この世界よりも、あなたを救いたい~幸運がいつもあなたのそばにあるように~

Kinon

文字の大きさ
36 / 83
第7章 渦中へ

約束された祈り -3

しおりを挟む
 キノは驚愕きょうがくする。

「じゃあ…もし、護りを取られたりなくしちゃった場合には…浩司が…死んじゃうってこと…?」
 
 シキを射るキノのが、驚きから怒りへと変わる。

「そんなの嫌よ! そんな約束、今すぐ取り消して! あなたたちが…ラシャがどれだけの力を持ってるか知らないけど、簡単に人を殺せるほどえらいの!?」

「落ち着けよ。このまま浩司の目が醒めなけりゃ、ジーグと俺たちだけで降りるんだ。不安な面もあるけど、その方が心配は少ないだろうし、あいつも無事だ。それに、もし一緒に降りても…万一なんか起こさないって、浩司も言ってたろ?」

「可能性がゼロじゃないから、万一のことを考えるんでしょ!? 浩司が護りを必要としてる理由が何だとしても、私は見つけるって決めた。でも、それはラシャのためなんかじゃなくて、浩司がそう望むから…」

 グラグラと揺れる身体からだを支えようとする涼醒の手を振り払い、キノはなおも言いつのる。

「もし、浩司が行けなくて間に合わなかったら私のせいだ…。私は、後でラシャのために護りを見つけに行くのなんて嫌よ。でも、見つけなきゃ浩司が…」

 疲弊ひへいした神経が興奮する感情を受け止めきれず、キノの頭を鋭い痛みが襲う。もつれる足は、かろうじてその身体からだを支えている。

「シキはどうしてそんな約束したのよ! ラシャの者にとっては人一人の命なんて軽いものなの!?」

「…それを選んだのは浩司自身です。己の命をしてでも叶えたいものがあるのでしょう。私たちは互いの目的のために合意したのです。もしもの時、私たちが彼の命を救うと言えば、交わした約束を破ることになります。その後の彼が決してラシャを信用しなくなるのは明らかです」

「だから何!? 今だって、浩司はあなたたちを信用してないんでしょ!?」

「約束が成立したのは、彼の心に私たちを信じる部分があったからです。しかし、それさえもが失われた後…完全にラシャから離れるとわかっている継承者を、野放しにすることは出来ません」

 シキをにらむキノの目にあふれる涙が、その視界に映るあか」い光を揺らす。

「どんな言い方したって、失敗したら殺すってことに変わりないじゃない! そんなことさせない…絶対に嫌よ!」

「希音。気をしずめなさい。あなたの精神も限界に近いはずです。今あなたまで倒れてしまっては…」

「私の心配なんかしてくれなくていい! 浩司に何かするって言うんなら、護りの力でラシャを壊してやるから!」

「…護りはラシャによって作られたものです。その存在をおびやかす祈りは発動されないでしょう。それに、私たちにおのれしむ心はありません。ラシャをなくして困るのはあなた方人間です。希音。浩司の身を案じるのであれば、今は自分を休めなさい」

「シキには感情がないの!? そんなあかで冷静なことばかり言わないで!」

「希音…!」

 床に崩れ落ちる一歩手前で、キノの身体からだを涼醒の腕が抱きとめる。シキの視線と涼醒のそれが交差する。

 涼醒がかすかにうなずいて目を伏せた。

「希音…」
 キノが濡れた顔を上げるより速く、その額にシキの指が触れた。それは浩司のものとは正反対に冷たく、否応いやおうなく閉じられるキノの目の奥に悪寒がはしった。

「眠りなさい」

 シキがキノから手を離すと、涼醒はキノを浩司の隣のベッドに寝かせた。キノの頬に残る涙を優しくぬぐう。

「涼醒。あなたも休みなさい。ラシャの空間が及ぼす精神疲労を少しでも回復しておかなければ。ヴァイに降りるまで、あと4時間はあります」

「こんな状況で俺が眠れると思うか?」

 涼醒は深い溜息ためいきをつきながらシキのいるテーブルの方へと歩き、倒れていた椅子を起こして腰を下ろす。

「時間になれば、ジーグがあなた方を迎えに来ます。希音はその頃目覚めるようにしてあるので心配は要りません」

「シキ…」

 扉へと向かうシキを、涼醒が呼び止める。

「万一の時は本当に…浩司に力を返させる気かよ?」

 振り向いたシキが涼醒を見つめる。

「そうせざるを得ないでしょう」

「…そんなことしてみろ。希音はもう二度とラシャに協力はしない。この後も、希音が必要なんじゃないのか?」

「あなたが何故なぜそれを…」

「浩司が、あんたに直接聞けと。いったい…何のために希音が要る?」

 二人は黙って互いのを見据えた。涼醒の乾いた声が沈黙を破る。

「俺が口出すことじゃない…か? あんたにとっちゃ、俺が今ここにいるのも気に入らないんだろうからな」

 シキが微笑んだ。

「浩司があなたにそう言ったことに、少し驚いただけです。あなたは希音を守るためにここへ来た…今はむしろ当然に思っています。彼女は様々なことわり、そして、自分に課せられた使命を理解しなければならない。支えになり得る者の存在は必要かもしれません」

「どういう意味だよ?」

「涼醒…あなたが海路希音の運命に自らの意思でかかわることを望むのなら…ヴァイにある護りが無事ラシャへと戻った時に話しましょう」

「…俺がそれを知らなきゃ、希音を守るなんて言えないだろ」

「ただし、知るからにはあなたも協力してください。希音が使命を受け入れ、まっとう出来るように」

「…希音が嫌だと言うなら、無理強いさせることは出来ない。それに、俺自身が納得いかないようなこともな。何にせよ…護りを手に入れて、浩司は無事だと希音が安心した上での話だ」

 涼醒は、うようなでシキを見る。

「頼むよ…俺は、あいつが悲しむのは見たくないんだ」

 涼醒を映す、全てを享受きょうじゅするに足るシキのひとみ。そのあかき光は穏やかでありながら、うれえる心を焼き尽くすかのような、無慈悲で凍てつく炎を連想させる。

「…では、0時に無の空間の前で」

「シキ…」

「喜びの中のみに生きる者はいない…それが人間です」

 シキが吸い込まれるようにして消えて行ったあおい扉を、涼醒はただじっと見つめ続けていた。

 この先に待ち受ける強大な運命の螺旋らせんが、誰の涙をもこぼさないものであることを願いながら。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

忖度令嬢、忖度やめて最強になる

ハートリオ
恋愛
エクアは13才の伯爵令嬢。 5才年上の婚約者アーテル侯爵令息とは上手くいっていない。 週末のお茶会を頑張ろうとは思うもののアーテルの態度はいつも上の空。 そんなある週末、エクアは自分が裏切られていることを知り―― 忖度ばかりして来たエクアは忖度をやめ、思いをぶちまける。 そんなエクアをキラキラした瞳で見る人がいた。 中世風異世界でのお話です。 2話ずつ投稿していきたいですが途切れたらネット環境まごついていると思ってください。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

処理中です...