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旅路
生い立ち②
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「一緒にご飯を食べたり、お風呂に入ったり、楽しくお喋りした記憶はありません。
何日も何も食べられなくて、お腹が空きすぎて、伸び切った爪を噛んで耐えたこともあった。それでも耐えられなくて泣き叫んだら、こっちも見ずにスリッパや本を投げられた。悲しくて、辛くて、情けなくて、悔しかった。
両親の中に僕は存在しない。それはいつしか確信に変わっていました。そしてだんだん、自分が本当にこの世に存在しているのか分からなくなってきた。何をしても現実感というものが湧かなかったんです」
チ、チ、チ、と小さく小さく響くのは、懐中時計の秒針だろうか。僕の心臓も同じリズムを刻んでいる。2つの音が耳の中で混じり合い、とてつもなく心地の良い和音が生まれ、頭がますます冴え渡る。頭が冴え渡ると、記憶はどんどん蘇る。
「2人は時々、僕に暴力や暴言を浴びせます。
で、次の日にはまた僕は居なくなっていて、無視される。またしばらくしたら酷いことをされて。それの繰り返しです。
暴力はどんどん酷くなっていきました。小さい時は物を投げられたり怒鳴られたりする程度だったけど、体が大きくなってくると、殴られたり、蹴られたり、床に叩きつけられたり、水をかけられたり」
「助けを求められなかったのか?」
「助けなんて求めなくて良かったんです。だって、暴力を振るわれている瞬間、僕は嬉しかった。その時だけは2人が僕を見てくれるから。
痛くてしんどくて、体がアザで変色したり足が腫れ上がったりしても、絶対に誰にもバレないようにした。誰かに両親を非難されるのが怖かった。変ですよね。こんなに酷いことされておきながら。
どんどんエスカレートしていく虐待に周囲の大人が気付き始めたんだと思います。12歳からは、施設というところに入れられました。僕みたいな子供や、親の居ない子供が生活する場所です。
そこに入って両親と離れてからは、一度も暴力を受けていません。というより、それから一度も会っていません。
学校も行って、大人になって仕事もして、本当に何事もなく過ごしていました。
でも、たったひとつだけ。
『僕は本当に生きているのか』っていう、この感覚だけはいつまで経っても消えなかった。
何だかずっと夢を見ているみたいで、僕の周りに、外部との関わりを絶とうと透明の膜が張っているような感覚でした。
僕が一体誰なのか僕自身が探しているのを、第三者として傍観しているみたいだった。
だから必死でした。
自分が本当に生きているか分からないのに死ぬのも怖くて、もうどうしたらいいかずっとずっと分からなかったんです。
『現実』だけを求めて色んな人の人生に関わった。人の生き方を知れば僕の周りを取り囲む膜も晴れると思ったから。
多くの人の人生に土足で踏み込むだけ踏み込んで、その結果、自分の中には喜怒哀楽のどれも生まれなかった。とても冷たい人間です。
この世界に来る直前にやっていた仕事なんて最悪です。
僕は、新聞の記者でした。
ある時連続殺人犯が捕まって、僕はその事件の犯人や被害者遺族を、何の罪も無い人たちの人生をかき回しました」
それから僕は自分の非道い行いを曝け出した。悲しみに暮れる被害者の家族に心ない言葉ばかりぶつけたこと。それは自分の仕事をこなすためだけでしかなかったこと。犯人の知人というだけで大勢の人間に家に押しかけられ、安息を崩壊された人が居たこと。僕はその‘‘大勢の人間‘’の1人だったこと。
ジルさんは何も言わず、一定のリズムで僕の胸をぽんぽんと叩いてくれていた。そのリズムが心地よくて、言葉は次々と僕の体内をすり抜けてジルさんに向かう。
「終戦間もないこの世界には、僕が想像できない様な苦しみを経験している人が山ほどいるのに、皆負けずに頑張っているのに、不幸話みたいなことをしてすみません。
ただ、この世界に来てから幸せに過ごしているのは本当です。追い求めていた現実を肌で感じてる。幸せすぎて、本当に生きているのかって逆に不安になった事もあったけど、その時もジルさんが優しく言葉をかけてくれました。
確かに自分は存在しているっていうのが分かってきたから、多分、今更になって自分が両親を恐れていたことに気付いたんだと思います。それで、これまで起きた色々なことが一気に怖くなってきて。ずっと平気だったのに。急に僕、弱くなっちゃいました」
「両親を、恨んでいるか?」
あやすように問うジルさんに、首をふる。
「恨むことが、どうしてもできない。
おそらく今でも両親が唯一の心の拠り所なんだと思います。結局、両親の記憶をずるずると引きずっていつまでも抜け出す事ができず他人ばかり傷つけている自分が何より嫌いです。両親を恨めない自分が誰より憎いです。
この世界で人攫いに監禁されたのも、そうやって人を傷つけて生きてきた僕への当然の報いだと思います」
「それは違う。君に罪は無い。あのような行いが報いなどとそんな馬鹿げた話があるか」
