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第1章
ある日の少年
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託宣で戦争が予言されてから9ヶ月が経った。
3か月後のトロイア出陣に向けてギリシア中の兵士や馬や車がアテネに集結していた。ここパトロンの町は補給所の役割を担い、代わる代わる訪れる戦士たちの世話をしている。町唯一の鍛冶場である我が家は特に大忙しで、千を超える兵士の装備を早朝から日が変わるまで手入れしていた。倅の俺ももちろん働かせられ、荷車無しで10歳児の体重ほどある装備を丘の麓まで運び、また別の装備を丘の上にある鍛冶場まで届ける仕事をしている。無給で。
もうすぐ月が現れる時間になった。町中はすっかり今日も一日お疲れ様モードになっていたが、鍛冶屋の仕事はこれからだ。早めの夕食を取り、日が舂くまでのわずかな休憩を微睡んだ。朱に染まった太陽は、太陽神ヘーリオスが日中の役割を終え、世界を照らす仕事を月に任せるとまだ沈みきっていないのに酒を煽り、酔って頬が紅潮した姿とされている。目に映る赤い景色は確かに親父の酔った頬の色に似ていると思った。そういえば親父は最近良い酒が入ると喜んでいた。装備の手入れの代金を通貨ではなく酒で要求しているため、ギリシア中の酒が集まってくるからだ。その結果金が入らなくて、酒も弱くて飲めない俺は無給で働かざるを得なくなった。しかし全く報酬が無いわけでもない。親しくなった兵士からお古の盾や、訓練用の軽い槍を貰ったり、特に英雄の種族の時代に使われたとされる帯は価値は少ないが、どんな大金にも替えがたい品だ。ギリシア男児なら誰でも戦争の栄誉に憧れている。誰かを討ち倒す称号よりも、正義を背負い民の安寧のために命を賭す兵士達の高潔な精神は一片の汚れがない。だからその心が汚れぬように護らなければいけない。
月の明かり以外、視界を照らすものがなくなった。
空が暁色になる時間帯から丘の麓に集まる無数の灯火も今は一つもなく、暗い闇に覆われて様子が全く分からなかった。たった一つの家屋を除いて、丘の上に存在する明かりも消え、俺は暗闇に佇む唯一の光に導かれるようにして、同い年の友人パンデオンの家に着いた。パンデオンの一家は農家で早起きなので親はもう寝ているだろう。
「おつかれだね。」
ノックをしないで入ってきた俺をパンデオンは歓迎した。質素だが丈夫そうなテーブルの、パンデオンの向かい側に座して今日の戦利品を取り出した。前々から特に交流が深かった兵士から貰った山羊の角と鉄の矢尻、他にも使い古された金属類だ。これの使い道を決めている間に、月は沈み、世界の反対側から太陽の眩い光が見え始める時間帯となった。
「悪い、長話し過ぎた。お前朝早いだろ?」
「まあ仕事といっても、やる事といえば獣除けが壊されていないか確認したり、作物見たりするくらいかな。メディーの方が心配だよ」
と言いながらもパンデオンの目蓋は重く、視線も虚を見ているようだ。ボーッとして事故をしないか心配だった。
「そういえば今日はスパルテの陸軍が来るらしいね」
「船に乗り切らなかった兵士か」
戦争に向けて神々は船を100隻用意すると誓った。なのでその分の自国の船に入れなかった兵士は徒歩でアテネに向かわなければならないのだ。パトロンは陸から来た兵士たちの補給所である。
「なら一層仕事に精を出さないとな。ちゃんと物も取ってくるぜ。」
「頼むよ。僕らの悲願が掛っているんだから」
「あぁ、頑張るよ」
親友と別れ、我が家にたどり着くと、太陽は頭を出して1日の始まりを告げた。この時間帯はギリシアから北東のトロイアに向けて風が吹く。すると自然たちは、自ずとトロイアの方角を向き、人間にいずれ来る戦いを実感させるのだ。
3か月後のトロイア出陣に向けてギリシア中の兵士や馬や車がアテネに集結していた。ここパトロンの町は補給所の役割を担い、代わる代わる訪れる戦士たちの世話をしている。町唯一の鍛冶場である我が家は特に大忙しで、千を超える兵士の装備を早朝から日が変わるまで手入れしていた。倅の俺ももちろん働かせられ、荷車無しで10歳児の体重ほどある装備を丘の麓まで運び、また別の装備を丘の上にある鍛冶場まで届ける仕事をしている。無給で。
もうすぐ月が現れる時間になった。町中はすっかり今日も一日お疲れ様モードになっていたが、鍛冶屋の仕事はこれからだ。早めの夕食を取り、日が舂くまでのわずかな休憩を微睡んだ。朱に染まった太陽は、太陽神ヘーリオスが日中の役割を終え、世界を照らす仕事を月に任せるとまだ沈みきっていないのに酒を煽り、酔って頬が紅潮した姿とされている。目に映る赤い景色は確かに親父の酔った頬の色に似ていると思った。そういえば親父は最近良い酒が入ると喜んでいた。装備の手入れの代金を通貨ではなく酒で要求しているため、ギリシア中の酒が集まってくるからだ。その結果金が入らなくて、酒も弱くて飲めない俺は無給で働かざるを得なくなった。しかし全く報酬が無いわけでもない。親しくなった兵士からお古の盾や、訓練用の軽い槍を貰ったり、特に英雄の種族の時代に使われたとされる帯は価値は少ないが、どんな大金にも替えがたい品だ。ギリシア男児なら誰でも戦争の栄誉に憧れている。誰かを討ち倒す称号よりも、正義を背負い民の安寧のために命を賭す兵士達の高潔な精神は一片の汚れがない。だからその心が汚れぬように護らなければいけない。
月の明かり以外、視界を照らすものがなくなった。
空が暁色になる時間帯から丘の麓に集まる無数の灯火も今は一つもなく、暗い闇に覆われて様子が全く分からなかった。たった一つの家屋を除いて、丘の上に存在する明かりも消え、俺は暗闇に佇む唯一の光に導かれるようにして、同い年の友人パンデオンの家に着いた。パンデオンの一家は農家で早起きなので親はもう寝ているだろう。
「おつかれだね。」
ノックをしないで入ってきた俺をパンデオンは歓迎した。質素だが丈夫そうなテーブルの、パンデオンの向かい側に座して今日の戦利品を取り出した。前々から特に交流が深かった兵士から貰った山羊の角と鉄の矢尻、他にも使い古された金属類だ。これの使い道を決めている間に、月は沈み、世界の反対側から太陽の眩い光が見え始める時間帯となった。
「悪い、長話し過ぎた。お前朝早いだろ?」
「まあ仕事といっても、やる事といえば獣除けが壊されていないか確認したり、作物見たりするくらいかな。メディーの方が心配だよ」
と言いながらもパンデオンの目蓋は重く、視線も虚を見ているようだ。ボーッとして事故をしないか心配だった。
「そういえば今日はスパルテの陸軍が来るらしいね」
「船に乗り切らなかった兵士か」
戦争に向けて神々は船を100隻用意すると誓った。なのでその分の自国の船に入れなかった兵士は徒歩でアテネに向かわなければならないのだ。パトロンは陸から来た兵士たちの補給所である。
「なら一層仕事に精を出さないとな。ちゃんと物も取ってくるぜ。」
「頼むよ。僕らの悲願が掛っているんだから」
「あぁ、頑張るよ」
親友と別れ、我が家にたどり着くと、太陽は頭を出して1日の始まりを告げた。この時間帯はギリシアから北東のトロイアに向けて風が吹く。すると自然たちは、自ずとトロイアの方角を向き、人間にいずれ来る戦いを実感させるのだ。
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