感染~殺人衝動促進ウイルス~

彩歌

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後編

最終話 おはよう

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ただ一言で表現すると、辛かった。
遥人を失って、
雨音を失って、
どうして自分は生きているのだろうか。

他の皆のように時雨はまだ前に進めていないでいた。

「先生、質問があるんですけど……って寝てる?」

眼鏡をかけたまま眠っている時雨の眼鏡をそっと少女は外してやる。

「眼鏡を取ると意外と幼いんだ。かわいい」

少女は時雨の素顔を見れて嬉しそうだ。

「……彼女、いるのかな。こんなに優しいんだからいるよね、きっと」


「……あま……ね……」


涙を流しながら時雨は雨音の名前を呟く。
誰にも言わなかったけれど、時雨は雨音のことが好きだった。女性としても妹としても、愛していた。


「ーー先生、好きです」


少女は眠っている時雨にキスをする。


「卒業後、覚悟していてくださいね。大好きです、時雨先生」


少女はパタパタと部屋から出ていく。


「あ、いたー。もう、探したんだよ、六花りっか。また時雨先生のところ行ってたでしょ?ホントに時雨先生のこと好きだよね、六花は」

呆れている友人に六花はそんなんじゃないよと笑って誤魔化す。
この恋はまだ始められない。
“教師”と“生徒”という関係を終えてからやっとスタートだ。

「質問しにきただけだよ」
「そんな嘘に引っかからないし。わざと成績落としてるのわかってるんだからね。この進学校で歴史以外の教科、満点なの知ってるんだから」
「あー、バレてた?ギリギリ平均点を狙ったつもりだったんだけどなぁ」
「点数計算できるんだから、余裕でしょ?」
「もー、秘密にしててよ?」
「ジュース1本で手を打とう!」

ふたりは笑いながら廊下を歩いていく。

徐々に時雨は弱っていった。眠ることも食べることもできなくなっていった。
仕事中に倒れ、ずっと眠りについている。

最初は皆と何度もお見舞いに訪れていた。だが、回数を重ねるにつれ、お見舞いにいく人数も減っていき、今では六花だけになっていた。

時間が経っても、時雨を好きな気持ちは全く色褪せることはない。

何があったか知らない。
学校での姿しか知らない。
力になれるかもわからないが、何かをしたかった。
ある日、美人に会った。日狩雫という人に勇気を出して六花は声をかけた。
彼女の旦那さんに家に招かれて、そこで時雨の身に起きたことを初めて知った。知ってからも六花は病院に通い続けていた。


「こんにちは。今日は顔色が良いですね」


六花は大学生になっていた。
病院にはまだ通い続けていた。病院通いをやめるつもりはない。


不意に時雨の指が動いた。のろのろと瞼が開く。


「先生!?」


何か言おうとしているが、どうやら声
がうまく出ないらしい。
慌てて六花はナースコールを押す。対応する看護師に時雨が意識を取り戻したことを告げる。

そこからは慌ただしくて、いろいろな人がやって来ていた。
部外者の自分は退散しようかとした時に、雫が六花を引き留めた。

「私、いてもいいんですか?」
「いてくれないと困る。だってあなたが頻繁に通ってくれて、話をしてくれたから時雨が目覚めたんだから」

みんなが六花のために場所をあける。

「……時雨先生、私のこと覚えていますか?」
「……南だろ……覚えてるよ。歴史は得意になったか……?」
「元々、苦手じゃないんです。先生に会いたくて苦手なフリをしてたんです」
「……ふふ、悪い子だな……」

くしゃりと時雨は六花の髪を撫でる。

「あぁ……大事なことを言うのを忘れてたね……おはよう」
「おはよう……ございます……っ!」

そーっと皆が部屋を出ていく。

「ずっと待ってたんです。先生を。もう遠慮はしません。私は先生のことが好きです!」

その言葉に優しく時雨は笑っていた。


☆ 


「で、あの子に返事はした?」

様子を見に来てくれていた雫が時雨に訪ねる。が、時雨はお茶を吹き出し、むせていた。

「六花ちゃんが雨音に似てることを気にしてる?」
「……うん。重ねて見てしまうのは失礼だろうと思ってしまって」
「大丈夫だよ。あたしもそうだったけど、今は幸せだから。なんだかんだであの子のこと気になるんでしょ?素直な気持ちを伝えてあげて」

雫の言葉に時雨は大きく頷く。

「ほら、来たよ。 いってらっしゃい」

とんと雫が時雨の背を押す。


「南さん。俺は南さんのことがーー」


ようやく前に進み出す時雨に雫が微笑む。

「がんばれ、時雨。あなたも幸せになりなさい。いっぱい頑張ったんだから」

 
「南さんのことが好きですーー」
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