナナでも、ぶっちゃけ怖いのだ。
コクトーはヘタレだが、妃であるナナを必死で助けてくれるし、辛辣な性格のモモだって、常に的確な判断でナナをサポートしてくれる。
マックスは王太子であるコクトーの護衛役なので、ナナに付き添えないのは理解するが、元引きこもり王子で、貴族たちに嫌われまくってたヤツが傍にいてもまったく安心できない。
「ミモザ義父上、俺、不安で仕方ない。アンタの存在が!」
「ナナは聡くて、強気なようで敏感だね。やはり、モモとタイプが似ている。モモとは引きこもり時代からの付き合いだが、無断で賭博をしに僕が出かけたら殴ってきたことがある」
このアラサー舅の過去なんて知ると頭おかしくなると悟ったナナは覚悟を決めた。
「王太子妃としてコクトーの恥にならねーように振る舞うから、ミモザ義父上は黙っててくれ」
「ナナは本当に気丈な子だね。君のような子をコクトーの妃に迎えられてよかった。では、そろそろ貴族たちの前に行くよ?」
ミモザ殿下に促されながら、ナナは貴族たちの社交場である、王宮の1角である、『さえずりの間』に入った。
ナナの手を優しく繋ぐミモザ殿下を見た宮廷貴族たちは、お喋りを止めて総じて跪いた。
しかし、ミモザ殿下は優しい声音で、「みんな、かしこまらず、気楽にしておくれ。そうでないと王太子妃が緊張してしまう」、と貴族たちに告げた。
すると、貴族たちは、一斉にミモザ殿下の許に群がってくる。本日の主役なはずのナナなんて眼中なく、貴族たちはミモザ殿下に向かって、嬉々として話しかけている。
「これはこれは、ミモザ殿下! こちらにいらっしゃるのは久方ぶりで嬉しいですよ。」
「相も変わらず、凛々しくて、麗しいですわぁ! 御子さま方の養育にお忙しくて、滅多にお会いできませんもの! 今日はラッキーですわねぇ!」
「凛とした美形で、更にイクメンなんて素晴らしい! 私も、育児を乳母に任せず、ミモザ殿下を模範とし、少しでも子にとってよい親になりたいものです。ミモザ殿下のように!」
………宮廷貴族たちがこぞって、ナナを放置して、ミモザ殿下を囲んでキャッキャウフフになっている。
過去に引きこもり王子であっても現在のミモザ殿下は王婿として、また、6人いる女王陛下の子の父として、宮廷に出入りする貴族たちの尊敬を一身に集めているらしい。
「皆さま、僕を気遣ってくれてありがとう。本日は王太子コクトー殿下の正妃となられたナナ・スカーレット王太子妃殿下をお連れしました。仲良くしてあげておくれ?」
ミモザ殿下のひと言で、貴族連中はようやく、ミモザの少しうしろに控えるナナの存在に気づいた。ミモザ殿下の存在感がチート過ぎて、ナナは不覚にも空気になっていたのだ。
そんなナナに対して宮廷貴族たちは笑顔だが、目は笑っていない。明らかに値踏みしているのがバレバレである。ナナは少しイラッとして口角が下がりかけたが、そこに金髪の美しい貴婦人が近づいてきた。
「ご機嫌麗しゅう、ミモザ殿下。そして、ナナ王太子妃殿下、ごきげんよう。わたくしは、ジャンヌ・グレイ・ミルトニアと申します。シルフィの妻でございますわ! お会いできて光栄に存じます!」
モモが当主となっている大貴族シルバー家直系のご令嬢にして、ミモザ殿下の元従者で王家の家臣であるシルフィの妻となったジャンヌの登場に、ナナは驚愕した。
「き、貴殿が、シルフィの奥方!? トイレの壁紙が原因でシルフィを刃物で切りつけた?」
すごい美女だが、とんでもない恐妻の出現にナナは苛立ちも忘れて圧倒されていると、ミモザ殿下が笑顔で間に入ってくれた。
「久方ぶりだな。ジャンヌ、シルフィに致命傷を負わせてなくてなによりだ。御子息たちはお元気か?」
「ミモザ殿下! わたくしは、あなた様の剣術師範でしてよ? 夫に致命傷なんて負わせませんわ! 死なない程度に切付けましたもの! 今日は上の息子を連れて参りましたわ」
シルバー家嫡出の令嬢であるジャンヌが堂々と胸を張ると、すぐ傍から同じく金髪の、ナナと同年代と思われる少年が顔を覗かせた。母ジャンヌ譲りの金髪で碧眼。顔だちは非常に整っていて、とても優しげだ。高貴なのに澄ました雰囲気がない。
「はじめまして。ナナ・スカーレット王太子妃殿下。父シルフィと母ジャンヌの長男で、アシュリー・ミシェル・ミルトニアと申します」
