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来る春はお前のもの!
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王太子妃として、王太子コクトーの花嫁として、東宮で暮らすナナには1つとてもダルい仕事があった。別に東宮での生活に不満があるわけではない。
東宮ではヘタレ気質だが心優しくて、心から愛すべき存在である夫コクトーと仲睦まじくしている。そして、王太子コクトーの教育係のモモや護衛を務めるマックスなどクセは強いが、信頼できるメンツが側にいてくれるので退屈もせず、楽しくて不満はなかった。
「王太子妃殿下は定期的に王宮の社交界に顔を出さないとダメって掟がダルい! あんな社交場で時間を無駄にするなら、愛馬のエルキュールに乗って走ってたい!」
祖国である北の大国ではわりと自由に乗馬や武術鍛練をしていたナナにとって、嫁ぎ先であるダイアナ女王陛下が治める国の華やかな王宮での暮らしは学ぶべきことも多いが、気分的に疲れるし、合わないものもある。
その最たるものが、王宮に出入りする貴族との付き合い、というより社交界であった。
「なんで、コクトーは宮廷の社交界に顔出しをしなくてもよくて、俺は定期的に出席しないとダメなんだよ?」
社交界を嫌がるナナが文句を言うと王太子コクトーは心底申し訳なさそうに教えてくれる。
「僕はまだ帝王学の勉強中だから宮廷のサロンへの顔出しは免除されているんだ。代わりに王太子妃殿下であるナナが代理を務める。そういう決まりだから諦めて?」
未来の国王陛下となるコクトーは学ぶべきことが多すぎて、宮廷の社交界なんてイチイチ顔出しする暇はない。その代わりにナナが宮廷のサロンに出入りして、貴族たちの動向を探る役割分担が存在するのだ。
ちなみに国家のトップに君臨する女王陛下であるダイアナも滅多に宮廷の社交場には行かない。その代理は王婿ミモザ殿下が務めて、やはり貴族たちの思惑や国内外の情報を仕入れる役目を果たしている。
そして、ミモザ殿下は定期的に貴族たちの前に顔出しする際は、女王陛下の名代という立場で、宮廷の貴族たちがよからぬことを企んでいないか睨みをきかせるという重要な任務をしていた。
「ナナもミモザ殿下と同様に、貴族たちを監視する役目をする義務がある」
素直でけして馬鹿ではないが、率直すぎて、駆け引きが下手な性格であるナナが、ミモザ殿下と同じように貴族連中を監視するなんていまは難しいだろうが努力しろと、コクトーの教育係であるモモにも説得された。
「安心しろ。次回の宮廷での社交界からは、正式に俺の養子となったアシュリーがいる。アシュリーがシルバー家の次期当主としてナナをフォローするからそんなに嫌がるな。アシュリーの実母であるジャンヌ様や伯母であるシンシア様もいるからな! 完璧な布陣だ」
要するに、シルバー家直系メンツがナナの側で常にフォローするから堂々としていろとモモは言いたいのだ。
大貴族シルバー家の援護があれば、他のうるさい貴族どもは黙ると思うが、ナナはそういう宮廷内の力関係をまだ完全に理解していない。
「シンシア殿はシルバー家前当主ミシェルの実妹で、アシュリーの母君であるジャンヌ殿の姉君だろう? モモ、シルバー家には亡くなったミシェルと同母の弟君もいると聞いた。ソイツはなんで不在なんだ?」
本来ならば、そのミシェルの実弟がシルバー家の家督を継ぐのが筋であり、いくら前当主ミシェルの最愛の存在で、戸籍操作でシルバー家の庶子とされているからってモモの出る幕はないはずだ。
そんなナナの疑問を察したらしいコクトーが説明してくれた。
モモがシルバー家当主の座についたいきさつ……。それは要約するとこんな感じであった。
エドガー・イリス・シルバーというシルバー家直系の貴公子は、静養で訪れた土地――――異母弟リンが夫君と住んでいる屋敷で執事として働くシオンという元隣国貴族だった男性に激しく恋をして、そのまま異母弟夫婦の屋敷に居着いてしまい、家督なんて放棄した。
シルバー家の本当の庶子であるリンも嫁ぎ先での平穏な生活を望んだため、先々代シルバー家当主クロードは遺言で、ミシェルが亡くなった後のシルバー家当主の座はモモに譲ると明記したという。
「エドガーはいまもシオンを熱愛しながら、ラン・ヤスミカ領で幸せに暮らしてるよ。リンもユーリという夫君と仲良くしている。エドガーとリンはモモと文通しているから僕とも親しいんだ!」
リンはナナと同じく少年でありながら花嫁として輿入れした共通点があるので、ナナはリンの存在に興味はあった。しかし、王太子妃としての勉強に追われ、なかなか手紙を書く時間がない。
「シルバー家の男児は揃って、ラン・ヤスミカ領って田舎での暮らしを満喫して、家督なんて興味はない。だから、モモが引き継いで最終的にはアシュリーに家督を継がすってことでいいか?」
ナナの解釈にモモは「正解。そういうことだ」と首肯した。
名門大貴族シルバー家の子弟が揃いもソロって家督を継ぐのを拒否ったせいで、モモがその重責を担うことになったという事実をナナは驚きながらも再認識していた。
「シルバー家って。マジで血縁よりも実力主義なんだな?」
王位をめぐり親子戦争に発展した祖国の父と兄の確執を考えると、シルバー家はある意味では潔い決断をくだしているとナナは圧倒された。親子戦争の末にナナの父は突然崩御して、長兄が実質上は玉座に座り、北の大国の新たな王となった。そうなるよう仕向けたのはコクトーの父ミモザ殿下とそのミモザ殿下の側近としての顔もあるモモであったが。
王婿ミモザ殿下の有能な側近であり、王太子コクトーの教育係を務め、更には大貴族シルバー家の当主としてダイアナ女王陛下の重臣の役割を見事に果たしているモモはマルチタスクを超越した天才である。
並大抵の実力ではこんな責任の重い立場を続けていくことは困難だとナナにだって理解できた。モモは貴族でも王族でもない。むしろ平民にも見下されるような最底辺から成り上がった真の下克上を果たした猛者だ。
「モモは本当に実力でシルバー家の当主って立場に就いたんだな。まさに成るべくして」
ナナが驚嘆まじりに呟くとモモは懐かしそうな笑みで語った。
「クロード様……。ミシェルの親父はロリコンだったが実力を認めたヤツは身分関係なく身内とした。あの狡猾ロリコン当主がいなければ、俺やマックスをはじめ、ステフやヒナリザだってシルバー家の者にはなってねぇよ」
モモの言葉にナナは、シルバー家とは血縁だけでなくお互いの実力を認めあった関係性だから大貴族としての力をこれでもかと発揮できるのだと思い知らされた。
そんなシルバー家のメンツとくらべて、宮廷での社交の役目を嫌がる自分は王太子コクトーの正妃として未熟だと嫌でも理解する。
「俺はガキだな。コクトーのため、果たすべき役割が王太子妃としてあるのに」
血縁関係なく結束して、己のすべき役割をまっとうしているシルバー家の面々のことを考えたらナナは自分が子供っぽいと潔く反省した。
「よし! 次の宮廷の社交場では立派に王太子妃としての役割を果たす! ミモザ殿下に負けないように!」
ナナがはりきって気合いを入れると、コクトーは安心したような笑顔でナナを抱きしめた。
「ありがとう。ナナ。君はありのままの姿でいいんだ。美しくて強いナナが僕は大好きだよ。ナナが花嫁でよかった!」
「そう言ってもらえたら頑張れる! コクトーの花嫁になれて俺だって幸せだ!」
仲良く抱き合うコクトーとナナを見守っていたモモの脳裏に不意に過去の記憶がよみがえってきた。
まだ愛するミシェルが存命な頃……先々代のシルバー家当主クロードが亡くなる少し前の記憶が突如モモの意識を支配した。
クロードは病に倒れる前、まるで己の死期を察したかの如く、ミシェルには内緒でモモをシルバー家本邸の執務室に呼び寄せて、遺言状の内容を話してくれた。
「モモよ。ミシェルが万が一時は、シルバー家をたのむぞ。お前がシルバー家当主となれ。そして一族を統率し、導くのだ」
「はぁ!? マジかよ! クロード様。俺は孤児でミシェルに拾われた貧民窟のガキだ。いくら戸籍操作でシルバー家の人間になってもその事実は変わらない」
所詮は紛い物の貴族だと自嘲するモモに対してシルバー家当主クロードは厳かな声で告げた。
「忘れたのか? シルバー家は血縁より実力主義だということを? モモにはシルバー家を更なる繁栄に導くだけの実力と才能がある。私の目に狂いはない」
「……本当にそれでいいのかよ? 俺はリン様のようにアンタの庶子でもない。アカの他人だぞ?」
念押しするとクロードはジッとモモのスミレ色の瞳を見ながら言い切った。
「お前はもう立派なシルバー家の子だ。お人好しのミシェルだけでは心もとない。モモにシルバー家の未来がかかっている。そう心得よ」
ミシェルの最愛の存在となったことを――シルバー家と関わったことを不運と諦めて、生涯をシルバー家の繁栄と結束のために支えてくれ。
クロードは真摯な顔で、モモにシルバー家を託すと頭を下げたのだ。
「クロード様! 頭なんて下げんな! チッ! わかったよ! アンタがそこまで言うなら俺はシルバー家の子弟として生きていく! ミシェルと一緒にな!」
モモが覚悟を決めて誓うとシルバー家当主クロードは安堵したような笑みを浮かべ、そしてモモの腕を掴むと最後にこう告げたのである。
「よろしくたのむぞ! モモ! リリィ・ケリー・シルバーではなく、ありのままの自分を誇り、堂々と生きろ! モモ! 来る春はお前のもの! その才気をいかんなく発揮せよ!」
……来る春はお前のもの!
