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マックスのプライベートからの夫婦の約束
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「ナナ! マックス! 2人とも置いて行かないで! 落馬する~!」
本日はマックスの引率でコクトーとナナは馬で遠乗りに出掛けている。
引率なのにマックスはナナと馬術の腕を競うため乗馬での競争を持ちかけた。ナナもそれに応じたのでマックスとナナはコクトーを放り出して、馬を全力で走らせまくっている。
残されたコクトーは愛馬エミリオに乗りながら、途方にくれていた。こういう場合はナナに追い付くためコクトーも馬のエミリオを走らせ、追いかけるべきだが、コクトーの馬術の腕では、下手にエミリオを全力で走らせても振り落とされ、落馬する危険性がある。
「エミリオ、僕って意気地無しだよね?」
自分の護衛と花嫁に置き去りにされたコクトーが愛馬に語り掛けると、愛馬エミリオはほどよいリズムで歩きながら、「ヒン!」、と鳴いた。その鳴き声は、まるで「ドンマイ」とコクトーを慰めているようにも聞こえる。
コクトーの乗馬の腕がもっと達者ならば、エミリオは全力で走り、ナナやマックスに追い付けるが、現在のコクトーの実力だと、落馬して大怪我か、最悪は首の骨でも折ってお亡くなりとなる。エミリオはとても良心的な馬で賢いので、コクトーを危険にさらすような走りはしなかった。
「ヒン、ヒヒン! ヒィーン!」
「どうしたの? エミリオ? 専属護衛と可愛い花嫁に放置された僕を「ヘタレ」って言いたいのかい?」
ナナとマックスが馬での競争を終えて、戻ってくるのをおとなしく待っているコクトーが自虐的な台詞を投げ掛けると、エミリオはウマ語が通じないコクトーに対して、更に「ヒィーン」と鳴いた。
「いま、ヘタァーレって、エミリオは言ったんだね? 僕が不甲斐なくてエミリオだって全力で走れなくて不満なんだろう? ごめんね」
愛馬エミリオにまで気を遣うコクトーだったが、当のエミリオはずっとウマ語でこのように言っていたのである。
「元気出せよう! それよりコクトー。ボクの恋愛相談を聞いて~?」
コクトーの愛馬エミリオは、ナナの愛馬となったエルキュールに絶賛片思い中なのだが、気性が飼い主と同様に激しく、またプライドも高く獰猛なエルキュールにまったく相手にされず悩んでいた。
「ヒヒン! ヒィーヒン!」
「あれ? エミリオ? もしかして僕になにか伝えようとしている?」
ようやくウマ語のニュアンスを少し理解してきたコクトーが、エミリオに問いかけると、エミリオはウマ語でこんなふうに語ったのである。
「ボクとエルキュールは厩舎でも隣同士なのにエルキュールはボクが話し掛けても無視するの~。ツンツンしちゃって! でも、そこが可愛い~! キュンキュン」
「えっと? もしかして、もっとエルキュールと仲良くしたいの? エルキュールはナナには忠実だけれど、性格がキツいからね。わかるよ。エミリオのその気持ちは」
ウマ語初心者にしては、コクトーのリスニング力はすごいが、根本的に解釈を間違えている。だが、エミリオは否定せず、その後もウマ語で恋愛相談を続けた。
「エルキュールは毛並みも金色でスタイル抜群で美形馬だから一目惚れしたウマ~! 雄同士だけど交尾したいウマ~!! 発情しちゃウマ~!」
