へたれが美少女に恋したら異世界に来ていた

tori

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  綾瀬は泣き止むと「帰ろう」とだけ直冬に言った。
  帰り道、二人は終始無言で歩いた。

 沢井が投げた箱は角がひしゃげてしまっていたが、中身には支障は無かった。緩衝材が守ってくれた。本体ケースの横蓋を開けてグラフィックカードを取り付ける。配線類を繋いで、LANケーブルをモデムに接続し、電源を入れると、綾瀬の部屋の大型テレビに「ようこそ」の文字が現れた。

「おおっ!」
 そばにしゃがんで作業を見守っていた綾瀬が唸る。
「やっぱり頼んでよかった。こんなのわたしじゃ絶対無理」
 綾瀬に感心したように言われると、大した作業でもないのに、誇らしい気分になる。
「そうだ。私、ちょっとキッチンに行っていい?直冬もおなか減ったでしょ。なにか作るよ」
 綾瀬は思い出したように立ち上がった。
「うん、まだドライバを入れたりしないといけないから、あと少し時間かかるかな」
「ドライバ?......まあいいや、じゃあ、行ってきます」
 綾瀬はそういうと部屋を出て行った。

 直冬はグラフィックカードに付属しているドライバ用ディスクをトレイに押し込んだ。 インストールのボタンをクリックする。ぼんやりとそれが進行するのを眺めてたら、朝からの疲れがどっとあふれだしてきて、ソファに深く身を沈めた。

(でもこれでほんとにいいんだろうか?)

 沢井は人の女に手を出すなと言った。二人はやっぱり付き合っていたんだ。駅前での出来事のあと、沢井はいつの間にか居なくなっていた。
 綾瀬はあのとき、なぜ泣いたんだろう。
 沢井とケンカしたから? 明るく振舞っていたけれど、彼氏とケンカして心穏やかなはずがない。沢井のことが気になって仕方ないはずだ。冷静になって考えると、沢井の気持ちもわかる。自分の彼女が別の男と買い物から帰ってくる現場に出会したんだ、切れるのも無理はない。ほんとなら一発くらい殴られたって文句は言えないところだ。
 直冬はあの時、綾瀬がそのまま沢井と行ってしまうんじゃないかと思った。
 もしそうなったとしても、きっといつものようにヘラヘラ笑いながら、それを見送っていたに違いない。でも綾瀬はそうはしなかった。直冬との約束を優先させた。

(もうそれだけで、十分だ。二人の仲が壊れたら僕のせいだ。やっぱりあのとき、消えたほうが良かったのかもしれない)

 ドライバのインストールが終わると再起動を待って、ストームからソーラスのダウンロードを開始した。それが終ると自動的にインストールするように設定する。あとは綾瀬一人でもできるはずだ。

「食事の用意できたよ」
 綾瀬が顔を覗かせた。白いTシャツと赤いキュロットスカートに着替えていた。これはこれでまた可愛い。
 直冬は頷きそうになる自分を叱咤した。

「あとは、ダウンロードが終わるのを待つだけ。自動的にインストールされる設定にしておいたから」
「あ......ありがとう。じゃその間に食事しようよ。ハンバーグ焼いたんだ」
 直冬の様子が変なのに綾瀬は気づいたのか、不安そうにいった。
「ごめん......俺帰るよ」
 さっと綾瀬の表情が一変した。
「なんで急にそんなこと言うの?……さっきのこと、気にしてるの?」
 してないなんて嘘はつけない。しかし、言葉を選んでる間に、綾瀬が先にいった。
「ねぇ、せっかく直冬の分も焼いたんだし、食べていって。お願いだから」
 綾瀬は泣きそうな顔で言った。そうまで言われて断れるはずがない。もし世界中でそんな男がいるなら教えてほしいくらいだ。
「わかった。じゃあご馳走になるね。実を言うとお腹ぺこぺこだったんだ」

 テーブルに並べられた料理に、直冬は目を丸くした。
「これ全部綾瀬が作ったの?」
「あり合わせの材料でごめんね」
 あり合わせで、これなら家の食事はどうなるんだろう。
 広いテーブルにはハンバーグはもとより、きれいに盛り付けられたサラダ、ベーコンとほうれん草の炒め物、きんぴらごぼうに、さといもの煮転がしが所狭しと並んでいる。なぜかそーめんまで茹でてあった。

(そーめんはどのタイミングで食べたらいいんだろう)
とても悩むところだ。

「週に一度、家政婦さんが食材を適当に見繕って買い置きしてくれるの」
「そっそうなんだ」   
「今、お味噌汁温めるね」
 二人分の味噌汁を小さい鍋に移すと、IHに載せる。薬味のネギを手慣れた様子で刻む。

