へたれが美少女に恋したら異世界に来ていた

tori

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アキバ

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「明日、十時に駅でいいかな?」
 綾瀬からメールを受け取ったあと、直冬はしばらく考えてから返信した。返事は五分もしないうちに来た。顔文字いっぱい使って了解と。

「携番とメルアド交換しておこう」
 電車の中で綾瀬がそう言ったとき、直冬は少し渋った。三枝のような奴がいるかぎり、教室で自分のスマホがまたさらしものにされるかもしれない。そのとき綾瀬の名前が見つかったらと考えると、恐ろしかった。
しかし、綾瀬は躊躇っている直冬のスマホを取り上げると、自分のメルアドと携番を素早く連絡帳に打ち込んだ。
「これでOK!」
 無邪気に微笑む綾瀬を見ながら、どうせもう使う機会はないのだから、すぐに削除しようと直冬は思った。それが早速役に立つとは……おかげで、夏休みを気まずい気分で過ごさなくてすむ。

 結局、その夜はゲームをやる気分じゃなかった。ソーラスを早めに切り上げて、ベッドに入った。なかなか眠れない。どうしても綾瀬のことが頭をよぎる。
 今までだって、気になる女の子のことを考えたことはある。でもそれはいつでも遠い存在で、告白したいとか付き合いたいとか、そんなことは考えもしなかった。最初から諦めていたのだ。

( それなのにさっきはどうして嫉妬なんかしてしまったんだろう。)

 沢井と綾瀬はお似合いのカップルだ。直冬じゃなくてもそう思う。そこに自分が割り込むなんて滑稽な話だ。でも一方で、綾瀬が家の用事で出かけたと知って、ほっとしてる自分がいる。一緒にパソコンを買いにいくのを頼まれただけの関係、たったそれだけなのに、 もう以前と同じように綾瀬美月を見ることはできない。アイドルに熱をあげるオタク、それが今までの綾瀬への気持だった。相手の感情なんて一切考える必要はない。相手だって自分のことを知らないんだ。どんな破廉恥な妄想だって自由だった。
 しかし、彼女の素顔に触れてしまった今は違う。綾瀬は直冬を一人のクラスメートとして誠実に向き合ってくれた。だから、あんなメールを送ってきたのだ。上から目線でも、変な同情でもなく、気分を害した友人を気遣うように……
 恋愛感情はひとまず置いておいて、まず綾瀬に自分が信頼できる人間だと思われたい。直冬は強く思った。
 その夜、直冬はオナニーをしなかった。あの合格発表の日、綾瀬に初めて会ったときから、日に二度も三度も彼女をオカズにしこり続けたというのに……

 待ち合わせに選んだ駅で電車から降りると、ホームの端に綾瀬の姿を見つけた。チェーンのショルダーバッグを肩にかけ、白いキャミソールにデニムのショートパンツというラフな格好が、手足の長い彼女にはよく似合っていた。スマホを耳に当ててるのは、友達にでも電話してるんだろうか。声を掛けるのを少し躊躇った。

 ポケットのスマホが突然震えた。
「遅い!今どこ?」
 電話にでるなり綾瀬の声がした。

(え?僕にかけてたのか......まだ九時半なのに、気合いはいってるなぁ)

「あっごめん、いま着いたよ」
「えっ、どこどこ?......あっほんとだ」
 直冬を見つけた綾瀬は、はじけるような笑顔で手を振った。

 夏休み初日ということもあり、ホームには直冬たちと同い年くらいの若者が目につく。
「直冬はアキバよく行くの?」
 名前で呼ばれて、直冬は不覚にもきょどってしまった。
「えと 名前で呼ばれるの嫌だった?」
 直冬が返事しないので、綾瀬が心配そうに聞いた。
「あっいいよ!」
「良かった。じゃわたしのことも美月でいいよ」
 呼ばれる分には大歓迎だが、呼ぶのは少し恥ずかしい。女の子を名前で呼ぶなんて幼稚園以来、絶えてない。
「えっ……でもそれなんか友達みたいだし」
 ついはずした返事をしてしまった。
「が〜ん ……友達じゃなかったんだ」
 美月はしくしく泣くポーズを取った。
「違う、違う!友達や……ごめんな。僕あんまりこういうの慣れんくて」
 直冬は慌てて言った。
「慣れてないって?」
「あんまり女の子と話したことないんだ。だからなんかテンパっちゃって」
「そっか。でもそれって別に悪いことじゃないよ。慣れすぎているより私はいいと思うよ。だから直冬が私のことを美月って自然に呼べるまで待つね」
 何かそれについて言おうとしたけれど、電車がホームに入ってきた。
「乗ろう」綾瀬は直冬の手を引っ張った。

 秋葉のショップで目当てのパソコンを手に入れたときはすでに一時近くになっていた。ソーラスモデルはどこも入荷待ちで、ようやく個人がやっている小さなお店でそれを見つけた。
 フルタワーのPCだけに、重量は十キロは軽く超えていそうだ。
「宅配もできるよ?」
 店主が聞いた。
 綾瀬は少し戸惑っているようだ。まあこの箱のデカさを前にすれば無理もない。
「あっ、大丈夫です!持って帰りますから」
 直冬は横から元気よくいった。
 わざわざ店まで買いにきたのは、すぐにソーラスをプレイしたいからだ。綾瀬をがっかりさせたくない。
「持ちやすいように取っ手付けとくよ。でも頼もしい彼氏だよね」
 店主は綾瀬に笑いかけた。
 全力で否定的する直冬を押しのけて綾瀬は支払いを済ませた。



