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第3章:彼女の浮気を疑いたくない
4. もう……知るしかないのかな
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「きみが疑ってるのは、というより耐えられないのは、自分にも言えない秘密をほかの男と共有してること。その事実と向き合うのが怖いんだ」
「何言って……」
「確かにきみは、彼女の浮気は許容出来るんだろう。それが欲望で身体を使うだけのセックスなら、相手が誰でも快楽を得るための道具と同じだからね。だけど、秘密は違う」
葦仁先生の鋭い視線は、これまでと打って変わって悲痛な表情を見せるソウタさんの瞳に固定されている。
「好きな女がほかの男に身体を開くのは許せても、心を開くのは許せない?」
「やめろ……」
「一緒に暮らしてはいても、一番に頼られるのが自分じゃなかったのが悔しい? そう信じてた自分がバカみたいだって思い知るのが?」
「やめてくれ!」
ソウタさんが微かに震える声で訴える。
「もう……それ以上、言うな……お願いだから……」
一呼吸おいて、葦仁先生が頷いた。
「わかった。カウンセリングはここまで。西園寺さん」
「はい」
「F4のボードと、4色分の小皿と筆を。筆は5本で」
「わかりました」
指示されたものを用意しに、デスク脇のキャビネットへと向かった。
今日は、クライアントが自分を表す色を選ぶセラピーじゃないらしい。だいたい半数は色選びから行うそのセラピーになるので、先生の指示は『用意して』だけ。そのほかの場合は、それぞれ必要なものを言う。
F4サイズのボードにA4の水彩紙が張られたものと、小皿4枚筆4本。プラス水入れと布巾をテーブルに準備する。
「ソウタ。きみが彼女との関係において、大切だと思う要素は何?」
「俺は……」
戸惑い顔で、ソウタさんが考え込む。
「やっぱり、心が近くて……信じ合えること。もちろん、好きだって気持ちが一番にあるけど」
「きみとの関係で、彼女に何を求めてほしい?」
「俺と……一緒にいたいって思ってほしい。ほかの誰かじゃダメで、俺がほしいって……。とにかく、あいつといると俺は幸せだから。満たされるっていうか、元気が出るっていうか。だから……」
葦仁先生は黙って先を待つ。
「あいつにとって、俺もそうならいい」
「きみだけが、彼女にとってのそういう存在でありたい?」
ソウタさんが大きく息を吐いた。
「今、あらためて考えると……そうかな。自分で思ってたより、実際は心が狭いってわかったよ。俺、内緒にされて裏切られた気がして……ただの浮気だって思いたかったのかもしれない。浮気のほうがマシってのもおかしいけど」
「わかるよ。心より身体のほうが簡単に手に入るものだからね」
ソウタさんは弱々しく微笑んだ。
「もう……知るしかないのかな、俺」
「このままの状態よりはいいはずだよ。お互いの苦しさがなくなる」
「え……あいつも?」
「もし、彼女の秘密がきみを愛してるから言えないものだとしても、信頼し合ってる相手に隠し事をしてる後ろめたさはある。時間が経てば経つほど重くなるし、きみが気づかないフリをしてたとわかればよけいにだ」
葦仁先生がおもむろに立ち上がる。
「きみが自分から彼女に聞けるように、きみ自身が何を優先したいかをみてみよう」
席を立った葦仁先生が、4本の絵具チューブとグレーのミリペンを手に戻る。
「この4色を準備して」
「はい」
返事をして、小皿に絵具を溶いていく。
リーフグリーン、ルーセントオレンジ、ローズマダージュニュイン、イミダゾロンイエローの4色だ。
「今から、これに絵具で色を塗ってもらう」
葦仁先生がミリペンで単純な線画を描いて、ソウタさんの前にそのボードを置いた。
描かれているのは、ハート型4つが尖った部分で接する四つ葉の形だ。その4枚の葉を、葦仁先生が水で湿らせる。
4色の絵具の入った小皿を筆とともにボードの少し上に並べて、準備完了。
「ここに4色ある。四つ葉の葉に、一色ずつ色をつける。きみの好きな場所から、どの色からでも、順番は好きなように。先に水を塗ってあるから、線の内側に絵具を置く感じで塗るといい」
「わかりました」
「何も考えないか、考えるなら彼女のことをね」
「はい……」
ソウタさんが一色目の色を紙に置く。少し迷ったように筆を持ち替え、2色目を塗る。
そして、3色目、4色目と塗り終えた。
「出来ましたけど、これで何が……?」
「最後にもうひとつ。4色の色を見て、自分にとってしっくりする向きにして」
「じゃあ……」
暫し色をつけた四つ葉を見つめ、ソウタさんはボードを回した。
「この向き、かな」
「オーケー。それでいい」
葦仁先生がソウタさんの後ろに立って、4色の葉の四つ葉を眺める。
「僕の選んだ4色は、きみが彼女との関係で大切に思う要素だ。無償の愛を表すローズピンクの色が下の位置にある」
「なんとなく……この向きが落ち着いたから」
「これが、根本にある要素であり、全てでもある」
そう言って、葦仁先生はソウタさんの左側に行って、手元にボードを引き寄せた。
そして、ミリペンで四つ葉に茎を描くようにひょろっとした線を引き、最初に水を塗った筆で四つ葉の周りを濡らし始める。
乾ききっていない黄緑と黄色、オレンジ、ピンクの葉が滲む。
