18 / 18
後編
最終話 おはよう
しおりを挟む
ただ一言で表現すると、辛かった。
遥人を失って、
雨音を失って、
どうして自分は生きているのだろうか。
他の皆のように時雨はまだ前に進めていないでいた。
「先生、質問があるんですけど……って寝てる?」
眼鏡をかけたまま眠っている時雨の眼鏡をそっと少女は外してやる。
「眼鏡を取ると意外と幼いんだ。かわいい」
少女は時雨の素顔を見れて嬉しそうだ。
「……彼女、いるのかな。こんなに優しいんだからいるよね、きっと」
「……あま……ね……」
涙を流しながら時雨は雨音の名前を呟く。
誰にも言わなかったけれど、時雨は雨音のことが好きだった。女性としても妹としても、愛していた。
「ーー先生、好きです」
少女は眠っている時雨にキスをする。
「卒業後、覚悟していてくださいね。大好きです、時雨先生」
少女はパタパタと部屋から出ていく。
「あ、いたー。もう、探したんだよ、六花。また時雨先生のところ行ってたでしょ?ホントに時雨先生のこと好きだよね、六花は」
呆れている友人に六花はそんなんじゃないよと笑って誤魔化す。
この恋はまだ始められない。
“教師”と“生徒”という関係を終えてからやっとスタートだ。
「質問しにきただけだよ」
「そんな嘘に引っかからないし。わざと成績落としてるのわかってるんだからね。この進学校で歴史以外の教科、満点なの知ってるんだから」
「あー、バレてた?ギリギリ平均点を狙ったつもりだったんだけどなぁ」
「点数計算できるんだから、余裕でしょ?」
「もー、秘密にしててよ?」
「ジュース1本で手を打とう!」
ふたりは笑いながら廊下を歩いていく。
徐々に時雨は弱っていった。眠ることも食べることもできなくなっていった。
仕事中に倒れ、ずっと眠りについている。
最初は皆と何度もお見舞いに訪れていた。だが、回数を重ねるにつれ、お見舞いにいく人数も減っていき、今では六花だけになっていた。
時間が経っても、時雨を好きな気持ちは全く色褪せることはない。
何があったか知らない。
学校での姿しか知らない。
力になれるかもわからないが、何かをしたかった。
ある日、美人に会った。日狩雫という人に勇気を出して六花は声をかけた。
彼女の旦那さんに家に招かれて、そこで時雨の身に起きたことを初めて知った。知ってからも六花は病院に通い続けていた。
「こんにちは。今日は顔色が良いですね」
六花は大学生になっていた。
病院にはまだ通い続けていた。病院通いをやめるつもりはない。
不意に時雨の指が動いた。のろのろと瞼が開く。
「先生!?」
何か言おうとしているが、どうやら声
がうまく出ないらしい。
慌てて六花はナースコールを押す。対応する看護師に時雨が意識を取り戻したことを告げる。
そこからは慌ただしくて、いろいろな人がやって来ていた。
部外者の自分は退散しようかとした時に、雫が六花を引き留めた。
「私、いてもいいんですか?」
「いてくれないと困る。だってあなたが頻繁に通ってくれて、話をしてくれたから時雨が目覚めたんだから」
みんなが六花のために場所をあける。
「……時雨先生、私のこと覚えていますか?」
「……南だろ……覚えてるよ。歴史は得意になったか……?」
「元々、苦手じゃないんです。先生に会いたくて苦手なフリをしてたんです」
「……ふふ、悪い子だな……」
くしゃりと時雨は六花の髪を撫でる。
「あぁ……大事なことを言うのを忘れてたね……おはよう」
「おはよう……ございます……っ!」
そーっと皆が部屋を出ていく。
「ずっと待ってたんです。先生を。もう遠慮はしません。私は先生のことが好きです!」
その言葉に優しく時雨は笑っていた。
☆
「で、あの子に返事はした?」
様子を見に来てくれていた雫が時雨に訪ねる。が、時雨はお茶を吹き出し、むせていた。
「六花ちゃんが雨音に似てることを気にしてる?」
「……うん。重ねて見てしまうのは失礼だろうと思ってしまって」
「大丈夫だよ。あたしもそうだったけど、今は幸せだから。なんだかんだであの子のこと気になるんでしょ?素直な気持ちを伝えてあげて」
雫の言葉に時雨は大きく頷く。
「ほら、来たよ。 いってらっしゃい」
とんと雫が時雨の背を押す。
「南さん。俺は南さんのことがーー」
ようやく前に進み出す時雨に雫が微笑む。
「がんばれ、時雨。あなたも幸せになりなさい。いっぱい頑張ったんだから」
「南さんのことが好きですーー」
遥人を失って、