「なになに? エルキュールは美しい馬だから雄馬同士でお友達になりたいの? それとも友達以上の感情をエルキュールに抱いてる?」
コクトー! 短時間でウマ語をわりと的確にマスターしかけている。
このようにコクトーが愛馬エミリオの恋愛相談を恐るべき語学力とリスニング力で聞いていた頃、ナナはマックスと馬の速さ競争を終えて満足そうに愛馬のエルキュールを撫でていた。
「エルキュール! 偉いぞ! 足場の悪いところでも平気で疾走したな!」
ナナに撫でられて、エルキュールはドヤ顔だが、嬉しそうだ。
「ナナ妃殿下の乗馬の技術はお見事です! 俺も久々に全力で馬をとばせました」
護衛すべき王太子コクトーを放り出して、ナナと馬で競争していたマックスはとても楽しそうだ。
マックスの馬の名は「アンリ」といって、マックスを保護して、可愛がってくれた、シルバー家の前当主ミシェル・アンリ・シルバーの名から拝借している。アンリは、スラリとしたイケメンであるマックスが乗るのに相応しい、漆黒で引き締まった体型の優秀なイケ馬である。
愛馬に亡くなった恩人の名を冠しているマックスはいまでもミシェルを誰よりも愛しているのだろうとわかるが、ナナには気になることがあった。
「マックス。お前が亡くなったシルバー家の前当主をいまでも想っているのは理解している。しかし、シルバー家の一員になったのならば縁談話とか当然来るのではないか?」
マックスは多忙なので、恋愛に縁がないようだが、容姿もスラリとしたイケメンで、近衛隊の隊長という要職をしていて、更に名門大貴族シルバー家の一員ならば降るほど縁談話が来そうである。
ナナのこの素朴な疑問に対してマックスは微笑みながら答えてくれた。
「たしかにその手の話は参りますが、お断りしてます。ミシェル様への想い以前に、俺はモモ様と共に王太子コクトー殿下やナナ妃殿下にお仕えすることに専念したいですから」
家庭を持つとそれが難しくなるので結婚は考えていないらしい。
「そうなのか。だが、いくらミシェルをいまでも愛していても、次の恋はしないと決めているのか? リデル王子の存在は除外して」
そうナナが訊ねるとマックスは少し思案したと思ったらとんでもない事実を暴露した。
「恋とか愛は抜きにして、単に性欲の捌け口にしてる存在ならばおりますが?」
つまり、マックスには普通にセフレがいると言うことだ。
ナナは気が強いとはいえ、まだ14歳の純潔なので、マックスのセフレ発言に大きな衝撃を受けた。てっきり、マックスはそういう色恋沙汰にはストイックで興味がないのかと思っていたのだ。
「待て! 恋愛感情は皆無だが、そういう体の関係になっている相手はいるということでいいか?」
「はい。お互いにそういう取り決めで関係を持っているので。そもそも、相手は既婚者ですし」
マックスの私生活が相当にヤバいとナナは愕然としたが、これだけは聞いておきたかった。
「モモはそれを知っているのか? マックスがそういう思考で既婚者と関係を持ってるって?」
「知っているもなにも。結婚はしなくてもいいが、そういう捌け口は作れ、と命じたのはモモ様です。モモ様はミシェル様以外の御方とは関係を持ってないですが」
もう、ナナにはモモやマックスの思考回路が理解できない。既婚者と事実上不倫しているマックスは大丈夫なのか心配になってきた。
「夫君がいる女性とそんな関係になったら危ないのでは?」
「女性だと妊娠されると大変なので、相手は男です。貴族の浮気は普通にあるので。相手の妻も俺の存在は知ってます」