背景に水を敷き終えると、葦仁先生は無造作にローズピンクの絵具をそこに散りばめた。
ピンクの葉は背景に紛れて、三つ葉に見える。
「何言って……」
「確かにきみは、彼女の浮気は許容出来るんだろう。それが欲望で身体を使うだけのセックスなら、相手が誰でも快楽を得るための道具と同じだからね。だけど、秘密は違う」
葦仁先生の鋭い視線は、これまでと打って変わって悲痛な表情を見せるソウタさんの瞳に固定されている。
「好きな女がほかの男に身体を開くのは許せても、心を開くのは許せない?」
「やめろ……」
「一緒に暮らしてはいても、一番に頼られるのが自分じゃなかったのが悔しい? そう信じてた自分がバカみたいだって思い知るのが?」
「やめてくれ!」
ソウタさんが微かに震える声で訴える。
「もう……それ以上、言うな……お願いだから……」
一呼吸おいて、葦仁先生が頷いた。
「わかった。カウンセリングはここまで。西園寺さん」
「はい」
「F4のボードと、4色分の小皿と筆を。筆は5本で」
「わかりました」
指示されたものを用意しに、デスク脇のキャビネットへと向かった。
今日は、クライアントが自分を表す色を選ぶセラピーじゃないらしい。だいたい半数は色選びから行うそのセラピーになるので、先生の指示は『用意して』だけ。そのほかの場合は、それぞれ必要なものを言う。
F4サイズのボードにA4の水彩紙が張られたものと、小皿4枚筆4本。プラス水入れと布巾をテーブルに準備する。
「ソウタ。きみが彼女との関係において、大切だと思う要素は何?」
「俺は……」
戸惑い顔で、ソウタさんが考え込む。
「やっぱり、心が近くて……信じ合えること。もちろん、好きだって気持ちが一番にあるけど」
「きみとの関係で、彼女に何を求めてほしい?」
「俺と……一緒にいたいって思ってほしい。ほかの誰かじゃダメで、俺がほしいって……。とにかく、あいつといると俺は幸せだから。満たされるっていうか、元気が出るっていうか。だから……」
葦仁先生は黙って先を待つ。
「あいつにとって、俺もそうならいい」
「きみだけが、彼女にとってのそういう存在でありたい?」
ソウタさんが大きく息を吐いた。
「今、あらためて考えると……そうかな。自分で思ってたより、実際は心が狭いってわかったよ。俺、内緒にされて裏切られた気がして……ただの浮気だって思いたかったのかもしれない。浮気のほうがマシってのもおかしいけど」
「わかるよ。心より身体のほうが簡単に手に入るものだからね」
ソウタさんは弱々しく微笑んだ。
「もう……知るしかないのかな、俺」
「このままの状態よりはいいはずだよ。お互いの苦しさがなくなる」
「え……あいつも?」
「もし、彼女の秘密がきみを愛してるから言えないものだとしても、信頼し合ってる相手に隠し事をしてる後ろめたさはある。時間が経てば経つほど重くなるし、きみが気づかないフリをしてたとわかればよけいにだ」
葦仁先生がおもむろに立ち上がる。
「きみが自分から彼女に聞けるように、きみ自身が何を優先したいかをみてみよう」
席を立った葦仁先生が、4本の絵具チューブとグレーのミリペンを手に戻る。
「この4色を準備して」
「はい」
返事をして、小皿に絵具を溶いていく。
リーフグリーン、ルーセントオレンジ、ローズマダージュニュイン、イミダゾロンイエローの4色だ。
「今から、これに絵具で色を塗ってもらう」
葦仁先生がミリペンで単純な線画を描いて、ソウタさんの前にそのボードを置いた。
描かれているのは、ハート型4つが尖った部分で接する四つ葉の形だ。その4枚の葉を、葦仁先生が水で湿らせる。
4色の絵具の入った小皿を筆とともにボードの少し上に並べて、準備完了。
「ここに4色ある。四つ葉の葉に、一色ずつ色をつける。きみの好きな場所から、どの色からでも、順番は好きなように。先に水を塗ってあるから、線の内側に絵具を置く感じで塗るといい」
「わかりました」
「何も考えないか、考えるなら彼女のことをね」
「はい……」
ソウタさんが一色目の色を紙に置く。少し迷ったように筆を持ち替え、2色目を塗る。
そして、3色目、4色目と塗り終えた。
「出来ましたけど、これで何が……?」
「最後にもうひとつ。4色の色を見て、自分にとってしっくりする向きにして」
「じゃあ……」
暫し色をつけた四つ葉を見つめ、ソウタさんはボードを回した。
「この向き、かな」
「オーケー。それでいい」
葦仁先生がソウタさんの後ろに立って、4色の葉の四つ葉を眺める。
「僕の選んだ4色は、きみが彼女との関係で大切に思う要素だ。無償の愛を表すローズピンクの色が下の位置にある」
「なんとなく……この向きが落ち着いたから」
「これが、根本にある要素であり、全てでもある」
そう言って、葦仁先生はソウタさんの左側に行って、手元にボードを引き寄せた。
そして、ミリペンで四つ葉に茎を描くようにひょろっとした線を引き、最初に水を塗った筆で四つ葉の周りを濡らし始める。
乾ききっていない黄緑と黄色、オレンジ、ピンクの葉が滲む。
背景に水を敷き終えると、葦仁先生は無造作にローズピンクの絵具をそこに散りばめた。
ピンクの葉は背景に紛れて、三つ葉に見える。
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