感染~殺人衝動促進ウイルス~

彩歌

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前編

9話 つかの間の幸せ

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「え、そんな方法があるわけないじゃないですか」


ドクドクと心臓がうるさい。
もしそんなものがあったとしたら、とっくに使っているはずだ。
MIPVの元なんだから無くしている。
たとえ無限の可能性をもっていたとしても、目の前の病気を無くすのではないだろうか。


「雫に聞いてみるといい。雫と満が研究していたそうだから」
「もし、もしそれがあったとして俺はどうなるの……?」
「ただの普通の少年になるだけだよ」


つまり。
研究の価値が無くなってしまうーー?
それは秋にとって居場所を無くすも同じだ。


「嫌だ。俺が俺じゃなくなってしまう」


ダッと秋が駆け出そうとするのを大樹が掴まえる。


「今すぐの話じゃないんだ。だからじっくり考えてくれれば良い」


二階から派手に暴れる音がする。


「さて、鏡夜と雫を止めに行こうか」


俯いたままの秋を大樹が覗き込む。


「普通でいられるのは幸せなことだ。ゆっくり考えて納得のいく答えを出せば良い」

妙にその言葉には重みがあり、秋はきゅっと手を握りしめた。



「相変わらずあなたは雫さんにご執心ですね」

中性的な綺麗な顔をした男が笑う。

「連れ戻せば良いのでしょう?心配しなくても私は鏡夜ほど甘くないですよ」
「鏡夜は裏切ったと思うかい?」
「レイラがあちらにはいますからね。裏切ったと思ったほうが妥当かと」
「じゃあ鏡夜の口封じも」
「ええ。わかっています」


去っていく背を満はじっと見つめていた。


雫を早く連れ戻さないと。
雫は僕のものなのだからーー。




「鏡夜。何で戦ってる?」
「大樹!雫さんが話聞いてくれなくて。だからといって油断なんかしたらこっちがやられるから応戦してる!」
「あー……雫さん、血の気が多いですからね。ちょっと待っててください」


秋はそう言うと鏡夜を庇うように割って入る。


「雫さん、落ち着いてください。今は戦うときじゃないですよ」


雫の攻撃を難なく受け止めた秋に二人は息を飲む。雫はかなり強い。この雫に対応できる秋は一体何者なのか……?


ふうと雫は息をつくとごめんねとにこりと無邪気に笑った。


「MIPVの抗体を手に入れた。これを時雨に使うから様子を見てほしい」
「あー、レイラが満から奪ったやつだね。副作用で苦しむことになるけど大丈夫?死にはしないけど強烈な痛みがくる。暴れるから抑えとかなきゃいけない」
「病気が治るなら我慢しますよ」


時雨の言葉にみんなが頷く。


「舌を噛まないように、叫び声が殺せるようにタオルを噛ませて」


的確な雫の指示の元、治療が行われていく。


「……雫さん」
「どしたの、秋?」
「時雨さんのMIPVの治療は雫さんたちの行動の妨げにはならないんですか?」
「なるよ。けど、鏡夜が仲間を傷つけてまで頑張ったからご褒美なのさ。それに時雨を巻き込む気はなかったからこれに関しては計画通り。あ、これあげる」


ほいと渡されたのはMIPVの抗体だ。


「雨音に使ってあげて。で、これで君たちは手を引きなさい」


詳しく話を聞こうとしたが、時雨が暴れだしたので話はできなかった。


一晩中暴れて、夜明けには落ち着いた。
微睡みの中、さらと髪を撫でる感触がする。


「バイバイ、秋」


少し寂しそうな声が別れを告げた。


「お帰り、秋」
「ただいまです、結羽さん」
「時雨兄さんは!?」
「疲れて眠っているだけだよ」


ホッと胸を撫で下ろす雨音に秋はふっと笑う。


「雫さんは?」
「気がついたらいなくなってました」
「まぁ、それも予想通りかな。あの人はもともと味方ではないからね」


秋は雫から受け取ったMIPVの抗体を結羽に渡す。念のためとおかしなものではないことを確認し、結羽は雨音に投与する。結羽と秋とふたりで雨音を押さえつけた。苦痛に歪む顔に秋はちくりと心を痛めた。

