13 / 171
幕開けのツリーハウス
美味しい2日目
しおりを挟む
目が覚めると、美味しそうな香りがしていました。
昨夜、イガさんが帰った後「もう遅いから寝よう」と寝室に連れられた。
「私は下で」とぶったまげたことを抜かすジルさんの腕を僭越ながら掴ませていただき、隣をポンポンと叩いてここで寝ましょうと促した。
「いや、しかし」とはっきりしないジルさんに、御言葉ですが下に寝るところなんてどこにも有りませんでしたけど、というテレパシーを送りながら手の力を強めると、「いいのか?」と言いながら渋々布団に入ってきた。
むしろこちらが「いいのか?」という感じだけど、ここで「僕が下で寝ます」なんてことになったら絶対に気を遣わせてしまうし、また触れて来なくなる恐れがある。
大変気の毒ではあるが、ジルさんには一緒に寝てもらうのが最善だと判断した。
心地よい眠りを共有していたはずなのだが、目が覚めると隣にジルさんはいなくて、代わりに美味しそうな香りが僕の周りを取り巻いていた。
真下からは、
ーーートントントン
ーーージューッ
という音が絶え間なく聞こえて来る。
しまった、なんてことだ。これでは俗に言う『理想の新婚生活』ではないか。
昨日からジルさんに色々とさせっぱなしだ。
お世話になっているのはこちらの方なのに、と負い目を感じてしまう。
料理は出来ないけれど、片付けや準備くらいなら役に立てるかもしれない。とにかくなにかしなければ、とベッドを這い出して下に降りようとした。
が、自分が歩けない状態であることを失念しており、またもやガクンと膝から崩れ落ちてしまった。
デジャヴ。
ドタドタという足音と、ジルさんの「どうした!?」という声が聞こえて来る。
デジャヴ。
考えてみれば、僕を抱えている時の足音はほぼ無音で歩くのに、ドタドタバタバタガッシャラコンと音を立てるジルさん。よほど焦らせてしまったようだ。
「アキオ、怪我はないか?」
厳かな顔でお玉を持ったままのジルさんが僕の背を支えながらしゃがんでいる。
とてもミスマッチだ。
ジルさんは僕をベッドの縁へと座らせ、
「もう少し眠るか?それとも朝飯にするか?」
と聞いてきた。
そう言われたら少し眠たい気もするが、漂ってくる香りが鼻腔内をくすぐり、思わず下階を指していた。
『連れてけ』といわんばかりの身振りに、我ながら、何様のつもりだ、と思うがその頃には既に僕を抱え上げたジルさんが、階段をゆっくりと音を立てずに降りていた。
テーブルには食器がセットされている。
昨日と同じ椅子に下され、目の前に温かそうなミレの茶?が置かれる。
何を差し出されたってもう怖いものなど無い。
ゆっくりと、若干震えてはいるが道筋のはっきりした右手でカップを掴み、持ち上げる。筋肉の落ちきった腕には少しだけ重かったので、左手も一緒に添え、自らの口に運ぶ。
唇に当たる熱さは適温で、くっと傾けるといとも簡単に口内に流れ込んだ。
香ばしい匂いが鼻に抜け、飲み込んだ後のスッキリした後味に気分も爽やかに落ち着く。
味は、日本のほうじ茶によく似ている感じ。
一連の動作を眺めていたらしいジルさんは、ふっと微笑み、調理に戻っていった。
ふっ、って。ジルさんがふっ、てした。
心の中にいる僕が、「ジルさんが微笑んだー!」と拍手を送っている。
非常に縁起の良さそうなものを見たので、今日一日穏やかだろう。
「昨夜イガが届けてくれた食材を使ってみた。アキオの好物がわからなかったので色々と作った。食べられるものだけ食べてくれ」
自分も何かせねば、とは思うが満足に立てない足では余計迷惑をかけるだけだろう。
大人しく座って、次々と運ばれてくる皿を鑑賞する。
ジルさんは最初にパンを数種類置いてくれた。地下室で食べたのは全部硬かったので、この世界のパンはハードなものが主流なのかと思っていたが、目の前にあるのはどれもふかふかそうなパン。
日本のものと同じっぽいが、その形は見慣れぬものばかりだ。
三角錐のような形をしていたり、角の緩やかな菱形だったり。
それからフムスよりも少し水分の少ない、なんというかフムスとおからの中間みたいな主食。
嬉しいことに米のようなものもあった。形と匂いはどちらかというとインディカ米みたいなのではあるが、地下室では一度も米を口にしなかったので、すごく懐かしい。
