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第88話 魔王の色っぽいうわさ
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居酒屋で楽しいひとときを過ごした次の日の午後、フランスはイギリスに呼ばれてアミアンと一緒に、彼の天幕を訪れた。
フランスは天幕のまわりを見て、言った。
「すごい人ね」
「なんでしょうか、皆さんすごい色々持ってますね」
次々と、人が荷物を持って天幕に入っては、出てゆく。
何かを運びいれているようだった。
フランスとアミアンが天幕の前まで来ると、見張りに立っている帝国の騎士に「どうぞ」と促される。
天幕の中は、いつもとは随分違う様子だった。
ところせましと並ぶのは、箱、箱、箱、箱。色々なサイズと形の箱が、そこらじゅうに運び込まれている。
なにこれ。
フランスがその様子に、目を見開いていると、箱にかこまれて、こちらに手を振って来る人物がいた。ふたりいる。手をふっていない方は、イギリスだ。
フランスは、手をふっている人物に笑顔を向けて言った。
「まあ、ダラム卿!」
ダラム卿が、大げさに手を胸にあてて言う。
「フランス! またお会いできました! アミアンも。お二人に会えなくて、とっても寂しい日々を送っていたのですが、今わたしの心はすべて癒されました」
「まあ」
相変わらずの様子に、フランスとアミアンはくすくすやった。
フランスはイギリスに視線をやって言った。
「それにしても、これは一体、どういう騒ぎなんです?」
イギリスがむすっとした顔で言う。
「ダラムのせいだ」
ん?
ダラム卿がにっこりとして言った。
「これは、すべて陛下とフランスの、そろいの衣装ですよ」
「ええ⁉」
すべて?
よく見ると、たしかに、どうやら置いてある箱はほとんど衣装箱のようだった。
アミアンがわくわくした顔で言う。
「どうやったら、こんなに早く用意できるんですか?」
ダラム卿が、大げさにかわいそうな素振りをする。
覚えのある仕草だった。
ダラム卿は、あわれぶって言う。
「前回……、覚えていらっしゃいますか。おふたりとお別れの挨拶をする時間もいただけず、追い返すように帝国にもどされて」
そういえばそうだった。
前回は、いつの間にか、ダラム卿は帝国に向けて出発していた。
「陛下がわたしにいじわるをして、追い返したんです」
「……」
イギリスは表情を変えず、不愛想に大人しく、ダラム卿の言葉を聞いている。
「陛下は! おふたりと! たのしくここで過ごしておられるのに! わたしは! 帝国で大臣たちと顔をつきあわせたり、古書を手あたり次第漁ったり……。荒野ですごすイスラエルの民ぐらいすさんだ心もちでおりました。それで……」
アミアンがわくわくした声で、ダラム卿の先をうながす。
「それで?」
「それで、腹いせに」
アミアンがさも嬉しそうに言う。
「腹いせに?」
もう、大体想像がついたわ。
「以前、おふたりのドレスを仕立てた教国の仕立て屋に、いくつか注文を飛ばしたんです。フランス、あなたのドレスの仕立て直しと……」
アミアンが、興奮気味に言う。
「と⁉」
「陛下とフランスのそろいの衣装を十組ほど、仕立てる注文を」
フランスが、どういうこと、という視線をイギリスに向けると、イギリスが分かるわけない、という仕草をした。
フランスは、戸惑って聞いた。
「なぜ、わたしと陛下のそろいの衣装なんです?」
ブールジュの撃退法でそろいの衣装を仕立てることが決まったのは、つい数日前だ。この数の衣装が、そこからの注文で間に合うわけがない。それよりも前に、注文を飛ばしているはずだ。
ダラム卿は、よく聞いてくれました、という顔で言った。
「だって、面白いじゃないですか」
えっ?