自分さえいなければこんなウィルスは生まれなかったーー。



「秋のせいじゃないよ。秋は何も悪くない」


目を覚ました時雨が大切そうに雨音を抱き締める。


「……話がしたいんです、時雨兄さんと。私は大丈夫ですから、少しだけ……」
「……席を外せばいいんだね…?」
「……はい……」


心配そうにする秋を連れて結羽は部屋を出る。


「……苦しいなら黙っときなさい」
「……いえ、今だから伝えたいんです。私と兄さんを守ってくれて、本当にありがとうございます……」
「親友と妹を守るのに理由なんか必要ないよ」
「ウィルスが消えたら罪滅ぼしをさせてください。あなたを傷つけた償いをさせてください」
「……そんなの要らないのに。俺は気にしてなんかなかったんだから」
「気にします。だって、私はあなたのことが異性として大好きですから」
「……俺も好きだよ、雨音」

どんどん苦痛が増す雨音を黙らせてタオルを噛ませる。
いろいろな想いがない交ぜになり、涙を流し互いをぎゅっと抱き締める。



「ーーこれで時雨と雨音とはお別れだね」
「ウィルスが消えたから?」
「そう。まぁ、雨音は警察官だからたぶんまた縁はあるだろうけど」
「時雨は元の生活に戻れるかな?」
「“殺人鬼”の汚名は簡単には消えない。遠いところに行くのが良いだろうね。まぁ、雨音が全力でどうにかするだろうね。秋は政府に戻る?」
「香月さんのところに帰ります。時雨さんと雨音の問題は解決したけど、雫さんと決着が着いたわけではないですから」



静かになった部屋を覗き込むと時雨と雨音は互いに手を繋ぎ、身を寄せあって眠っていた。



「……お疲れ様」



心の底から結羽はそう呟いて、ふたりにブランケットをかけた。


「心配だから私たちも同じ部屋で寝ようか」


眩しい太陽を遮るようにカーテンを閉める。


まだ彼らは知らない。
これから何度も何度もこの日を繰り返し思い出すことになるなんて。
誰もが思いもしていなかったーー。



頭の中で声がする。
堪えがたい衝動が身体を支配する。


なんだ、これは?
一体なにが起こっている?


凶器を手に襲いかかる。


嫌だ。
やめてくれ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だーー。
こんなことしたくない。

“殺したい”という衝動に抗えない。


秋は雨音を、


大樹は鏡夜を、


真澄は香月を、


そして、


結羽は時雨を、



その手にかけて殺害した。










「お帰り、雫。無事でよかった」
「ちゃんと帰ってくるよ。あたしは満のものだからね」
「計画は順調だよ。今頃“悲劇”が起こってる」
「MIPVの抗体が手に入って喜んでいただろうにね」
「物事はもっと先まで見据えなきゃ。一寸先は闇と言うだろう?」


僕たちの望みは“滅び”なんだからーー。





嗚咽が響く。
慟哭が響く。
動かない相手を抱き締め名前を呼ぶ。


なぜ?
なぜ?
どうしてこうなった?
答えはわからない。
わかるのは、自らの手で殺してしまったという事実だけ。



「さて、新しい夜明けです。新しい1日みらいを歩きはじめましょうか」


中性的な風貌の男が心から楽しそうに笑っていたーー。


そう。


本当の“はじまり”はここからーー。
 



心の中で親友を思う。
香月のこと大好きだったよ。
今でも友達だと思ってる。
ごめん。
本当にごめん。
香月が正しいのはずっとわかってた。
選ぶべき道はそちらなのだとわかっていた。
後悔はしている。でも。
あたしは何度でも同じ選択をするだろう。
どうか安らかに眠れますようにと祈りを込めて、雫は瞳を閉じた。


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