君の血を吸わせないで(旧題 赤羽朔夜は吸血鬼ではありません!)

ヨドミ

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11話 朔夜は悩みを解決するため兄、深月を訪ねる

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『赤羽は俺のダチだから』

 瀬崎に友達宣言されてからというもの、朔夜は悩み続けていた。
 
(僕は瀬崎のこと、友達と思えないよ)
 
 彼とは秘密を共有する仲である。弱みを握られている朔夜は、圧倒的に立場が弱い。加えて瀬崎から与えられる快感の虜になりつつある。
 ますます彼から離れられなくなる可能性に怯えていた。

 全くもって健全ではない。
  
 瀬崎との距離感を掴めないまま、夏休みに突入した。
 帰省の準備をしないでいると「実家帰らないんなら、俺の家に来るか?」と瀬崎に誘われた。
 セックスをした相手の家で寝泊まりするなんて、考えただけでゾッとする。
 瀬崎は曇りなき眼で、こちらの返事を待っていた。
 黙っていたら連れて行かれそうな気がしたので、「いや、実家に帰るよ」と丁重にお断りする。

 「そうか……」
 
 逆立たせた金髪に垂れた犬耳の幻覚が見える。
 しょんぼりする瀬崎に、朔夜は慌てて言った。
 
 「僕じゃなくて佐田くんや右京くんを誘ったほうが楽しいんじゃないかな」

 咄嗟にしては悪くないフォローだ。
 意気揚々とする朔夜と打って変わり、瀬崎はなぜか不満げにそっぽを向く。
 何の面白みもない朔夜を誘いたがる瀬崎は、やはり変わり者だ。

 瀬崎と距離を取りたいのは本心だが、嘘はついていない。
 実際、朔夜は帰省する計画を立てていた。

(と言っても、帰る家はないんだけどね)

 朔夜が高校に入学すると同時に、両親は持ち家を引き払い、自由気ままな旅暮らしをはじめた。兄二人も各地を転々としている。
 両親と兄二人は吸血種であることを隠そうとしない。よって数年もすれば周囲に吸血種だとバレた。
 何を言われようが気にしない人たちである。けれど嫌がらせに耐えられるかどうかは別問題だ。
 そんなこんなで、赤羽家は数年に一度は住む場所を変えていた。
 住居が変わったら連絡する、というのが赤羽家のルールである。

 誰がどこにいるかは把握している。
 けれど吸血種であることを楽しんでいる両親たちに会いたいと思わず、去年の夏休みは寮に引きこもっていた。

 今年も家族に会うつもりはなかった。
 けれど事情が変わった。
 吸血衝動の周期が不安定になっている今、事情を知る瀬崎の存在を一人で抱えるには荷が重い。
 苦肉の策として、朔夜は年の近い兄――深月みつきを訪ねることにしたのだ。
 

 お盆前後。
 寮から約三時間、在来線を乗り継ぎ辿り着いたのは、とある無人駅である。
 駅前周辺には古びた喫茶店と雑貨屋があるのみ。
 客待ちするタクシーが数台止まっている。
 運転手たちは朔夜に目もくれず、新聞を読んだり、寝たりとやる気がない。

「ここで合ってるよね……」

 スマホで駅名を何度も確認する。間違っていない。
 ここから徒歩で三十分以上の距離だ。
 バスの時間に合わせてきたはずが、何度スマホで時間を確認しても、来る気配がない。
 無駄に広いロータリーには、陽炎が揺らめいていた。背負ったリュックが肩に重くのしかかる。

 諦めてタクシーに乗ろうとしたら、目の前に一台の軽トラが滑り込んできた。

「おにーさん、どこまで行くの? 乗せたげようか」

 軽トラの運転手が声をかけてきた。サングラスに白銀髪の男である。長い前髪がキザったらしい。
 怪しい見た目に、朔夜は身を引く。

「朔クン、俺だよ、俺」

 白銀髪の男は慌てた様子で窓枠に腕をのせ、身を乗り出した。砕けた口調に少し高めのテノールに聞き覚えがある。
 
「月兄……?」

 つき兄――深月みつきは、サングラスを額にずらし、漆黒の瞳を細め笑った。
 朔夜と同じく下瞼に薄い隈がある。吸血種の特徴だ。


 軽トラに乗りこみ、駅を離れて数分後。
 両側に田んぼが広がる砂利道を、軽トラは砂ぼこりをあげ走り抜ける。
 座席はガタガタと揺れ、朔夜は舌を噛みそうになった。おまけにクーラーが故障しているせいで、灼熱地獄である。
 ぬるい風で余計に体温があがり、背中がじっとりと汗ばんだ。
 Tシャツが肌に張り付いて気持ちが悪い。
 朔夜は背筋を伸ばし、シートから背中を浮かせた。
 
「俺が朔クンとこに行った方がよかったんじゃない?」
「月兄、目立つからやだよ」

 朔夜はリュックからコーラを取り出す。
 ペットボトルを傾ければ、喉の奥で冷たい炭酸がはじけた。コーラを飲みながら、隣で鼻歌を歌う深月を盗み見る。

 高校入学前に会ったとき深月みつきの髪色はピンク色だった。今は目に眩しい白銀である。

(また女の子泣かせたんだな)

 深月みつきは恋人と別れると、まるで関係をリセットするかのように、髪色を変える。
 赤羽家でも一、二を争う切り替えの早さを誇る兄が朔夜は苦手だ。
  
「シルバーも似合うだろ」と深月は朔夜の気も知らず軽快に笑う。
 まともに相手にする気になれない。
 朔夜は窓の外に目を向けた。
 
「……どこに向かってるの?」
「着いてからのお楽しみ」
 
 事前に調べてきた目的地とはずいぶん離れている。
 深月みつきが突発的に予定を変えることは珍しくない。逆らってものらりくらりと躱されるだけだ。朔夜は諦めて座席に深く背をあずけた。

 軽トラは狭い山道に入っていく。
 どこに連れて行かれるのか不安は募る一方だ。

 そうして軽トラに揺られること数十分。

「俺の城にようこそ」

 某テーマパークの城を思わせる建物を前に、朔夜は呆然と立ち尽くす。大きな看板には宿泊料金が書かれている。ホテルにしては派手な見た目だ。

「月兄、ここって……」
「見たとおりラブホ」

 ラブホ、正式名称はラブホテルだ。
 つまりここはセックスする場所なわけで。
 
「……俺、高校生なんだけど」
「こんなド田舎で誰も見てないって」

 深月みつきが言った直後、建物の一階に垂れ下がった大きなカーテンがめくれ上がった。
 出てきたのは黒塗りの車である。
 カーテンのむこうは駐車場のようだ。
 朔夜は運転席の中年男と目があい、何とも言えない気持ちになった。

「朔クン、こっちこっち」

 深月みつきはどこ吹く風、建物の角から朔夜を手招きする。
 今日は深月みつきに聞きたいことがあって、遠路はるばる会いに来たのだ。抵抗する気など元よりなく、朔夜は呼ばれるまま、兄を追いかけた。

 建物の裏手から屋内に入る。廊下の左右には扉が並んでいた。まるで高校の寮のような光景に、朔夜は目をぱちくりさせる。
 深月みつきは右側手前の扉を開き、どうぞと、朔夜を中へ促した。

 室内は冷房が効いていた。
 朔夜はホッとしながら、部屋を見回す。
 家具はこじんまりとした丸テーブルと椅子のセット、それにキングサイズのベッドが一台、それで全てだった。
 ラブホテル、イコール奇抜な内装を想像していた朔夜は、またしても目をしばたたかせる。
 
 部屋の片隅にはスーツケースが、中身を広げたまま置かれていた。

「月兄、ここに住んでるの?」
「うん、短期バイトでね。……ってメッセに書いてたよね」
「住み込みのバイトしてるとしか聞いてないよ」
「ここだといろいろ便利なんだよ」
「……まさかここで血を吸ってるの?」
「そのまさかだね」

 深月みつきが座るベッドで何がなされているのか想像してしまい、朔夜は眉をひそめた。

「朔クンは俺のセックスライフを詮索しにきたの? んなわけないよね。よる兄と俺のことめっちゃ嫌ってるモンね」
「嫌いじゃなくて、苦手なんだよ」
「それ一緒じゃん」

 まあまあとりあえず座れば、と深月みつきは自身の隣をポンポンと叩いた。

(そうやって女の子を誘ってるのか)

 朔夜は部屋にある唯一の椅子に腰をおろした。
 深月みつきは肩をすくめる。
 
 「で、用件は?」

 さっさと用事をすませたいのは朔夜も同様だ。
 口火をきってくれたのはありがたい。
 覚悟を決めてきたとはいえ、己の恥部をさらすのは勇気のいることだ。

 ためらうことしばし。

 深月みつきは急かすことなく、脚を組んで朔夜を見守っている。

「実は……」

 朔夜はぽつりぽつりと瀬崎との関係を語り始めた。


「前まではその、自分で処理したら治まってたんだよ。どうしてか最近、それだと物足りなくて……」

 瀬崎との関係を話ていくうちに、ふと嫌な可能性を思いついてしまった。
 血を吸いすぎて吸血種の本能が強まっているのではないか、という仮説だ。
 そんなことがありえるのなら、早急に手を打たなければならない。

(でも対策って何をすればいいんだ……)

 ひとり頭を抱える朔夜の耳に「朔クンにも春がきたんだね~」とのんびりした声が届いた。
 
 訳知り顔である。
 深月みつきは朔夜とは違い、血を欲しいままに摂取している。そんな彼はとても血に狂ったモンスターには見えなかった。
 であればこの衝動を抑える方法を知っているはずだ。

「月兄は経験したことあるの?」
「もちろん」
 
 焦る朔夜に対して深月みつきは、ニコニコと満面の笑みを浮かべている。
 菩薩のごとく優しい眼差しがかえって胡散臭い。
 けれど他に縋れる相手はいない。
 膝に手をおき前のめりになる朔夜に、深月みつきは一言。

「オナニーしても血が欲しくなるのは、そいつに惚れてるからだよ」
「……え?」

(今、なんと?)

 聞き間違いか。
 朔夜は「月兄、もう一度言って」と耳に手をかざし、お願いした。
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