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自由すぎる街の市長さん
ラン・ヤスミカ領から少し離れた国境近くに街がある。
この街はラン・ヤスミカ家の領地とは異なる少し特殊な場所であった。
隣国との国境沿いなので過去の戦争で何度も奪い合いになった末、街の住民たちがキレて自由都市……つまり領主などの貴族の統治を拒んで平民のなかから代表者を選んで街を采配している。
貴族や聖職者が絶対的な権力者である世界では珍しい民主制を導入した市街地なのだ。
ちなみにユーリとリン夫婦が暮らすラン・ヤスミカ家別邸の執事シオンが裏賭場の元締めとしてモモと邂逅したのはこの街である。
「あの街は通行証がなくても隠れることができます。身元確認もされないので亡命して潜むには絶好の場所でした」
15歳から28歳まで隣国から逃げて裏賭場に潜んでいたシオンは苦笑いしながら言った。
「領主が治めてる土地に逃げると身元が割れる可能性がある。だから迂闊に街を出るなと市長に言われました」
シオンが隣国で妻子を毒殺された恨みから母兄を殺害して投獄されたが看守の恩情で斬首寸前に脱獄したあと生きてこられたのは自由市街の市長さんの手引きがあったからである。
街のなかは治外法権なので隣国から追ってが来ても身柄の引き渡しを要求されても市長が「イヤだよーん!」と断れば手が出せない。
「あの街では掟さえ破らなければ市長たちが保護してくれる」
シオンは何気なく言うが裏賭場なんてしてる時点で掟やぶりしてないかとリンは思った。
「その自由市街の掟ってなんです?ユーリはご存知ですか?」
管轄の土地でなくても目とはなの先でしょうとリンに問われたユーリは平然と答えた。
「ゴミ出しの分別ルールを守ればOKって聞いた。市長とは何度か話したけどゴミ捨てルールをきちんと守る人に悪者はいないって」
「そ!それだけのルール!?」
もっと犯罪禁止とか深刻な違法行為を厳しく取り締まってるのかと思ったら意外にもフワッとしたルールであった。
しかし、考えてみると犯罪禁止だったらすでに2人殺してるシオンを快く街に入れないだろう。
いろいろとツッコミどころ満載な街だが本日は市長さんとの会食があり、ラン・ヤスミカ家代表としてユーリとリンが出席することとなった。
本来はユーリの父で領主のラクロワと領主夫人の母リーサが赴くのだが欠席である。
何故かといえばラン・ヤスミカ家と親しい近隣の小領主のひい祖父さんが105歳で天に召されたので葬儀に夫婦で参列する。
領主不在となるので領主代理としてユーリの兄エセルは、もしもの時に備えてラン・ヤスミカ家本邸にいなくてはならない。
消去法でいった結果、次男のユーリとリンの若夫婦が会食に行くことになった。
「父上と兄上の名代だ。リン。市長さんは気さくな優しい御仁だから緊張するなよ」
「はい!自由な街をまとめている市長殿のお話を聞くのが楽しみです!」
そんなわけでユーリとリンは一応は正装して馬で国境沿いの自由市街へと向かうのだ。
リンの次兄のエドガーと執事のシオンはお留守番である。
シオンは市長に恩義があるので手紙をユーリに渡して、くれぐれも市長によろしくと頼んでいた。
「こうして俺が生きてこられたのも街と市長のお陰なので」
「わかった!市長さんにシオンは元気にしてるって伝えとくから!」
ユーリは手紙を預かりリンを伴って街に馬を走らせた。
国境近くの市街は賑やかで華やかさは王宮のある都には遠く及ばないが不思議と活気に満ちている。
ユーリとリンは馬から降りると街の入り口にある駐馬場に馬を預けて市長の出迎えを受けた。
市長は数年に1度の総選挙で交代するのだが参政権があるのに街の住民は面倒くさくて、なり手が少ない。
なので任期満了になっても市長を最低でも15年は務める計算となる。