主食だけでも3種類用意され、この時点で既に食べきれる自信は完全に無くなった。
次に運ばれてきたのは柔らかく煮込まれた豆みたいなやつ。形と色はグリーンピースのようだが、質感と大きさは黒豆のようにツルツルで大きめだ。何か黒いペラペラした小さい紙が千切られたようなものが和えられている。
そして、こちらは肉野菜炒めみたいな料理。肉というよりも、どちらかというとベーコンっぽいそれは薄く切られており、野菜は芽キャベツみたいだが色は黒い。
さらに具沢山のスープ。透き通ったスープの中には、野菜やキノコや芋のようなものが細かく刻まれて入っている。
サラダも用意してくれていて、新鮮でみずみずしい野菜は見ただけで体が健康になりそうだ。
パッと見、日本で見るものと同じに見えるが、所々にピンクの何かを角切りにしたものや、豆つぶサイズの葡萄みたいなもが散らばっている。
そして次の皿には、
って、ジルさんジルさん、これはとても食べきれないです。
キッチンの方を見ると、まだまだあるぞというふうにたくさんの皿を用意するジルさん。
朝からこの大量の料理を作ったのだろうか。
現在、ダイニングの時計は7時をさしている。何時に起きたの。
用意し終わったジルさんは僕の隣に座って、自分の食事を進めながらも、手の届かないものを取り分けてくれたり、溢しそうになるところをフォローしてくれた。
食器も使いやすいものを選べるように色んなのを用意してくれた。この世界にも箸は存在するようで、箸を器用に使う僕にジルさんは少し驚いていた。
ここでは‘欧米のようにフォークやスプーンを使うのがスタンダードなのかもしれない。
◆
ジルさんは、食べながら色々なことを話してくれた。
まず気になっていた時間のこと。
やはり元の世界と同じように、1分は60秒、1時間は60分。ダイニングの時計も、元の世界のと形も動き方も同じだった。
1年は12ヶ月で365日。ちなみに閏年は存在せず、10年に一度、閏日を8日~11日集めた「13月」を据え置き、400年間で計97日の閏日を設けるらしい。
ちなみにこの期間は全て祝日扱いで、ほとんどの人は仕事が休みだそうだ。羨ましい。
若干のシステムの違いはあれど、こうも時の流れが同じだとは。
全くの異世界で同じ時間が流れているこの感じはとても不思議だが、こんがらがらなくて過ごしやすい、
そして、この国のこと。
昨日の「戦争孤児」という言葉が気になっていたのだが、曰く、この国は25年前に終戦を迎えたそうだ。
戦争はなんと膠着状態を含め約30年もの間続き、多くの犠牲者が出たとのこと。
そのため戦前と戦後では社会情勢ががらんと変わってしまい、なんと当時の王様も命を落とし、現王はわずか5歳でその座につくことになったという。ということは今は30歳か。
ジルさんって何歳なんだろう、と気になったので聞いてみたら、王と同じく30歳だという。思ったより若い。
戦後、政治はめちゃくちゃになったが、現王や軍人などの尽力により国はずいぶん再建されたし、人攫いなどもかなり減ったようだ。それでもまだ犠牲者は絶えないらしい。
ジルさんは昨日から、僕が何を質問しても細かく丁寧に説明してくれる。子供ですら知っていそうな常識も、訝しむことなく教えてくれる。
だから彼の中の僕は記憶喪失の設定なのかなと思ったのだが、戦中や戦後に生まれた人たちは充分に教育を受けられておらず、多少世間知らずでも全く珍しくは無いのだそう。
なるほど、しばらくその設定でいこう。
それにしても、こんなに会話のある食卓は初めてだ。
厳密にいうと声を発しているのはジルさんだけなのだが。
実家ではもちろん会話自体無かったし、施設は人が多くてとにかく入れ替わり立ち替わり、食べた人から後片付けして準備して学校へ、という具合だったし、一人暮らしを始めてからはスーパーやコンビニで買ったものを1人で食べていた。
◆
食事を済ませた後は、「少し外に出て風に当たってみないか?気分転換になるかもしれん」というジルさんのお誘いに乗って、外に出た。
僕はそこで、常識を逸脱したものを目にすることになる。
昨夜、イガさんが帰った後「もう遅いから寝よう」と寝室に連れられた。