「面白い?」
ダラム卿が、にっこりして言う。
「ええ、あの噂です」
どの時点のうわさかしら。
ダラム卿が楽しそうに言う。
「聖女フランスが、皇帝陛下をたぶらかしている、ですよ」
「ああ」
一番最初に、大公国で言われ始めたうわさね。
ダラム卿が感慨深い、というように何かをかみしめるような顔をして言う。
「それはつまり、陛下がたぶらかされたあげくに、聖女フランスに入れ込んでいる、ことに他ならないじゃないですか」
「まあ、入れ込んでいると言うか、だまされていると言うか、そういう感じですね。でたらめなうわさですけど」
ダラム卿は、気にせず続ける。
「女性とのうわさなんか、これまで、これっぽっちもなかった、陛下にですよ」
あ、ダラム卿、それ以上はあんまり……、言わない方がいいんじゃないかしら。
フランスは、イギリスの顔をちらっと見た。
ちょっと眉間の皺が増えている。
ダラム卿は、イギリスのほうは見もせずに、言う。
「はじめて聞いた、陛下の色っぽいうわさに」
イギリスの眉間の皺がさらに深まる。
ああ、ダラム卿、やめてあげて。
イギリスの表情が曇るのとは反対に、ダラム卿はさらににっこりとして言った。
「乗らない手はないでしょう。せっかくなので、茶会用と昼餐会用と晩餐会用と舞踏会用と狩り用それぞれふたつずつ仕立てました」
狩り用まで?
アミアンが拍手して言った。
「すごすぎます!」
たしかに、すごい。
アミアンがその勢いのまま、無邪気な顔で言う。
「陛下って、そんなに女性とのうわさがなかったんですね」
やめてあげて、アミアン。
そのまっすぐな眼差しが、人を傷つけることもあるわ。
フランスは気を使って言った。
つもりだった。
「修道士のように身ぎれいなのは良いことよ。貞潔って大事なことだわ」
イギリスがすごく微妙な顔をした。
いや、ちょっと眉間の皺が増えたかもしれない。
たぶん、間違えたわ。
ごめんなさい。
アミアンがぱっと顔を輝かせて言った。
「そうですね! 素晴らしいです! 長く何もないなら、童貞と胸をはって言ってもいいほどです。アーメン!」
イギリスの顔が無表情になった。
ああ……。
アミアン、多分、童貞が誉め言葉になるのは修道士だけよ……。
陛下に修道士の清貧、貞潔、従順の理想は当てはまらないと思うわ。
アーメン。
***********************************
おまけ 他意はない豆知識
***********************************
【荒野ですごすイスラエルの民】
文句しかない。旧約聖書・出エジプト記より。
フランスは天幕のまわりを見て、言った。
「すごい人ね」
「なんでしょうか、皆さんすごい色々持ってますね」
次々と、人が荷物を持って天幕に入っては、出てゆく。
何かを運びいれているようだった。
フランスとアミアンが天幕の前まで来ると、見張りに立っている帝国の騎士に「どうぞ」と促される。
天幕の中は、いつもとは随分違う様子だった。
ところせましと並ぶのは、箱、箱、箱、箱。色々なサイズと形の箱が、そこらじゅうに運び込まれている。
なにこれ。
フランスがその様子に、目を見開いていると、箱にかこまれて、こちらに手を振って来る人物がいた。ふたりいる。手をふっていない方は、イギリスだ。
フランスは、手をふっている人物に笑顔を向けて言った。
「まあ、ダラム卿!」
ダラム卿が、大げさに手を胸にあてて言う。
「フランス! またお会いできました! アミアンも。お二人に会えなくて、とっても寂しい日々を送っていたのですが、今わたしの心はすべて癒されました」
「まあ」
相変わらずの様子に、フランスとアミアンはくすくすやった。
フランスはイギリスに視線をやって言った。
「それにしても、これは一体、どういう騒ぎなんです?」
イギリスがむすっとした顔で言う。
「ダラムのせいだ」
ん?
ダラム卿がにっこりとして言った。
「これは、すべて陛下とフランスの、そろいの衣装ですよ」
「ええ⁉」
すべて?