民主制にしている意味がないと思うが、市長が不正をしたら不信任決議とか前に住民にフルボッコされる決まりなので市長は真面目に仕事と市政を司っている。
現在の市長はシオンが隣国から亡命してくる少し前に当選したので任期満了しまくり13年は市長している計算となる。
そんな熟練市長はユーリとリンを大歓迎すると朗らかに笑った。
「待ってましたぞ!ラン・ヤスミカ家のユーリ様とリン様!ユーリ様とは久方ぶりですな。リン様とはお初にお目にかかる!いやはや!シオンが手紙で教えてくれましたが本当に見目麗しい御方様で!ユーリ様の幸せ者~!」
なんか物凄く気さくだがノリがよすぎる市長にリンは驚きながらも挨拶をした。
「はじめまして。ラン・ヤスミカ家が次男。ユーリに嫁ぎましたリン・ケリーと申します。市長殿、以後お見知りおきくださいませ」
リンが丁寧に頭を下げるとユーリが貴族らしく帽子を取って挨拶をした。
「お久しぶりです。市長さん。お元気そうで何よりです。本日は父と兄の名代で参りました。何卒よろしくお願いします」
礼儀作法通りに礼をするユーリの姿は普段とは全く異なり育ちのよい青年貴族のように優雅であった。
それを隣でチラチラ見ていたリンは品のよい笑顔だが内心はドキドキときめいていた。
(懸命に田畑を耕すユーリも素敵ですが、優雅に貴族らしいユーリもカッコいい!)
田舎の貧乏貴族という身分だが、こうして立派に振る舞うユーリはやはり由緒正しきラン・ヤスミカ家の貴公子である。
リンが夫ユーリの青年貴族ぶりにラブラブになっていると市長が豪快に言ったのだ。
「少しお姿を見ない間にユーリ様も立派な貴公子ですな!なんとも凛々しい!リン様もお美しくてお似合いですよ」
挨拶はここまでにして市庁舎の会食場に行きましょうと市長は手招きしてくれた。
街の人々は市長の後ろを歩くユーリとリンを笑顔で眺めながら囁き合っている。
「まあ!ラン・ヤスミカ家のご子息ね?ユーリ様だったかしら?」
「お嫁さんをもらったって聞いたよ?都のすごく高貴なお家から!」
「じゃあ!あの黒髪の綺麗なお方が花嫁さん?お可愛らしい花嫁さんね」
自由市街でのラン・ヤスミカ家の評判はかなり良いらしいとリンは周囲の住民の表情を観察しながら実感していた。
「ユーリ。市長殿の会食は定期的に開催されるのですか?」
「ああ!お互いに近くだし親睦を深める意味で毎年招待してくれる。いつもは父上と母上か兄上夫婦が行ってるけど」
ユーリはそう答えるとシオンからの手紙を市長に手渡した。
「シオンがくれぐれも市長さんによろしくって」
「おお!シオンは元気ですかな?たまに手紙のやりとりをしてましてね!最近は音信不通で心配していたのです」
シオンが音信不通にしていた原因はリンのエロ媚薬からのメンタル崩壊騒動なのでユーリは言いよどんだが手短に伝えた。
「シオンは少し前に体調を崩して寝込んでいたのです。今は回復していますので!」
「そうでしたか!シオンは隣国から来た子ですが驚きましたよ。街の入り口付近で倒れていて。当時、私は市長に当選したてで……とりあえず自宅に連れていき介抱したものです」
訳ありな人間は流れてくるが15歳の少年が街の入り口で倒れてるなんてレアですからな~と市長は懐かしそうに語っている。
市長はシオンが何かの陰謀に巻き込まれたと察してしばらく自宅で療養させたあとに街の裏賭場に就職させたらしい。
「あの……市長殿?なんで裏賭場を斡旋したのです?言い方は悪いですが15歳を働かせるなら他にも?」
リンが遠慮がちに訊ねると市長はドキッパリと言ってのけた。
「いや~!裏賭場の元締めをしてたのは私でしてね!市長になったから誰かに引き継がせないとと思ってたらシオンを拾ったので!」
裏賭場の元締めが市長に当選できる圧倒的な自由市街!