マックスと不倫している貴族の妻も別の男性と絶賛不倫中なので、お互い様らしいが、ナナには想像もできない世界であった。
「マックスは、その不倫相手を少しも愛していないんだろ? それなのに、そういう関係だけ持つってツラくないか?」
まだまだ純潔な体で、コクトーとすら関係を持っていないナナが気まずそうに質問すると、マックスからシビアな回答が返ってきた。
「特になにも感じませんね。ナナ様には未知かも知れませんが、愛する人を亡くして、その愛にずっと自分の貞操を守っていると逆にヤバいことになります」
「え? ごめん。マックスの言葉の意味がわからない」
戸惑うナナの顔をみたマックスは優しく微笑むと、それ以上はなにも言わなかった。
「コクトー王太子をずっと置き去りにしているので戻りましょう」
それだけ言うとマックスは馬のアンリを手綱を引いたので、ナナもあわててエルキュールにコクトーの許に戻るよう合図を出した。
「俺はまだ子供だ。マックスがどんな気持ちで好きでもないヤツとそういう関係を持つのか理解できない」
ナナが小声で愛馬エルキュールに語り掛けると、エルキュールは澄ました鳴き声をあげた。
もといた場所に戻るとコクトーは馬のエミリオから降りて、なにやらエミリオと盛んに喋っている。
「そうなの? エミリオはエルキュールがマックスの愛馬のアンリとばかり仲良しで切ないんだね? 僕もナナとマックスに普通においてけぼりにされて悲しいから気持ちはわかるよ」
マックスの乱れたプライベートに関してナナが絶句している間に、コクトーはすっかりウマ語をマスターしていた。
「コクトー、置き去りにしてごめんな。マックスと馬競争したが。……色々と衝撃的なことを知ってしまい、無性にコクトーが恋しかった!」
ナナがそう告げてコクトーにキスをするとコクトーはナナを抱き締めてから言ったのである。
「マックスからセフレ話を聞いたんだね。相手はマックスも教えなかっただろう?」
「は? コクトー? お前、知ってたのかよ!?」
驚愕するナナに向かってマックスはクールに、「隠す必要性もないので」、とのたまった。ナナとしては、その辺は全力で隠してほしかったところである。
「リデル王子が知ったらヤバくね?」
あのマックスへの偏愛の塊であるリデル王子が真実を知ったらと、心配するナナだが、コクトーいわく、リデル王子はマックスにセフレがいることなんて、とっくに把握している。
「リデルはそういうマックスの乱れた感じも尊いって興奮してるよ。マックスのそういう相手がいま何人目で、誰かもリデルは知ってるからね」
「おい! マックス! お前、相手をコロコロ替えてるのかよ!?」
想像以上に、マックスのプライベートが乱れきっていてナナはたまらず詰問をした。
「そりゃ、長く関係を持つと相手が本気になるので当然関係を切ります。愛憎の対象にされるの嫌ですから」
マックスは基本的に容姿も心も超絶イケメンだが、性生活においてはかなりのクズ思考であった。
「いまのお相手って誰だっけ?」
コクトーの問いかけに、マックスは淡々と、「別に射れてくるヤツの名前なんてイチイチ話す必要ないです」、であり、かなりひどい!
「射れてくる」、という言葉が聞き捨てならないが、とりあえずマックスは抱かれる側らしい。
ナナとしてはマックスの冷めた性欲解消法が、本当にマックスにとっていいことなのかわからない。愛するミシェルをモモだけに独占されていた過去が、マックスの心になんらかの影響を与えてしまったのだろうか?
