へたれが美少女に恋したら異世界に来ていた

tori

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意外な待ち人

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「夏休みだからといって、あまりハメを外すんじゃないぞ」担任がそう言い残して教室を出ていくと、一気に空気が緩んだ。
 仲の良いもの同士が集まり、夏休みをどう過ごそうか、そんな話題があちこちで盛り上がり始める。

 例の一件以来、直冬に話しかけてくるクラスメイトは居ない。
 元々影の薄い存在ではあったとはいえ、今でははっきりと排除の対象になっている。とりわけ女子の態度はあからさまだった。口を利くことはもちろん、目を合わすことすら汚らわしいと言わんばかりで、うっかり肩と肩が触れでもしようものなら、露骨に顔を顰められた。毎日が針の筵に座らされたような一学期だった。

 取りあえず、明日からこのクラスの連中とも顔を合わせなくて済む。もし永久におさらばできるなら、どんなに清々することだろう。
 どこか別の場所で今の自分をリセットできたらと考えなくもなかった。
 転校、それが一番現実的な答えではあるのだが、きっと親は許してくれないだろう。暴力を振るわれたりする物理的ないじめに遭っているわけではない、キモオタというレッテルを貼られ無視されているだけなのだ。本人にとってそれがどれほど不快で苦痛なことでも、親から理解も共感も得られる見込みはなかった。
「アニメやゲームばかりしているからだ」と叱られるのがオチだ。

 直冬は窓際最前列の席に目を向けた。綾瀬は沢井と話していた。きっと夏休みの予定かなにかを話しているのだろう。
(あいつも俺のことをキモい奴だと思っているんだろうな)
  一つため息をつくとカバンに机のものを詰め込み、よろよろと立ち上がった。
  
「おい! みんな聞いてくれ。これから打ち上げやらねぇか?」
 さっき窓際にいた沢井が教壇に立って、胴間声を張り上げた。沢井は得意げな表情で、教室の反応を伺っている。
「行く! 行く!」
 隣の席の西田が普段よりも二オクターブほど高い声で応える。釣られたように何人かの女子がそれに続くと、クラスの男女が、机と机の間の狭い通路にボンヤリと立っていた直冬を押しのけて、沢井の周りに群がり始めた。

 直冬は綾瀬を探してみた。しかし、その姿を見つけることはできなかった。少しだけほっとした。しばらく彼女をみることはできないのだ。一学期の最後に見た姿が、沢井と打ち上げに行く姿なんてやりきれない。
 もっともいくら目や耳を塞いだところで、沢井と綾瀬美月が付き合っているという事実は変わりはしないのだが……

(帰ってソーラスでもやるか)
 ソーラスは直冬が最近始めたロールプレイングゲームだ。
 剣と魔法の世界を舞台にし、今までにない自由度の高さと美麗なグラフィックスで、開発段階から世界中のゲーマーたちの注目を集めていた。
 日本語版の解禁が期末テストの開始時期とぶつかり、直冬は泣く泣くチュートリアルをプレイしたあたりで止めていた。
 クラスで孤立しはじめてからはファンタジー系のゲームにのめり込むようになった。
 その世界の中では直冬には仲間がいて、主役として輝くことができるからだ。

 盛り上がっている教室を後にして、直冬は校舎を出た。
 中庭を抜けて、校門に向かう途中で同じクラスの矢島が自販機横のベンチに腰掛けているのを見かけた。一心不乱にスマホの画面をのぞき込んでいる。ソーラス関連のサイトにでも見入ってるんだろう。
 デブに黒めがねという絵に描いたようなオタクである矢島は直冬と同じく、クラスカーストの最低辺に属していて、今のところ直冬がこの学校で唯一まともな会話ができる相手でもあった。
 しかし、それは友達というより、ハブられた者同士が肩を寄せ合っているというのに近い。
 当然のことながら、矢島も打ち上げには参加しない。というよりお呼びでないという方が正解か。
 このまま駅に向かえば、打ち上げの連中とかち合うことになる。直冬は少し矢島と話していくことにした。

