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王都
子供扱い
しおりを挟むその理由は分からなかったけど、何故か受け入れなければならないような気がした。
「…分かりました」
そう言うと、ジルさんは体を起こして肘を付き、僕の頭をふわりと撫でる。暗さに目も慣れ、ぼんやりと彼のシルエットが隣に浮かぶ。
「あのっ、じゃあ…ありがとう、ござい…ました…?」
謝罪が出来ないのであればせめて感謝の気持ちを表さないと。
悩みながらも伝えると、僕の髪をやわやわと触れていた手が止まり、沈黙が流れる。
…あ間違えた。
あんなことさせておいてお礼言うなんて、ただの変態じゃん。
「アキオ…」
「いや、だ、だって、本当に自分がどうにかしちゃったみたいで怖かったから。ジルさんが居てくれなかったら、どうなってたか…」
言い訳がましくなってしまった言葉を受けて、ジルさんは少しだけ躊躇した様子を見せながら「ひとつ聞きたい」と言った。
「はい…何でしょう…」
「私に触れられた事は…怖く、無かったか」
ジルさんにしては珍しく歯切れが悪くこわばった声で、なんとも突飛な事を聞いてきた。
「っそんなの、ジルさんが怖いわけ無いじゃないですか!」
「そうか、良かった…アキオは優しいな」
「優しい?」
「これでも罪悪感に押し潰されそうになっていたんだ。君のような子に手を出し、恐ろしい思いをさせてしまったのではないかと」
予想もしていなかった懺悔に一瞬思考が固まる。
申し訳なさそうにつぶやく姿が痛々しい。
そっか。だから謝罪を拒否したんだ。僕を怖がらせてしまったと思ったから。
君のような子、って、やっぱりジルさんには子供だと思われてるのかな。そうだとしたらちょっと堪えるけど、罪悪感を与えてしまっていた事の方がもっと嫌だった。
「ひとりであんな風になってすごく不安で、何も考えられなくてただただ怖かったんです。その…情けない姿を見せてしまったのは嫌だし申し訳ないし、不本意だけど、ジルさんが来てくれて本当に安心したんです。だからありがとうございます」
格好悪い必死のお礼も受け止めてくれたようで、頭には心地いい温もりが戻った。
3、4回撫でられたところでジルさんがはっと思い出したように息を漏らし、
「しかし、なぜあんな物を持っていたんだ?」
と尋ねる。
「…あんな物?」
「潤滑油だ。小瓶がいくつかあっただろう。貰ったと言っていたな」
ああ、あのおまけか。
「練り油を売ってくれたおばちゃんが、いっぱいくれたんです。イガさんとメテさんの分も、って」
「そうだったのか。それは良かったな」
ほら、また子供に言うみたいに微笑ましそうに言う。
いいんだいいんだ。覚えてろよ。これからこてんぱんに(?)オトしてやるんだからな。
などと心の中で強気を演じてみる。
ていうか、あれ練り油じゃなかったんだ。
潤滑油…って言った?
「あの、潤滑油って何ですか?」
「そのままの意味だ。行為の際の滑りを良くする」
「行為……」
行為って、行為だよね。
そのくらいわかる。
だって子供じゃないもの。
え、おばちゃん………そんなのくれたの?
確かに練り油を買う時、恋人への贈り物か聞かれた気がする。
……あーーー、
よし。イガさんとメテさんにあげよう。
いや別に、深い意味は無い。
おばちゃんに言われた通りにするだけで……
もう…なんかせっかくいつもの雰囲気に戻りかけたのに、勝手に一人で気まずくなっちゃった。
自分の中に居座る羞恥と決まり悪さのせめぎ合い断ち切るためにも、できれば触れたく無い話題に再度飛び込む覚悟を決めた。
「ジルさん、今日のことは…忘れてください。迷惑かけておいてこんなこと言うのは無礼だって分かっています。でも…」
「アキオが望むならそうしよう。が、迷惑をかけただなんて思わないでくれ」
「はい…ありがとうございます…」
僕の失礼な要望は、いとも簡単に通ってしまう。
いつもだ。
いつもジルさんは僕の望む言葉をくれる。
だから僕もジルさんが望む事をしたいけど、それが何か分からないんだよな。
考え込んでいたら眠気がどこかへ行ってしまった。
「アキオ、今日は城の中を回ったらしいな。どうだ。面白いものはあったか?」
「ぁ……はい、図書館が」
ジルさんは全てを見透かしたように、その落ち着く声でなんてことない話を続けてくれる。
「図書館か。あそこは落ち着くだろう」
「はい。紙の匂いがとても心地良くて、いつまでも居座ってしまいそうです」
「好きなだけ居座ってくれて構わない。が、時間を忘れないように気をつけなさい。夜までには必ずここへ戻って来ること。分かったか?」
「ふふ、分かりました」
やっぱり子供扱いされてるけど、僕のために言ってくれているっていうのが伝わるから嬉しくてたまらなくなってしまう。
多分今、これまでで一番上手に笑えてる。
暗いのが勿体無い、なんて思っていたら、頭を撫でていた手が頬に移った。
「笑顔の君も、いつもとはまた違った魅力が有るな」
…………これだもんな。
天然たらしさんは手のひらを僕の頬に添え、親指の腹は肌の感触を確かめるように往復する。
あ、ジルさんの手、カサカサじゃ無くなってる。
練り油を塗ったのかな。自分が贈ったものを使ってくれるって、こんなに嬉しいんだ。
「っ…そうだ!ジルさん、僕明日から勉強させてもらえることになったんです。えっと、オグ……そう、オグルィ先生、っていう先生が教えてくれると、ユリが言っていました」
「オグルィ先生か。それは良い先生に付いて貰ったな」
オンになりかけた照れスイッチをオフにするため分かりやすく話題を変え出した僕にも、嫌な態度ひとつせず付き合ってくれる。
これが大人の余裕か。
「すごい方なんですか?」
「ああ。オグルィ先生の講義は軍人の間でも人気だ。確か先日100歳を迎えたらしい」
「ひゃく……それは、すごいですね」
「分からないことが有れば何でも尋ねるといい。きっと頼りになる」
「はい」
それから今日のユリが面白かった話や、昇降機にびっくりした話、食堂に行くのが楽しみな話などをしているうち、体力が尽きたのか、いつの間にか泥の様に眠っていた。
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