「そろそろ時間なので、東宮に戻りますよ?」
何事もなく、コクトーとナナを引率&護衛しながら馬に乗るマックスを見ていたナナは、コクトーに小声で告げた。
「コクトー、俺は愛がないのに関係持つのは嫌だ。嫌だ以前に無理」
「僕も同じだよ。でも、マックスのことを否定はしないであげてね。大人には色々とあるんだ」
そうコクトーが優しく微笑むので、ナナは少し頷いて、マックスには聞こえないように囁いた。
「俺はコクトーだけに抱かれたい。浮気はしないし、コクトーに浮気されたらすごく悲しい」
ナナの囁きにコクトーは赤面すると小さな声で、「あの、ナナ……。エミリオとも相談したんだけど。今夜、その……ナナを僕のものにしたいんだ」
つまり、今夜、初夜に達成できなかった初セックスをしたいと、コクトーは告白した訳だが、なんでそれをコクトーが馬のエミリオと相談していたかはナナとっては意味不明であった。
しかし、コクトーの目は本気なので、ナナは顔を赤らめながらも首を縦に振った。
こうして、マックスの乱れきった性生活がおおやけとなった流れで、コクトーとナナは夫婦の営みをする段階に進んだ。
小声で話していたつもりだが、コクトーとナナの初々しい会話はマックスに筒抜けであり、マックスはそれを聞きつつ心で、「いまのセフレに飽きてきたし、物足りないから別のヤツにしよう」、と結構クズなことを考えていた。
ちなみにマックスは女性との不倫は面倒なので避けているが、未婚男性も同じく面倒なので避けている。
貴族で、既婚で、不倫上等で、マックスを満足させられる性欲旺盛かつ絶倫な同年代の男が守備範囲である。
なので、リデル王子はストーカー王子だから以前にマックスの検索条件から外れており、最初から検索にヒットせず、相手にもされていない。
「マックスはそろそろ、いまのお相手に飽きて次に乗りかえるってモモが話してた。次の相手は多分、王立士官学校時代の先輩だった貴族じゃないかな? モモの予想だと」
「おい! 俺たちの事実上、初めて愛し合う行為をする約束したあと、マックスの次の不倫相手話題はやめろ!」
なんで競馬の予想みたく、モモがマックスの不倫相手を予想できるのか謎だが、コクトーがそういうマックスを容認しているのは不思議であった。
ナナがそのことを訊ねると、コクトーは苦笑いで教えてくれた。
「モモの知り合いにすごく貞淑な男性がいてね。奥方を早くに亡くしてから性的行為を長年しないでいたんだ。でも、愛欲を刺激する薬を誤飲して大変だったみたい」
要するに、その性的にストイックな求道者のようなモモの知り合いが、愛の妙薬を飲んだ効果で大惨事を起こした。そのヤバい前例を教訓に、モモはマックスにミシェルを変わらず愛するのは自由だが、性欲まで抑えるなと命じたらしい。
「大惨事の詳細が気になるが。モモの関係者って基本的にヤバいな。コクトー、もうこれ以上、マックスのセフレネタは出すなよ?」
「うん。でも、リデルは少し可哀想かな。4歳からマックスを一途に愛してるのに」
コクトーの言葉にナナもたしかにと思ったが、恋愛とは容易に成就しないケースもあるのだろう。
「コクトー、先に言っておく。不倫したらお前の首と胴体は泣別れだ。愛妾作ったら殺す」
「ナナ!? まだ本格的な初夜を迎える前に脅さないで! 約束する。マックスとライトに不倫してる軟派な貴族みたいに不誠実なことはしない!」
コクトーが真剣に誓うと、ナナはようやく笑顔になり、コクトーに馬を寄せてキスをした。コクトーもキスを返してラブラブな2人を見守っていたマックスは笑みを浮かべつつ、なんとも云えない自身へのむなしさを感じていたが首を横に振った。
「今さら我が身を嘆いても始まらない」
コクトーとナナにだけは、本当の意味で愛し合ってほしいが、自分にそんな選択肢はできないとマックスは心に言い聞かせて、愛馬のアンリを少し撫でた。
アンリはマックスの顔を少し見ると、励ますように小さく「ヒィン」と鳴いたのである。
