赤羽根の白魔導士

Remi‘s World

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✼••┈第11話┈••✼ (決戦)

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 私は火と水の魔法を扱うことが出来る魔法兵たちを集め、彼らと共に防壁の上へ立った。

「……本当に効果があるのですか?」

 魔法兵の一人が不安げに私に問う。
 私は「大丈夫」とその魔導兵を励ました。

「水魔法! 放て!!」

 私の掛け声と共に、水魔法が破壊槌へ放たれる。しかし、水魔法は防御魔法によって弾かれ、勢いを失った水が地面へと流れる。帝国軍はこちらの魔法攻撃を気にしていない。きっと「無策だ」と嘲笑っている者もいることだろう。

「破壊槌に全く効果がありません」
「……続けて意味があるのでしょうか」
「いいの。詠唱を続けて」

 疑問に思う魔法兵を説き伏せつつ、水魔法を放たせた。
 次第に、破壊槌付近が泥へと変わり、帝国軍の動きが鈍くなったのが遠目からも分かるようになった。
 破壊槌を使うのは兵士だ。なら、地形を変えて敵の動きを鈍らせる。無力化は出来ずとも、弱体化はできる。

「水魔法、止め!」

 帝国軍の様子に変化が見えたところで、私は水魔法を止めさせた。
 水魔法が撃ち終わると同時に、鐘の音が鳴り響く。
 カザーフ軍を撤退させるための合図だ。次の段階に移るには味方軍を門の近くへ下がらせる必要がある。被害を最小に抑えるためだ。

「火魔法 用意!」

 私は次の作戦の合図を出した。
 魔導士たちが魔法の詠唱を始める。六人の魔力を合わせた爆炎魔法だ。

「放て!」

 合図と共に、巨大な火球が放たれた。
 六人の魔法を合わせれば、エレナ団長のような高火力の攻撃魔法を放つことが出来る。
 火球を放った直後、爆音が鳴り響いた。
 破壊槌に火球で穴が開く程の威力。何重に重ね掛けした”防御魔法”を突破した。
 破壊槌は爆発の反動で真横に倒れ、数人のアレイラ帝国軍兵が下敷きになっている。

「これで、あれは使えないも同然」
「作戦が成功したぞ!」
「このまま攻撃を続けますか?」
「一旦様子を見ましょう」

 これで防壁を破壊することが出来なくなった。
 こうなればアレイラ帝国軍は撤退しかないが、別の戦術を持っている可能性がある。

「……撤退しませんね」
「あなたたちは魔力が切れるまで火球をアレイラ陣に放ち続けなさい」
「はっ」
「水魔法を使える者たちは、足場を湿らせ彼らの動きを鈍らせなさい」
「分かりました」

 魔法兵に指示を送った後、私は回復魔法と蘇生魔法を使い分け、爆発で被害に遭った味方兵を癒してゆく。いにしえの薬のおかげか、皮膚が焼けてしまった兵士も生き返らせることが出来た。
 これなら、ここの戦いは皆に任せてもいいだろう。
 そう判断した私は、門の内側へ戻った。

「ナオ様!」
「今度は何!?」
「朗報です。連合軍の増援部隊が到着しました」
「……すぐに向かいます」

 連絡兵に呼ばれ、ここで、また問題が起こったのかと身構えたが、今度は良い知らせだった。
 予定よりも早い増援だ。もしかしたら王都へ向けた連絡兵と会い、事情を聞き、急いで来たのかもしれない。
 私は、増援部隊が集まっている場所へと走った。

✼••┈┈••✼••┈┈••✼

「ナオ様。初めまして。私はドラース王国槍兵隊、隊長、 ディラードと申します」
「私のことは……、もうご存知ですよね。自己紹介をする時間さえもったえないのです」
「アレイラ軍と交戦中と連絡兵から聞いております」
「その通りです」

 私はディラード隊長に現状を伝えた。
 十倍以上の兵力差があったが、私の白魔法で対抗していること、アレイラ帝国軍は防壁を突破する術を失ったが、撤退する様子がないことを短く話した。

