ある時計台の運命

丑三とき

文字の大きさ
139 / 171
王都

運命の日③

しおりを挟む





「やあアキオ君、この間ぶりだね」

「先生、こんにちは」

「その後どうだい?体調など崩していないかい?」

「はい。おかげさまで、弱音を吐きながら元気にやっています。体も心も」

「それはとても健やかだね。困ったことがあれば何でも言ってね。
……さて、さっそく本題に入ってもいいかい?」

「おねがいします……」

拳にギュッと力を込めていると、大きな手が優しく背に触れた。隣を見上げる。
差しかけた霧がすっと晴れて気分が楽になった。


「君の脚についてだ。診断が遅くなってすまないね」

「そんな…お忙しいのにありがとうございます」

「単刀直入に言おう。
アキオ君が今後生活する上で……杖が不要になることは無いと思う」


空気が揺らいだのがわかる。部屋全体の空気だ。背に触れる指には不自然に力が入り、珍しくジルさんも動揺しているのが伝わる。

「つまり、完治することは無い、ということか?」

「そういうことだ」

「何故だ!私の処置が悪かったのだろうか。何か無茶な動きでもさせてしまったのか」

ジルさんが声を荒げる。彼の足にも力が入っている。立ち上がりたいのを必死に我慢しているようだ。

「いいや、司令官殿。あなたの処置は的確だ。マッサージもリハビリも。さすが、衛生部の講習を毎度トップで修了しているだけのことはある」

「では、何故……」

「むしろ、よくここまで回復したと驚いているくらいだ。
アキオ君。君は幼い頃から長い時間をかけて、傷付いては治りを繰り返した。その蓄積に加えて、このたびの事件が決定打になったんだろう」

「そう……ですか。分かってはいました。子供の頃からの怪我はただの怪我じゃないって」

「アキオ……」

大丈夫。僕は大丈夫。
でも、ずっと迷惑をかけ続けるのは……

だめだ。何を考えても堂々巡りに陥る未来が見える。何も考えないように脳を押さえ込むと息が苦しい。

八方塞がりになった僕に、先生はさらにこう続けた。

「……実は、それだけじゃなくてね」

「まだ何かあるのか?」

「ああ。ほんの微量ではあるけれど、アキオ君の体から魔力が確認できた」


魔力。
コーデロイ先生から僕とは縁遠い単語が出た瞬間、思考の活動能力が限界を迎えたように頭の中でパラパラと崩れた。
考えることを諦めた途端に、少し楽になった。




「どういうことだ。王は、アキオからは魔力を感じ取れないと」

言葉にできない疑問をジルさんが投げかけてくれる。
僕には今、何がわかるのか何がわからないのか、わからない。

「国王陛下が魔力を感じ取れなかったのは、アキオ君から発生している魔力ではないからだろうね」

「魔力の出所は、アキオではないということか」

「そうだ。あくまで纏わりついてるって感じかな。それも精密に検査しなくちゃ分からないほど微量に」

「なるほど、それはつまり……」

ジルさんが何かを察したような顔をする。何のことだかよくわからない。
先生はこう続ける。

「これはあくまで予想だけど……
召喚術は、体が切り裂かれるほどの衝撃を打ち消しながら発動するといわれているだろう?
アキオ君が受けたダメージは召喚による魔力で、そのダメージが君にいまだに纏わりついているんだと思う。実際にそういう人を見たことはないけど、さまざまな文献にある異界人の症状とほぼ一致している」

「………」

ジルさんは静かに下を向いている。何かを考えているのか、何も考えられないのか、どっちだろう。

「これで君が誰かから故意に召喚された可能性は、ほぼ確実といっていいだろう」




………ああ、



そうか。


わかった。

今まで僕は、召喚されたという事実の不安定さに気づいていなかった。
どうやってここに来たのか。この世界の歴史と照らし合わせてどうやら『召喚』というものらしいと無理矢理に理解しようとしたけど、それは憶測に過ぎなかった。

でも、今その憶測が事実だとわかった。


「先生……ありがとう、ございます。
ジルさんも、ありがとうございます」

「アキオ君……大丈夫かい?」

「はい、大丈夫です」

「無理をするな」

「無理は、してないです。何故だかわからないけど……本当に大丈夫なんです。
少しだけ悲しい気持ちはあるけど。それよりも、不確実だったことが明らかになったことに、なんだかとても安心しています。晴れやか、というか」

不思議だ。
歩けないのは悲しいけど、なぜか大丈夫。
誰に、なぜ、いつ召喚されたかはまだ分からなくてとても不安だけど、なぜか大丈夫。

「それに何より……ジルさんが作ってくれたこの杖を手放さなくていいと思うと少しだけ嬉しいんです。なんだか、おかしな気分です。悲しいのに嬉しい。複雑だけど、嫌じゃない」

「アキオ……」

ジルさんも先生も、困っている。困った顔で嬉しそうに笑ってる。
人間の感情って難しいんだなあ。


「じゃあ、まあ、アキオ君がそう言うなら、いっか」

コーデロイ先生から、お茶目な1ウインクをいただいた。空気に似合わない明るく軽い声が僕の心を軽くした。

そっか。人間の感情は難しいようで簡単なんだ。
嫌なら良くない。
嫌じゃないなら、いい。

「はい。いいです!
あ、でもリハビリは頑張りたいです。動かなくなっちゃうのは怖いから」

「そうだね。少しは動かしておいた方がいいだろう。リハビリを受けたくなったらいつでも来て。まぁ、最高司令官殿がいるから大丈夫だろうけどね」

「ジルさん、何でも知ってます。とても頼りになります」

「アキオ君のために、それはそれはたくさん勉強しておられるからね」

「コーデロイ医師、アキオに余計なことは……」

ジルさんが言葉を詰まらせた。
今日は珍しいことだらけだな。

「これはこれは申し訳ございません。
…おっと、もうこんな時間。部下に呼ばれていたんだった。毎度突然呼び出してすまないね。あっ、魔力の件は私が独断で調べたことなので安心してくれ。他の隊員には、アキオ君の出自について何も伝えていない」

「いつも助かっている」

「コーデロイ先生、ありがとうございます」

先生は笑顔でひとつ頷き、光を放って消えた。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

二十年仕えた王女が私を敵に売った。それでも守ることにした

セッシー
ファンタジー
二十年間、王女殿下の護衛騎士として仕えた。その殿下が、私を敵に売った。 牢の中で事実を知り、一分考えて——逃げることにした。殿下の目的を、まだ果たしていないから。 裏切りの真相を確かめるため、一人王都へ戻る護衛騎士の話。

ヒーロー組織のサポートメンバーになりました!

はちのす
BL
朝起きたら、街はゾンビだらけ!生き残りたい俺は、敵に立ち向かうヒーロー組織<ビジランテ>に出逢った。 ******** 癖の強いヒーロー達の"心と胃の拠り所"になるストーリー! ※ちょっとイチャつきます。

貧乏Ωが御曹司αの将来のために逃げた話。

ミカン
BL
オメガバース

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

処理中です...