 直冬は人混みの中、Tシャツの背中をぐっしょり汗で濡らしながら運んだ。
「おなかすいたね。どっかでお昼にしようか。直冬も疲れたでしょ?」
 先を歩いていた綾瀬が振り返った。
 脇を行く通行人の視線を感じる。この冴えない奴がこの女の子の連れ?きっとそんな風に思ってるんだろう。

 直冬は送別会のときの野上の話を思い出した。

――東京に行けば彼女ができる

 現実は彼女どころか、クラスの女子からは黴菌扱いだ。うっかり身体が接触しただけで、まるで犬の糞でも踏んづけたみたいに露骨に顔をしかめられる。
 いったい自分が何をしたんだろう? アニメ原作のラノベを読んでいただけだろ。
 好きなアニメヒロインの写真を集めることが、そんなにキモいことなのか?

( 確かに僕たちはキモオタだ。同人誌も買えば、アニメだって見るし、フィギュアも何体か持っている。魔法少女だって大好きだ。そしてそんな趣味を尊重してくれとも思わないし、好意を持ってくれなん厚かましい気持ちもさらさらない。だがな、人をばい菌みたいに扱うのは勘弁してほしい。オタクだからって人間辞めたわけじゃないんだ)

 直冬は心の中で熱く演説していた。

「道の真ん中で百面相?......直冬って面白いね」
 ふっとその声に我にかえったら、鼻がひっつくほど近くに綾瀬の顔があった。
「で、ごはんどうする?なにか食べたいものある?」
 小首をかしげて綾瀬が聞く。
「綾瀬が食べたいっ」
「へ?......」
(馬鹿、なにとちってるんだ僕。そうじゃなくて・・・)
「あっ、その......そうじゃなくて、綾瀬が食べたいものなら、なんでもいいよ。でもすぐにでもゲームやりたいだろ。 セットアップとかもあるし、早く戻らないと......あははは」
(うまくごまかせたかな)
 綾瀬の様子を伺っていると、日が差したように明るい表情になった。
「まじ?ありがとう!じゃ速攻帰ろう。そんで直冬がセットアップ?してる間に、わたしご飯つくるね」
 思わぬ展開に直冬は、勇気倍増、十キロ超えのパソコンも軽やかに駅に向かって歩き出した。

 帰りの電車の中で、ふたりはソーラスについて、あれこれと話した。
 綾瀬は昨日、かなり遅くまでソーラス関連のサイトやブログを見て回っていたらしい。結局、あの塔がどのゾーンにあるのか特定することはできなかった。
「あのね。最初はあの塔のことがきっかけでソーラスをやろうと思ったんだけど、昨日色々調べているうちに、ゲーム自体に興味がでてきたんだ。だから今すっごく早くやりたい気分なの」
「うん、きっとはまると思うよ。ゲームオタクの僕が言うんだから間違いない。今までのRPGとは全然違うんだ」
「でも、ゲームあまりやったことないから、大丈夫かな」
「ソーラスは一応クリアする目標もあるんだけど、それはおまけみたいなもんなんだ。このゲームの売りは広大なマップとリアルなグラフィックで描かれた世界で、自分なりの楽しみ方を見つけることにあるんだよ」
「そういうのいいな。私、ファンタジー小説が大好きなの。小説だけじゃなくて、映画とかアニメも観るんだ。こことは違う世界で暮らす自分を想像したりするんだ」

 直冬は綾瀬のリビングで見つけたラノベを思い出した。美人で、お金もあって、頭も良い、リア充の綾瀬の意外な一面を見たような気がした。そう思う一方で、綾瀬と無邪気にゲームの話をしていられる時間がずっと続けばいいのにと願った。

「さあ、もう少しでゴールだから、直冬、がんば!」
 綾瀬に背中を押されて改札を抜けたところで、直冬は立ち止まった。
「よう美月、用事は終わったのか?」
 沢井だった。
「うん......」
 綾瀬は頷いた。
「そりゃよかった。じゃぁ遊びに行こうぜ」
 綾瀬は黙っている。
 直冬もどうしていいかわからず突っ立ていた。

(これって浮気現場を押さえられた的シチュエーションなんだろうか。だとしたら僕は消えたほうがいいのかな)

「今日は無理......これから柏木にこれのセットアップしてもらうから」
 綾瀬はパソコンの箱を見ていった。
「柏木? どっかで見た顔だと思ったら、オタクくんか。あとは俺がやっから、それ置いてとっと帰りな」
 沢井はそう言うと、直冬の耳元に口を寄せて
「オタのくせに、人の女に手だしてんじゃねーよ」
 沢井はそうすごむと、箱の取っ手を直冬から取り上げた。
「それじゃ」そう言いかけたとき、綾瀬がいった。
「彰太、ごめん......今日は帰って。わたし柏木に頼んだんだ」
 それから直冬の方を見て、「直冬、行こう」そういって手を引っ張った。

 次の瞬間、沢井が十キロ超えのパソコンの箱を砲丸投げみたいに勢いをつけて、放り投げようとするのが見えた。直冬は咄嗟に、それを阻止しようと身体を投げ出した。直冬は吹っ飛ばされたが、パソコンの箱はそこにぽとりと落ちただけだった。
 バシッ!綾瀬が沢井の頬を叩く音が響いた。

「大丈夫?けがしなかった」
「うん、僕よりパソコンの方......一応緩衝材入ってるから大丈夫だと思うけど」
「ばかっ」
 綾瀬は起き上がろうとする、直冬の肩を揺すって泣き出した。

 沢井の姿はもうなかった。

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