ソッチドッチ ~魔王と聖女の入れかわり! 入れかわれば、本当の姿が見えてくる?~

櫻恭史郎

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第85話 どっちの聖下も、好き♡

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 フランスは、しばらく景色をぼーっと眺めていた。

 なだらかな下りの草っぱらは、ときおり吹く風に、波打つように揺れる。午後の陽が、あかるい緑の葉に反射して、まるで緑の水面のようにも見える。

 シャルトル教皇が言った。

「あなたのことが、心配です」

「わたくしがですか?」

「ええ、イギリス陛下が、何を考えておられるのか分からないので、あなたが傷つくようなことがあったらと思うと……」

 イギリス陛下は、いたって健全な理由で、教会にいてくれているのだけれど……、言えないのが、つらいわ。

 フランスは、明るい声で言った。

「聖下が、心配されるようなことは、起こらないかと思います。最近は、イギリス陛下も主の愛を学ぶために、讃美歌の練習をされているんです」

「讃美歌を? イギリス陛下が? 意外です」

 でしょうね。

 ほんと、意外な、愛らしい下手くそ讃美歌ですよ。

 シャルトル教皇は、フランスの近くに手をついて、フランスの顔をのぞきこむようにして言った。

「いつのまにか、どうしようもないほど、脱け出せなくなることもあります」

 シャルトルブルーの瞳が、フランスの心のうちまで見透かすように、じっと、こちらをのぞき込んでいる。

 抜け出せなくなる……。

 どこから?

 あんまり美しい瞳が目の前にあって、ぼうっとするフランスの耳に、シャルトル教皇の魅力的な声が聞こえる。

「男女のことです。どうしようもなく、惹かれ合うこともある」

 シャルトルブルーが、間近にある。

 フランスは、何も声にできなかった。

 ただ、聖下の声に耳をすませる。

「あなたが、傷つかないように、祈りましょう」

 じっと、見つめ合う。

 なんとなく、そのまま、彼のほうに身を寄せたいような気持ちになった。

 まるで美しくて底のない湖のようね。
 おそろしいけれど、身を沈めてしまいたい感じもするわ。

 長い時間がたったような気がした。

 ふと、シャルトル教皇は、雰囲気を優しくして言った。

「うわさのことや、他にも、困っていることはありませんか?」

 フランスは、何度か自分を励ますように目をぱちぱちとやって答えた。

「……はい。今のところは、シトー助祭も支えてくれて、問題ございません」

「真心のある者が側にいるのは、心強いですね。わたしも、同じように尽くしてくれる者がいるので、よく分かります」

「いつもおられる方ですか?」

 大聖堂で会った、いつもの教皇付きの助祭の姿を思い出す。

「ええ、彼はわたしの幼馴染なんです」

「えっ、そうだったんですね」

「はい。ただ、ほんとに、勉強に向いていないやつで、助祭以上にはどうやったって上がれそうにないんです」

「えっ」

 なんて意外な。

「でも、真心を尽くして側にいてくれますから、わたしにとって大切な存在です」

「素敵ですね」

 シャルトル教皇が、おかしそうに笑って言う。

「わたしの髪を気に入っているらしくて、一度トンスラにしたいと言ったら泣かれました」

 聖下の天使のような髪を切るですって⁉
 しかも、トンスラに⁉

 フランスは、あんまりのことに大きい声で返す。

「わたしでも泣きます!」

「ええ、そうですか? トンスラにあこがれているのですが」

「だめです!」

「ええ」

 そのとき、馬がかける音がひびいた。
 いくつもの音がする。

 シャルトル教皇は、すこし寂しげな笑顔で言った。

「残念です。シャルルの時間は終わりのようだ。では、また、フランス」

「はい、聖下」

 シャルトル教皇は、いたずらな顔をして、いつものようにフランスの額ではなく、頬にキスをした。

 今のは、きっと——、シャルルね。

 シャルトル教皇として目の前にいるときは、ドキドキして、頭の中がうるさいけれど、シャルルとして目の前にいるときは、なんだかくつろげる気持ちになった。

 彼の手に助けられて、立ち上がった時には、すぐそこに聖騎士団が集まっていた。騎士たちは教皇直属であることを示す紋章を身にまとっている。

 騎士にまじって、何人か、まるでそこらで農作業をするような姿の者もいる。だが、よく見ると立派な体格だ。

 だれもいないと思っていたけれど、ああいう姿で、護衛をする者もいるのね。そういえば、あの端にいる者は、ここに来るまでにすれ違ったような気もするわ。

 聖下が、たったひとりで出歩くはずないわね。

 何人かの騎士が、馬から降りて、近づいてくる。

 ひとりの身体の大きな騎士が、シャルトル教皇に手紙を差し出した。

 教皇のみが開けられる封がしてある。

 シャルトル教皇は、封を切って、中身にさっと目を通し、顔をあげた。

 優し気な表情は消え、シャルトルブルーの瞳が、冷たい青に見える。さきほどまでの、やわらかな雰囲気は消え、彼の口からきびしい雰囲気の声が発せられる。

「すぐに枢機卿たちを集め、これを読ませろ」

 手紙を返された騎士が、うやうやしく返事をし、すぐさま馬に乗って去った。

 もうひとりの騎士が、前に進み出て、フランスにちらっと視線をやった。

 シャルトル教皇は、感情のない声で「よい」とだけ言った。

 前に進み出た騎士が、言う。

「間者をひとり、捕らえました。南部のものかと思われます」

「口を割ったのか?」

「まだ」

「手足を切り落としても、今日中に吐かせろ」

 シャルトル教皇の冷たい声に、騎士は、おそれるように返事をして、すぐさま馬に乗り去って行った。

 また、ひとりの騎士が進み出て、報告する。

「南部前線での配置はすべて完了しております」

「状況は?」

「村がふたつ占領されましたが、砦は無事です」

「騎士団長に早馬を送れ。精鋭部隊を山間部から南部の穀倉地帯にもぐりこませろ」

 シャルトル教皇は、顔色をひとつも変えず、続けて言った。

「農地をすべて焼き払え」

 おそろしいことね。

 今の時期なら麦がもうしばらくで収穫の時期だわ。

 南部の国は、この後、苦労するでしょうね……。

 シャルトル教皇が、フランスの近くにいる騎士に言った。

「聖女フランスを、中央大聖堂のわたしの私室まで送れ。傷ひとつつけるな」

 騎士はきびきびと返事をし、「聖女フランス様、お送りいたします」と言った。

 フランスは、教皇にするべき態度で、うやうやしく礼をした。

「聖下、失礼いたします」

「ええ、また」

 シャルトル教皇は、表情も変えず、フランスのほうに視線を送りもしなかった。

 すぐに、別の指示を他の者にあたえる。

 フランスは、騎士の馬に乗せられて、離れてゆくあいだ、何度か、振り向いた。

 シャルトル教皇が、りんごちゃんに乗って走らせる姿が見えた。


 素直な表情も心もかくさない素朴なシャルルと、おそろしい言葉も態度もかくさない冷酷なシャルトル教皇。


 彼の、本当の姿はどっちかしら。


 どちらも……、本当の姿かもしれない……。


 どっちも——。



 好き!




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