モモを力強くそう激励してくれた数日後……。クロードは病に倒れ、そのまま眠るように息を引き取った。
――――
「モモ? モモ! どうしたの? 目に涙が浮かんでるよ? 大丈夫?」
過去に意識をもって行かれていたモモがハッと我に返ると、コクトーが心配そうにこちらを見詰めている。ナナも急に黙り込んだモモを案じているような顔をしていた。
2人の少年の顔を見ながらモモは瞳を濡らした涙を乱暴にぬぐうと、いつもの遠慮のない口調で強がりつつも笑い飛ばした。
「なんでもねぇよ! コクトー! ナナ! 俺は、シルバー家を束ねる当主として全力でお前ら王太子夫妻を支えてやる! だから! 2人とも卑屈にならないで堂々としてろ! いいか!? コクトー! ナナ! 来る春はお前たちのものだからな!」
ずうっと昔、シルバー家当主クロードが激励してくれたように、モモはコクトーとナナに渇を入れると、2人の背中を思いっきり叩いて笑った。
王太子コクトーと王太子妃ナナに訪れる未来が輝かしい常春となるよう、俺は生涯を捧げて力を尽くす!
そうすることが、いまのモモにとってはありのままの幸せと嘘偽りなく言い切れる。
そして、コクトーの存在は、ミシェルの死という悲しい絶望の冬に苦しんだモモにようやく訪れた新たな生きる希望となる――正真正銘の春天の光であったのだ。
「ほら! コクトー! ボサッてねぇで書斎で勉強しろ! 課題を今日中に終わらせねぇと殺すぞ!」
いつも通りにコクトーを脅すモモの表情は言葉に反してあたたかく優しかった。そんな姿を見ていたナナはようやくシルバー家の庶子で、ラン・ヤスミカ領という田舎で暮らすリンに手紙を書く決意をした。
「モモ! リン殿に手紙を書きたいが、迷惑にならないか?」
コクトーを追い立てていたモモに訊ねると、モモはニヤリといつものように笑いながら告げた。
「リン様は迷惑なんて思わねぇよ! 俺もエドガー様への仕送りの件でシオンに手紙を書こうと思ってたところだ」
「シルバー家の子弟のクセに働かないヤツにまで送金をしてるのか?」
エドガーというシルバー家の子弟は自分で働けとナナは思ったが、コクトーが書斎に向かう前に小声でコッソリ教えてくれた。
「シオンっていう、エドガーの恋人が度々エドガーを鈍器のようなもので殴るから治療費が必要なんだよ。エドガーが四六時中、シオンに発情して求愛するから仕方ないんだ」
「仕方ないで済ますな! 執事が鈍器持ってる時点でダメだろ!」
恋人を鈍器で殴るような執事を普通に雇っているリンというシルバー家の庶子は正気か、とナナは疑ったがモモはなんてこともなく平然とヤバイことを暴露する。
「シオンは過去に2人殺してるからエドガー様で3人目にならねぇよう手紙で忠告しないとだな。治療費送金ついでに」
「普通に殺人犯な執事に忠告だけで終わらすな! モモの関係者でマトモなヤツはいねーのかよ!?」
来る春はお前のものとモモを激励したシルバー家当主クロードが願ったとおりにシルバー家は更なる繁栄で輝いている。
ナナが緊張しながらも手紙を送ると、ラン・ヤスミカ領のリン・ケリー・ラン・ヤスミカから丁寧な返事が届いた。
そこには流麗な筆跡で、
「ナナ王太子妃殿下。
私はユーリに嫁げて幸せです。
ラン・ヤスミカ領はとても素晴らしいところなのでよろしければ是非1度コクトー王太子と御一緒にいらしてください。
きっとダイアナ女王陛下やミモザ殿下は許可してくれます。」
と記されていた。
春がきたら、ラン・ヤスミカ領に行ってみたい! コクトーと一緒に!
リンの手紙を見せながらモモに頼み込んだナナであったが、モモは少し時期を待てと止めに掛かってくる。
「春頃は、シオンの情緒不安定が酷いからやめとけ。エドガー様に鈍器じゃなくて、刃物向けてるときがあるからな」
「どんだけ厄介な執事を雇ってんだよ!? そんな激ヤバ執事を採用したヤツ誰だよ? ユーリっていうリン殿の旦那か!?」
詰問するナナに対してモモは平然と即答した。
「シオンをスカウトしたのは俺だ。初夏になるとシオンは普通に戻るから安心しろ」
「安心できるか!」
来る春でシオンが情緒不安定になるため、当面のナナは、王太子妃として王宮で貴族の動きを観察したり、コクトーの正妃としての心構えを学ぶことに専念するつもりであったが誤算が発生した。
ラン・ヤスミカ領に行くことをナナが望んでいるとダイアナ女王陛下とミモザ殿下の耳に入ってしまったのだ。
リンの手紙通り、ダイアナ女王陛下と王婿ミモザ殿下は大賛成してくれたが、口を揃えてナナに言ったのだ。
「春と秋の初め頃は、シオンの情緒不安定が悪化するから気を付けた方がいいわ。わたくしとミモザは春に新婚旅行でラン・ヤスミカ領を訪れてしまって少し大変だったわよね? ミモザ?」
「はい。シオンがエドガーの頭を斧でスイカのように割ろうとしたのを何度か止めました。ユーリとモモと3人で。姉上、あれは楽しい旅でしたね?」
新婚旅行先に、斧を持った執事がいてもダイアナ女王陛下とミモザ殿下はまったく気に留めている様子はない。
「ナナ。鈍器や刃物や斧を常に持ってる執事がいても平然としていられないようでは、この国の王太子妃は務まりませんよ?」
ダイアナ女王は優しくナナにそう言い聞かせたが、そんな世紀末な領地に新婚旅行をしたこの女王陛下夫婦は狂っていると、ナナは心底思った。
「おそれながら。コクトーが絶対にビビると思うので……。春夏秋冬、どの季節でもラン・ヤスミカ領には行かない方が安全だと判断しました」
丁重にラン・ヤスミカ領への旅行を拒もうとナナは考えたが、意外にもコクトーは微笑みながらのんきに言ったのである。
「ナナ。安心して! シオンはエドガー以外の人には凶器を向けないよ。僕もミモザ父上のように斧を持った執事の凶行を阻止できるような男になりたいから春に行ってみようか? シオンが最もヤバい春に」
ナナの気の強さにビビり散らかしていたコクトーの言葉とは思えぬ勇気ある発言を聞いていたダイアナ女王陛下とミモザ殿下は夫婦で顔を見合わせて喜んでいる。
「それでこそ王太子です! コクトー! 母は感動して涙が出そうですよ。ミモザ! 貴方の養育は大成功ね!」
「いえ、姉上! これは教育係であるモモの薫陶の賜物です。ナナ。コクトーと一緒に春になったらラン・ヤスミカ領に行っておいで?」
来る春はラン・ヤスミカ領へ!