「意外だなぁ。綾瀬が料理得意なんて思わなかった」
「そう?直冬の中では、わたしってどんなイメージなのよ?」
「そうだね。ラーメン食べる時髪を片手で抑えながら、一筋づつチュルチュルみたいな?」
「なにそれ!キモイ、ラーメン食べる時はね、こう!」
 綾瀬は顎を反らすと、髪を後ろで束ねてゴムでくくった。
 ポニーテールの綾瀬をみて、直冬は思わず、スマホを取り出しそうになった。
(沢井ごめん、あとで何発殴られてもいい。ごはんは食べていくよ)
「ん、どうしたの?」
 見とれている直冬に、綾瀬が聞いた。
「実は俺、ポニーテール萌えなんだよ」
「キョン?」
「え?」
「ほら、冷めないうちに食べよ」
「うん、いただきます」
 直冬はハンバーグを口にした。
「どう?」
 綾瀬がその様子を不安そうに、見つめている。
「アニメとか漫画なら、綾瀬みたいなキャラが料理つくると、黒焦げだったり、塩っぱすぎたりするのがお約束なんだ。で、そのギャップが萌えポイントなんだけどね」
「ふむふむ」
「でも、このハンバーグは絶品や!」
 お世辞じゃなかった。
 心底うまいハンバーグだった。他の料理もみんなうまかった。
「ホント?良かった。実はまだ人に食べてもらったことなかったから、心配だったんだ」
「そうなの?」
「わたしね、家ではいつもごはん食べるのひとりなんだ。パパは仕事場の近くのマンションにずっと居るし、たまに帰ってくるときもあるけど、居づらそうにしてるよ。わたし反抗的だからね」

「沢井は来ないの?」
 気になっていたことを思い切って聞いてみた。
「彰太を家に呼んだことはないよ。部屋まで入れた男は直冬が初めて......」

(男って......まあ、それはゲームをインストール必要からだろうしな)
 でもそれはけして悪い気はしなかった。

「とすると、ジャージのこと知ってるのも俺だけなんだ」
「もう直冬のイジワル!」
 ぷぅーとふくれっ面の綾瀬が、台ふきを投げつける。
「あのさ、綾瀬は沢井と付き合ってるんじゃなかったの?」
「付き合っていないよ。周りじゃそう思ってる人もいるけどね......彰太そう思わせてるところもあるし」
「俺、ふたりのことお似合いのカップルだと思ってた」
「彰太のことは好きだよ......中学のとき両親が離婚したのね。それまで幸せな家庭だって思っていたのに、わたしが知らないだけで、実はボロボロだとわかったとき、つらかった......彰太とはその頃知り合ったの......あいつ強引だから、あちこち引っ張り回してくれた。それで気持ちが楽になったんだ。だからあいつには感謝してる」

 直冬の茶碗が空になってるのに気づいた綾瀬はごはんをよそう。
「付き合ってくれと何度か言われたよ。でも一緒に居てわかったの。彰太とわたしじゃ合わないって.....彰太はみんなでワイワイ騒ぐのが好きだけど、私はそういうの苦手なんだ。ラノベやアニメが好き、直冬と同じオタクなんだ」
「アニメもみるんだ」
「ジグリのアニメはみんなみたよ!直冬もみた?」
「あっ、うん」
 実を言うと、直冬の専門は深夜アニメの方だ。

「アニメとか見るの幻滅した?」
「そんなことないさ、でもちょっと驚いた。綾瀬ってそういうの軽蔑してるのかなと思ってた。いつもクールで、俺みたいなのは眼中にない、脚のきれいな女の子というのが、綾瀬の印象だったから」
「なによそれ?わたしの一番嫌いなタイプじゃない......でも脚のきれいな女の子というのでチャラにしてあげる。ひょっとして直冬って脚フェチ?」
 君の脚をみて、目を奪われない男なんていないよ。そう言ってあげたかったけど、恥ずかしくて口ごもってしまった。
「でも良かった。昨日何を着ていくかずっと悩んでいたんだけど、正解だったのかな」
 あのデニムのホットパンツを自分のために選んでくれたと知って、直冬は嬉しいような、恥ずかしいような気持だった。
「おなかも膨らんだことだし、ソーラスやろうぜ!」
「うん!」
 綾瀬はとびきりの笑顔で頷いた。
 
 
 どうやら大型アップデートが入ったらしく、インストールはまだ終わっていなかった。
「これは結構、時間がかかるかもしれないよ」
「そうなの?」
「大型アップデートの上に、夏休みだからサーバーが混み合っているんだと思う」
 ダウンロードを表す青いバーが遅々として進まないの見て、直冬は言った。
「そっかぁ」
 綾瀬はあくびをかみ殺して言った。
 無理もない。綾瀬は今日のアキバ行きが楽しみで、昨日はほとんど眠れなかったらしい。
 
「眠い?」
「うん、でもがんばる......」
 綾瀬は健気に答える。
「直冬は?」
「僕は大丈夫だよ。でもまだ時間かかりそうだし、今晩はこのまま放置しといた方がよさそうだよ。明日にでもまた様子を見に来るよ」
 すでに時計は十一時を指していた。終電の時間も気になる。まさか泊まっていくわけにもいかない。
「ええ? もう遅いから泊まっていきなよ」
「綾瀬が僕を信頼してくれているのは嬉しいけど、やっぱりそれはだめだよ。まだ知り合ったばかりだし、けじめってもんが必要だと思うんだ」
「そうね……わがまま言ってごめんね」
「いいよ、いいよ。でも、どうして?」
「不安なんだ。前は一人で居ることなんて全然へっちゃらだったのに、最近、とても怖いときがあるの」
 綾瀬は表情を曇らせた。
「そうか。わかったよ。僕なんかで不安が紛れるなら、泊まっていくよ」と、直冬は言った。
「ほんとに! やったあ」
 無邪気にはしゃぐ綾瀬の笑顔を見て、直冬は心の底から彼女を愛おしいと思った。
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