この街は平和そうだが、只の賑やかな街ではないとリンはごくりと唾を呑んだ。
そんな話してしていたら市庁舎に到着して会食となった。
「今日は私こと市長が腕をふるった絶品料理です!ラン・ヤスミカ家の方々!どうぞご堪能くだされ!」
会食の場には市長夫人と自警団の幹部と観光課の官吏がいる。
メニューは七面鳥の丸焼きにスパイスがきいた焼き飯にハーブと果物のサラダにリンには見たことも食べたこともない白い皮でなかに具材が入った蒸し焼きだ。
「ここは交易の場でもありますから!遠い国の料理も結構あるんです」
どうぞたくさん召し上がれと市長に促されてユーリとリンはお辞儀をすると料理を口に入れた。
「美味しい!食べたことないスパイスの味です!」
蒸した白い皮の料理を食べたリンが感激すると会場にいた街の有力者たちが笑顔になった。
「お誉めに預かり嬉しいわ。この料理は小麦粉をパンよりずっと薄く伸ばして刻んだお肉を入れてスパイスで蒸して作りますの。主人の得意料理よ」
市長夫人の説明にリンが感心しているとユーリが不思議そうに首をかしげた。
「そういえば?シオンが料理上手なのは市長さんが教えたからですか?ご自宅でしばらく面倒をみていたと先ほど聞いたので?」
ユーリの質問に市長は微笑むと首肯した。
「ええ!シオンはここに来たばかりの頃は何もできない子でした。ゴミの分別も満足のできないのでよく叱ったのですよ。生活するには自分で何かしないとたちゆかない。だから、私と妻が最低限のことは指導しました」
賢い子だったのですぐに覚えてゴミの分別、料理や針仕事や賭場の管理もこなせるようになったと市長夫人は笑顔で補足している。
説明を耳にしてリンは納得していた。
シオンが隣国でそれなりに地位がある貴族の生まれなら15歳で街に流れてきても何もできないだろう。
貴族の教養や礼儀作法は平民として自活して生きていくにはあまり役には立たない。
現に15歳でラン・ヤスミカ家に嫁にきたリンは針仕事も料理も苦手で姑のリーサや義姉フィンナに常に教わっている。
どうしてもできないと執事をしているシオンに任せていた。
シオンは当然のように裁縫や料理ができるが15歳から訓練してどれくらいで上達したのだろう?
気になってリンが訊こうとしたら市長がしんみりした顔で料理を食べると言った。
「シオンは必死に生活するのに必要なことを覚えてたな~。言葉遣いもわざと砕けた喋り方に変えていた。おそらくは出自を隠す必要があったのだと思って深くは尋ねませんでした」
隠れるなら裏賭場が絶好の場所だと確信して市長はシオンを元締めにさせて見守っていた。
そう言われてしまうと深入りはできずリンは黙って料理を食べていたが市長夫人が案ずるように口を開いたのだ。
「あの子……シオンは年頃になってお嫁さんをもらえと諭しても頑なに嫌がって……。女の子が苦手なのと訊いても黙秘ですの。ユーリ様、リン様。シオンはラン・ヤスミカ領でも浮いた話はなくて?」
市長の奥さまの質問にユーリとリンは料理を喉に詰めそうになったがなんとか堪えた。
言えない……この善良そうな元裏賭場のリーダーで現市長とその夫人に対して……とリンは硬直した。
話した様子から市長夫妻は見ず知らずの行き倒れ少年だったシオンの世話を焼き、本当の息子のように大切に思っている。
そんなご夫婦にリンが調合したエロ媚薬のせいでシオンがラリって貞操観念が崩壊して、リンの異母兄エドガーと関係を持ってしまいメンタルもイカれてたとはユーリも流石に白状できなかった。
しかし、シオンを雇っているラン・ヤスミカ家別邸の主人夫婦として執事の近況を報告しないのも異様だ。