そんな旅行のキャッチコピーのような展開となり、ナナは春になったら斧持ってる情緒不安定な執事がいるラン・ヤスミカ領にコクトーと一緒に行く羽目になってしまった。
コクトーの身の安全を考えるならば、モモが全力で反対して、ダイアナ女王陛下とミモザ殿下を説得しろとナナは切に願ったが無駄である。
「マックスが護衛につくからギリ安全だな。ナナ。シオンは定期的に凶暴になり、キレやすいヤツだけど、料理は上手でイイヤツだから行ってこい。コクトーがシオンの斧の巻き添えにならねぇよう守れよ?」
「王太子の安全が保証できない領地に俺らを放り込むな! マックスがいても安全性がギリな時点で相当にヤバい場所だろ!?」
ハッキリ言って、絶対に行きたくないナナはモモの前で強弁に反対したが、もう旅行は決定事項で覆らない。
「行ってこい! ナナ! 来る春はお前のもの!」
「シルバー家の先々代当主の言葉で誤魔化すな! 来る春に血しぶきが飛び散ってる未来しか頭に浮かばねーよ!」
ナナの反対をモモは完全無視して、コクトーの手を握ると言い聞かせている。
「コクトー。ナナに格好いいとこ見せろよ? シオンは春の朝夕にエドガー様にキレてナイフ投げることもあるからな? 流れナイフの犠牲になるなよ!」
「うん。わかった! ラン・ヤスミカ家のお屋敷に滞在中は朝夕は別邸主人のユーリとリンが合図するまで部屋から出ないよう気を付ける。ナナと新婚旅行できるなんて夢みたいだ!」
そんな危険地帯に新婚旅行に行く勇気があるなら、輿入れした直後の俺が睨んだくらいで泣いて逃げるなよ!
ナナはコクトーにそう怒鳴りたかったが、コクトーの楽しそうな笑顔になにも言えなくなった。
王宮の社交場にて、シルバー家の跡継ぎに指名されたアシュリー・ミシェル・シルバーにナナは春に新婚旅行でラン・ヤスミカ領に行くと相談したら、アシュリーは満面の笑みで、
「それは、お羨ましい! ラン・ヤスミカ家の現当主であるエセル殿のお孫様は、可愛い美少年なんです! いいな~! 僕も行きたいですよ。美少年と田舎でイチャイチャしたいです!」
美少年大好きなアシュリーは執事のシオンのヤバさなんて関係なく、ラン・ヤスミカ家の当主の孫が可愛い美少年というポイントの方が大事らしい。
「コクトーが斧やナイフや鈍器の巻き添えにならないか心配で、俺は春が来るの怖いんだ」
正直に行くのがものすごく不安だとナナが気持ちを吐露すると、アシュリーは安心させるような笑みで教えてくれた。
「ナナ王太子妃殿下。ご安心ください。エドガー様は存命です。シオンだって殺人の再犯は犯しておりません! いまのところは!」
「再犯してたら大問題だけどな!」
アシュリーが絶対に安全だと太鼓判を押すので、ナナはたしかにガチで危険な土地にモモがコクトーを旅行させないだろうと納得しかけたところに、アシュリーの実母のジャンヌと伯母のシンシアがやって来た。
「ごきげんよう。ナナ王太子妃殿下! 次の春にラン・ヤスミカ領に行かれるとモモから聞きましたわ! ユーリ殿とリンによろしくお伝えしてくださいましね!」
そういえばジャンヌとシンシアは、リンの異母姉だったとナナが今更ながら思い出していると、シンシアが柔和で上品な笑顔で告げてくる。
「わたくしには娘が2人おりますが、上の娘とラン・ヤスミカ家の末のご子息との縁談がまとまりましたの」
「そうなのですか? それは真にめでたきこと! お祝い申し上げる」
ラン・ヤスミカ家は田舎貴族なのだが、シルバー家のリンが少年花嫁として嫁いだことが縁で、再びシルバー家との縁戚関係が復活していた。
そんな由緒ある旧家ならば安心かもと、ナナが思いかけた矢先、アシュリーが母ジャンヌになにやら懇願している。
「母上! 僕は次期シルバー家当主としての役目をモモ様のようにまっとうします! その代わりにお願いですから、メラニーとの結婚を認めてください!」
急に知らないヤツの名前が出たので、ナナが怪訝な顔をするとシンシアがナナにソッと教えた。
「メラニー・ラン・ヤスミカ様はラン・ヤスミカ家のエセル様の初孫ですわ。とても可愛らしい子でアシュリーはひと目で好きになってしまったのです」
「アシュリーが言ってた可愛い美少年か! お前、マジで美少年大好きだな!? そのメラニーって子は何歳だよ? 俺らと同い年くらいか?」
ナナの質問にアシュリーは満面の笑みで応じたが、目がガチで、若干ヤバい感じであった。
「メラニーはまだ5歳です。リラ王女と同い年。僕はメラニーが11歳になったら求婚する予定です! 今は亡きシルバー家前当主ミシェル様が11歳だったモモ様と体の関係を持ったように」
「……アシュリー。お前、淫行罪で逮捕されろ」
「そんな大袈裟な! 僕はナナ妃殿下と同じ14歳です。メラニーが11歳で僕が20歳になる6年後が1番ちょうどいいんですよ!」
「1ミリもちょうどよくない! 普通に犯罪だからな!」
この王宮には誰1人マトモなヤツがいない!
そうあきれ果てるナナをよそにアシュリーはメラニーに送ったラブレターの内容を話してくれた。
「可愛いメラニーに、こう書きました。愛おしい僕の玩具メラニー。君の初々しい蕾を愛でる日を僕は待っている。愛するメラニー。君に来る春は僕のものだ! これ、先々代シルバー家当主クロード様の名言ですよ!」
「都合よく脚色するな! そのラブレターだけでも逮捕案件だからな!?」
モモの背中を押したかつてのシルバー家当主クロードの言葉が、年月経てシルバー家一族を悪い方向に背中押すヤバ名言と化している。
とにかくナナは王宮の社交場で、リデル王子と同等な怪文書を5歳の男児に送りつけているアシュリー・ミシェル・シルバーの通報案件な恋ばなに付き合わされ、春が来たらガチ犯罪者な執事がいるラン・ヤスミカ領に行くこととなる。
斧持ってる執事がいる領地に行くのは嫌なので春は来ないでほしいが、王宮の社交場で未成年淫行罪スレスレなヤツの恋ばなを聴くのも苦痛なのがナナの現状であった。
来る春はお前のもの!