よく見ると、たしかに、どうやら置いてある箱はほとんど衣装箱のようだった。
アミアンがわくわくした顔で言う。
「どうやったら、こんなに早く用意できるんですか?」
ダラム卿が、大げさにかわいそうな素振りをする。
覚えのある仕草だった。
ダラム卿は、あわれぶって言う。
「前回……、覚えていらっしゃいますか。おふたりとお別れの挨拶をする時間もいただけず、追い返すように帝国にもどされて」
そういえばそうだった。
前回は、いつの間にか、ダラム卿は帝国に向けて出発していた。
「陛下がわたしにいじわるをして、追い返したんです」
「……」
イギリスは表情を変えず、不愛想に大人しく、ダラム卿の言葉を聞いている。
「陛下は! おふたりと! たのしくここで過ごしておられるのに! わたしは! 帝国で大臣たちと顔をつきあわせたり、古書を手あたり次第漁ったり……。荒野ですごすイスラエルの民ぐらいすさんだ心もちでおりました。それで……」
アミアンがわくわくした声で、ダラム卿の先をうながす。
「それで?」
「それで、腹いせに」
アミアンがさも嬉しそうに言う。
「腹いせに?」
もう、大体想像がついたわ。
「以前、おふたりのドレスを仕立てた教国の仕立て屋に、いくつか注文を飛ばしたんです。フランス、あなたのドレスの仕立て直しと……」
アミアンが、興奮気味に言う。
「と⁉」
「陛下とフランスのそろいの衣装を十組ほど、仕立てる注文を」
フランスが、どういうこと、という視線をイギリスに向けると、イギリスが分かるわけない、という仕草をした。
フランスは、戸惑って聞いた。
「なぜ、わたしと陛下のそろいの衣装なんです?」
ブールジュの撃退法でそろいの衣装を仕立てることが決まったのは、つい数日前だ。この数の衣装が、そこからの注文で間に合うわけがない。それよりも前に、注文を飛ばしているはずだ。
ダラム卿は、よく聞いてくれました、という顔で言った。
「だって、面白いじゃないですか」
えっ?
「面白い?」
ダラム卿が、にっこりして言う。
「ええ、あの噂です」
どの時点のうわさかしら。
ダラム卿が楽しそうに言う。
「聖女フランスが、皇帝陛下をたぶらかしている、ですよ」
「ああ」
一番最初に、大公国で言われ始めたうわさね。
ダラム卿が感慨深い、というように何かをかみしめるような顔をして言う。
「それはつまり、陛下がたぶらかされたあげくに、聖女フランスに入れ込んでいる、ことに他ならないじゃないですか」
「まあ、入れ込んでいると言うか、だまされていると言うか、そういう感じですね。でたらめなうわさですけど」
ダラム卿は、気にせず続ける。
「女性とのうわさなんか、これまで、これっぽっちもなかった、陛下にですよ」
あ、ダラム卿、それ以上はあんまり……、言わない方がいいんじゃないかしら。
フランスは、イギリスの顔をちらっと見た。
ちょっと眉間の皺が増えている。
ダラム卿は、イギリスのほうは見もせずに、言う。
「はじめて聞いた、陛下の色っぽいうわさに」
イギリスの眉間の皺がさらに深まる。
ああ、ダラム卿、やめてあげて。
イギリスの表情が曇るのとは反対に、ダラム卿はさらににっこりとして言った。
「乗らない手はないでしょう。せっかくなので、茶会用と昼餐会用と晩餐会用と舞踏会用と狩り用それぞれふたつずつ仕立てました」
狩り用まで?
アミアンが拍手して言った。
「すごすぎます!」
たしかに、すごい。
アミアンがその勢いのまま、無邪気な顔で言う。
「陛下って、そんなに女性とのうわさがなかったんですね」
やめてあげて、アミアン。
そのまっすぐな眼差しが、人を傷つけることもあるわ。
フランスは気を使って言った。
つもりだった。
「修道士のように身ぎれいなのは良いことよ。貞潔って大事なことだわ」
イギリスがすごく微妙な顔をした。
いや、ちょっと眉間の皺が増えたかもしれない。
たぶん、間違えたわ。
ごめんなさい。
アミアンがぱっと顔を輝かせて言った。
「そうですね! 素晴らしいです! 長く何もないなら、童貞と胸をはって言ってもいいほどです。アーメン!」
イギリスの顔が無表情になった。
ああ……。
アミアン、多分、童貞が誉め言葉になるのは修道士だけよ……。
陛下に修道士の清貧、貞潔、従順の理想は当てはまらないと思うわ。
アーメン。
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おまけ 他意はない豆知識
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【荒野ですごすイスラエルの民】
文句しかない。旧約聖書・出エジプト記より。
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