ある時計台の運命

丑三とき

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幕開けのツリーハウス

天使

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まずい。先ほどから、ジルさんが僕に遠慮している。胸の傷を覆うガーゼを変えてくれる時も、汗を拭いてくれる時も、手が直接触れないようにとても慎重になって僕を扱う。きっと僕が先ほどの肩ポンに怯えてしまったからだ。
申し訳なさすぎる。


残念なおつむで必死に絞り出した『とにかく触らせよう大作戦』を決行することにした僕は、背中に挟んだクッションを直すジルさんの腕を偶然を装って肩でかすってみたり、膝元にわざとペンを落として同じタイミングで拾おうとしてみたりした。あくまでも「やあ奇遇ですね」というふうに。

触れるたびにハッと身を引こうとするジルさんの目をじっと見て、良いんです良いんです僕が悪かったんですそんなに気を使われると困ってしまいます、というテレパシーを送る。
あ、ジルさんの目、とても綺麗な紫だ。珍しい、のかな?
この世界ではもしかしたら一般的なのかもしれないけれど、見慣れない虹彩の色に惹きつけられてしまう。

また、日が暮れてきた頃には「同じものばかりですまない。少し干し肉とケソ茸を増やしてみた。食べられる分だけでいい」と2度目のお食事を運んで差し出してくれたので、ふくらはぎ辺りを掻くふりをして前屈みになり、ジルさんの指を頬でかすめようとしてみた。

あ・・・。いけないこれはちょっと動きすぎた。
背骨と肋と腹筋と背筋が阿鼻叫喚している。変なふうに衝撃を与えてしまったようだ。

前にも後ろにも引けなくなった僕はそのままうつむき、うぅ、と声にならない唸りが息から漏れる。

「どうした!?アキオ、具合が悪いのか」

目を動かしてジルさんを窺うと、器とスプーンを荒々しくベッド脇の台に置き、立ち上がってこちらを覗き込んでいた。
両手は中途半端に上げられ、わきわきと置き場なく宙を彷徨っているのが面白い。
ずっと淡々と僕の世話をこなしていたジルさんに、初めて明らかな焦りが漏れ出していた。

なんかこれは、ほんの少しだけ可愛いかもしれない。
ジルさんは天使だ。僕のために料理もしてくれるし、手当もしてくれるし、焦ってくれるし。
厳かな顔をしていて仏頂面で分かりづらいのに、その様子は天使に見える。


「アキオ・・・?今、笑ったのか?」


どうやら僕は、大変、大変失礼なことに笑ってしまっていたらしく、ジルさんはまた別の種類の焦りと困惑を浮かべる。

僕はゆっくりと体勢を整え「大丈夫です」と紙に書いて伝えた。

「驚いた。無理をさせすぎて症状が悪化してしまったかと。
本当に平気なのか?気分が優れない時はすぐに伝えてほしい」

失礼すぎる行動も当たり前のように許してくれた。
幸いにも緩んだ空気が引き金になり、僕とジルさんの間にあった気まずさやよそよそしい雰囲気は少しずつ薄れ、再び図々しくも懸命に『とにかく触らせよう大作戦』を継続した結果、ジルさんはだんだん僕に触れても手を引っ込めなくなった。


作戦成功だ。




「アキオ、風呂はどうする?傷も治っていないし少し熱もあるようだから、しんどいようなら体を拭くのを手伝おう。」

外も暗くなった頃、ジルさんにそう問われた。

汗をかいていたのは、熱が出ていたかららしい。服の中も少々湿っぽい。
風呂か、入りたいかもしれない。
地下室での不愉快な入浴タイムを思い出さないわけでもないが、幼い頃に不潔に放置されていた思い出は未だに払拭できておらず、入れるときに入る、が鉄則。


至れり尽くせりだな。
うんうん、と頷き両手を可能な限り上げ、抱き上げろとせがむ身振りをする。


ジルさんの体幹は凄まじく、急な階段を降りるあいだも全く振動が伝わって来ない。軍人は音を立てずに歩く訓練でもするのだろうか。

下階も天井が高かった。吹き抜けになっている寝室の天井をここから見上げると、もう教会とかに来た感じ。
なるほど、この世界にはジルさんサイズの人間がウヨウヨしているのだな?

家は全体的に木造きづくりで、ツリーハウスの別荘みたいな雰囲気だ。

寝室の真下には予想通りキッチンがあり、近くには大きなダイニングテーブルと椅子が置かれている。テーブルを挟んだ向こう側には玄関と思われる扉があった。

キッチンのすぐ横にも扉があって、ジルさんはそちらを開いた。

扉の先はシャワールームになっており、室内と同じく壁面や天井全てが木造りだ。シャワールームと言っても僕のアパートの浴室より広くて、これなら2人で、いや5、6人くらいはまとめて入れそうだ。そんな状況は多分無いけれど。

僕を脱衣所の椅子に座らせて、それはそれはやりづらそうに脱がせる。

服を畳んで浴室の準備をするジルさんの目を盗み、踏ん張って立とうとしてみた。しかしやはり、薄々気づいてはいたが脚がいうことを聞かないのだ。ジルさんでいうところの「2ヶ月」もの間歩くことを許されていなかった僕の足は、筋肉が衰え、立ち方すら忘れてしまったらしい。

まあこれも好都合だ。
ジルさんは優しいけど、でも優しいからこそ、地雷がどこにあるかわからないし、そういう人の琴線に触れてしまった時の方が、怒られた時のショックが大きい。

とにかくまだ自分の行動力を見せるのは控えておきたい。

ジルさんはすっぽんぽんの僕を抱えて浴室に移動し、そこにもあった椅子に座らせる。シャワーヘッドのようなものはなく、見渡すと、直径はツナ缶くらい、長さは10センチほどの太い枝がジルさんの顔の高さにはえているだけだ。枝の先は綺麗に切断されていて、さもシャワーヘッドのような顔をしてこちらに向いている。
もしかして、君がシャワーベッドなのか?
そこから水が出て来るのか?
だとしたらびっくり現象だけど?

ジルさんが木製の風呂桶のようなものを枝の先にかざすと、ジャー、と音を立てて、水が桶に溜まっていく。
本当にびっくり現象が起きた上に、人感センサーも付いているのか。

服を着たままのジルさんは、僕の胸を覆う包帯を丁寧に解いて、水で濡らしたタオルで優しく傷の周りを拭ってくれた。
今気がついたことだが、胸以外にも細かい傷が全身の至る所に出来ていたようで、その全てを拭ってくれた。

てっきり一緒に入るのかと思ってたけどそうじゃないらしい。ジルさんなりの気遣いだろうか?しかし、自分だけすっぽんぽんで目の前にきっちり服を着た人が立っているのこの状況、恥ずかしいな。


「王都へ向かう途中、経由地の街に立ち寄って休憩を取る予定だ。そこまで行けばゆっくりと湯船に浸かれるから、それまでここで我慢してくれ」


そう言いながら傷を拭い終わったら、いつの間に泡立てたのか柔らかく良い匂いのする泡で、傷を避けながら頭と体をこれまた丁寧すぎる手つきで洗われた。
ここでも充分だけどな。

仕上げに桶の湯で泡を流される時、傷ついた全身がしみる覚悟で身構えたが、ただただ温かく心地よい湯が肌を滑るばかりだった。

何度かに分けて全身を流されたが一度も痛みが訪れることはなかった。不思議に思い、ジルさんが僕の肩から湯を落としている時に胸の真ん中を見てみると、傷の周りは透明の膜が張っているような感じになっており、湯は傷を避けて流れていた。

・・・あ、こういうシステムねー。
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