アシュリーを見るとミモザ殿下は、嬉しそうに微笑んでナナに紹介した。
「ナナ。アシュリーは僕の従者であったシルフィとシルバー家の令嬢ジャンヌの長子であり、シルバー家本家の跡継ぎでもある。将来的にはモモの養子となり、シルバー家当主となる子だよ」
「は!? モモの養子に!? マジかよ! やめとけ! コクトーみたくボコられるぞ!?」
シルバー家の血を引く高貴な身分にしては、穏和そうなアシュリーに対して、ナナは咄嗟に警告したが、アシュリーはおっとり微笑むと口を開いた。
「シルバー家当主としての心得は母ジャンヌより受けております。母はすぐ刃物を出す以外は賢くて優しく、父シルフィも鮮血が飛び散るくらい母に斬られても離婚しない寛大な心の持ち主なので、モモ様もシルバー家の次の当主は僕にしたいそうです。まだまだ先の話ですが」
穏和でほんわかした貴公子であるアシュリーが、将来的にはシルバーの姓と家督を引き継いで、アシュリー・ミシェル・シルバーとなるのだ。
高貴な雰囲気のアシュリーはたしかに大貴族シルバー家の当主を継ぐのに申し分ない印象だが、ナナはどこか納得できなかった。
「モモは、なんで、世話になったシルバー家を継ぐ子の養育を放り出して、コクトーにばかり構ってんだ?」
ナナが率直に訊ねるとミモザ殿下が少し息を吐いて、ツラそうに教えてくれた。
「アシュリーは、先代のシルバー家当主ミシェルに容貌も雰囲気も酷似している。それだけの理由だ」
ミシェルが急逝した直後のモモの精神状態はひどいもので、ミシェルのあとを追って死のうと何度も企て、ミモザ殿下をヒヤヒヤさせたらしい。
そんなモモを再起させる目的で、ミモザ殿下はモモに、王家の嫡男コクトーの教育係を任せたという背景があると真面目に語った。
「モモは辛辣で気は強いが、愛情深く、亡くなったミシェルに対しても一途であった。そんなモモの心に希望を灯したのがコクトーの存在であったと云うだけの話だ」
「は? それは現実逃避しているだけだろ? コクトーにだけ目を向けることで、喪失感を忘れようとしてるだけだ!」
ナナが意見すると、ミモザ殿下はなにも言わず、微笑するだけであったが、静かにナナの言い分を聞いていたアシュリーが、やんわり口を挟んできた。
「王太子妃殿下、貴殿は少しばかり思慮分別に欠けておりますね。モモ様を非難するは、シルバー家を非難する事と同じであると頭の片隅に置いておいてください」
優しげな顔を崩さず口調も穏やかなのに、アシュリーの物言いにはナナへの警告と怒りがこめられていた。シルバー家にとって、モモは単なる偽造された紛いものの当主ではなくて、真の意味でなくてはならぬ重要人物であり、一族を代表する存在なのだ。
ナナはアシュリーの厳しい物言いで、シルバー家を束ねる存在であるモモを非難すれば、シルバー家の者たちはナナの敵となると嫌でも理解した。
王太子妃であっても、他国から何も知らず輿入れした自分ではシルバー家に歯が立たない。
その現実を見せつけられたナナの心情を察したらしいミモザ殿下がナナを下がらせ、仲裁してくれた。
「アシュリー、うちの子が失礼した。ナナはまだ、王太子妃としては未熟な子だからおてやわらかにしてあげておくれ。貴殿はいざとなるとハッキリ物言いをする。ジャンヌにそっくりで頼もしい限りだ」
そうミモザ殿下が告げて微笑むと、ジャンヌがミモザ殿下に頭を下げながら険しい顔で息子のアシュリーを叱りつけている。
「公然と王太子妃殿下に口答えとは! 更に妃殿下に対して、シルバー家の名を持ち出して威圧などもってのほか! アシュリー! 屋敷に帰ったら、わたくしの太刀が待っていると覚悟なさい!」
ジャンヌが息子への折檻に刃物を出す気満々なので、ナナが青ざめていると、背後から聞き慣れた声がした。
「ジャンヌ様、物騒な躾は止めてくれないか? アシュリーは俺の跡継ぎで、次期シルバー家当主だ。俺の養子になるんだから勝手な真似してくれちゃ困る」
いつの間にかモモがニヤリと笑いながらナナより前に出て、怒るジャンヌからアシュリーを庇ったので、ミモザ殿下は深く息を吐くと、苦笑いで告げたのだ。
「シルバー家の喧嘩ならば、外でやっておくれ? 皆が戦々恐々としておる。まったく、シルバー家は狡猾なクセに、血の気が多くて困りものだ」