「では、アレイラ帝国兵を後方へ押し返せばよいのですね」
「出来ますか?」
「ドラース王国槍兵隊の実力、ここでお見せしましょう!」

 ドラース王国。
 話には聞いたことがある。
 カザーフ王国の北方に位置し、”ファランクス戦法”を得意とする国だ。

「わが軍を後方へ下げます。戦法は――」
「”ファランクス陣形”を取るつもりです」
「……分かりました。後は、あなたたちに任せます。私たちは後方支援へ回りますね」

 ”ファランクス”。カーザフ軍に入った時に軍事訓練で教わった、黒魔導士が主力のカザーフ王国では使われていない戦術である。
 大盾と槍を持ち、隊列した兵士たちが、前進し、敵を後方へ押しのける戦術。
 これが今のアレイラ帝国軍に有効なのかは分からないが、今まで戦ってきた味方兵を休ませる時間くらいは稼げるだろう。
 ディラード隊長は、自国の兵士たちに指示を送っている。
 ディラード隊長が彼らに指示を送っている間、私は宮廷警護団員たちに戦力を入れ替えることを伝えに行った。

「ここで増援に来てくれんのはありがたいぜ」
「……というわけなので、もう一度”後退”の鐘を鳴らして貰っても――」
「分かった。合図はどうする?」
「魔法兵から上空に火球を飛ばして貰います。それで分かりますか?」

 合図について提案すると、団員はそれに頷いた。
 次に、私は防壁を登り”合図”を出してもらう魔法兵に団員と同様の内容を伝えた。

「ドラース王国兵が攻撃に出たら、俺たちはどうすれば――」
「引き続き魔法攻撃を――、と言いたいところですが……」

 魔法兵たちの顔に疲労が浮かんでいる。魔力回復薬を飲んでやっと――、といったところだ。
 私は魔法兵の様子を見て考えを改めた。

「一旦体を休めてください。随分疲れているでしょうから」
「ありがとうございます。ナオ様より非力で、穴があったら入りたいです……」

 魔法兵が限界となると、後方支援はバリスタと私の白魔法か。
 私は、近くにいた弓兵に作戦変更の旨を伝えた。
 それを伝え終える頃には、ドラース王国軍が門の前で隊列を組んでいた。
 合図を送ってもよさそうだ。

「魔法兵、火球を上空へ放て!」

 私は一人の魔法兵に命じる。
 上空へ火球が放たれると、”後退”の鐘が鳴った。
 この合図は一度やっている。なので、アレイラ帝国軍もこの鐘の音が後退だということは分かっているだろう。
 違うのは、固く閉ざされていた門が開かれることだ。

「皆、門の中へ戻れ!」

 宮廷警護団員が声を張り上げ、味方兵を門の中へ誘導している。

「弓兵、放て!」

 私は、弓兵に指示を送った。
 門が開けば、帝国軍は好機だと思い、総力をあげて前進してくるだろう。
 相手の突破手段を奪ったとはいえ、数はまだ向こうの方が上だ。増援が来てもそこは変わらない。
 水魔法を使って、地面をぬかるませたから、進軍する速度は遅くなっている。ドラース王国の兵と入れ替える時間はあると思うけれど、弓兵に牽制して貰うほうが確実だ。

「ナオ様、兵の入れ替え完了いたしました!」
「ご苦労。私は、ここでドラース王国軍の支援に入ります」
「はっ」
「怪我人の数は?」
「門内に戻れたのは軽症者のみです。重傷者、死傷者は自力で歩くことが出来ず、間に合いませんでした」
「……分かりました」

 なら、外にいる味方兵も癒してゆけばいい。
 連絡兵が去った後、私は門の外を見た。
 ドラース王国の一糸乱れぬ隊列はとても”美しい”。
 大盾と大槍を持った兵士が、規則正しく前進している。
 アレイラ帝国兵が戸惑っている姿も、ここから確認できた。戦術が変わったことで、対応も遅れ、後ろへ押されている。

(……そろそろ効果時間が切れる。ここで飲んでおこう)

 こちらが優勢、だが、何が起こるか分からない。
 二回目の服用からそろそろ三時間が過ぎる。効果が薄れる前にいにしえの薬を飲もう。
 私は、いにしえの薬を飲んだ。これで三度目の服薬になる。

「!?」

 いにしえの薬を飲んだ直後、私の身体に変化が起こった。
 あふれ出す魔力が抑えきれない。身体の外へどんどんあふれ出て行く感覚がする。

「ナオ様!? 体が青白く光っていますが――」
「問題ありません!」

 変化は外見にも出ているようだ。
 兵士の一人が私の異変に気付き、声を掛けてきた。
 魔力が体外にあふれ出ているだけなら現状問題はない。でも、時間が経つと膨張するかも分からない。
 身体に異変が起こる前に、私はカザーフ軍の負傷者たちを癒していった。
 回復魔法や蘇生魔法を放ったときの感覚は同じ、治療した負傷者の容態も変わりない。
 こころなしか、魔法を唱えると気分が良い。

(体内魔力があふれる前に、使いきればいいのか)

 三度目の服薬で身体に異変が出た。きっと、これがいにしえの薬の”副作用”だろう。
 でも、どんどん魔力があれるのなら、どんどん魔力を消費して、身体が弾けないようにすればいい。
 私は門の外にいるカザーフ国の兵士は全て癒した。

「え!?」

 私は自国の兵士を癒し、次はドラース王国の兵士の治癒に移ろうと、視線を映した。
 ドラース王国軍が思ったよりも前進しているのだ。
 これでは、私の白魔法は届かない。届いたとしても、効果はほぼないに等しい。
 それなら――。

「そこの魔法兵、風魔法は唱えられますか?」
「は、はい」
「着地の衝撃を和らげて下さい」
「えっ、ええ!?」

 私は魔法兵を信じ、防壁の上から、壁外へ勢いよく飛び降りた。
 数秒後、風魔法で私の身体が宙に浮き、ゆっくりと着地した。
 急な発言で魔法兵を驚かせてしまったみたいだが、ちゃんと仕事はしてくれた。戻ったらちゃんと謝ろう。
 私はドラース王国軍の後方部隊に向かって走った。その際に、負傷したドラース王国軍の兵士たちに回復魔法を飛ばしてゆく。

「あなたたち、どうしてここまで前進しているの!?」
「ディラード隊長の命令です!」
「そう」

 私は治療したドラース王国の兵士に聞いた。
 兵士は何食わぬ顔をして私の問いに答えた。
 兵士の表情を見た私は追及を諦めた。他に質問をしたとしても返って来る答えが「ディラード隊長の命令です」だと判ったからだ。

「……攻めに出るなんて!あの向こう見ずが!」

 私は、負傷兵・重傷兵を回復・蘇生しながらドラース王国の兵士を追いかけた。
 本陣に近づくごとに、負傷でうずくまっている者、死傷を負い起き上がれない者が増えていった。その頃には、詠唱の使い分けが面倒になり、魔力消費量の多い蘇生魔法のみを唱えていた。

「ドラース兵、止まりなさい!」

 私が叫んでも、ドラース王国兵は止まらない。
 アレイラ帝国軍は撤退はせず、防壁から少しずつ離れている。まるで、誘導されているような――。

「まさか!?」

 私がアレイラ帝国側の狙いが分かった時には、彼らの反撃が始まっていた。
 アレイラ帝国軍はドラース王国兵の両脇から攻撃を始めたのだ。
 ファランクス陣形が強いのは前方だけだ。
 防壁の近くは整備されているから、ファランクス陣形に向いていたが、離れてしまうと木々に囲まれた地形のため、側面からの反撃がしやすい。それを狙っていたようだ。

「側面から攻撃に対応せよ!」

 ドラース王国兵たちはディラード隊長の指示に従っているものの、側面の攻撃に注意が向けば、前方の攻撃が疎かになってしまう。
 向こうの兵数が勝る今、勢いはアレイラ帝国軍の方へ向いている。このままでは、ドラース王国兵は全滅してしまうだろう。
 
「怪我を恐れず戦いなさい! 傷は私が癒します!!」

 私はドラース王国兵に聞こえるよう大声を張り上げた。
そして、蘇生魔法を唱え、全ての負傷者を一瞬にして癒してゆく。いにしえの薬の副作用状態だからか、視認せずとも味方の負傷兵がどの辺りにいるのか感覚で分かる。

「おお! 斬られたはずなのに痛みがない」
「死んだと……と思ったのに、生きてる……?」
「これが……、ガルーダの羽根の威力か!」

 私の蘇生魔法を受けたドラース王国兵たちが感嘆している。
 アレイラ帝国軍の方は、兵力が減らず苦戦しているようだ。
 徐々にドラース王国兵のファランクス陣形も側面の攻撃に対応出来るようになり負傷兵も減って来た。

「撤退、撤退!!」

 林の奥にいるアレイラ帝国兵の一人が叫んでいるのが聞こえる。その言葉が聞こえたアレイラ帝国兵たちが自国領の方へ後退してゆく。

「……勝った」

 ぽつりと私が呟いた。
 圧倒的戦力差のある戦いに、勝った。

「我々の勝利だ!」
「うおおおお!」
「ガルーダの羽根、万歳!」

 ドラース王国兵の歓声を聞いた直後、緊張の糸が切れたのか、私の意識は薄れていった。

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