悩んだ末にユーリは少しぼかして市長たちに説明をした。
「シオンはその……リンの兄と懇意になり仲良くしております」
ぼかしたつもりがあんまりぼかさってないとユーリに言いたいが市長夫妻は笑顔で頷いている。
「そうですか!リン様のお兄様と!?もしや……エドガー様のことですかな?」
「え?兄を知っているのですか!?」
リンが驚愕すると市長夫人が明るく笑いながら教えてくれた。
「ほほほ!シオンが手紙によくエドガー様のことを書いてきますのよ!とにかくキモい!キモい!キモいって!嫌がっているのに筆跡は楽しそうで……もしやとは思ったのです」
あの子にどんな過去があったにせよ幸せにやってるならよかったと市長夫妻は優しく笑っている。
本当に心優しい素敵なご夫婦だとリンが感動していると自警団幹部と観光課の官吏が和やかに告げた。
「ここの街の住民の9割は犯罪者とかお尋ね者ですからね!自警団の自分は元傭兵でしたが酒の席で傭兵隊長を半殺しにして逃げてきました!」
「観光課の僕はとある国で金貨偽造したのバレて亡命ですよ~!もう懲りて金貨偽造はやってないです!」
住民9割は犯罪者ってことは残りの1割はなんなのかリンは物凄く気になった。
料理を楽しむふりをしながらユーリに訊ねるととんでもない回答が返ってきた。
「住民の残り1割?父上と兄上が言ってたが清掃業者でゴミの分別を怠った住民をリンチする実働部隊だ」
どこまでゴミの分別に厳しいのだとリンは圧倒されていたが会食は和やかに進んでいた。
そして、ラン・ヤスミカ家別邸ではエドガーの膝に腰かけていたシオンが何度もくしゃみをしていた。
「シオン?風邪か?リンの薬を飲むか?」
心配しているエドガーにシオンはキッパリと言った。
「絶対に嫌だ!エドガー?さっきから小説の内容でルクレチアが3ページの間で10回強姦されてるが流石に強姦されすぎだろ?」
「ルクレチアの小説ではこれでも強姦が少ない方だ」
強姦率がやたら高いエロ小説を読んでる奴の膝に平気で腰かけてるシオンはやはり15歳から逃亡しているだけあり、ある意味メンタルが逞しいともいえる。
end
この街はラン・ヤスミカ家の領地とは異なる少し特殊な場所であった。
隣国との国境沿いなので過去の戦争で何度も奪い合いになった末、街の住民たちがキレて自由都市……つまり領主などの貴族の統治を拒んで平民のなかから代表者を選んで街を采配している。
貴族や聖職者が絶対的な権力者である世界では珍しい民主制を導入した市街地なのだ。
ちなみにユーリとリン夫婦が暮らすラン・ヤスミカ家別邸の執事シオンが裏賭場の元締めとしてモモと邂逅したのはこの街である。
「あの街は通行証がなくても隠れることができます。身元確認もされないので亡命して潜むには絶好の場所でした」
15歳から28歳まで隣国から逃げて裏賭場に潜んでいたシオンは苦笑いしながら言った。
「領主が治めてる土地に逃げると身元が割れる可能性がある。だから迂闊に街を出るなと市長に言われました」
シオンが隣国で妻子を毒殺された恨みから母兄を殺害して投獄されたが看守の恩情で斬首寸前に脱獄したあと生きてこられたのは自由市街の市長さんの手引きがあったからである。
街のなかは治外法権なので隣国から追ってが来ても身柄の引き渡しを要求されても市長が「イヤだよーん!」と断れば手が出せない。
「あの街では掟さえ破らなければ市長たちが保護してくれる」
シオンは何気なく言うが裏賭場なんてしてる時点で掟やぶりしてないかとリンは思った。