亡きクロードだって、モモに向けた激励の言葉が巡りめぐって、自分の末裔の淫行罪を正当化するために使われるとは想定外……と書きたいところだが、自身もロリコンだった当主クロードなので、その直系子孫のアシュリーがシルバー家だけでなく、もれなくミシェルの性癖まで継承するのも想定内だった可能性もある。
そして、5歳のメラニーのお陰で、ナナは美少年好きなアシュリーとはあくまで友達の域で接してもらえる事実を知らない。アシュリーの性癖を考えたモモが、大切な王太子コクトーの花嫁であるナナには手を出すなと、アシュリーに釘を刺したというより、脅したからナナは難を逃れた。
ナナにはけして手を出さない条件付きで、モモはアシュリーが5歳の可愛いメラニーにアプローチすることを黙認したのだ。
コクトーとナナの来る春は全力で守るモモだが、5歳のメラニーが11歳になった春は放置すると決めている。
(俺もミシェルと寝たの11歳だし別にいいってことにしとくか)
シルバー家当主として辣腕を振るうモモが養子アシュリーを放任したお陰で、メラニーが11歳の少年になる春が非常に危うい。
しかし、それはまだ6年後なので先の話となるが、来る春に斧を持った執事からコクトーの命を守るべく、ナナはマックスに頼み込んで武術の強化訓練をしていた。
「コクトーの命は俺が守る! 王太子妃として! 必ず!」
必死で鍛練するナナの相手をしながらマックスは思っていた。
(当のシオンは、ここまでナナ妃殿下に警戒されているとはまったく知らないだろう。ラン・ヤスミカ領まで無駄に遠いいから引率が面倒で仕方ない)
春にシオンが斧を持っていようが、マックスにはそれほど脅威ではなく、むしろ王宮がある都からラン・ヤスミカ領までの引率と護衛をモモに丸投げされたことの方が、クソ面倒であった。
そして、まだ雪が降る遥か遠く……国境沿いのラン・ヤスミカ領では、ぬくぬくと暖炉の側で紅茶を嗜みながら、エドガー・イリス・シルバーがエロ小説を読んでいた。ちなみにまだ冬なのでシオンは普通に執事として働いている。
「シオン。来る春はお前のもの、そう亡き父上は仰っていた。しかし、私の春夏秋冬は斧が降ろうが、砲弾がとんで来ようが、ナイフが額に刺さろうが、シオンだけのもの。納得したならば仕事を中断してセックスさせてほしい」
加齢してもイケメンフェイス&エロ欲の衰えの兆しがみられない変態エドガーの傍で紅茶のお代わりを注ぎながらシオンは口を開いた。
「冬に暖炉に放り込まれたくなければ黙れ。顔面を薪が燃える暖炉に突っ込むぞ?」
四十路に突入しても痩身かつ翳のある美形であるシオンが首を掴んできたのでエドガーは囁いた。
「冬に私にキレるシオンも魅力的だ。私の股間はこの暖炉のように燃え……。シオン、髪が暖炉の炎で焼けてきたから離してくれ。火傷をする」
エドガーの顔面が焼かれる寸前、ラン・ヤスミカ家別邸の主人であるユーリがリンと戻ってきた。
「なんだか屋敷が焦げ臭いと思ったら、シオンがエドガー兄様を焼いていたのですね。ユーリ。愛の炎が文字通りエドガー兄様を焼き焦がさんとしています」
「シオン! 春が来る前からバイオレンスになるなよ! またモモ殿にエドガー義兄上の治療費を請求する手紙を書かないといけなくなる!」
主人夫婦に止められ、シオンは暖炉でエドガーを焼くのを思いとどまった。
「申し訳ございません。春には王太子夫妻が新婚旅行に来られると聞いて気分が落ち着かず。女王陛下とミモザ殿下の新婚旅行の時のように俺が斧をエドガーに振るおうとしたら止めてください」
「シオン。ユーリにお願いする前に。春に情緒不安定になる自覚があるならば、斧を埋めるなり、湖に沈めて封印するなり、私が煎じた鎮静薬の量を増やすなり。色々と凶行を防ぐ手段はありますよ?」
少年花嫁であったリンは、すっかり大人になり、もう美少年ではないが可憐な美貌な相変わらずであった。異母兄エドガーが何度もシオンに殺害されかけていても動じないところは、流石はシルバー家の子息である。
「リン様。斧は薪割りに使うので封印は無理です。あと、リン様の煎じた鎮静薬を飲むのすごくトラウマなんですが?」
「ごめん。あれはダメだったと重々反省してるから蒸し返さないで。エドガー兄様の治療費が地味に高いと手紙でモモに文句を言われた。でも、シルバー家の莫大な財力を考えたらエドガー兄様の怪我の治療費なんて微々たる金額だから気にしないでいいです。殺しさえしなければ」
こんな恐ろしい理屈が罷り通る時点で、王太子夫妻は遠路はるばる、ラン・ヤスミカ領まで旅行することを絶対に中止すべきだ。
来る春どころか、シオンはキレると春夏秋冬すべてヤバいが正解なのだが、モモは敢えてシオンが最もバイオレンスになる春にコクトーとナナをラン・ヤスミカ領に旅行させる道を選び、誰もそれを止めない。
「ユーリ様、リン様。王太子ご夫妻が滞在中のメニューのレシピはこちらでよろしいでしょうか? 王太子コクトー殿下は苦手な食べ物ないですよね? 食事を残す度にモモにぶん殴られて育ったと手紙にありました」
モモの躾が鬼過ぎるが、王太子たるもの、好き嫌いなんて許されないのがこの国のルールだ。
「王太子妃であるナナ妃殿下は北のご出身なので好物がわからないのですが? リン様はご存知ですか?」
シオンに問いかけられても、リンだって北の大国の食文化はあまり知らないので考え込んだが、再び紅茶を飲みながら優雅にエロ小説を嗜んでいたエドガーが澄ました声で告げる。
「北は極寒の地。エロ小説では北国のヒロインは決まって、アザラシを食している。このエロ小説シリーズのタイトルは『北の国のとろける極上エロス』……。最新刊で、ヒロインの乙女フローラは、さばかれるアザラシのように凌辱され、白い裸体に秘められたる純潔と処女を抵抗むなしく海賊の長に貪られたと、記されている」
タイトルからしてロマンポルノであり、さばかれるアザラシのように凌辱されているヒロインってどんな状態で、なんでそこに海賊が出てくるのか?
