ある時計台の運命

丑三とき

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王都

恋バナ

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目が覚めて最初に感じたのは疲労だった。
普段使わない筋肉でも使ったのだろうか、布団から出るのに少しだけ時間がかかってしまう。


なんだか気だるい。

やっとのことで起き上がり、顔を洗いに行く前にひとまず中継地点のソファに腰を落ち着ける。


それにしても、あんなところが気持ちいいなんて、体がおかしくなったのかと思った。


………………


ーーーぶわっ

不意打ちに襲って来た記憶のせいで全身の血が顔へと集まった。
ふるふると首を振って物理的に追い払おうと努めてみる。



ーーーコンコンコンッ

「おはようございますアキオ様!お目覚めですか?」

「わぁっ、ど、どうぞ入って…」

水を浴びた犬のように頭をブルブルさせていると、ドアの外から元気な声が響いた。
跳ね上がる心臓を落ち着け、慌てて何でもないように装う。

「失礼します。昨夜はよく眠れましたか?なんだかお疲れの様子でし、た、ので……」

「お、おはよう。ユリ」

「アアアアアキオ様!?!?
いったい、いったい何なんですかそのお顔は…!!!」

「え、なに…?」

掴みかからんとする勢いで部屋に入ってくるユリ。
朝から元気だ。


「鏡を、鏡をご覧になって下さい!」

ユリはズボンのポケットから手鏡を出してこちらに向ける。そこに映った自分の顔は、目も当てられないほど真っ赤で、目は情けなく潤んでいて、自分で言うのは憚られるがそれはそれはいやらしかった。

「うわ……なにこれ」

「そのお顔のまま城の者と会ってはなりませんからね!落ち着くまで今日はお部屋でお過ごしください」

「でも、今日は勉強…」

「お勉強はお部屋でも出来ます!!残念ですが、朝食は今日もこちらに持って参りますからね」

ピシッと人差し指を立てて言われる。

「言ったでしょう?アキオ様。
軍人なんて全員獰猛な獣だとお思いくださいと。頭の中はいやらしいことしか考えてないんだからそのようなお姿を見られたら最後、もうすっごい……いや、そんな事はわたくしがさせませんのでご安心ください。もしアキオ様をいやらしい目で見るような輩がおれば、わたくしがブッこ」

「ユリも?」


「……え?」


「ユリも、その…いやらしいこと考えたり…するの?」


なんて不躾なことを聞いてしまったんだと後悔したが、ユリは予想に反してけろっとした顔で

「当たり前じゃありませんか」

と言った。

「そうなの?」

「ええ。男たるもの色気が必須!
あっ、でもご安心ください。もちろんわたくしはアキオ様に手を出そうなどとそんな野蛮なことは一切考えておりませんよ!
恥ずかしながら、根性皆無の恋人がおりまして。いつもいつも寝室に誘うのはわたくしの方なんです。こちとら据え膳整えてるんだからさっさと手を出して来れば良いものを…あの手この手と色仕掛けをするわたくしの身にもなってご覧なさいって感じで……あ…も、申し訳ございません!くだらない話を」

「良かった……」

清廉潔白ですって顔に書いてありそうなユリでも、昨日僕がなったような気持ちになったりするんだ。
もしかして、それっていたって普通のことなのかもしれない。


「……アキオ様?
何か悩まれておられるのですね?
もしよろしければ、お話しいただけませんか?」

「うん…その、僕ね。ジルさんに触れられると、もっと触ってほしくなって、体が反応してしまうんだ。こんなのはしたないから絶対に駄目だって思ってたんだけど、おかしくない?これって変なことじゃないのかな…?」