「その自由市街の掟ってなんです?ユーリはご存知ですか?」
管轄の土地でなくても目とはなの先でしょうとリンに問われたユーリは平然と答えた。
「ゴミ出しの分別ルールを守ればOKって聞いた。市長とは何度か話したけどゴミ捨てルールをきちんと守る人に悪者はいないって」
「そ!それだけのルール!?」
もっと犯罪禁止とか深刻な違法行為を厳しく取り締まってるのかと思ったら意外にもフワッとしたルールであった。
しかし、考えてみると犯罪禁止だったらすでに2人殺してるシオンを快く街に入れないだろう。
いろいろとツッコミどころ満載な街だが本日は市長さんとの会食があり、ラン・ヤスミカ家代表としてユーリとリンが出席することとなった。
本来はユーリの父で領主のラクロワと領主夫人の母リーサが赴くのだが欠席である。
何故かといえばラン・ヤスミカ家と親しい近隣の小領主のひい祖父さんが105歳で天に召されたので葬儀に夫婦で参列する。
領主不在となるので領主代理としてユーリの兄エセルは、もしもの時に備えてラン・ヤスミカ家本邸にいなくてはならない。
消去法でいった結果、次男のユーリとリンの若夫婦が会食に行くことになった。
「父上と兄上の名代だ。リン。市長さんは気さくな優しい御仁だから緊張するなよ」
「はい!自由な街をまとめている市長殿のお話を聞くのが楽しみです!」
そんなわけでユーリとリンは一応は正装して馬で国境沿いの自由市街へと向かうのだ。
リンの次兄のエドガーと執事のシオンはお留守番である。
シオンは市長に恩義があるので手紙をユーリに渡して、くれぐれも市長によろしくと頼んでいた。
「こうして俺が生きてこられたのも街と市長のお陰なので」
「わかった!市長さんにシオンは元気にしてるって伝えとくから!」
ユーリは手紙を預かりリンを伴って街に馬を走らせた。
国境近くの市街は賑やかで華やかさは王宮のある都には遠く及ばないが不思議と活気に満ちている。
ユーリとリンは馬から降りると街の入り口にある駐馬場に馬を預けて市長の出迎えを受けた。
市長は数年に1度の総選挙で交代するのだが参政権があるのに街の住民は面倒くさくて、なり手が少ない。
なので任期満了になっても市長を最低でも15年は務める計算となる。
民主制にしている意味がないと思うが、市長が不正をしたら不信任決議とか前に住民にフルボッコされる決まりなので市長は真面目に仕事と市政を司っている。
現在の市長はシオンが隣国から亡命してくる少し前に当選したので任期満了しまくり13年は市長している計算となる。
そんな熟練市長はユーリとリンを大歓迎すると朗らかに笑った。
「待ってましたぞ!ラン・ヤスミカ家のユーリ様とリン様!ユーリ様とは久方ぶりですな。リン様とはお初にお目にかかる!いやはや!シオンが手紙で教えてくれましたが本当に見目麗しい御方様で!ユーリ様の幸せ者~!」
なんか物凄く気さくだがノリがよすぎる市長にリンは驚きながらも挨拶をした。
「はじめまして。ラン・ヤスミカ家が次男。ユーリに嫁ぎましたリン・ケリーと申します。市長殿、以後お見知りおきくださいませ」
リンが丁寧に頭を下げるとユーリが貴族らしく帽子を取って挨拶をした。
「お久しぶりです。市長さん。お元気そうで何よりです。本日は父と兄の名代で参りました。何卒よろしくお願いします」
礼儀作法通りに礼をするユーリの姿は普段とは全く異なり育ちのよい青年貴族のように優雅であった。
それを隣でチラチラ見ていたリンは品のよい笑顔だが内心はドキドキときめいていた。
(懸命に田畑を耕すユーリも素敵ですが、優雅に貴族らしいユーリもカッコいい!)