「私は下で」とぶったまげたことを抜かすジルさんの腕を僭越ながら掴ませていただき、隣をポンポンと叩いてここで寝ましょうと促した。
「いや、しかし」とはっきりしないジルさんに、御言葉ですが下に寝るところなんてどこにも有りませんでしたけど、というテレパシーを送りながら手の力を強めると、「いいのか?」と言いながら渋々布団に入ってきた。
むしろこちらが「いいのか?」という感じだけど、ここで「僕が下で寝ます」なんてことになったら絶対に気を遣わせてしまうし、また触れて来なくなる恐れがある。
大変気の毒ではあるが、ジルさんには一緒に寝てもらうのが最善だと判断した。
心地よい眠りを共有していたはずなのだが、目が覚めると隣にジルさんはいなくて、代わりに美味しそうな香りが僕の周りを取り巻いていた。
真下からは、
ーーートントントン
ーーージューッ
という音が絶え間なく聞こえて来る。
しまった、なんてことだ。これでは俗に言う『理想の新婚生活』ではないか。
昨日からジルさんに色々とさせっぱなしだ。
お世話になっているのはこちらの方なのに、と負い目を感じてしまう。
料理は出来ないけれど、片付けや準備くらいなら役に立てるかもしれない。とにかくなにかしなければ、とベッドを這い出して下に降りようとした。
が、自分が歩けない状態であることを失念しており、またもやガクンと膝から崩れ落ちてしまった。
デジャヴ。
ドタドタという足音と、ジルさんの「どうした!?」という声が聞こえて来る。
デジャヴ。
考えてみれば、僕を抱えている時の足音はほぼ無音で歩くのに、ドタドタバタバタガッシャラコンと音を立てるジルさん。よほど焦らせてしまったようだ。
「アキオ、怪我はないか?」
厳かな顔でお玉を持ったままのジルさんが僕の背を支えながらしゃがんでいる。
とてもミスマッチだ。
ジルさんは僕をベッドの縁へと座らせ、
「もう少し眠るか?それとも朝飯にするか?」
と聞いてきた。
そう言われたら少し眠たい気もするが、漂ってくる香りが鼻腔内をくすぐり、思わず下階を指していた。
『連れてけ』といわんばかりの身振りに、我ながら、何様のつもりだ、と思うがその頃には既に僕を抱え上げたジルさんが、階段をゆっくりと音を立てずに降りていた。
テーブルには食器がセットされている。
昨日と同じ椅子に下され、目の前に温かそうなミレの茶?が置かれる。
何を差し出されたってもう怖いものなど無い。
ゆっくりと、若干震えてはいるが道筋のはっきりした右手でカップを掴み、持ち上げる。筋肉の落ちきった腕には少しだけ重かったので、左手も一緒に添え、自らの口に運ぶ。
唇に当たる熱さは適温で、くっと傾けるといとも簡単に口内に流れ込んだ。
香ばしい匂いが鼻に抜け、飲み込んだ後のスッキリした後味に気分も爽やかに落ち着く。
味は、日本のほうじ茶によく似ている感じ。
一連の動作を眺めていたらしいジルさんは、ふっと微笑み、調理に戻っていった。
ふっ、って。ジルさんがふっ、てした。
心の中にいる僕が、「ジルさんが微笑んだー!」と拍手を送っている。
非常に縁起の良さそうなものを見たので、今日一日穏やかだろう。
「昨夜イガが届けてくれた食材を使ってみた。アキオの好物がわからなかったので色々と作った。食べられるものだけ食べてくれ」
自分も何かせねば、とは思うが満足に立てない足では余計迷惑をかけるだけだろう。
大人しく座って、次々と運ばれてくる皿を鑑賞する。
ジルさんは最初にパンを数種類置いてくれた。地下室で食べたのは全部硬かったので、この世界のパンはハードなものが主流なのかと思っていたが、目の前にあるのはどれもふかふかそうなパン。
日本のものと同じっぽいが、その形は見慣れぬものばかりだ。
三角錐のような形をしていたり、角の緩やかな菱形だったり。
それからフムスよりも少し水分の少ない、なんというかフムスとおからの中間みたいな主食。
嬉しいことに米のようなものもあった。形と匂いはどちらかというとインディカ米みたいなのではあるが、地下室では一度も米を口にしなかったので、すごく懐かしい。
主食だけでも3種類用意され、この時点で既に食べきれる自信は完全に無くなった。
