ある時計台の運命

丑三とき

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王都〜第二章〜

おはようのキス

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—————————side AKIO————————

◆◆◆

城に来てから数週間が経った。

最近は、一人で食堂に行くことも多くなった。
一人で行っても隊員さんの誰かが絶対に居るので、挨拶を交わし、ちゃっかりお昼に同席させてもらったりしている。顔見知りも結構増えた。
ジルさんはあらかじめガシモワ料理長に「酒や薬草など薬効成分を含むものや滋養を高める成分が強いものは抜いてくれ」と説明してくれていたようで、今のところ何を食べても体に異変は起きていない。
 

イガさんとメテさんも仕事に復帰したのであまり部屋には遊びに行けなくなったが、たまにお城でばったり会うことがあるので嬉しい。
例のアレ・・を渡しあぐねていたのだが、メテさんと渡り廊下で偶然すれ違った時にササっと渡した。それはもうスリもびっくりな素早い手つきで。
メテさんはすっっごくニヤニヤしていた。

その次の日は、食堂の入り口でイガさんにも会えた。二日連続、立て続けに二人に会えるなんてラッキーだ。こんにちはと言うと、イガさんはなぜか顔をとても真っ赤にして一瞬目を逸らした。体調が悪いのかと不安になったが、顔色はすぐに戻って何事もなかったかのようにランチに誘ってくれた。とてもお腹が空いていたのかもしれない。

僕は未だにジルさんの部屋で過ごしている。
というか、「ジルの隣の部屋を用意させる」という王様の発言をすっかり忘れていた。ずっとジルさんの部屋で過ごすものだと思っていた。
とはいえある時ユリが隣室の準備を整えてくれたというので一度そちらで過ごしてみたのだが、古文書の読み解きを夜中まで続けていることが即座にバレ、怒られた。
また、一人で就寝していると何とも言えない虚無感に見舞われ、泣き言を言いながらジルさんのベッドに潜り込んでしまった。

それからというもの「やはりこちらで過ごしなさい」と、元通り。申し訳ないとは思うけど……棚からぼたもちだ。


古文書も数冊読んだが、解読に時間がかかるので一冊読んだだけでどっと疲れてしまう。古文の問題を解くときのような感覚だ。
読んだ文献はノートに写している。
が、今のところどれも似たような内容ばかり。樹木の中に閉じ込められていた人間が、その寂しさや苦しさ、時に始祖に対する情を綴っている。

もしかしたら、始祖自体は文字という伝達手段を持たなかったのかもしれない。しかし召喚された人間は文字を表記できた。召喚された時点でその人間の有する言語体系がこの世界のものに書き換えられたため、表出する文字もこの世界のものになった。その時初めてこの世界に文字が誕生した。