田舎の貧乏貴族という身分だが、こうして立派に振る舞うユーリはやはり由緒正しきラン・ヤスミカ家の貴公子である。
リンが夫ユーリの青年貴族ぶりにラブラブになっていると市長が豪快に言ったのだ。
「少しお姿を見ない間にユーリ様も立派な貴公子ですな!なんとも凛々しい!リン様もお美しくてお似合いですよ」
挨拶はここまでにして市庁舎の会食場に行きましょうと市長は手招きしてくれた。
街の人々は市長の後ろを歩くユーリとリンを笑顔で眺めながら囁き合っている。
「まあ!ラン・ヤスミカ家のご子息ね?ユーリ様だったかしら?」
「お嫁さんをもらったって聞いたよ?都のすごく高貴なお家から!」
「じゃあ!あの黒髪の綺麗なお方が花嫁さん?お可愛らしい花嫁さんね」
自由市街でのラン・ヤスミカ家の評判はかなり良いらしいとリンは周囲の住民の表情を観察しながら実感していた。
「ユーリ。市長殿の会食は定期的に開催されるのですか?」
「ああ!お互いに近くだし親睦を深める意味で毎年招待してくれる。いつもは父上と母上か兄上夫婦が行ってるけど」
ユーリはそう答えるとシオンからの手紙を市長に手渡した。
「シオンがくれぐれも市長さんによろしくって」
「おお!シオンは元気ですかな?たまに手紙のやりとりをしてましてね!最近は音信不通で心配していたのです」
シオンが音信不通にしていた原因はリンのエロ媚薬からのメンタル崩壊騒動なのでユーリは言いよどんだが手短に伝えた。
「シオンは少し前に体調を崩して寝込んでいたのです。今は回復していますので!」
「そうでしたか!シオンは隣国から来た子ですが驚きましたよ。街の入り口付近で倒れていて。当時、私は市長に当選したてで……とりあえず自宅に連れていき介抱したものです」
訳ありな人間は流れてくるが15歳の少年が街の入り口で倒れてるなんてレアですからな~と市長は懐かしそうに語っている。
市長はシオンが何かの陰謀に巻き込まれたと察してしばらく自宅で療養させたあとに街の裏賭場に就職させたらしい。
「あの……市長殿?なんで裏賭場を斡旋したのです?言い方は悪いですが15歳を働かせるなら他にも?」
リンが遠慮がちに訊ねると市長はドキッパリと言ってのけた。
「いや~!裏賭場の元締めをしてたのは私でしてね!市長になったから誰かに引き継がせないとと思ってたらシオンを拾ったので!」
裏賭場の元締めが市長に当選できる圧倒的な自由市街!
この街は平和そうだが、只の賑やかな街ではないとリンはごくりと唾を呑んだ。
そんな話してしていたら市庁舎に到着して会食となった。
「今日は私こと市長が腕をふるった絶品料理です!ラン・ヤスミカ家の方々!どうぞご堪能くだされ!」
会食の場には市長夫人と自警団の幹部と観光課の官吏がいる。
メニューは七面鳥の丸焼きにスパイスがきいた焼き飯にハーブと果物のサラダにリンには見たことも食べたこともない白い皮でなかに具材が入った蒸し焼きだ。
「ここは交易の場でもありますから!遠い国の料理も結構あるんです」
どうぞたくさん召し上がれと市長に促されてユーリとリンはお辞儀をすると料理を口に入れた。
「美味しい!食べたことないスパイスの味です!」
蒸した白い皮の料理を食べたリンが感激すると会場にいた街の有力者たちが笑顔になった。
「お誉めに預かり嬉しいわ。この料理は小麦粉をパンよりずっと薄く伸ばして刻んだお肉を入れてスパイスで蒸して作りますの。主人の得意料理よ」
市長夫人の説明にリンが感心しているとユーリが不思議そうに首をかしげた。
「そういえば?シオンが料理上手なのは市長さんが教えたからですか?ご自宅でしばらく面倒をみていたと先ほど聞いたので?」
ユーリの質問に市長は微笑むと首肯した。
「ええ!シオンはここに来たばかりの頃は何もできない子でした。ゴミの分別も満足のできないのでよく叱ったのですよ。生活するには自分で何かしないとたちゆかない。だから、私と妻が最低限のことは指導しました」
賢い子だったのですぐに覚えてゴミの分別、料理や針仕事や賭場の管理もこなせるようになったと市長夫人は笑顔で補足している。
説明を耳にしてリンは納得していた。
シオンが隣国でそれなりに地位がある貴族の生まれなら15歳で街に流れてきても何もできないだろう。
貴族の教養や礼儀作法は平民として自活して生きていくにはあまり役には立たない。
現に15歳でラン・ヤスミカ家に嫁にきたリンは針仕事も料理も苦手で姑のリーサや義姉フィンナに常に教わっている。
どうしてもできないと執事をしているシオンに任せていた。
シオンは当然のように裁縫や料理ができるが15歳から訓練してどれくらいで上達したのだろう?