次に運ばれてきたのは柔らかく煮込まれた豆みたいなやつ。形と色はグリーンピースのようだが、質感と大きさは黒豆のようにツルツルで大きめだ。何か黒いペラペラした小さい紙が千切られたようなものが和えられている。
そして、こちらは肉野菜炒めみたいな料理。肉というよりも、どちらかというとベーコンっぽいそれは薄く切られており、野菜は芽キャベツみたいだが色は黒い。
さらに具沢山のスープ。透き通ったスープの中には、野菜やキノコや芋のようなものが細かく刻まれて入っている。
サラダも用意してくれていて、新鮮でみずみずしい野菜は見ただけで体が健康になりそうだ。
パッと見、日本で見るものと同じに見えるが、所々にピンクの何かを角切りにしたものや、豆つぶサイズの葡萄みたいなもが散らばっている。
そして次の皿には、
って、ジルさんジルさん、これはとても食べきれないです。
キッチンの方を見ると、まだまだあるぞというふうにたくさんの皿を用意するジルさん。
朝からこの大量の料理を作ったのだろうか。
現在、ダイニングの時計は7時をさしている。何時に起きたの。
用意し終わったジルさんは僕の隣に座って、自分の食事を進めながらも、手の届かないものを取り分けてくれたり、溢しそうになるところをフォローしてくれた。
食器も使いやすいものを選べるように色んなのを用意してくれた。この世界にも箸は存在するようで、箸を器用に使う僕にジルさんは少し驚いていた。
ここでは‘欧米のようにフォークやスプーンを使うのがスタンダードなのかもしれない。
◆
ジルさんは、食べながら色々なことを話してくれた。
まず気になっていた時間のこと。
やはり元の世界と同じように、1分は60秒、1時間は60分。ダイニングの時計も、元の世界のと形も動き方も同じだった。
1年は12ヶ月で365日。ちなみに閏年は存在せず、10年に一度、閏日を8日~11日集めた「13月」を据え置き、400年間で計97日の閏日を設けるらしい。
ちなみにこの期間は全て祝日扱いで、ほとんどの人は仕事が休みだそうだ。羨ましい。
若干のシステムの違いはあれど、こうも時の流れが同じだとは。
全くの異世界で同じ時間が流れているこの感じはとても不思議だが、こんがらがらなくて過ごしやすい、
そして、この国のこと。
昨日の「戦争孤児」という言葉が気になっていたのだが、曰く、この国は25年前に終戦を迎えたそうだ。
戦争はなんと膠着状態を含め約30年もの間続き、多くの犠牲者が出たとのこと。
そのため戦前と戦後では社会情勢ががらんと変わってしまい、なんと当時の王様も命を落とし、現王はわずか5歳でその座につくことになったという。ということは今は30歳か。
ジルさんって何歳なんだろう、と気になったので聞いてみたら、王と同じく30歳だという。思ったより若い。
戦後、政治はめちゃくちゃになったが、現王や軍人などの尽力により国はずいぶん再建されたし、人攫いなどもかなり減ったようだ。それでもまだ犠牲者は絶えないらしい。
ジルさんは昨日から、僕が何を質問しても細かく丁寧に説明してくれる。子供ですら知っていそうな常識も、訝しむことなく教えてくれる。
だから彼の中の僕は記憶喪失の設定なのかなと思ったのだが、戦中や戦後に生まれた人たちは充分に教育を受けられておらず、多少世間知らずでも全く珍しくは無いのだそう。
なるほど、しばらくその設定でいこう。
それにしても、こんなに会話のある食卓は初めてだ。
厳密にいうと声を発しているのはジルさんだけなのだが。
実家ではもちろん会話自体無かったし、施設は人が多くてとにかく入れ替わり立ち替わり、食べた人から後片付けして準備して学校へ、という具合だったし、一人暮らしを始めてからはスーパーやコンビニで買ったものを1人で食べていた。
◆
食事を済ませた後は、「少し外に出て風に当たってみないか?気分転換になるかもしれん」というジルさんのお誘いに乗って、外に出た。
僕はそこで、常識を逸脱したものを目にすることになる。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
361
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる