赤羽根の白魔導士

Remi‘s World

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✼••┈第8話┈••✼ (実験)

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 私はエレナ団長の命令通り、トナナ村へ帰還した。
 あともう少しで”いにしえの薬”の調合方法が分かったかもしれないのに。
 資料保管庫の書物は持ち出し禁止のため、手掛かりは王都に置き去りのままだ。
 エレナ団長の用事を終えたら、早く王都へ戻りたい。
 私の意識はこれからの事よりもいにしえの薬の方に傾いている。

「エレナ団長、帰還しました」
「ええ、おかえり」

 私とエレナ団長の周りには宮廷警護団の先輩たちがいた。
 トナナ村の再建作業は全てエレナ団長に任せたのに、どうして私に帰還命令が出たんだろう。

「あんた、宮廷警護団の副団長っていう意識がないんじゃないの?」

 エレナ団長は私にこう言い放った。
 私はその発言に驚き、言葉を失った。
 エレナ団長の文句は続く。

「私たちが再建作業をしている間、資料保管庫で調べ物をしていたそうじゃない。そんなに、この作業が退屈だった?」
「違います! 私は再建作業が嫌で出ていったんじゃありません」
「なら、なんであっちにいたわけ? 私たちに説明してくれる?」
「……分かりました」

 私は、ザリウス元団長を蘇生出来なかったことを悔やみ、自身の白魔法を強化する方法がないか、王都の資料保管庫で探していたことを皆に話した。
 白魔法を強化したい理由は、皆を確実に助けたいから。
 私の想いをエレナ団長に告げた。
 すべてを聞き終えたエレナ団長は、ため息をついた。

「それ、再建作業よりも優先しなきゃいけなかったこと? 私はそうとは思えないんだけど」
「でも、私の白魔法で救えない人がいたら、皆さんが戦いにくくなりませんか?」
「……アレイラ帝国軍がこっちに攻めて来る可能性は低いのよ。私達がトナナ村を奪還したことによって、アレイラ戦争は終わるかもしれないのに、あんたは戦う想定で動いてるわけ」
「はい。”終戦”と決まっていませんので」
「あっそ」

 私の意見は認められない、といった様子だ。

「ナオの言いたいことは、よく分かったわ」
「ありがとう――」
「自分の事しか考えられない副団長って事もね。ずっと続けていたら、信頼失うわよ」
「……」
「じゃ、作業再開しましょ」

 エレナ団長は私に言葉を吐き捨てた後、宮廷警護団員を引き連れ、再建作業へ戻っていった。
 私はエレナ団長たちに付いて行かず、茫然と立ち尽くしていた。

(私の行動に不満を持っていた団員がいたのかもしれない)

 私の行動に問題があるだけなら、別室でエレナ団長にチクリと言われていただけだろう。宮廷警護団員が集まる場所で叱られたのは、私の行動に不満を持っていた団員がいたからに違いない。
 エレナ団長の言った通り、副団長として宮廷警護団を引っ張ってゆこうという意識は全くない。私の行動に否定的な団員がいても不思議ではない。

「ナオ様」
「あ、兵士さん」
「俺たちはナオ様の回復魔法に命を救われたんだ。でも、ナオ様でも焼死体は蘇生出来なかったんだろ?」
「はい。残念ながら」
「なら、俺たちは火の海に飛び込むことを恐れちまう。それって、俺たちの弱点になっちまうと思うんだ」
「……そうですね」

 エレナ団長と宮廷警護団員たちが立ち去った後、幾人かのカザーフ王国兵士たちが私に声を掛けてきた。
 私が思った通り、私が焼死を癒すことが出来ないと、前線の兵士たちは火炎魔法を恐れてしまう。
 もし、アレイラ帝国軍がまた攻めてきて、作戦に”火炎攻撃”を選んだとしたら?木々に囲まれているトナナ村はたちまち火の海となり、撤退は確実だろう。

「ナオ様はそれを克服しようと王都に行ったんだよな」
「どうしてそれを?」
「さっき自分で言ってたじゃねえか」

 この兵士たちは、私とエレナ団長とのやりとりを盗み聞きしていたようだ。

「はい。資料保管庫で手掛かりを探していました」
「そこに行って手掛かりは見つかったのかい?」
「見つけたのですが……、肝心なところで帰還命令が出てしまい、その手段をここで研究しなければいけないのです」
「そうか」

 私の話を聞き、落胆した兵士だったが、急に閃いたような顔つきに変わった。

「手掛かりは見つかったんだよな。どうしたら、白魔法を強化できるんだ?」
「えっと――」

 私は言葉を濁した。
 カーザフ王国で禁止されている薬物を研究したいなんて、口が裂けても言えない。

「魔力回復薬を強化すればいいみたいです。強化薬の製造方法は資料保管庫で見つけたので、調合室があったらいいんですけど……」

 私は兵士たちに嘘をついた。
 それを聞いた兵士たちは、再建作業中の同僚をこの場に集めて行く。

「俺たちがナオ様の調合室を作ります!」
「ええ!? 再建作業は放っていいんですか?」
「俺たちが協力してやれば、再建作業の合間に調合室を作ることだってできるさ」
「ナオ様は宮廷警護団の副団長です。命令して下されば、エレナ様も反対は出来ないでしょう」
「なるほど……」

 副団長の権限が、ここで活きるのか。
 私は息を深く吸い、兵士たちに命じた。

「宮廷警護団、副団長ナオの命令です。再建作業が滞らないペースで並行して私の調合室を建築してください」
「はい!」

 兵士たちは私の命令に首を縦に振った。

 命令から半月後、”治療施設兼研究施設”という私専用の立派な建物が建てられた。

✼••┈┈••✼••┈┈••✼

「これで終わり……、と」

 私は額の汗をぬぐった。
 兵士たちは私の命令通り、建築してくれた。
 一目で研究施設だと分かるように、トナナ村の建材ではなく王都からの材料を多く使ってもらった。
 白い外壁は再建作業に使っている防壁と同じもの。屋根材は塗料を使って赤く染めてもらった。
 玄関を入ってすぐに”施術室”。怪我や病気をした患者を運び、治療できるようにした。
 左右には台所と研究室がそれぞれある。
 私は兵士たちに手伝ってもらい、施設の中に必要な家具類を入れた。
 作業が終わり、一人になった私は、研究室になっている右側の部屋に入った。

「さて……、調合を始めよう」

 研究室の内部を見渡した後、私は調合素材が置かれている机の前に立った。

「試しに、今使われている魔力強化薬を調合してみよう」

 独り言を呟きながら、私は魔力強化薬を作った。アレイラ戦争でも使われた”合法”な薬である。
 冒険者時代、魔力回復薬を自分で調合していたので、手順書さえあれば魔力強化薬も難なく作ることが出来る。
 魔力強化薬は錠剤が一般的だ。魔力回復薬の様に、都度摂取するものではなく、服薬すれば長時間作用するものだからだ。半面、副作用も強く出てしまうため、強化薬の使用は危機的状況に限られる。

「高位魔法習得と、威力は”魔法適正”が関係するんだっけ」

 私は聖属性の魔法適正が一〇〇と極端に偏っているため、火属性の魔法を唱える際は魔法強化薬を飲まなくてはいけない。

「試してみるか……」

 私は調合した強化薬を手に、台所へ向かった。
 薪を暖炉へ放り込み、私は魔法強化薬を飲んだ。そして、火の魔法を唱えた。
 杖の先から小さな火柱が発生し、それを薪に点けた。
 火の魔法適正が〇でも、魔力強化薬を飲めば薪に火を点けることができる。

「う……」

 初歩的な魔法なのに目眩がしてきた。
 私は椅子に座り、目眩を治めた。適性のない属性の魔法を無理矢理使ったから、その反動が体にきている。

「実験方法も考えておかなきゃ」

 さっき、火の魔法を唱えたことも実験方法の一つだが、別の属性を唱える度に体調を崩していては効率が悪い。自分の得意な聖属性魔法で試せる実験方法を考えておこう。

「次は――」

 この魔法強化薬をベースにいにしえの薬を試作する。
 ボロボロの本に書かれていた効能に、この薬がもっとも似ている。
 この薬に強い効能を得られる素材をあれこれ調合してゆけば、いつかいにしえの薬にたどり着くのではないか、というのが私の考えだ。
 私が注目した素材は”ブルークリスタル”である。
 これは、自然界にある魔力の残滓が蓄積し、長い時間を掛けて結晶化していったものだ。粉末にすれば、高価な魔法強化薬や魔力回復薬になる。嗜好品よりも軍事用途で使われることが多い魔石だ。

 私の目の前には拳ほどの大きさのブルークリスタルがある。
 民間では買えない高価な品だ。宮廷警護団の副団長という肩書がなければ入手はまず不可能だっただろう。

「うう、勿体ないけど……」

 私はそのブルークリスタルをすべて粉末にした。

 私がこの素材に目星を付けたのには理由がある。
 当時のカザーフ王国にはブルークリスタルの採掘できる現場が多くあったからだ。今は枯渇してしまっていて、希少品になってしまっているけど……。
 もし仮定が正しいなら、魔力強化薬にも惜しむことなくこの魔石が使われていたのではないか、と私は推測している。

「あとは根気の勝負だ」

 ブルークリスタルは確定として、他の調合素材については全く見当がついていない。

 私は様々な素材を手あたり次第に調合してゆき、いにしえの薬の試作に取り組み続けた。
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