「ジルさん・・・」
ジルさんは一瞬怖い表情になったけど、すぐにいつもの優しい顔に戻った。
何日も何も食べられなくて、お腹が空きすぎて、伸び切った爪を噛んで耐えたこともあった。それでも耐えられなくて泣き叫んだら、こっちも見ずにスリッパや本を投げられた。悲しくて、辛くて、情けなくて、悔しかった。
両親の中に僕は存在しない。それはいつしか確信に変わっていました。そしてだんだん、自分が本当にこの世に存在しているのか分からなくなってきた。何をしても現実感というものが湧かなかったんです」
チ、チ、チ、と小さく小さく響くのは、懐中時計の秒針だろうか。僕の心臓も同じリズムを刻んでいる。2つの音が耳の中で混じり合い、とてつもなく心地の良い和音が生まれ、頭がますます冴え渡る。頭が冴え渡ると、記憶はどんどん蘇る。
「2人は時々、僕に暴力や暴言を浴びせます。
で、次の日にはまた僕は居なくなっていて、無視される。またしばらくしたら酷いことをされて。それの繰り返しです。
暴力はどんどん酷くなっていきました。小さい時は物を投げられたり怒鳴られたりする程度だったけど、体が大きくなってくると、殴られたり、蹴られたり、床に叩きつけられたり、水をかけられたり」
「助けを求められなかったのか?」
「助けなんて求めなくて良かったんです。だって、暴力を振るわれている瞬間、僕は嬉しかった。その時だけは2人が僕を見てくれるから。
痛くてしんどくて、体がアザで変色したり足が腫れ上がったりしても、絶対に誰にもバレないようにした。誰かに両親を非難されるのが怖かった。変ですよね。こんなに酷いことされておきながら。
どんどんエスカレートしていく虐待に周囲の大人が気付き始めたんだと思います。12歳からは、施設というところに入れられました。僕みたいな子供や、親の居ない子供が生活する場所です。
そこに入って両親と離れてからは、一度も暴力を受けていません。というより、それから一度も会っていません。
学校も行って、大人になって仕事もして、本当に何事もなく過ごしていました。
でも、たったひとつだけ。
『僕は本当に生きているのか』っていう、この感覚だけはいつまで経っても消えなかった。
何だかずっと夢を見ているみたいで、僕の周りに、外部との関わりを絶とうと透明の膜が張っているような感覚でした。
僕が一体誰なのか僕自身が探しているのを、第三者として傍観しているみたいだった。
だから必死でした。
自分が本当に生きているか分からないのに死ぬのも怖くて、もうどうしたらいいかずっとずっと分からなかったんです。
『現実』だけを求めて色んな人の人生に関わった。人の生き方を知れば僕の周りを取り囲む膜も晴れると思ったから。
多くの人の人生に土足で踏み込むだけ踏み込んで、その結果、自分の中には喜怒哀楽のどれも生まれなかった。とても冷たい人間です。
この世界に来る直前にやっていた仕事なんて最悪です。
僕は、新聞の記者でした。
ある時連続殺人犯が捕まって、僕はその事件の犯人や被害者遺族を、何の罪も無い人たちの人生をかき回しました」
それから僕は自分の非道い行いを曝け出した。悲しみに暮れる被害者の家族に心ない言葉ばかりぶつけたこと。それは自分の仕事をこなすためだけでしかなかったこと。犯人の知人というだけで大勢の人間に家に押しかけられ、安息を崩壊された人が居たこと。僕はその‘‘大勢の人間‘’の1人だったこと。
ジルさんは何も言わず、一定のリズムで僕の胸をぽんぽんと叩いてくれていた。そのリズムが心地よくて、言葉は次々と僕の体内をすり抜けてジルさんに向かう。
「終戦間もないこの世界には、僕が想像できない様な苦しみを経験している人が山ほどいるのに、皆負けずに頑張っているのに、不幸話みたいなことをしてすみません。
ただ、この世界に来てから幸せに過ごしているのは本当です。追い求めていた現実を肌で感じてる。幸せすぎて、本当に生きているのかって逆に不安になった事もあったけど、その時もジルさんが優しく言葉をかけてくれました。
確かに自分は存在しているっていうのが分かってきたから、多分、今更になって自分が両親を恐れていたことに気付いたんだと思います。それで、これまで起きた色々なことが一気に怖くなってきて。ずっと平気だったのに。急に僕、弱くなっちゃいました」
「両親を、恨んでいるか?」
あやすように問うジルさんに、首をふる。
「恨むことが、どうしてもできない。
おそらく今でも両親が唯一の心の拠り所なんだと思います。結局、両親の記憶をずるずると引きずっていつまでも抜け出す事ができず他人ばかり傷つけている自分が何より嫌いです。両親を恨めない自分が誰より憎いです。
この世界で人攫いに監禁されたのも、そうやって人を傷つけて生きてきた僕への当然の報いだと思います」
「それは違う。君に罪は無い。あのような行いが報いなどとそんな馬鹿げた話があるか」
「ジルさん・・・」
ジルさんは一瞬怖い表情になったけど、すぐにいつもの優しい顔に戻った。
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