雨音を失って、
どうして自分は生きているのだろうか。
他の皆のように時雨はまだ前に進めていないでいた。
「先生、質問があるんですけど……って寝てる?」
眼鏡をかけたまま眠っている時雨の眼鏡をそっと少女は外してやる。
「眼鏡を取ると意外と幼いんだ。かわいい」
少女は時雨の素顔を見れて嬉しそうだ。
「……彼女、いるのかな。こんなに優しいんだからいるよね、きっと」
「……あま……ね……」
涙を流しながら時雨は雨音の名前を呟く。
誰にも言わなかったけれど、時雨は雨音のことが好きだった。女性としても妹としても、愛していた。
「ーー先生、好きです」
少女は眠っている時雨にキスをする。
「卒業後、覚悟していてくださいね。大好きです、時雨先生」
少女はパタパタと部屋から出ていく。
「あ、いたー。もう、探したんだよ、六花。また時雨先生のところ行ってたでしょ?ホントに時雨先生のこと好きだよね、六花は」
呆れている友人に六花はそんなんじゃないよと笑って誤魔化す。
この恋はまだ始められない。
“教師”と“生徒”という関係を終えてからやっとスタートだ。
「質問しにきただけだよ」
「そんな嘘に引っかからないし。わざと成績落としてるのわかってるんだからね。この進学校で歴史以外の教科、満点なの知ってるんだから」
「あー、バレてた?ギリギリ平均点を狙ったつもりだったんだけどなぁ」
「点数計算できるんだから、余裕でしょ?」
「もー、秘密にしててよ?」
「ジュース1本で手を打とう!」
ふたりは笑いながら廊下を歩いていく。
徐々に時雨は弱っていった。眠ることも食べることもできなくなっていった。
仕事中に倒れ、ずっと眠りについている。
最初は皆と何度もお見舞いに訪れていた。だが、回数を重ねるにつれ、お見舞いにいく人数も減っていき、今では六花だけになっていた。
時間が経っても、時雨を好きな気持ちは全く色褪せることはない。
何があったか知らない。
学校での姿しか知らない。
力になれるかもわからないが、何かをしたかった。
ある日、美人に会った。日狩雫という人に勇気を出して六花は声をかけた。
彼女の旦那さんに家に招かれて、そこで時雨の身に起きたことを初めて知った。知ってからも六花は病院に通い続けていた。
「こんにちは。今日は顔色が良いですね」
六花は大学生になっていた。
病院にはまだ通い続けていた。病院通いをやめるつもりはない。
不意に時雨の指が動いた。のろのろと瞼が開く。
「先生!?」
何か言おうとしているが、どうやら声
がうまく出ないらしい。
慌てて六花はナースコールを押す。対応する看護師に時雨が意識を取り戻したことを告げる。
そこからは慌ただしくて、いろいろな人がやって来ていた。
部外者の自分は退散しようかとした時に、雫が六花を引き留めた。
「私、いてもいいんですか?」
「いてくれないと困る。だってあなたが頻繁に通ってくれて、話をしてくれたから時雨が目覚めたんだから」
みんなが六花のために場所をあける。
「……時雨先生、私のこと覚えていますか?」
「……南だろ……覚えてるよ。歴史は得意になったか……?」
「元々、苦手じゃないんです。先生に会いたくて苦手なフリをしてたんです」
「……ふふ、悪い子だな……」
くしゃりと時雨は六花の髪を撫でる。
「あぁ……大事なことを言うのを忘れてたね……おはよう」
「おはよう……ございます……っ!」
そーっと皆が部屋を出ていく。
「ずっと待ってたんです。先生を。もう遠慮はしません。私は先生のことが好きです!」
その言葉に優しく時雨は笑っていた。
☆
「で、あの子に返事はした?」
様子を見に来てくれていた雫が時雨に訪ねる。が、時雨はお茶を吹き出し、むせていた。
「六花ちゃんが雨音に似てることを気にしてる?」
「……うん。重ねて見てしまうのは失礼だろうと思ってしまって」
「大丈夫だよ。あたしもそうだったけど、今は幸せだから。なんだかんだであの子のこと気になるんでしょ?素直な気持ちを伝えてあげて」
雫の言葉に時雨は大きく頷く。
「ほら、来たよ。 いってらっしゃい」
とんと雫が時雨の背を押す。
「南さん。俺は南さんのことがーー」
ようやく前に進み出す時雨に雫が微笑む。
「がんばれ、時雨。あなたも幸せになりなさい。いっぱい頑張ったんだから」
「南さんのことが好きですーー」
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる