君の血を吸わせないで(旧題 赤羽朔夜は吸血鬼ではありません!)

ヨドミ

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12話 深月曰く、「好きな相手の血は甘い」

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「自家発電しても血が欲しくなるのは、そいつを自分のモノにしたいって願望の表れだよ」
「さっきと言ってること微妙に違うよね!?」

(え、僕が瀬崎のこと好きで、独占したいって思ってるって? ありえないありえない)

「昔、話したよね。好きな子の血は甘く感じるって。瀬崎クンの血はどんな味がするの?」

 瀬崎の血の味は、何とも形容しがたいものだ。
 甘い時もあれば、しょっぱい時もある。
 正直に打ち明けると、「うーん、春だねえ」と深月みつきは繰り返す。
 
「ルームメイト、瀬崎クン、だっけ? 朔クンの秘密守ってくれるし、血もくれるんでしょ。脈ありじゃん。両想いおめでとー! どこに悩む要素があるの。そのコに一生面倒見てもらいなよ」
 
 深月みつきは羽のように軽い祝福を投げかける。

 どこから指摘すればいいのか。

 まず瀬崎が朔夜の味方でいてくれることについて。
 こればっかりは瀬崎の気分次第である。愛想を尽かされるかわからない相手に依存するのは自殺行為だ。
 高校卒業まで関係が続けば御の字。そんなレベルの話である。
 
 そもそも。
 
(僕は男で、瀬崎も男なんだよ。何がめでたいだよ、クソ兄)

 薄氷を踏むような関係性である。
 明るい将来なんて想像できない。
 
「そんなのありえない」
「なんで?」
「僕、血を吸うんだよ」
「俺も吸うよ」
「吸血種じゃない人からしたら、僕たちって化け物なんだよ」
「え~、俺たちと血を飲まない人とは遺伝子レベルでは同じで、たいした違いはないんだよ。足の速い人と遅い人くらいの違いしかないんだって。朔クン、ちゃんと学校の授業受けてんの?」

 事実、吸血種である朔夜たちは、不老不死のモンスターではない。他の人間と異なるのは、血を飲む、ただそれだけだ。
 けれど人は同族を傷つける存在を排除しようとする。
 当たり前の摂理だ。
 現に朔夜は体育祭の時に、上級生に絡まれ、魔女狩りのごとくつるし上げられた。

「そんなにビクビクするんなら、海外のヴァンパイアスクールに通えばよかったじゃん。誰も知りあいのいない土地で生活すんの、刺激的で楽しいよ」

 日本より海外のほうが吸血種に理解がある。
 ヨーロッパには、吸血種に対して優遇措置を設けている国もあるのだとか。
 同じ種で固まっていれば、それはそれで居心地がいいのは想像に難くない。
 
 けれど。
 
「……僕はただ静かに生きていきたいだけなんだよ」

 吸血種だから特別視されたいわけでも、ましてや差別されたいわけでもない。
 圧倒的少数派が平穏に生きるためには、大多数に嫌悪感を抱かせないよう、ひっそりと生きていくのが賢い選択だと個人的には思っている。

「朔クンって、マゾっ気あるよね」
「月兄はもっと考えて行動したほうがいいと思うよ」
「えー、だって我慢する必要がどこにあんの?」

 深月みつきはジーパンの尻ポケットから煙草の箱を取り出し、唇に挟んだ。ベッドのヘッドボードにあるライターに手を伸ばしたが、朔夜をちらりと見やると手を引っ込めた。

「まあ、朔クンの気持ちはわからんでもないけどさ。えっと、何の話だったっけ。あ、射精しても血を吸いたくなるんだよね」

 もっとオブラートに包んだ言い方ができないものなのか。深月みつきの無頓着さに呆れつつも、朔夜は答えた。

「うん。そういうときって、月兄にもあるの?」
「俺? 俺は同時にヤッてるからなあ」
「……同時って」
「セックスしながら血を吸うんだよ」

 激しい運動をしながらそんなことをすれば、相手は苦しむに決まっている。

(やっぱり、月兄も好きになれない)

 軽蔑の目をむけると、深月みつきは煙草をくわえた唇をにやりと歪める。

「朔クン、俺の特技忘れたの?」

 深月みつきは唇を引っ張り、犬歯を剥き出した。

 忘れたわけではない。考えたくなかっただけだ。
 深月みつきは血を飲んだ相手を催眠状態にすることができる。
 例えば痛覚を遮断する暗示をかければ、吸血しながらセックスしても、相手は不快感を覚えない。
 けれど相手にダメージがあることに変わりはないではないか。