気になってリンが訊こうとしたら市長がしんみりした顔で料理を食べると言った。
「シオンは必死に生活するのに必要なことを覚えてたな~。言葉遣いもわざと砕けた喋り方に変えていた。おそらくは出自を隠す必要があったのだと思って深くは尋ねませんでした」
隠れるなら裏賭場が絶好の場所だと確信して市長はシオンを元締めにさせて見守っていた。
そう言われてしまうと深入りはできずリンは黙って料理を食べていたが市長夫人が案ずるように口を開いたのだ。
「あの子……シオンは年頃になってお嫁さんをもらえと諭しても頑なに嫌がって……。女の子が苦手なのと訊いても黙秘ですの。ユーリ様、リン様。シオンはラン・ヤスミカ領でも浮いた話はなくて?」
市長の奥さまの質問にユーリとリンは料理を喉に詰めそうになったがなんとか堪えた。
言えない……この善良そうな元裏賭場のリーダーで現市長とその夫人に対して……とリンは硬直した。
話した様子から市長夫妻は見ず知らずの行き倒れ少年だったシオンの世話を焼き、本当の息子のように大切に思っている。
そんなご夫婦にリンが調合したエロ媚薬のせいでシオンがラリって貞操観念が崩壊して、リンの異母兄エドガーと関係を持ってしまいメンタルもイカれてたとはユーリも流石に白状できなかった。
しかし、シオンを雇っているラン・ヤスミカ家別邸の主人夫婦として執事の近況を報告しないのも異様だ。
悩んだ末にユーリは少しぼかして市長たちに説明をした。
「シオンはその……リンの兄と懇意になり仲良くしております」
ぼかしたつもりがあんまりぼかさってないとユーリに言いたいが市長夫妻は笑顔で頷いている。
「そうですか!リン様のお兄様と!?もしや……エドガー様のことですかな?」
「え?兄を知っているのですか!?」
リンが驚愕すると市長夫人が明るく笑いながら教えてくれた。
「ほほほ!シオンが手紙によくエドガー様のことを書いてきますのよ!とにかくキモい!キモい!キモいって!嫌がっているのに筆跡は楽しそうで……もしやとは思ったのです」
あの子にどんな過去があったにせよ幸せにやってるならよかったと市長夫妻は優しく笑っている。
本当に心優しい素敵なご夫婦だとリンが感動していると自警団幹部と観光課の官吏が和やかに告げた。
「ここの街の住民の9割は犯罪者とかお尋ね者ですからね!自警団の自分は元傭兵でしたが酒の席で傭兵隊長を半殺しにして逃げてきました!」
「観光課の僕はとある国で金貨偽造したのバレて亡命ですよ~!もう懲りて金貨偽造はやってないです!」
住民9割は犯罪者ってことは残りの1割はなんなのかリンは物凄く気になった。
料理を楽しむふりをしながらユーリに訊ねるととんでもない回答が返ってきた。
「住民の残り1割?父上と兄上が言ってたが清掃業者でゴミの分別を怠った住民をリンチする実働部隊だ」
どこまでゴミの分別に厳しいのだとリンは圧倒されていたが会食は和やかに進んでいた。
そして、ラン・ヤスミカ家別邸ではエドガーの膝に腰かけていたシオンが何度もくしゃみをしていた。
「シオン?風邪か?リンの薬を飲むか?」
心配しているエドガーにシオンはキッパリと言った。
「絶対に嫌だ!エドガー?さっきから小説の内容でルクレチアが3ページの間で10回強姦されてるが流石に強姦されすぎだろ?」
「ルクレチアの小説ではこれでも強姦が少ない方だ」
強姦率がやたら高いエロ小説を読んでる奴の膝に平気で腰かけてるシオンはやはり15歳から逃亡しているだけあり、ある意味メンタルが逞しいともいえる。
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