ミモザ殿下がわざとらしく手を広げると、ことの成り行きをハラハラしながら見ていた貴族たちがドッと笑った。
ミモザ殿下が見事、争いを鎮めたのを見ていたナナは、アシュリーに謝罪するべく駆け寄った。
「モモやシルバー家に対して俺が礼儀を欠いた言動をした。アシュリー殿が不愉快になるのは当然のこと! 申し訳ない!」
ナナが潔く謝り、頭を下げると、それを見ていたアシュリーが不意に微笑みながら、
「僭越ながら、王太子妃ともあろう御方が、頭を下げて謝罪なんてみっともない真似は、金輪際止めた方がよろしいかと?」
丁寧だが、アシュリーは、モモの跡を引き継ぐシルバー家の血縁者だけありかなり辛辣であった。
ナナの宮廷デビューは散々な結果となったが、ミモザ殿下はナナを一切責めずに笑顔で言ったのである。
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「ミモザ義父上、訊いていいか?」
「なんだ? ナナ、申してみよ」
「モモが、先代シルバー家当主を失い、死のうとした話は真ですか?」
ナナの問いかけに、ミモザ殿下はクスクス笑いながら、首を横にふって見せた。
「モモが、そんな愚かな選択をすると思うかい?」
ナナはまんまとミモザ殿下の口車に乗せられたと愕然とした。様子を見ていたモモが呆れたように息を吐いている。
「ミモザ殿下、俺とミシェルをダシにナナをからかうなよ。いくら、ナナが単純だからって」
「許しておくれ。モモ、コクトーとナナの世話を頼む。アシュリーはジャンヌが責任もって育てるであろう」
それだけ云うと、ミモザ殿下はナナをモモに託すと王宮の本宮に戻っていった。
「ナナ、ミシェルが死んで、コクトーの存在が俺の救いになったのは事実だ」
いつもは辛辣なモモの声が妙に弱々しくて、ナナは真に愛する人を失ったモモがどれほど絶望したかをようやく理解した。
「すまない。モモ、俺が軽率なことを言った。許してくれ」
俯いて泣きそうな声で謝るナナの頭を撫でながらモモは小声で、「謝る必要はねぇよ。泣くな」、とだけ告げた。
ナナとモモがそんなやり取りをしていた頃。屋敷に帰る馬車のなかで、アシュリーは笑顔で母ジャンヌに宣った。
「ナナ妃殿下はとってもお可愛らしいですね。僕の好きなタイプです。素直で率直で美しくて、僕のお嫁さんにしたい」
息子がナナを相当に気に入っていると気付いていたジャンヌはひと言、「ナナ妃殿下は王太子妃よ。身の程を弁えなさい」、と釘を刺した。
シルバー家の家督を継ぐ存在であるアシュリーが女の子に興味を抱かず、ナナのような美しい少年を好むのは、やはり因果なのかとジャンヌは、いまは亡き兄のミシェルに想いを馳せた。
アシュリーがナナに、ひと目惚れしてしまったことは、当然ながらモモだって見抜いているだろうと、ジャンヌは美少年好きに育った我が息子に受け継がれたシルバー家の連鎖に頭痛がしてきた思いであった。
当のナナは、アシュリーに惚れられたなんて知るよしもなく、ヘタレだが争いを好まず、心優しいコクトーが東宮に戻ってくるのを、モモと2人で紅茶を飲みながら待っていたのである。
【続く】
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皮肉と才知と美貌をひっさげて、帝国の社交界を渡ってきた伯爵令息・エルンスト──その名には〝強欲〟の二文字が付き纏う。
そんなエルンストが戦功の褒美と称されて嫁がされたのは、冷血と噂される狼の獣人公爵・ローガンのもとだった。
やがて彼のことを知っていくうちに、エルンストは惹かれていく心を誤魔化せなくなる。
エルンストは彼に応える術を探しはじめる。荒れた公爵領を改革し、完璧な伴侶として傍に立つために。
強欲なる花嫁は、総てを手に入れるまで諦めない。
※性描写がある場合には*を付けています。が、後半になると思います。
※ご都合主義のため、整合性は無いに等しいです、雰囲気で読んでください。
※自分の性癖(誤用)にしか配慮しておりません。
※書き溜めたストックが無くなり次第、ノロノロ更新になります。
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
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