 何とも言えないでいると、深月みつきは肩をすくめた。

 赤羽家は血を介して人の意識に干渉することができる能力を有している。吸血種で異能持ちはさらに数が少ない。

 とはいえ、朔夜は無能力者である。

 そのうち朔夜も開花するよと家族は請け負った。
 血を吸う衝動をなんとかするのに忙しいうえに、そんな能力に目覚めでもしたら悩みの種が増えるだけである。

「そういや俺、血を貰うときに相手の体調、気にしたことなかったなぁ」

 参考にならなくてごめんね、と深月みつきはウィンクする。
 それは人としてどうなんだと思うも、まともな神経で深月みつきと渡り合ってもこちらがすり減るだけである。
 朔夜は肩を落とした。

 吸血種であることを受け入れている深月みつきに、相談しても納得のいく回答は得られない。
 予測はしていたが、ここまで残念な結果になるとは思っていなかった。

(僕、少しは期待してたんだな)

 苦手だろうが、家族である。
 心の奥底では、頼りにしていたようだ。

 用事は終了した。

 とにもかくにも、早くここから立ち去りたい。
 朔夜はスマホを取り出した。なんと圏外である。
 道中は普通に使えていたので、建物内だけ電波の入りが悪いようだ。

「お相手のことが好きじゃないんならさ。いっそ食料って割り切ればいいんじゃない?」
「……は?」

 深月みつきは煙草に火をつけ、煙を吐き出した。
 両親や兄二人は吸血種であるのだから血を求めるのは当然だと言ってはばからない。
 その生き方を否定するつもりはない。
 しかし、こちらにその考えを押しつけるのはどうかと思う。

「朔クン、そんな顔もできるんだね」
「……どんな顔だよ」

 朔夜は頬に触れた。引きつった頬をほぐしていると、深月みつきは柔らかく笑った。
 
「その友達が大事なんだね」

 ごめん、空気読めなくて。

 深月みつきは髪を無造作にかき上げた。白銀色の前髪が額にかかり、儚げな印象を与える。
 黙っていればどこぞの王子様と言われても信じてしまう雰囲気である。
 
 そっけないと思えばこちらに寄り添うような素直さを見せる。人たらしここに極まれり、だ。

「……そういうところ、直したほうがいいと思う」
「え~、割と女の子には評判いいのにな。お兄ちゃん、傷ついちゃった」

 深月みつきは芝居がかった泣き真似を続ける。
 外に出てタクシーを呼ぼうと、朔夜は深月みつきに背を向けたと同時に、肩を引っ張られる。

「ちょっと、何するの――」

 いい歳してマイペースにもほどがある。
 振り返りざま、文句を言おうとしたら、右耳に激痛が走った。

「――!」

 ぶつりと耳元で皮膚の破れる音がした。
 骨から伝わる音に、朔夜は既視感を覚える。
 数年前、ささいな喧嘩で同じところを深月みつきに噛まれた。あやうく噛み千切られるところだったが、現在、穴は塞がっている。
 そこにふたたび鋭い犬歯が食い込んだ。

「お、穴開いた~」

 深月みつきは嬉しそうに、朔夜の耳たぶを摘まんだ。
 突然のことに朔夜は陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクとさせる。
 その間にも深月みつきは自身のピアスを外し、朔夜の右耳に取り付けた。

「これでヨシ」
「何がだよ!」

 右耳の感覚がない。
 触れると爪に血がこびりついた。
 ピアスを外そうと小さい金属片を掴むも、指が滑る。そもそも取り外し方が判らなかった。

「これとってよ」
「いいから付けとけって。吸血衝動を抑えるツボなんだからさ」
「嘘だ。そんな話、聞いたことがない。仮にそうだとしたら、僕がとっくに調べあげてるよっ」
 
 何を言っても深月みつきはピアスを取り外してくれない。
 朔夜は扉に張り付けてある全身姿見に噛り付いた。
 血がこびりついた耳たぶに、赤いピアスがお行儀良く収まっていた。
 伸びた髪で、ピアスを隠すことができるのが、不幸中の幸いである。
 朔夜の通う男子高は身なりに寛容だ。特に注意を受けることはないけれど、望んでいない装飾品を身につけるのは不快である。

(帰ったら瀬崎に外し方聞こう)

 明確な用事があれば、話しかけるをためらう必要はない。
 話しかけるきっかけができて浮かれている自分が情けなくなってきた。
 きっかけが深月みつきであるのもしゃくに障る。
 
「日も暮れてきたしさ。今日は泊まったら?」
「寮の門限すぎるし帰る」
「いやいや朔クンがこんな辺鄙へんぴなところに日帰りで来る予定立てるわけないじゃん。最寄り駅あたりにホテル、取ってるんでしょ?」

 さすがは腐っても兄である。すべてお見通しだ。
 寮長に外泊届を提出して、ビジネスホテルを確保済みであることがアダになるとは。

 「……キャンセル料、払ってくれるなら、ここに泊まるよ」と朔夜は観念し、背負ったリュックを下ろす。
「オッケー。じゃあ今日は兄弟水入らずオールしようぜ。朔クン食べたいものなんでも頼んでいいよ」 

 深月みつきに渡されたメニュー表を片手に、朔夜は肩を落とした。
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