もはや意味不明なエロ小説である。
「内容がまったく理解できないが。春までにアザラシの肉を市場で取り寄せます。ユーリ様、リン様。アザラシは俺も料理したことないので試しに丸ごと買いますね」
アザラシ料理作る気満々なシオンにユーリとリンも賛成して、ここもツッコミ不在だ。
来る春に斧を持った執事が料理するアザラシを食べる運命にあるコクトーとナナだが、そんなことは知るよしもなく、もっと言うとナナの祖国である北の大国の常食はアザラシではなかった。
このようにアザラシをさばく気でいるシオンは自分がナナに金曜日に斧持って襲ってくるサイコ殺戮者バリに警戒されているなんて露ほど自覚がない。
だいぶ長くなったが、コクトーとナナにやって来る春には、もれなくアザラシもやって来るとだけ記しておこう。
新旧少年花嫁の邂逅前の冬は徐々に雪解けが始まり、来る春が訪れようとしている。
【続く】
【続く】
東宮ではヘタレ気質だが心優しくて、心から愛すべき存在である夫コクトーと仲睦まじくしている。そして、王太子コクトーの教育係のモモや護衛を務めるマックスなどクセは強いが、信頼できるメンツが側にいてくれるので退屈もせず、楽しくて不満はなかった。
「王太子妃殿下は定期的に王宮の社交界に顔を出さないとダメって掟がダルい! あんな社交場で時間を無駄にするなら、愛馬のエルキュールに乗って走ってたい!」
祖国である北の大国ではわりと自由に乗馬や武術鍛練をしていたナナにとって、嫁ぎ先であるダイアナ女王陛下が治める国の華やかな王宮での暮らしは学ぶべきことも多いが、気分的に疲れるし、合わないものもある。
その最たるものが、王宮に出入りする貴族との付き合い、というより社交界であった。
「なんで、コクトーは宮廷の社交界に顔出しをしなくてもよくて、俺は定期的に出席しないとダメなんだよ?」
社交界を嫌がるナナが文句を言うと王太子コクトーは心底申し訳なさそうに教えてくれる。
「僕はまだ帝王学の勉強中だから宮廷のサロンへの顔出しは免除されているんだ。代わりに王太子妃殿下であるナナが代理を務める。そういう決まりだから諦めて?」
未来の国王陛下となるコクトーは学ぶべきことが多すぎて、宮廷の社交界なんてイチイチ顔出しする暇はない。その代わりにナナが宮廷のサロンに出入りして、貴族たちの動向を探る役割分担が存在するのだ。
ちなみに国家のトップに君臨する女王陛下であるダイアナも滅多に宮廷の社交場には行かない。その代理は王婿ミモザ殿下が務めて、やはり貴族たちの思惑や国内外の情報を仕入れる役目を果たしている。
そして、ミモザ殿下は定期的に貴族たちの前に顔出しする際は、女王陛下の名代という立場で、宮廷の貴族たちがよからぬことを企んでいないか睨みをきかせるという重要な任務をしていた。
「ナナもミモザ殿下と同様に、貴族たちを監視する役目をする義務がある」
素直でけして馬鹿ではないが、率直すぎて、駆け引きが下手な性格であるナナが、ミモザ殿下と同じように貴族連中を監視するなんていまは難しいだろうが努力しろと、コクトーの教育係であるモモにも説得された。
「安心しろ。次回の宮廷での社交界からは、正式に俺の養子となったアシュリーがいる。アシュリーがシルバー家の次期当主としてナナをフォローするからそんなに嫌がるな。アシュリーの実母であるジャンヌ様や伯母であるシンシア様もいるからな! 完璧な布陣だ」
要するに、シルバー家直系メンツがナナの側で常にフォローするから堂々としていろとモモは言いたいのだ。
大貴族シルバー家の援護があれば、他のうるさい貴族どもは黙ると思うが、ナナはそういう宮廷内の力関係をまだ完全に理解していない。
「シンシア殿はシルバー家前当主ミシェルの実妹で、アシュリーの母君であるジャンヌ殿の姉君だろう? モモ、シルバー家には亡くなったミシェルと同母の弟君もいると聞いた。ソイツはなんで不在なんだ?」
本来ならば、そのミシェルの実弟がシルバー家の家督を継ぐのが筋であり、いくら前当主ミシェルの最愛の存在で、戸籍操作でシルバー家の庶子とされているからってモモの出る幕はないはずだ。
そんなナナの疑問を察したらしいコクトーが説明してくれた。
モモがシルバー家当主の座についたいきさつ……。それは要約するとこんな感じであった。
エドガー・イリス・シルバーというシルバー家直系の貴公子は、静養で訪れた土地――――異母弟リンが夫君と住んでいる屋敷で執事として働くシオンという元隣国貴族だった男性に激しく恋をして、そのまま異母弟夫婦の屋敷に居着いてしまい、家督なんて放棄した。
シルバー家の本当の庶子であるリンも嫁ぎ先での平穏な生活を望んだため、先々代シルバー家当主クロードは遺言で、ミシェルが亡くなった後のシルバー家当主の座はモモに譲ると明記したという。
「エドガーはいまもシオンを熱愛しながら、ラン・ヤスミカ領で幸せに暮らしてるよ。リンもユーリという夫君と仲良くしている。エドガーとリンはモモと文通しているから僕とも親しいんだ!」
リンはナナと同じく少年でありながら花嫁として輿入れした共通点があるので、ナナはリンの存在に興味はあった。しかし、王太子妃としての勉強に追われ、なかなか手紙を書く時間がない。
「シルバー家の男児は揃って、ラン・ヤスミカ領って田舎での暮らしを満喫して、家督なんて興味はない。だから、モモが引き継いで最終的にはアシュリーに家督を継がすってことでいいか?」
ナナの解釈にモモは「正解。そういうことだ」と首肯した。
名門大貴族シルバー家の子弟が揃いもソロって家督を継ぐのを拒否ったせいで、モモがその重責を担うことになったという事実をナナは驚きながらも再認識していた。
「シルバー家って。マジで血縁よりも実力主義なんだな?」
王位をめぐり親子戦争に発展した祖国の父と兄の確執を考えると、シルバー家はある意味では潔い決断をくだしているとナナは圧倒された。親子戦争の末にナナの父は突然崩御して、長兄が実質上は玉座に座り、北の大国の新たな王となった。そうなるよう仕向けたのはコクトーの父ミモザ殿下とそのミモザ殿下の側近としての顔もあるモモであったが。
王婿ミモザ殿下の有能な側近であり、王太子コクトーの教育係を務め、更には大貴族シルバー家の当主としてダイアナ女王陛下の重臣の役割を見事に果たしているモモはマルチタスクを超越した天才である。
並大抵の実力ではこんな責任の重い立場を続けていくことは困難だとナナにだって理解できた。モモは貴族でも王族でもない。むしろ平民にも見下されるような最底辺から成り上がった真の下克上を果たした猛者だ。
「モモは本当に実力でシルバー家の当主って立場に就いたんだな。まさに成るべくして」
ナナが驚嘆まじりに呟くとモモは懐かしそうな笑みで語った。
「クロード様……。ミシェルの親父はロリコンだったが実力を認めたヤツは身分関係なく身内とした。あの狡猾ロリコン当主がいなければ、俺やマックスをはじめ、ステフやヒナリザだってシルバー家の者にはなってねぇよ」
モモの言葉にナナは、シルバー家とは血縁だけでなくお互いの実力を認めあった関係性だから大貴族としての力をこれでもかと発揮できるのだと思い知らされた。
そんなシルバー家のメンツとくらべて、宮廷での社交の役目を嫌がる自分は王太子コクトーの正妃として未熟だと嫌でも理解する。
「俺はガキだな。コクトーのため、果たすべき役割が王太子妃としてあるのに」
血縁関係なく結束して、己のすべき役割をまっとうしているシルバー家の面々のことを考えたらナナは自分が子供っぽいと潔く反省した。
「よし! 次の宮廷の社交場では立派に王太子妃としての役割を果たす! ミモザ殿下に負けないように!」
ナナがはりきって気合いを入れると、コクトーは安心したような笑顔でナナを抱きしめた。
「ありがとう。ナナ。君はありのままの姿でいいんだ。美しくて強いナナが僕は大好きだよ。ナナが花嫁でよかった!」
「そう言ってもらえたら頑張れる! コクトーの花嫁になれて俺だって幸せだ!」
仲良く抱き合うコクトーとナナを見守っていたモモの脳裏に不意に過去の記憶がよみがえってきた。
まだ愛するミシェルが存命な頃……先々代のシルバー家当主クロードが亡くなる少し前の記憶が突如モモの意識を支配した。
クロードは病に倒れる前、まるで己の死期を察したかの如く、ミシェルには内緒でモモをシルバー家本邸の執務室に呼び寄せて、遺言状の内容を話してくれた。
「モモよ。ミシェルが万が一時は、シルバー家をたのむぞ。お前がシルバー家当主となれ。そして一族を統率し、導くのだ」
「はぁ!? マジかよ! クロード様。俺は孤児でミシェルに拾われた貧民窟のガキだ。いくら戸籍操作でシルバー家の人間になってもその事実は変わらない」
所詮は紛い物の貴族だと自嘲するモモに対してシルバー家当主クロードは厳かな声で告げた。
「忘れたのか? シルバー家は血縁より実力主義だということを? モモにはシルバー家を更なる繁栄に導くだけの実力と才能がある。私の目に狂いはない」
「……本当にそれでいいのかよ? 俺はリン様のようにアンタの庶子でもない。アカの他人だぞ?」
念押しするとクロードはジッとモモのスミレ色の瞳を見ながら言い切った。
「お前はもう立派なシルバー家の子だ。お人好しのミシェルだけでは心もとない。モモにシルバー家の未来がかかっている。そう心得よ」
ミシェルの最愛の存在となったことを――シルバー家と関わったことを不運と諦めて、生涯をシルバー家の繁栄と結束のために支えてくれ。
クロードは真摯な顔で、モモにシルバー家を託すと頭を下げたのだ。
「クロード様! 頭なんて下げんな! チッ! わかったよ! アンタがそこまで言うなら俺はシルバー家の子弟として生きていく! ミシェルと一緒にな!」
モモが覚悟を決めて誓うとシルバー家当主クロードは安堵したような笑みを浮かべ、そしてモモの腕を掴むと最後にこう告げたのである。
「よろしくたのむぞ! モモ! リリィ・ケリー・シルバーではなく、ありのままの自分を誇り、堂々と生きろ! モモ! 来る春はお前のもの! その才気をいかんなく発揮せよ!」
……来る春はお前のもの!
