花嫁と貧乏貴族

寿里~kotori ~

文字の大きさ
69 / 76

南瓜から始まる

しおりを挟む
 今日も平穏に領地の畑仕事を手伝っていたユーリ・ラン・ヤスミカは野菜の収穫を終えると領民に感謝されて帰途についていた。

「お礼に南瓜を貰ったからシオンに渡さないとな」

 シオンとはユーリが主人をしている屋敷の28歳の犯罪歴ある執事だ。
殺人と逃亡という重罪を犯しているが、シオンはもともとは隣国の貴族なのでユーリの家の領地がある国では捕まることはない。

 シオンの罪状をそもそもユーリは詳しく知らないので追及もせず屋敷の厨房も任せている。

 執事としても優秀だがシオンは料理上手だからだ。

「南瓜をパイにしてもらうかな?それとも……シチューも捨てがたい」

 はやく帰って嫁のリンと相談しようと思っていたら当のリンが走ってきた。

「ユーリ!お疲れ様です。お迎えにあがりました!」

「ありがとう。リン、南瓜をもらったけどパイとシチューならどっちがいい?」

「2択ですか?えっと……?」

 何気ない会話をしながら仲良くラン・ヤスミカ家別邸に戻るとシオンが丁寧にお辞儀をしてくれた。

「お帰りなさいませ。ユーリ様、リン様。夕食の前にお茶を御用意します」

「ただいま。シオン、南瓜をもらったから好きに料理してくれ」

 結局どんな料理にするか決められなかったユーリとリンは料理担当のシオンに南瓜を委ねた。

「承知しました。南瓜のクリーム煮を作ります。紅茶を飲んでお待ちください」

 南瓜を持ってシオンは厨房に向かったのでユーリとリンは紅茶の用意が整っている食堂に入るとエドガーが先にお茶を嗜んでいる。

「ユーリ殿、ご苦労だった。紅茶を飲みたまえ」

「エドガー義兄上、ありがとうございます」

 エドガーはリンの異母兄でユーリにとっては義兄にあたる。

 無害だが変態で破廉恥な妄想とエロ小説にしか関心を抱かない名門大貴族の次男だ。

 リンとは異母兄弟だが仲は良好で親の金で異母弟の嫁ぎ先でニートライフを送る25歳無職である。

 ちなみに執事のシオンと恋仲でもある。

 ユーリの屋敷には少年花嫁のリンとその異母兄で無職のエドガーと執事で殺人犯のシオンが何事もなく平和に暮らしている。

 他にも使用人が数人いるが全員が元ゴロツキさんでありシオンほどではないが犯罪歴はある者ばかりだ。

 執事を含めて使用人が総じて犯罪者だがラン・ヤスミカ家別邸はいたって平穏である。

 ユーリもそうだがリンも実害さえなければ使用人がオール前科持ちでも気にしていなかった。

 エドガーは殺人歴があるシオンに熱愛中なのでやはりまったく気にしていない。

「都では間もなくダイアナ王女とミモザ王子の婚礼の儀が執り行われる。父上やミシェル兄上はお忙しいであろう」

 紅茶を飲みながらエドガーが告げるとリンが楽しそうに微笑んだ。

「モモだってミモザ王子の側近なのですから大忙しですね!エドガー兄様、流石に王室の婚礼には参列されますよね?シルバー家の次男として」

 忘れがちだがエドガーやリンの実家シルバー家は王家の傍流だが親戚筋であった。

 本来ならば庶子であってもリンが田舎貴族の次男であるユーリに嫁ぐなど性別を抜きにしても絶対にあり得ないことであったが、様々な思惑が絡んでリンはラン・ヤスミカ家の嫁におさまっている。

 それどころか貧乏没落貴族で、しかも次男のユーリは結婚も難しい状態だったのだ。

 運命とは不思議なものだと思いながらユーリがカップに手を伸ばすとエドガーが厳かに告げた。

「王家の婚礼に際して父上からシルバー家の子息として列席せよと書簡が届いた」

「やはり!では、エドガー兄様は婚礼に合わせて都に戻られるので?」

 リンは初めから庶子の自分には王家の大切な婚礼に参列する資格などないと理解しているので、帰京するエドガーに結婚式の様子を教えてもらおうと思っていた。

 しかし、エドガーは突拍子もないことを口にしたのだ。

「私だけ戻るのは面倒でありシオンと離れたくないと父上にお断りの手紙を書いた」

 王女と王子の記念すべき婚礼を恋人と離れたくないし面倒くさいで断るエドガー・イリス・シルバー25歳無職!