 直冬は自販機で缶コーヒーを二つ買うと、矢島にひとつ渡して隣に腰掛けた。
 すえたような汗のにおいがぷんと漂ってくる。
「柏木はどの程度進んだ?、俺はまだ初期配置の村周辺をうろついてるとこ」
 聞かなくてもなんのことか解る。二人の最近の話題はソーラスしかないからだ。
「さすがに試験期間中は控えていたからな。こっちも似たようなもんさ……それよりさっきから一生懸命なんか調べてるみたいだけど?」
「ああ、海外BBSを漁っていたのさ。情報に関してはあちらの方が充実してるからね」
 矢島は英語に堪能なのである。洋ゲーをプレイしているうちに上達したらしい。
 直冬は矢島から海外の攻略サイトから得た知識を教えてもらっていた。
「新しい情報でもあった?」
「攻略に関してはまだ外人さんも手探りって感じかな。めぼしい情報はないな」

 開発側はプレーヤーに予備知識を与えないために、ゲーム内容についての情報を徹底的に遮断していた。プレーヤーに新鮮な驚きをもってゲーム世界を体験してほしいというコンセプトに基づく措置らしい。

「ただひとつちょっと気になる投稿があってね。それで色々見てたんだ」
「気になる投稿?」
「ソーラスをプレイしていたプレーヤーがゲーム中に忽然と姿を消した事件が何件かあったそうだよ。残された部屋にはゲーム画面が表示されたままだったとか」
「それってゲーム中に誘拐されたとかじゃなくて?」
「そういう可能性も排除できないだろうけど、誘拐ならその後なんらかのコンタクトがあってもいいだろ? 投稿者がいうにはそういう事実はないらしい」
「その投稿者ってどういう人なの?」
「さぁ、自称ジャーナリストとあるけどね……ただ僕はね、彼らはゲームの世界に行っちゃったような気がするんだ」
「おいおい!怖いこと言うなよ」
「怖い? 柏木、俺とお前が消えちまってもこのクラスじゃ誰も気にとめないぜ。もう俺らは奴らにとっちゃ消えてるようなもんさ」
 いつも冷静な矢島の激しい口調に直冬は気押され、言葉をうしなった。確かに矢島の言うとおりだった。

「まあ都市伝説みたいなものだから気にするな。さてそろそろ帰るとするか」
 矢島はいつもの調子に戻ると、残りの缶コーヒーを飲み干して立ち上がった。

 自転車通学の矢島と校門のところで別れると、直冬は駅に向かった。
 改札を抜け、反対ホームに繋がる地下道で意外な人物を見かけた。
 リュックを肩に掛け、壁にもたれて携帯に見入っている。短い制服のスカートから伸びる白い脚がまぶしい。綾瀬美月だった。
 彼女は今頃、打ち上げに参加しているはずだ。なぜここにいるんだろう。
 いずれにせよ直冬には関係のない話だ。こっちが一方的に想いを寄せているとは言え、相手からすれば直冬の存在なんか空気みたいなもんだ。
 足早に通り過ぎることにした。

「ねぇ……クラスメイトにそれはないんじゃないかな?」
 綾瀬が通り過ぎる直冬の背中に声を掛けた。ビクッとした。
「シカト、あんまり気分良くないよ」
「ごめん。あんまり話したことなかったから」
「ん? そう言えばそうかな」
「あの……打ち上げには行かなかったの?」
「ああ、私ああいうの苦手だから……それに用事があったからね。パスした」

 なんの用事か気になったが、今こうやって綾瀬本人を目の当たりにすると、口は渇くし、声は震えるわで、どうにも落ち着かない。
 妄想の中で綾瀬にいろんなポーズを取らせて、自慰行為にふけっていることを思いだし顔が赤らむ。
 こんなときに気の利いたことの一つも言えない自分が情けなかった。
「じゃ、さよなら」
 なんとか右手を小さく挙げて、立ち去ろうとすると、綾瀬がその手を掴んだ。
「待って! 柏木に用があるの」
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