……なんて憶測もしてみる。

僕が読んだのは図書館に溢れている数多くのうちのほんの数冊だから、まだまだわからないけど。

でももし本当にそうだったら、僕が文字を書ける理由も、言葉を話せる理由も、古文書を読める理由も辻褄が合う。

そこでひとつ確かめるために、ユリにお願いをすることにした。






「動物小屋、ですか?」

「うん。行ってみたいんだけど、やっぱり難しいかな?」

「いいえ行きましょう!!動物たちと触れ合いたいというそのお気持ち、痛いほど、もう痛苦しいほどよ~く分かります!!」

「ありがとう。
……嬉しいけど、でも僕町へ出るのは控えるように王様に言われてるんだ。迷惑かけるようなことはしたくないから、もし難しいなら本当に大丈夫だよ?」

「何をおっしゃいます。ジルルドオクタイ最高司令官にお連れしてもらえば一瞬ですよ」

「ジルさんに?」

「はい。最高司令官であれば町を通らず直接地上に降りることなど造作も無いでしょう」

「なるほど、そっか。じゃあ今日ジルさんに話してみるよ」

「……アキオ様、その後はいかがお過ごしですか?」

ユリが意味深な声色で聞いてきた。
それも少し楽しそうに。

「いかが……?」

「司令官とですよ。スープ大作戦、成功してからと言うもの一層仲睦まじいようにお見受けしますが」

「あの時は本当にありがとう。おかげでとっても喜んでもらえた……けど、ユリが思ってるようなことにはなってない、かな」

「そうですか……」

「でも、今もすごく幸せなんだ。毎日ジルさんに会えるし、たまに一緒にご飯を食べたりお風呂に入ったり。こんな毎日が送れるなんて思ってなかったから、なんて言ったらいいかわからないけど、とにかく幸せ」

「愛情の形や変化の仕方は人それぞれです。焦らず、アキオ様の思うようにすればよいのです」

そう言って、愛嬌のある微笑みを目元に浮かべた。


「うん。ありがとう。
あ……でもねユリ、きいてきいて」

「なんでしょう、なんでしょう?」

あまり大きな声では言えないので手招きをすると、ユリは楽しそうに声を弾ませて僕に顔を近づける。


「一度ジルさんにね、キスされたの」



「………………………………………?」


ゆぅ~~~っくりとユリの首が傾くのを見つめる。


「とてもどきどきした」


「………………………………………」


床に垂直にかしげられた首がもげそうだったので、手で支えてみる。

「ユリ、首が据わってないよ。ほらまっすぐ、まっすぐ」


「………………………………………は?」

「へ?」

「…………ん?」

「え?」



「………………ッは!?!?」


ユリは眉毛を思いっきりしかめて目尻を険しく吊り上げ、驚いたような、殺気立ったような表情で固まった。


少し恥ずかしいけれど、僕は事の経緯を説明することにした。


ジルさんの朝はそれはそれは早い。僕は起きた時に、からっぽの隣に触れて微かに残る温もりを感じるのが日課になっていた。

数日前のこと。この日は明け方に目が覚めた。

「目覚めたと言ってもね、ふんわり意識が戻っただけで、まだまだ眠かったから、目を閉じたまままたすぐ眠ろうとしたんだ。そしたら隣でゴソゴソ動く気配がして。そういえばこの時間まだジルさん眠ってるんだ、ってちょっと嬉しくなっちゃってね。起きたい、でも眠い、目が開かない…ってぐずぐずしてたら、ジルさんの吐息がものすごく近くなって来て、頭を撫でられて、そしたらとてもどきどきして……ドキドキしてる間に、ジルさんの唇が触れたのがわかったの。僕のに」

「………………………………………おでこ」

「この世界の人は、おはようのキスするんだね。知らなかった」

「あ、え……」

「あっ、でも待って、寝ぼけてたしどきどきしっぱなしだったから今思い出した。ジルさん、出て行く時も僕のおでこにした。いってきますのキスもするんだね。あれ、じゃあ僕2回されたの?」

「……………………………あの」

「どうしようユリ、僕ジルさんに一度もやったこと無いや。そういう文化があるって知らなかったから。ぐーすか眠ったままで、やっぱり失礼だったのかな?でもジルさんすっごく早いから。どうしても起きれないんだ」



…………………

ユリが固まったままだ。
余計なことをぺらぺら話し過ぎただろうか。それとも寝こけておはようの挨拶すらできない僕に呆れてしまったのだろうか。


「ユリ?」

「アキオ様っっ!」

「は、はい」

やっと動いたかと思えば突然大きな声で名前を呼ばれる。


「…い、いえ………、それではアキオ様も、もしお早めにお目覚めになった際は、司令官に口付けをして差し上げるのはいかがでしょう」

「………それ、とても良いかも」


そうだ。そうしてみよう。
ジルさんをなでなでするのはもう慣れてきたし、おはようのキスだってきっとできる。
……できるか?
いや、やるんだ!
ユリを見習って積極的に行かないと!

ひとつ目標が増えて張り切る僕を、ユリは何ともいえない表情で見ていた。
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