 ミモザ王子は数少ないエドガーの理解者であり友人なのに婚礼に参列しないのは大概ではないかと思うが、そういう忖度もしないのがエドガーの凄いところではある。

「しかし…エドガー義兄上。流石に王家の婚礼をシルバー家のご子息が欠席は当主であらせられるクロード様も怒るのでは?」

 ユーリが尋ねるとエドガーは澄ました顔で更にとんでもないことを宣告したのだ。

「父上は1人では億劫ならばシオンも同伴でよいと返事をくれた。だが、シオンが不在だとユーリ殿たちが困ると書いたら、それならユーリ殿とリンも連れてこいと仰っている。ユーリ殿、リン、面倒だと思うが参列してくれまいか?」

「え?俺が王家の婚礼に!?」

「エドガー兄様!私とユーリもダイアナ王女とミモザ王子の婚礼を見られるのですか!?」

 こんな展開になるとは想定外でユーリは青ざめたがリンは破顔して喜んでいる。

 久しぶりに実家の家族(父クロード除く)に再会もできるのでリンは嬉しいのだ。

「ミシェル兄上やモモとも会えますね!楽しみです!」

「リン!そんな軽いノリでいいのか!王家の婚礼だぞ!?リンはともかく俺なんか絶対に参列資格ない!」

 ユーリ・ラン・ヤスミカの頭に非常事態宣言のランプが灯ったところで、厨房での支度を終えたシオンが入ってきた。

「間もなく夕食のお時間です。ユーリ様?何かございましたか?顔色が悪いですよ」

「シオン!聞いてくれエドガー義兄上が王家の婚礼に俺も参列しろと!」

「真ですか!?ではリン様もご実家に帰省されるのですね?」

 自分まで道ずれにされると気づいていないシオンが微笑むとエドガーがさらっと言ってのけた。

「シオン、面倒だろうがお前も一緒に来てくれ」

 どうしてエドガーは友人であるミモザ王子の晴れの婚礼をここまで面倒くさがるのか謎だが、動揺するかと思ったシオンはすんなり返事をした。

「わかった。婚礼まで時間がないから支度をする」

「ええ!?おい!シオン、そこは狼狽えてくれ!俺だけアワアワしてるって変だろ!?」

 隣国で殺人罪に問われて貴族の爵位を剥奪された挙げ句に亡命したシオンは本来ならば1番エドガーの言葉に狼狽するべきである。

 しかし、アワアワするユーリに対してシオンは落ち着いた様子で口を開いた。

「実はモモを通してミモザ王子から、面倒であろうがエドガーが欠席はシルバー家にとっては体裁が悪いので一緒に来ておくれ、と手紙で頼まれてました。このヴァカが公式行事をサボったらそれこそ面倒なことになるのでお供いたします」

 ヴァカとはエドガーのことである。

 隣国のイントネーションだとバカはヴァカらしい。

 こうしてエドガーのお供としてラン・ヤスミカ家の代表としてユーリは王家の婚礼という大イベントに行くことになってしまった。

「ユーリ様、南瓜ですがクリーム煮と一緒にプディングも作りました」

 平静な様子でディナーを整えるシオンを抱き締めるエドガーとそれを見て笑っているリン。

「まあ!エドガー義兄上とリンがいればなんとかなるだろ!シオンもいるしな!」

 ユーリ・ラン・ヤスミカは18歳の田舎貴族の次男で多少イケメンで純朴な以外は平凡な好青年だが、こういうときに腹をくくる勇気は極めて非凡であった。

 エドガーはユーリとリン、そしてシオンが了承したのでミモザ王子に手紙を記した。

「シオンも承知してくれたので出席させて頂きます。
婚礼の儀は長時間に渡るので途中退屈するので読書する許可をください。

エロ小説とはバレないよう装丁を施しますゆえ」

 この手紙を受け取ったミモザ王子はモモに向かって「ここまで婚礼を面倒に思われるとは逆に愉快だ」とクスクス笑ったがモモはシオンの苦労を思うと頭が痛くなっていた。

「シルバー家の体裁を考えるならエドガー様を不参加にすべきだろ?」

 モモの意見が正論だが王家と密接な繋がりがあるシルバー家の次男が欠席は許されず、婚礼の儀は刻一刻と近づいて王都はお祭り騒ぎムードであった。

 実は婚礼の主役の1人であるミモザ王子も内心では長時間続く婚礼が面倒であり、最大の主役であるダイアナ王女も「絶対にミモザは長時間拘束されて面倒って思っているわ。わたくしも超絶面倒くさい!」と婚礼の衣装合わせの段階でうんざりしていたのであった。

 そんな当事者たちさえも面倒で仕方ない王家婚礼の儀は容赦なく迫ってくる。

end


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

閉ざされた森の秘宝

はちのす
BL
街外れにある<閉ざされた森>に住むアルベールが拾ったのは、今にも息絶えそうな瘦せこけた子供だった。 保護することになった子供に、残酷な世を生きる手立てを教え込むうちに「師匠」として慕われることになるが、その慕情の形は次第に執着に変わっていく──

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

過労死転生した悪役令息Ωは、冷徹な隣国皇帝陛下の運命の番でした~婚約破棄と断罪からのざまぁ、そして始まる激甘な溺愛生活~

水凪しおん
BL
過労死した平凡な会社員が目を覚ますと、そこは愛読していたBL小説の世界。よりにもよって、義理の家族に虐げられ、最後は婚約者に断罪される「悪役令息」リオンに転生してしまった! 「出来損ないのΩ」と罵られ、食事もろくに与えられない絶望的な日々。破滅フラグしかない運命に抗うため、前世の知識を頼りに生き延びる決意をするリオン。 そんな彼の前に現れたのは、隣国から訪れた「冷徹皇帝」カイゼル。誰もが恐れる圧倒的カリスマを持つ彼に、なぜかリオンは助けられてしまう。カイゼルに触れられた瞬間、走る甘い痺れ。それは、αとΩを引き合わせる「運命の番」の兆しだった。 「お前がいいんだ、リオン」――まっすぐな求婚、惜しみない溺愛。 孤独だった悪役令息が、運命の番である皇帝に見出され、破滅の運命を覆していく。巧妙な罠、仕組まれた断罪劇、そして華麗なるざまぁ。絶望の淵から始まる、極上の逆転シンデレラストーリー!

植物チートを持つ俺は王子に捨てられたけど、実は食いしん坊な氷の公爵様に拾われ、胃袋を掴んでとことん溺愛されています

水凪しおん
BL
日本の社畜だった俺、ミナトは過労死した末に異世界の貧乏男爵家の三男に転生した。しかも、なぜか傲慢な第二王子エリアスの婚約者にされてしまう。 「地味で男のくせに可愛らしいだけの役立たず」 王子からそう蔑まれ、冷遇される日々にうんざりした俺は、前世の知識とチート能力【植物育成】を使い、実家の領地を豊かにすることだけを生きがいにしていた。 そんなある日、王宮の夜会で王子から公衆の面前で婚約破棄を叩きつけられる。 絶望する俺の前に現れたのは、この国で最も恐れられる『氷の公爵』アレクシス・フォン・ヴァインベルク。 「王子がご不要というのなら、その方を私が貰い受けよう」 冷たく、しかし力強い声。気づけば俺は、彼の腕の中にいた。 連れてこられた公爵邸での生活は、噂とは大違いの甘すぎる日々の始まりだった。 俺の作る料理を「世界一美味い」と幸せそうに食べ、俺の能力を「素晴らしい」と褒めてくれ、「可愛い、愛らしい」と頭を撫でてくれる公爵様。 彼の不器用だけど真っ直ぐな愛情に、俺の心は次第に絆されていく。 これは、婚約破棄から始まった、不遇な俺が世界一の幸せを手に入れるまでの物語。

処理中です...