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湖畔の孤児、祓魔師の愛を悟る
10.絡み合う感情
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あれから、さらに数ヵ月が過ぎた。
ニエルドさんとの生活は規則正しく、充実していた。朝から昼まで勉強、昼食を挟んで午後も勉強。夕方にはニエルドさんが任務から戻ってきて、夕食を共にする。
模擬試験の正答率も五割を超えるようになった。ニエルドさんは「このペースなら次の試験には十分間に合う」と太鼓判を押してくれた。
けれど、私の心には小さな引っかかりがあった。
毎日こんなにも贅沢な時間を過ごしていて、私は何も返せていない。ニエルドさんは食事を持ってきてくれるし、勉強も教えてくれるのに、私はというと彼から受け取るばかり。
ニエルドさんが恩返しなど必要としていないことは、彼の言動から明白だ。私だって、この優しさに見合うようなものを返せるとは思ってない。
それでも、何かしたいという気持ちは日々募っていく。
「ニエルドさん」
ある日の夕食後、私は意を決して口を開いた。
「どうした?」
「あの……」
私がどんなに言い淀んでも、言葉がうまく出てこなくても、ニエルドさんはいつものように微笑んで待ってくれる。自分の拙さに呆れてつい言葉を誤魔化してしまいたくなる時もあるが、彼の顔を見ると、包み隠さず話さなければという前向きな気持ちになるのだ。
「ニエルドさんが、私から『恩返し』とかを求めているのではないってことは、わかっています。一緒に過ごす時間を楽しんでくださっていることもわかっていますし、私も同じ気持ちです。でも……どうしても考えてしまうんです。こんなにたくさんいいようにしてもらって、私は受け取るばかりで、その、なんというか……」
話の着地を考えずに話し出してしまうことも、私の悪いところだ。声が出そうになってはその度に考えが遠回りして、目的の言葉まで辿りつかない。
こういう時、いつもニエルドさんは私の脳内に入り込んで、行きたかったところへ導いてくれるのだ。
「パネース、お前、初めの頃は『申し訳ないに尽きる』みたいな顔をしてたが今はこの時間を楽しんでくれてること、俺にちゃんと伝わってる。安心しろ。お前の感情は申し訳なさとか感謝とかいう単体のものじゃなくて、色んな思いがぐちゃぐちゃになってるんじゃないか?」
「その……通りです」
「だったら焦ることはない。感情ってのは、全てを言葉にできるとは限らん。それに、ぐちゃぐちゃになるくらい色んな感情を知れたんなら、それは『世界を知る』という目標に一歩前進したことになる。それに……お前のその『ぐちゃぐちゃ』にとことん付き合うという新しい楽しみができた」
いつもの凛々しい微笑みとは違う、悪戯を企むような笑み。その表情が妙に幼く見えて、その意外な一面が、ひどく愛おしかった。
「もう……私は必死に考えてるんですよ?なのに楽しいだなんて」
無意識にそう口から出ていて、気づいた時にはすでにニエルドさんに伝わってしまっていた。
なんで口をきいてしまったんだ、と慌てた口を引っ込める。
「っす、すみません私…失礼な言い方を」
ニエルドさんは一瞬ぽかんとしたが、その次の瞬間には、それはそれは豪快に笑い出した。
「え……?」
「はっはははは!パネース、お前そっちが本性だな?いや、どっちでもいい。とにかく失礼でもなんでもないから気にするな。思ったことをはっきり言ってくれた方が面白い」
怒っていない様子にひとまず安堵するも、笑っている理由がいまいち分からない。
「そ、そうですか……?」
でも、彼のめいいっぱいの笑顔を見れた充足感はなにものにも変え難かった。こういう気持ちも、今の私には言葉にできない。とにかく満たされる感じで、ぽかぽかする感じ。
大きな手が私の頭を撫でようと動いた瞬間、私は咄嗟にその腕を掴んだ。
「!?ど、どうした、嫌だったか……?」
オロオロするニエルドさんをとりあえず放っておいて、私はあるものを走って取りに行った。素早く戻り、腕を取る。
「怪我をしてるじゃないですか、ニエルドさん。魔物のせいですか?血が出てるのに、どうして何もしてないんですか!」
考える間もなく言葉が出てきて、考える間もなく体が動く。
「じっとしていてください。私、こういうのは得意なんです。いつも魔獣たちの怪我を手当していますから」
手首の下あたりから赤く線が入っているのに、服に隠れて気づかなかった。痛いだろうに。もっと早く気付けばよかった。
後悔しても仕方がない。意気込んで消毒と包帯を施す。
「俺は魔獣か」
「ん?……なにか言いましたか?」
「いや、なんでもない。にしても上手いな、さすがだ」
「これくらいしかできることはありませんから。……よし、完璧です!」
ニエルドさんは目の前で腕をまわして包帯を見て、ニカっと笑う。
「ありがとな!」
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