モモを力強くそう激励してくれた数日後……。クロードは病に倒れ、そのまま眠るように息を引き取った。
――――
「モモ? モモ! どうしたの? 目に涙が浮かんでるよ? 大丈夫?」
過去に意識をもって行かれていたモモがハッと我に返ると、コクトーが心配そうにこちらを見詰めている。ナナも急に黙り込んだモモを案じているような顔をしていた。
2人の少年の顔を見ながらモモは瞳を濡らした涙を乱暴にぬぐうと、いつもの遠慮のない口調で強がりつつも笑い飛ばした。
「なんでもねぇよ! コクトー! ナナ! 俺は、シルバー家を束ねる当主として全力でお前ら王太子夫妻を支えてやる! だから! 2人とも卑屈にならないで堂々としてろ! いいか!? コクトー! ナナ! 来る春はお前たちのものだからな!」
ずうっと昔、シルバー家当主クロードが激励してくれたように、モモはコクトーとナナに渇を入れると、2人の背中を思いっきり叩いて笑った。
王太子コクトーと王太子妃ナナに訪れる未来が輝かしい常春となるよう、俺は生涯を捧げて力を尽くす!
そうすることが、いまのモモにとってはありのままの幸せと嘘偽りなく言い切れる。
そして、コクトーの存在は、ミシェルの死という悲しい絶望の冬に苦しんだモモにようやく訪れた新たな生きる希望となる――正真正銘の春天の光であったのだ。
「ほら! コクトー! ボサッてねぇで書斎で勉強しろ! 課題を今日中に終わらせねぇと殺すぞ!」
いつも通りにコクトーを脅すモモの表情は言葉に反してあたたかく優しかった。そんな姿を見ていたナナはようやくシルバー家の庶子で、ラン・ヤスミカ領という田舎で暮らすリンに手紙を書く決意をした。
「モモ! リン殿に手紙を書きたいが、迷惑にならないか?」
コクトーを追い立てていたモモに訊ねると、モモはニヤリといつものように笑いながら告げた。
「リン様は迷惑なんて思わねぇよ! 俺もエドガー様への仕送りの件でシオンに手紙を書こうと思ってたところだ」
「シルバー家の子弟のクセに働かないヤツにまで送金をしてるのか?」
エドガーというシルバー家の子弟は自分で働けとナナは思ったが、コクトーが書斎に向かう前に小声でコッソリ教えてくれた。
「シオンっていう、エドガーの恋人が度々エドガーを鈍器のようなもので殴るから治療費が必要なんだよ。エドガーが四六時中、シオンに発情して求愛するから仕方ないんだ」
「仕方ないで済ますな! 執事が鈍器持ってる時点でダメだろ!」
恋人を鈍器で殴るような執事を普通に雇っているリンというシルバー家の庶子は正気か、とナナは疑ったがモモはなんてこともなく平然とヤバイことを暴露する。
「シオンは過去に2人殺してるからエドガー様で3人目にならねぇよう手紙で忠告しないとだな。治療費送金ついでに」
「普通に殺人犯な執事に忠告だけで終わらすな! モモの関係者でマトモなヤツはいねーのかよ!?」
来る春はお前のものとモモを激励したシルバー家当主クロードが願ったとおりにシルバー家は更なる繁栄で輝いている。
ナナが緊張しながらも手紙を送ると、ラン・ヤスミカ領のリン・ケリー・ラン・ヤスミカから丁寧な返事が届いた。
そこには流麗な筆跡で、
「ナナ王太子妃殿下。
私はユーリに嫁げて幸せです。
ラン・ヤスミカ領はとても素晴らしいところなのでよろしければ是非1度コクトー王太子と御一緒にいらしてください。
きっとダイアナ女王陛下やミモザ殿下は許可してくれます。」
と記されていた。
春がきたら、ラン・ヤスミカ領に行ってみたい! コクトーと一緒に!
リンの手紙を見せながらモモに頼み込んだナナであったが、モモは少し時期を待てと止めに掛かってくる。
「春頃は、シオンの情緒不安定が酷いからやめとけ。エドガー様に鈍器じゃなくて、刃物向けてるときがあるからな」
「どんだけ厄介な執事を雇ってんだよ!? そんな激ヤバ執事を採用したヤツ誰だよ? ユーリっていうリン殿の旦那か!?」
詰問するナナに対してモモは平然と即答した。
「シオンをスカウトしたのは俺だ。初夏になるとシオンは普通に戻るから安心しろ」
「安心できるか!」
来る春でシオンが情緒不安定になるため、当面のナナは、王太子妃として王宮で貴族の動きを観察したり、コクトーの正妃としての心構えを学ぶことに専念するつもりであったが誤算が発生した。
ラン・ヤスミカ領に行くことをナナが望んでいるとダイアナ女王陛下とミモザ殿下の耳に入ってしまったのだ。
リンの手紙通り、ダイアナ女王陛下と王婿ミモザ殿下は大賛成してくれたが、口を揃えてナナに言ったのだ。
「春と秋の初め頃は、シオンの情緒不安定が悪化するから気を付けた方がいいわ。わたくしとミモザは春に新婚旅行でラン・ヤスミカ領を訪れてしまって少し大変だったわよね? ミモザ?」
「はい。シオンがエドガーの頭を斧でスイカのように割ろうとしたのを何度か止めました。ユーリとモモと3人で。姉上、あれは楽しい旅でしたね?」
新婚旅行先に、斧を持った執事がいてもダイアナ女王陛下とミモザ殿下はまったく気に留めている様子はない。
「ナナ。鈍器や刃物や斧を常に持ってる執事がいても平然としていられないようでは、この国の王太子妃は務まりませんよ?」
ダイアナ女王は優しくナナにそう言い聞かせたが、そんな世紀末な領地に新婚旅行をしたこの女王陛下夫婦は狂っていると、ナナは心底思った。
「おそれながら。コクトーが絶対にビビると思うので……。春夏秋冬、どの季節でもラン・ヤスミカ領には行かない方が安全だと判断しました」
丁重にラン・ヤスミカ領への旅行を拒もうとナナは考えたが、意外にもコクトーは微笑みながらのんきに言ったのである。
「ナナ。安心して! シオンはエドガー以外の人には凶器を向けないよ。僕もミモザ父上のように斧を持った執事の凶行を阻止できるような男になりたいから春に行ってみようか? シオンが最もヤバい春に」
ナナの気の強さにビビり散らかしていたコクトーの言葉とは思えぬ勇気ある発言を聞いていたダイアナ女王陛下とミモザ殿下は夫婦で顔を見合わせて喜んでいる。
「それでこそ王太子です! コクトー! 母は感動して涙が出そうですよ。ミモザ! 貴方の養育は大成功ね!」
「いえ、姉上! これは教育係であるモモの薫陶の賜物です。ナナ。コクトーと一緒に春になったらラン・ヤスミカ領に行っておいで?」
来る春はラン・ヤスミカ領へ!
そんな旅行のキャッチコピーのような展開となり、ナナは春になったら斧持ってる情緒不安定な執事がいるラン・ヤスミカ領にコクトーと一緒に行く羽目になってしまった。
コクトーの身の安全を考えるならば、モモが全力で反対して、ダイアナ女王陛下とミモザ殿下を説得しろとナナは切に願ったが無駄である。
「マックスが護衛につくからギリ安全だな。ナナ。シオンは定期的に凶暴になり、キレやすいヤツだけど、料理は上手でイイヤツだから行ってこい。コクトーがシオンの斧の巻き添えにならねぇよう守れよ?」
「王太子の安全が保証できない領地に俺らを放り込むな! マックスがいても安全性がギリな時点で相当にヤバい場所だろ!?」
ハッキリ言って、絶対に行きたくないナナはモモの前で強弁に反対したが、もう旅行は決定事項で覆らない。
「行ってこい! ナナ! 来る春はお前のもの!」
「シルバー家の先々代当主の言葉で誤魔化すな! 来る春に血しぶきが飛び散ってる未来しか頭に浮かばねーよ!」
ナナの反対をモモは完全無視して、コクトーの手を握ると言い聞かせている。
「コクトー。ナナに格好いいとこ見せろよ? シオンは春の朝夕にエドガー様にキレてナイフ投げることもあるからな? 流れナイフの犠牲になるなよ!」
「うん。わかった! ラン・ヤスミカ家のお屋敷に滞在中は朝夕は別邸主人のユーリとリンが合図するまで部屋から出ないよう気を付ける。ナナと新婚旅行できるなんて夢みたいだ!」
そんな危険地帯に新婚旅行に行く勇気があるなら、輿入れした直後の俺が睨んだくらいで泣いて逃げるなよ!
ナナはコクトーにそう怒鳴りたかったが、コクトーの楽しそうな笑顔になにも言えなくなった。
王宮の社交場にて、シルバー家の跡継ぎに指名されたアシュリー・ミシェル・シルバーにナナは春に新婚旅行でラン・ヤスミカ領に行くと相談したら、アシュリーは満面の笑みで、
「それは、お羨ましい! ラン・ヤスミカ家の現当主であるエセル殿のお孫様は、可愛い美少年なんです! いいな~! 僕も行きたいですよ。美少年と田舎でイチャイチャしたいです!」
美少年大好きなアシュリーは執事のシオンのヤバさなんて関係なく、ラン・ヤスミカ家の当主の孫が可愛い美少年というポイントの方が大事らしい。
「コクトーが斧やナイフや鈍器の巻き添えにならないか心配で、俺は春が来るの怖いんだ」
正直に行くのがものすごく不安だとナナが気持ちを吐露すると、アシュリーは安心させるような笑みで教えてくれた。
「ナナ王太子妃殿下。ご安心ください。エドガー様は存命です。シオンだって殺人の再犯は犯しておりません! いまのところは!」
「再犯してたら大問題だけどな!」
アシュリーが絶対に安全だと太鼓判を押すので、ナナはたしかにガチで危険な土地にモモがコクトーを旅行させないだろうと納得しかけたところに、アシュリーの実母のジャンヌと伯母のシンシアがやって来た。
「ごきげんよう。ナナ王太子妃殿下! 次の春にラン・ヤスミカ領に行かれるとモモから聞きましたわ! ユーリ殿とリンによろしくお伝えしてくださいましね!」
そういえばジャンヌとシンシアは、リンの異母姉だったとナナが今更ながら思い出していると、シンシアが柔和で上品な笑顔で告げてくる。
「わたくしには娘が2人おりますが、上の娘とラン・ヤスミカ家の末のご子息との縁談がまとまりましたの」
「そうなのですか? それは真にめでたきこと! お祝い申し上げる」
ラン・ヤスミカ家は田舎貴族なのだが、シルバー家のリンが少年花嫁として嫁いだことが縁で、再びシルバー家との縁戚関係が復活していた。
そんな由緒ある旧家ならば安心かもと、ナナが思いかけた矢先、アシュリーが母ジャンヌになにやら懇願している。
「母上! 僕は次期シルバー家当主としての役目をモモ様のようにまっとうします! その代わりにお願いですから、メラニーとの結婚を認めてください!」
急に知らないヤツの名前が出たので、ナナが怪訝な顔をするとシンシアがナナにソッと教えた。
「メラニー・ラン・ヤスミカ様はラン・ヤスミカ家のエセル様の初孫ですわ。とても可愛らしい子でアシュリーはひと目で好きになってしまったのです」
「アシュリーが言ってた可愛い美少年か! お前、マジで美少年大好きだな!? そのメラニーって子は何歳だよ? 俺らと同い年くらいか?」
ナナの質問にアシュリーは満面の笑みで応じたが、目がガチで、若干ヤバい感じであった。
「メラニーはまだ5歳です。リラ王女と同い年。僕はメラニーが11歳になったら求婚する予定です! 今は亡きシルバー家前当主ミシェル様が11歳だったモモ様と体の関係を持ったように」
「……アシュリー。お前、淫行罪で逮捕されろ」
「そんな大袈裟な! 僕はナナ妃殿下と同じ14歳です。メラニーが11歳で僕が20歳になる6年後が1番ちょうどいいんですよ!」
「1ミリもちょうどよくない! 普通に犯罪だからな!」
この王宮には誰1人マトモなヤツがいない!
そうあきれ果てるナナをよそにアシュリーはメラニーに送ったラブレターの内容を話してくれた。
「可愛いメラニーに、こう書きました。愛おしい僕の玩具メラニー。君の初々しい蕾を愛でる日を僕は待っている。愛するメラニー。君に来る春は僕のものだ! これ、先々代シルバー家当主クロード様の名言ですよ!」
「都合よく脚色するな! そのラブレターだけでも逮捕案件だからな!?」
モモの背中を押したかつてのシルバー家当主クロードの言葉が、年月経てシルバー家一族を悪い方向に背中押すヤバ名言と化している。
とにかくナナは王宮の社交場で、リデル王子と同等な怪文書を5歳の男児に送りつけているアシュリー・ミシェル・シルバーの通報案件な恋ばなに付き合わされ、春が来たらガチ犯罪者な執事がいるラン・ヤスミカ領に行くこととなる。
斧持ってる執事がいる領地に行くのは嫌なので春は来ないでほしいが、王宮の社交場で未成年淫行罪スレスレなヤツの恋ばなを聴くのも苦痛なのがナナの現状であった。
来る春はお前のもの!
亡きクロードだって、モモに向けた激励の言葉が巡りめぐって、自分の末裔の淫行罪を正当化するために使われるとは想定外……と書きたいところだが、自身もロリコンだった当主クロードなので、その直系子孫のアシュリーがシルバー家だけでなく、もれなくミシェルの性癖まで継承するのも想定内だった可能性もある。
そして、5歳のメラニーのお陰で、ナナは美少年好きなアシュリーとはあくまで友達の域で接してもらえる事実を知らない。アシュリーの性癖を考えたモモが、大切な王太子コクトーの花嫁であるナナには手を出すなと、アシュリーに釘を刺したというより、脅したからナナは難を逃れた。
ナナにはけして手を出さない条件付きで、モモはアシュリーが5歳の可愛いメラニーにアプローチすることを黙認したのだ。
コクトーとナナの来る春は全力で守るモモだが、5歳のメラニーが11歳になった春は放置すると決めている。
(俺もミシェルと寝たの11歳だし別にいいってことにしとくか)
シルバー家当主として辣腕を振るうモモが養子アシュリーを放任したお陰で、メラニーが11歳の少年になる春が非常に危うい。
しかし、それはまだ6年後なので先の話となるが、来る春に斧を持った執事からコクトーの命を守るべく、ナナはマックスに頼み込んで武術の強化訓練をしていた。
「コクトーの命は俺が守る! 王太子妃として! 必ず!」
必死で鍛練するナナの相手をしながらマックスは思っていた。
(当のシオンは、ここまでナナ妃殿下に警戒されているとはまったく知らないだろう。ラン・ヤスミカ領まで無駄に遠いいから引率が面倒で仕方ない)
春にシオンが斧を持っていようが、マックスにはそれほど脅威ではなく、むしろ王宮がある都からラン・ヤスミカ領までの引率と護衛をモモに丸投げされたことの方が、クソ面倒であった。
そして、まだ雪が降る遥か遠く……国境沿いのラン・ヤスミカ領では、ぬくぬくと暖炉の側で紅茶を嗜みながら、エドガー・イリス・シルバーがエロ小説を読んでいた。ちなみにまだ冬なのでシオンは普通に執事として働いている。
「シオン。来る春はお前のもの、そう亡き父上は仰っていた。しかし、私の春夏秋冬は斧が降ろうが、砲弾がとんで来ようが、ナイフが額に刺さろうが、シオンだけのもの。納得したならば仕事を中断してセックスさせてほしい」
加齢してもイケメンフェイス&エロ欲の衰えの兆しがみられない変態エドガーの傍で紅茶のお代わりを注ぎながらシオンは口を開いた。
「冬に暖炉に放り込まれたくなければ黙れ。顔面を薪が燃える暖炉に突っ込むぞ?」
四十路に突入しても痩身かつ翳のある美形であるシオンが首を掴んできたのでエドガーは囁いた。
「冬に私にキレるシオンも魅力的だ。私の股間はこの暖炉のように燃え……。シオン、髪が暖炉の炎で焼けてきたから離してくれ。火傷をする」
エドガーの顔面が焼かれる寸前、ラン・ヤスミカ家別邸の主人であるユーリがリンと戻ってきた。
「なんだか屋敷が焦げ臭いと思ったら、シオンがエドガー兄様を焼いていたのですね。ユーリ。愛の炎が文字通りエドガー兄様を焼き焦がさんとしています」
「シオン! 春が来る前からバイオレンスになるなよ! またモモ殿にエドガー義兄上の治療費を請求する手紙を書かないといけなくなる!」
主人夫婦に止められ、シオンは暖炉でエドガーを焼くのを思いとどまった。
「申し訳ございません。春には王太子夫妻が新婚旅行に来られると聞いて気分が落ち着かず。女王陛下とミモザ殿下の新婚旅行の時のように俺が斧をエドガーに振るおうとしたら止めてください」
「シオン。ユーリにお願いする前に。春に情緒不安定になる自覚があるならば、斧を埋めるなり、湖に沈めて封印するなり、私が煎じた鎮静薬の量を増やすなり。色々と凶行を防ぐ手段はありますよ?」
少年花嫁であったリンは、すっかり大人になり、もう美少年ではないが可憐な美貌な相変わらずであった。異母兄エドガーが何度もシオンに殺害されかけていても動じないところは、流石はシルバー家の子息である。
「リン様。斧は薪割りに使うので封印は無理です。あと、リン様の煎じた鎮静薬を飲むのすごくトラウマなんですが?」
「ごめん。あれはダメだったと重々反省してるから蒸し返さないで。エドガー兄様の治療費が地味に高いと手紙でモモに文句を言われた。でも、シルバー家の莫大な財力を考えたらエドガー兄様の怪我の治療費なんて微々たる金額だから気にしないでいいです。殺しさえしなければ」
こんな恐ろしい理屈が罷り通る時点で、王太子夫妻は遠路はるばる、ラン・ヤスミカ領まで旅行することを絶対に中止すべきだ。
来る春どころか、シオンはキレると春夏秋冬すべてヤバいが正解なのだが、モモは敢えてシオンが最もバイオレンスになる春にコクトーとナナをラン・ヤスミカ領に旅行させる道を選び、誰もそれを止めない。
「ユーリ様、リン様。王太子ご夫妻が滞在中のメニューのレシピはこちらでよろしいでしょうか? 王太子コクトー殿下は苦手な食べ物ないですよね? 食事を残す度にモモにぶん殴られて育ったと手紙にありました」
モモの躾が鬼過ぎるが、王太子たるもの、好き嫌いなんて許されないのがこの国のルールだ。
「王太子妃であるナナ妃殿下は北のご出身なので好物がわからないのですが? リン様はご存知ですか?」
シオンに問いかけられても、リンだって北の大国の食文化はあまり知らないので考え込んだが、再び紅茶を飲みながら優雅にエロ小説を嗜んでいたエドガーが澄ました声で告げる。
「北は極寒の地。エロ小説では北国のヒロインは決まって、アザラシを食している。このエロ小説シリーズのタイトルは『北の国のとろける極上エロス』……。最新刊で、ヒロインの乙女フローラは、さばかれるアザラシのように凌辱され、白い裸体に秘められたる純潔と処女を抵抗むなしく海賊の長に貪られたと、記されている」
タイトルからしてロマンポルノであり、さばかれるアザラシのように凌辱されているヒロインってどんな状態で、なんでそこに海賊が出てくるのか?
もはや意味不明なエロ小説である。
「内容がまったく理解できないが。春までにアザラシの肉を市場で取り寄せます。ユーリ様、リン様。アザラシは俺も料理したことないので試しに丸ごと買いますね」
アザラシ料理作る気満々なシオンにユーリとリンも賛成して、ここもツッコミ不在だ。
来る春に斧を持った執事が料理するアザラシを食べる運命にあるコクトーとナナだが、そんなことは知るよしもなく、もっと言うとナナの祖国である北の大国の常食はアザラシではなかった。
このようにアザラシをさばく気でいるシオンは自分がナナに金曜日に斧持って襲ってくるサイコ殺戮者バリに警戒されているなんて露ほど自覚がない。
だいぶ長くなったが、コクトーとナナにやって来る春には、もれなくアザラシもやって来るとだけ記しておこう。
新旧少年花嫁の邂逅前の冬は徐々に雪解けが始まり、来る春が訪れようとしている。
【続く】
【続く】
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強欲なる花嫁は、総てを手に入れるまで諦めない。
※性描写がある場合には*を付けています。が、後半になると思います。
※ご都合主義のため、整合性は無いに等しいです、雰囲気で読んでください。
※自分の性癖(誤用)にしか配慮しておりません。
※書き溜めたストックが無くなり次第、ノロノロ更新になります。
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
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