マックスが亡きミシェル以外に、真に愛する存在と出逢えるのかはさておき、夜がきたらコクトーとナナは名実ともに夫婦となる。
【続く】
本日はマックスの引率でコクトーとナナは馬で遠乗りに出掛けている。
引率なのにマックスはナナと馬術の腕を競うため乗馬での競争を持ちかけた。ナナもそれに応じたのでマックスとナナはコクトーを放り出して、馬を全力で走らせまくっている。
残されたコクトーは愛馬エミリオに乗りながら、途方にくれていた。こういう場合はナナに追い付くためコクトーも馬のエミリオを走らせ、追いかけるべきだが、コクトーの馬術の腕では、下手にエミリオを全力で走らせても振り落とされ、落馬する危険性がある。
「エミリオ、僕って意気地無しだよね?」
自分の護衛と花嫁に置き去りにされたコクトーが愛馬に語り掛けると、愛馬エミリオはほどよいリズムで歩きながら、「ヒン!」、と鳴いた。その鳴き声は、まるで「ドンマイ」とコクトーを慰めているようにも聞こえる。
コクトーの乗馬の腕がもっと達者ならば、エミリオは全力で走り、ナナやマックスに追い付けるが、現在のコクトーの実力だと、落馬して大怪我か、最悪は首の骨でも折ってお亡くなりとなる。エミリオはとても良心的な馬で賢いので、コクトーを危険にさらすような走りはしなかった。
「ヒン、ヒヒン! ヒィーン!」
「どうしたの? エミリオ? 専属護衛と可愛い花嫁に放置された僕を「ヘタレ」って言いたいのかい?」
ナナとマックスが馬での競争を終えて、戻ってくるのをおとなしく待っているコクトーが自虐的な台詞を投げ掛けると、エミリオはウマ語が通じないコクトーに対して、更に「ヒィーン」と鳴いた。
「いま、ヘタァーレって、エミリオは言ったんだね? 僕が不甲斐なくてエミリオだって全力で走れなくて不満なんだろう? ごめんね」
愛馬エミリオにまで気を遣うコクトーだったが、当のエミリオはずっとウマ語でこのように言っていたのである。
「元気出せよう! それよりコクトー。ボクの恋愛相談を聞いて~?」
コクトーの愛馬エミリオは、ナナの愛馬となったエルキュールに絶賛片思い中なのだが、気性が飼い主と同様に激しく、またプライドも高く獰猛なエルキュールにまったく相手にされず悩んでいた。
「ヒヒン! ヒィーヒン!」
「あれ? エミリオ? もしかして僕になにか伝えようとしている?」
ようやくウマ語のニュアンスを少し理解してきたコクトーが、エミリオに問いかけると、エミリオはウマ語でこんなふうに語ったのである。
「ボクとエルキュールは厩舎でも隣同士なのにエルキュールはボクが話し掛けても無視するの~。ツンツンしちゃって! でも、そこが可愛い~! キュンキュン」
「えっと? もしかして、もっとエルキュールと仲良くしたいの? エルキュールはナナには忠実だけれど、性格がキツいからね。わかるよ。エミリオのその気持ちは」
ウマ語初心者にしては、コクトーのリスニング力はすごいが、根本的に解釈を間違えている。だが、エミリオは否定せず、その後もウマ語で恋愛相談を続けた。
「エルキュールは毛並みも金色でスタイル抜群で美形馬だから一目惚れしたウマ~! 雄同士だけど交尾したいウマ~!! 発情しちゃウマ~!」
「なになに? エルキュールは美しい馬だから雄馬同士でお友達になりたいの? それとも友達以上の感情をエルキュールに抱いてる?」
コクトー! 短時間でウマ語をわりと的確にマスターしかけている。
このようにコクトーが愛馬エミリオの恋愛相談を恐るべき語学力とリスニング力で聞いていた頃、ナナはマックスと馬の速さ競争を終えて満足そうに愛馬のエルキュールを撫でていた。
「エルキュール! 偉いぞ! 足場の悪いところでも平気で疾走したな!」
ナナに撫でられて、エルキュールはドヤ顔だが、嬉しそうだ。
「ナナ妃殿下の乗馬の技術はお見事です! 俺も久々に全力で馬をとばせました」