自分だけでは無いという安心感から、口が緩み話さなくていい事まで話してしまった気がする。

その証拠にユリが固まって動かない。




「…………………………ぴゅ」




「ぴゅ?」

「ぴゅわ………」

ほわほわ~っとみるみるうちに赤く染まっていくユリは、両手で顔を隠し指の隙間から目を出してこちらを見る。

「おかしくなどありません!むしろ健全な証でございます!」

「本当に?良かった」

「と言うことは、お顔の原因は……
アキオ様、ぜひ詳しくお聞かせ願います!!」


「詳しく、って言ってもね。
あまり大きな声では言えないけど、昨日ジルさんと、その…いっぱい触ってもらったの…」

「あぁ……恥じらうお姿もなんと尊き天使のようだ……素晴らしい。同じ空気を共有できているというこの事実が信じられない…」

「ユリ?」

「あぁ!申し訳ございませんこちらの話です。
なるほど。アキオ様がジルルドオクタイ最高司令官と既にそういったご関係とは…まぁお二人の雰囲気を見るに何となくそんな気はしておりましたが」

「いや、でも、僕が勝手にジルさんを想っているだけだから」




「……………は?」

「へ?」

キラキラほわほわさせていた可愛いお顔から一変、瞬時に光が消え去り、冷やかな"無"の表情へと変わった。
ちょっと怖い。

「と、いうことは…まだアキオ様の想いは成就しておられないと」

「…そういうことに、なります」

「にもかかわらず司令官はアキオ様のご尊体をいいようにしたと言う事ですか!?
いくら司令官とはいえ許せません!ちょっとわたくし今から一、二発殴って参りますっ!」

今度は鬼瓦のような恐ろしい形相に変化する。
ユリって表情豊かだなあ…。

「そうじゃないんだユリ!実は…」

ジルさんを殴る気満々で鼻息荒く出て行こうとするユリを引き止める。
僕は、昨日の夜に飴を口にした事も、何回果てても熱が治まらなかった事も、ジルさんに触られた場所まで全部馬鹿正直に話していた。


「なるほど、それはお辛かったですね…。たしかに軍の講義でも、純人間と我々とでは体質が違っていたと聞いたことがあります。しかしこの世に純人間が存在していたのは何千、何万年も前の話。誰にも明確なことが分からないというのが現状です」

「そうなんだね」

「わたくしも注意していれば…本当に申し訳ございませんっ!」

「やめてよユリ、謝らないでって言ったでしょう?それに、今回のことは完全に自業自得だから」

「…っこれからは、細心の注意を払います!」

「ありがとう。僕も気をつける」

そっか。
よく考えたら、今この世に純粋な人間は僕ひとりだけだ。しかもそれより前に存在したのは始祖の時代。そりゃ誰にも分からないよね。


「それでアキオ様、いかがでした?」

これからは食べ物にも気をつけないといけないなあと考えていると、藪から棒にユリが尋ねてきた。

「いかがって?」


「気持ち良かったですか?」

コソコソと内緒話のように囁く聞くユリの言葉を聞いた途端、ボンッ!と顔が爆発する音が聞こえた。




「…………もしかして、アキオ様はまだどなたとも体を重ねられたご経験が無いのですか…?」


「…………うん」


「………………………良い………。」


「ユ、ユリ?鼻血出てる。ティッシュティッシュ」

テーブルに置いてあったティッシュを数枚抜き取りユリの鼻にあてる。

「だるほど、べテ隊員がおっしゃっでいだ『応援しであげで』どは、ごどごどだったどですで」


………メテさん、ユリに何言ったの。


一瞬で鼻血を引っ込めたユリは、よし、と何かを決意したように拳を握った。

すごい。止血のコツでもあるのかな?今度習おう。


「アキオ様。こうなったらどんな手を使ってでも司令官をその手中に収めるのです!わたくし陰ながら全力で応援させていただきます!」


…なんか、メテさんみたいなのが1人増えた。
やっぱりちょっと恥ずかしいな。
でも応援してもらえるのってすごく嬉しい。


今度ユリの恋人にも会ってみたい。
それで一緒にお菓子を食べながら、惚気話とか仲良し自慢とかも聞きたい。

うわ、すごくワクワクしてきた…!
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