護衛すべき王太子コクトーを放り出して、ナナと馬で競争していたマックスはとても楽しそうだ。
マックスの馬の名は「アンリ」といって、マックスを保護して、可愛がってくれた、シルバー家の前当主ミシェル・アンリ・シルバーの名から拝借している。アンリは、スラリとしたイケメンであるマックスが乗るのに相応しい、漆黒で引き締まった体型の優秀なイケ馬である。
愛馬に亡くなった恩人の名を冠しているマックスはいまでもミシェルを誰よりも愛しているのだろうとわかるが、ナナには気になることがあった。
「マックス。お前が亡くなったシルバー家の前当主をいまでも想っているのは理解している。しかし、シルバー家の一員になったのならば縁談話とか当然来るのではないか?」
マックスは多忙なので、恋愛に縁がないようだが、容姿もスラリとしたイケメンで、近衛隊の隊長という要職をしていて、更に名門大貴族シルバー家の一員ならば降るほど縁談話が来そうである。
ナナのこの素朴な疑問に対してマックスは微笑みながら答えてくれた。
「たしかにその手の話は参りますが、お断りしてます。ミシェル様への想い以前に、俺はモモ様と共に王太子コクトー殿下やナナ妃殿下にお仕えすることに専念したいですから」
家庭を持つとそれが難しくなるので結婚は考えていないらしい。
「そうなのか。だが、いくらミシェルをいまでも愛していても、次の恋はしないと決めているのか? リデル王子の存在は除外して」
そうナナが訊ねるとマックスは少し思案したと思ったらとんでもない事実を暴露した。
「恋とか愛は抜きにして、単に性欲の捌け口にしてる存在ならばおりますが?」
つまり、マックスには普通にセフレがいると言うことだ。
ナナは気が強いとはいえ、まだ14歳の純潔なので、マックスのセフレ発言に大きな衝撃を受けた。てっきり、マックスはそういう色恋沙汰にはストイックで興味がないのかと思っていたのだ。
「待て! 恋愛感情は皆無だが、そういう体の関係になっている相手はいるということでいいか?」
「はい。お互いにそういう取り決めで関係を持っているので。そもそも、相手は既婚者ですし」
マックスの私生活が相当にヤバいとナナは愕然としたが、これだけは聞いておきたかった。
「モモはそれを知っているのか? マックスがそういう思考で既婚者と関係を持ってるって?」
「知っているもなにも。結婚はしなくてもいいが、そういう捌け口は作れ、と命じたのはモモ様です。モモ様はミシェル様以外の御方とは関係を持ってないですが」
もう、ナナにはモモやマックスの思考回路が理解できない。既婚者と事実上不倫しているマックスは大丈夫なのか心配になってきた。
「夫君がいる女性とそんな関係になったら危ないのでは?」
「女性だと妊娠されると大変なので、相手は男です。貴族の浮気は普通にあるので。相手の妻も俺の存在は知ってます」
マックスと不倫している貴族の妻も別の男性と絶賛不倫中なので、お互い様らしいが、ナナには想像もできない世界であった。
「マックスは、その不倫相手を少しも愛していないんだろ? それなのに、そういう関係だけ持つってツラくないか?」
まだまだ純潔な体で、コクトーとすら関係を持っていないナナが気まずそうに質問すると、マックスからシビアな回答が返ってきた。
「特になにも感じませんね。ナナ様には未知かも知れませんが、愛する人を亡くして、その愛にずっと自分の貞操を守っていると逆にヤバいことになります」
「え? ごめん。マックスの言葉の意味がわからない」
戸惑うナナの顔をみたマックスは優しく微笑むと、それ以上はなにも言わなかった。
「コクトー王太子をずっと置き去りにしているので戻りましょう」
それだけ言うとマックスは馬のアンリを手綱を引いたので、ナナもあわててエルキュールにコクトーの許に戻るよう合図を出した。
「俺はまだ子供だ。マックスがどんな気持ちで好きでもないヤツとそういう関係を持つのか理解できない」
ナナが小声で愛馬エルキュールに語り掛けると、エルキュールは澄ました鳴き声をあげた。
もといた場所に戻るとコクトーは馬のエミリオから降りて、なにやらエミリオと盛んに喋っている。
「そうなの? エミリオはエルキュールがマックスの愛馬のアンリとばかり仲良しで切ないんだね? 僕もナナとマックスに普通においてけぼりにされて悲しいから気持ちはわかるよ」
マックスの乱れたプライベートに関してナナが絶句している間に、コクトーはすっかりウマ語をマスターしていた。
「コクトー、置き去りにしてごめんな。マックスと馬競争したが。……色々と衝撃的なことを知ってしまい、無性にコクトーが恋しかった!」
ナナがそう告げてコクトーにキスをするとコクトーはナナを抱き締めてから言ったのである。
「マックスからセフレ話を聞いたんだね。相手はマックスも教えなかっただろう?」
「は? コクトー? お前、知ってたのかよ!?」
驚愕するナナに向かってマックスはクールに、「隠す必要性もないので」、とのたまった。ナナとしては、その辺は全力で隠してほしかったところである。
「リデル王子が知ったらヤバくね?」
あのマックスへの偏愛の塊であるリデル王子が真実を知ったらと、心配するナナだが、コクトーいわく、リデル王子はマックスにセフレがいることなんて、とっくに把握している。
「リデルはそういうマックスの乱れた感じも尊いって興奮してるよ。マックスのそういう相手がいま何人目で、誰かもリデルは知ってるからね」
「おい! マックス! お前、相手をコロコロ替えてるのかよ!?」
想像以上に、マックスのプライベートが乱れきっていてナナはたまらず詰問をした。
「そりゃ、長く関係を持つと相手が本気になるので当然関係を切ります。愛憎の対象にされるの嫌ですから」
マックスは基本的に容姿も心も超絶イケメンだが、性生活においてはかなりのクズ思考であった。
「いまのお相手って誰だっけ?」
コクトーの問いかけに、マックスは淡々と、「別に射れてくるヤツの名前なんてイチイチ話す必要ないです」、であり、かなりひどい!
「射れてくる」、という言葉が聞き捨てならないが、とりあえずマックスは抱かれる側らしい。
ナナとしてはマックスの冷めた性欲解消法が、本当にマックスにとっていいことなのかわからない。愛するミシェルをモモだけに独占されていた過去が、マックスの心になんらかの影響を与えてしまったのだろうか?
「そろそろ時間なので、東宮に戻りますよ?」
何事もなく、コクトーとナナを引率&護衛しながら馬に乗るマックスを見ていたナナは、コクトーに小声で告げた。
「コクトー、俺は愛がないのに関係持つのは嫌だ。嫌だ以前に無理」
「僕も同じだよ。でも、マックスのことを否定はしないであげてね。大人には色々とあるんだ」
そうコクトーが優しく微笑むので、ナナは少し頷いて、マックスには聞こえないように囁いた。
「俺はコクトーだけに抱かれたい。浮気はしないし、コクトーに浮気されたらすごく悲しい」
ナナの囁きにコクトーは赤面すると小さな声で、「あの、ナナ……。エミリオとも相談したんだけど。今夜、その……ナナを僕のものにしたいんだ」
つまり、今夜、初夜に達成できなかった初セックスをしたいと、コクトーは告白した訳だが、なんでそれをコクトーが馬のエミリオと相談していたかはナナとっては意味不明であった。
しかし、コクトーの目は本気なので、ナナは顔を赤らめながらも首を縦に振った。
こうして、マックスの乱れきった性生活がおおやけとなった流れで、コクトーとナナは夫婦の営みをする段階に進んだ。
小声で話していたつもりだが、コクトーとナナの初々しい会話はマックスに筒抜けであり、マックスはそれを聞きつつ心で、「いまのセフレに飽きてきたし、物足りないから別のヤツにしよう」、と結構クズなことを考えていた。
ちなみにマックスは女性との不倫は面倒なので避けているが、未婚男性も同じく面倒なので避けている。
貴族で、既婚で、不倫上等で、マックスを満足させられる性欲旺盛かつ絶倫な同年代の男が守備範囲である。
なので、リデル王子はストーカー王子だから以前にマックスの検索条件から外れており、最初から検索にヒットせず、相手にもされていない。
「マックスはそろそろ、いまのお相手に飽きて次に乗りかえるってモモが話してた。次の相手は多分、王立士官学校時代の先輩だった貴族じゃないかな? モモの予想だと」
「おい! 俺たちの事実上、初めて愛し合う行為をする約束したあと、マックスの次の不倫相手話題はやめろ!」
なんで競馬の予想みたく、モモがマックスの不倫相手を予想できるのか謎だが、コクトーがそういうマックスを容認しているのは不思議であった。
ナナがそのことを訊ねると、コクトーは苦笑いで教えてくれた。
「モモの知り合いにすごく貞淑な男性がいてね。奥方を早くに亡くしてから性的行為を長年しないでいたんだ。でも、愛欲を刺激する薬を誤飲して大変だったみたい」
要するに、その性的にストイックな求道者のようなモモの知り合いが、愛の妙薬を飲んだ効果で大惨事を起こした。そのヤバい前例を教訓に、モモはマックスにミシェルを変わらず愛するのは自由だが、性欲まで抑えるなと命じたらしい。
「大惨事の詳細が気になるが。モモの関係者って基本的にヤバいな。コクトー、もうこれ以上、マックスのセフレネタは出すなよ?」
「うん。でも、リデルは少し可哀想かな。4歳からマックスを一途に愛してるのに」
コクトーの言葉にナナもたしかにと思ったが、恋愛とは容易に成就しないケースもあるのだろう。
「コクトー、先に言っておく。不倫したらお前の首と胴体は泣別れだ。愛妾作ったら殺す」
「ナナ!? まだ本格的な初夜を迎える前に脅さないで! 約束する。マックスとライトに不倫してる軟派な貴族みたいに不誠実なことはしない!」
コクトーが真剣に誓うと、ナナはようやく笑顔になり、コクトーに馬を寄せてキスをした。コクトーもキスを返してラブラブな2人を見守っていたマックスは笑みを浮かべつつ、なんとも云えない自身へのむなしさを感じていたが首を横に振った。
「今さら我が身を嘆いても始まらない」
コクトーとナナにだけは、本当の意味で愛し合ってほしいが、自分にそんな選択肢はできないとマックスは心に言い聞かせて、愛馬のアンリを少し撫でた。
アンリはマックスの顔を少し見ると、励ますように小さく「ヒィン」と鳴いたのである。
マックスが亡きミシェル以外に、真に愛する存在と出逢えるのかはさておき、夜がきたらコクトーとナナは名実ともに夫婦となる。
【続く】
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■表紙イラスト(フリー素材)はお借りしています■
強欲なる花嫁は総てを諦めない
浦霧らち
BL
皮肉と才知と美貌をひっさげて、帝国の社交界を渡ってきた伯爵令息・エルンスト──その名には〝強欲〟の二文字が付き纏う。
そんなエルンストが戦功の褒美と称されて嫁がされたのは、冷血と噂される狼の獣人公爵・ローガンのもとだった。
やがて彼のことを知っていくうちに、エルンストは惹かれていく心を誤魔化せなくなる。
エルンストは彼に応える術を探しはじめる。荒れた公爵領を改革し、完璧な伴侶として傍に立つために。
強欲なる花嫁は、総てを手に入れるまで諦めない。
※性描写がある場合には*を付けています。が、後半になると思います。
※ご都合主義のため、整合性は無いに等しいです、雰囲気で読んでください。
※自分の性癖(誤用)にしか配慮しておりません。
※書き溜めたストックが無くなり次第、ノロノロ更新になります。
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
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